14.ハグ・ HUG・バグ
このお城では小さめのバンケットルーム。
時間は20時半を過ぎたところです。
テスタメンテの記録が済むと、司法官の3人は速やかに撤収していきました。
今しがたラナース公が、母の遺言に従い私を支えてくださることを皆さんの前で高らかに宣言してくださって―――たった今、私のお披露目パーティーは第2部へと突入したところです。
皆さんそれぞれ先ほどまでのことを語らいながら、お料理に手を伸ばしたり、ダンスを踊られたりしてます。
「アーシャ、大丈夫か?」
ずっとそばで肩を抱いてくれてたエーリク。
そうか、お母さんは自分からお父さんのところへ行ったのか・・・
しかも!16歳という年齢で伴侶召喚の魔法を使って。
なんとまあ積極的な・・・
「・・・女性が使うと、転移魔法になるのですね」
私がなんの脈絡もなく呟いた言葉に、
「そうだな。母君のおかげで大発見だな!」
とエーリクが答えてくれた。
私はというと、泣き崩れずには済んだ。なんでだろう・・・二人を失ったのはこの召喚が原因ではないから、だろうか。それとも、すでにこちらへ来たときに泣き尽くしてしまったからだろうか・・・
二人の趣味だと思ってたトレッキングに、まさかこんな理由があったなんて。
あの日もトレッキングに行くと出かけていった二人。いつもの通い慣れた山道を車で走っているところに対向車が中央線を越えてきたことが原因だった。
魔法は完成していたのに、いつしか二人にとって本当の趣味になっていたのかな・・・
でも、悲しんでも仕方のないことだ。二人はもう戻らないし、私ももうあちらへは戻れない。
頬をつたう涙を、エーリクが指でぬぐってくれた。
「アーシャ」
後ろから、私を呼ぶ優しい声がした。ラナース公だった。
まだ目元には少し赤みが残って、ぎこちない笑顔を向けてくださった。
「ラナース公・・・」
私が呼ぶと、「マティアスと呼んでほしい」とおっしゃった。
「マティアス・・叔父様」
そう。母の弟、ということは私にとっては叔父にあたる方だ。先々代の国王陛下で、母より10歳年下のマティアス叔父様。今はラナース公爵領でのんびり隠居生活を送られているとのこと、御年81歳だそうです。この世界での母は91歳ということになる・・・その娘が私だとか言ったら、そりゃ、皆さん驚くよね。
「惜しむらくはお前を抱きしめてやれぬことだな・・・」
叔父様がさみしそうにおっしゃった。
私は、そんな叔父様の優しいタンザナイトの瞳を見つめながらひとつ試してみようという気持ちになった。
そばに立つエーリクの腕を引いて、叔父様の前に立つ。
「アーシャ?」
エーリクが不思議そうに私を見つめるが、とりあえず何も告げずにエーリクの左手をつかんだままマティアス叔父様にひっついてみた。おそるおそる—――
???
手を回してみて、まだ肌に直接触れる箇所がないから確かではないけれど、それでもいつもの刺激が襲ってきそうな感じがしない。
身体の表面が変に張り詰めたりしなくて、見えないシールドに守られているような・・・
エーリクもその違和感を感じ取ったのだろうか、私を見て驚いた顔をしている。
「おい、大丈夫なのか、お前たち・・・?」
叔父様が私たちの体質を気遣って離れようとしてくださるのを慌てて止めた。グローブを外した手で、叔父様の手首をつかんで――
「「あっ」」
叔父様もエーリクも思わずといった様子で声を上げた。けれど、ほら、大丈夫だよ?
「やった! やっぱりだ! 触れてもなんともないよ!」
私が興奮気味に言うと、その声の大きさと私たちの様子を見て周りの人たちも集まってきた。
「どうした?」
「時の魔法使いは直接他人に触れてはつらいのではなかったか??」
など、皆が心配する声が聞こえる。
そしたらエーリクが、
「どういうことなのだ、アーシャ!?」
と困惑した顔で言うから「父と母は他人に触れても大丈夫だったんです」と答えてあげた。
それでもまだエーリクもマティアス叔父様も不思議そうに「?」を飛ばしている。
「父と母、二人がくっついている時は他の人に触れても大丈夫だったなって思い出したんです。だって、二人で占いの仕事をしていたから」
そう、両親は占いで生計を立てていた。しかも、かなり人気のあるもので行列ができたり、予約がいっぱいになるほどだった。
まぁ、そりゃそうだ。だって、本物の魔法だったなんて。
まだ私にも時の魔法使いが具体的にどんなことをするのか想像できないのだけど、きっと悩んでる人の心をほぐすような、あるいは後押しするようなそういったことをしていたのかなって思うの。
両親はお客さんとしてやってくる相談者の手に触れたり、頭に触れたりして占いをしていた。
普段は人との距離が近い混雑した場所を避けるような二人だったけれど、仕事として人に触れる場合には特に嫌がることも痛がる様子もなかった。
「アーシャ・・わしが触れても大丈夫なのだな?」
マティアス叔父様はためらいながらも手を広げて、それからそっと背中に手を回してくれた。
両親以外で血のつながった人に抱きしめてもらえたことにしみじみと感動する。叔父様は私の黒い髪の毛に触れ、肩に手を置き、そして私の左手をとってそっと両手で包んでくれた。
「アーシャ、そなたがまだ成人していなければわが領へ連れ帰って大切に育てたものを・・・」
惜しむようにそっと手の甲をなで、それからゆっくりと手を離した。
「ところでアーシャはいくつなのだ?」
急にエーリクが聞いてきた。今更感がすごいけどそうね、まだたった二日。結婚の話が進んでいるけども、ほぼ何も知らない仲だったよね。
「私も18歳です。こちらの女性の成人は16歳なのですね、私の世界では男女とも20歳がそうなのですが―――」
「なんだと!?」
マティアス叔父様が食いついておっしゃるので、エーリクが慌てて、
「ラナース公! あちらはあちらです。アーシャはもうノアランの王族と認められておりますし、18歳であればなんの問題もないでしょう? 本日よりすぐにでも私の宮にアーシャの部屋を用意させます」
「なっ、何と破廉恥なことを言う。婚前の身で同衾するなど許しはせぬぞ!」
「ラナース公こそ、何をおっしゃいますやら。ご自身は若かりし頃に数々の伝説を築き上げておきながら――」
「ふん、そのような昔話なぞ忘れたわい。アーシャの身はわしが姉上より預かったのだから―――」
なんか言い争いになってますので、少し放っておきましょう。
周囲を見回して、改めてエーリクのご両親に目を向けると、キャシー様のエメラルドグリーンがとても眩しかった。
お二人は微笑ましそうに私たちを、いやエーリクとラナース公であるマティアス叔父様の言い合いを眺めていらっしゃった。
そこへ、
「「先生!」」
とユニゾンで呼ばれて、すぐにわかりました。
駆け寄ってきたのは可愛らしい、あの双子の王子様たちです。
「やっと僕たちにも入室許可がでたのでやってまいりました。あと、今日はご挨拶もせずに失礼いたしました。僕たちはエーリク兄上の弟で、僕がヤンです」
「そして僕がカイです」
二人ともニッコリ笑って見上げてくれている。そっか、入室許可ってことは、あれだ。テスタメンテは大人限定の話ということだったんだね。まぁ、そりゃそうだ。
私も2人にカーテシーをとって、「どうぞアーシャとお呼びください」と言ったのだけど、
「いえ、僕は先生とお呼びします」
「僕も先生とお呼びしたいです」
と、なぜか先生呼びが定着しております。それって、誰かに『どうして先生なの?』とか聞かれるとヤバいやつじゃないのかね?
「あの、先生?」
ちょっと恥ずかしくなってたら、ヤンが遠慮がちにこぼした。
「僕たちも・・兄上に抱きしめてもらいたくて・・・・」
「兄上にぎゅってしてもらいたいんです」
少しうつむいてカイも訴える。
そっか・・・この子達はエーリクと直接触れ合ったことがないんだ・・・
となると、ご両親である両陛下もほんとはエーリクとハグしたいとかなでなでしたいとか・・・もっと色々あるんじゃないかな?
そう思って、まだマティアス叔父様とあーだこーだ言い合ってるエーリクの傍に戻った。
そして、「叔父様、ちょっと失礼いたします」とだけ告げて、エーリクの背中からぴたっとひっつくと、ぐるんと向きを変えてあげた。
「ア、アーシャ?? なんなのだ、その、急に・・抱きついたりなんかして・・」
とかエーリクが照れてるけど、今はそうじゃないの。
まずはこうして、そう、双子の弟達のほうを向かせる。
そしてエーリクの背中から顔を出して、
「ほら、ヤンもカイもお兄様に抱きしめてもらいなさい」と声をかけてあげたら、
二人はハッと驚いた表情のあと、たたたっと走り寄ってきてそのままエーリクの足元にひっついた。
「「兄上!!」」
二人いっぺんにエーリクの顔色をうかがう。痛くないのかな、嫌じゃないのかな? って心配そうに・・・
「おまえたち・・・」
とエーリクが声を漏らしたと思ったら、いきなりしゃがみ込んで二人をおもいっきり抱きしめた。
右手でヤンの頭を、左にはカイの頭を抱きかかえて顔を寄せている。2人の頭を掌でガシッと押さえて、苦しいんじゃないの?っていうくらい抱きしめている。
私は、ただエーリクの身体から自分の手が離れないようにだけ気を付けて、あとは3人の初めての触れ合いタイムを邪魔しないようにした。
それからはご両親、おじい様、スヴェンやエマ、そして王弟であるお色気担当の叔父様(おい!)ともエーリクはハグをかわしていった。
その都度、私はエーリクについて行った。少しでも距離が離れると不安だったから、体の一部分でもエーリクに触れているよう気を付けて寄り添った。
両陛下もスヴェンもエマも・・・もちろんエーリクもみんな目に涙をためて喜んでた。
こんなにも、本当は直接触れて、抱きしめて、大切だよって想いを伝えたかったんだよね・・・
良かったね、エーリク・・・
と幸せな気持ちになってたら、エーリクが最後に私を抱きしめてくれました。
「アーシャ、ありがとう。私のもとに来てくれてありがとう・・・」
私はエーリクの涙のついたまつ毛に指を伸ばして、それをぬぐってあげた。
皆、私たちの周りに自然に集まって、祝福ムードというか拍手とかされてしまって・・・
恥ずかしいから・・・って思ってたら、
んんーーっ!?
「アーシャ、口づけてもいいだろうか・・・?」
って、やってから聞いてますけど!?
「ちょっ、エーリk」
んぁっ――
ちょっとー!!
後頭部をがっちりホールドされて、逃げようもなく・・・息も絶え絶えに・・・
皆が見てるのに! 恥ずかしいのに!!
でも、なんでだろう・・・
涙が出るんだよ。
苦しいわけじゃなくて、なんか幸せであったかいから・・・
この直後、マティアス叔父様に命じられたスヴェンがエーリクをひっぺがしてくれました。
これでひと段落ですかね。
エーリクがんばれー!




