10.テスタメンテ
部屋に戻るとすぐエーリクが訪ねてきた。
スヴェンになにやら箱を持たせている。
中へ招くと、
「アーシャ、先ほどは・・・」
なんてこの世の終わりみたいな顔で言うから、
「もう怒っておりませんよ」
とほほ笑んであげた。
そしたら、すごい勢いで傍までやってきて、そのまま抱きすくめられてしまった。
背の高い彼には、ちょうど私の頭のてっぺんが顔の下にくるみたいで。
頭にキスしたり、頬をすり寄せたり・・・まぁ、色々されてますね。
そう言えば、
「あれから大丈夫でしたか?」
と気になっていたことを聞いてみた。
するとエーリクは横にいるスヴェンと顔を見合わせて、「なんとか?」とか言いながら首をかしげた。
「そう。よかったですね」
と返すと、二人とも照れ笑いを浮かべていた。
なんだろう、ちょっとしたしぐさがいちいちかわいいなぁとか思ってしまう。
今朝のプロポーズといい、昼前の泣きながらごめんなさいの件といい・・・
それから、胸に顔をイヤイヤって・・・あ~~‼
思い出してはダメ、恥ずかしくて倒れそうになるから!
もう昨日からこっち、私のドキドキメーターは振り切れてばっかりだ。
エーリクはというと、ひとしきり私へのハグを堪能した後、眩しいくらいの笑顔になっていた。
やっと私を解放して、
「今夜は内輪でアーシャのお披露目をしようと思う」
と言った。
そして、スヴェンが持っていた箱を開けて見せてくれた。
それは、まさにロイヤルブルーと言うべき濃く鮮やかな青のドレスで―――
ん? なんかこの青、見覚えがあるな・・・
「・・・どうかこれを着てくれないか?」
私がその青に気をとられて無反応だったからか、エーリクが不安げに見つめてきた。
「あ、ありがとうございます。似合うかどうかはわかりませんが、喜んで・・・」
さっきからこの青を見ていると何かすごくもやもやして、会話が上の空に・・・
きっとこれも魔力布で縫われてるはずだ。着心地も最高に決まってる。
ただ・・・引っかかるのはこの色・・
「アーシャ?」
あ、思い出した!
「エーリク! このドレスに合わせたいネックレスがあります!」
私は既視感の理由に思い当たり、お父さんの形見の木箱をとってきた。
「ほう、それは・・・」
エーリクは少し興味があるようだった。
もしかすると、私が寝ちゃったとき、写真立てと木箱を丁寧に包んでくれたのはエーリクなのかもしれない。
「これは、からくり箱っていうんです」
父方の祖父は寄せ木細工の職人さんだったらしい。私が生まれる前には亡くなっていて、会ったことはないのだけれど、父は小さい頃からよく祖父の真似をして作業場で腕を磨いていたそうだ。
その父が私の16歳の誕生日に贈ってくれたからくり箱を、エーリク達の目の前に出す。
「ちょっと開けますね」
からくり箱とはさまざまな仕掛けが鍵となり、簡単には開けることができない仕組みの『秘密箱』のことをいうそうだ。
父作のこれは・・・右に倒す、手前に倒す、もう一度右に倒して、こうして、こうやって・・・
パカッ
「「「おおーーっ」」」
「すごい、すごい!! なんだそれは!素晴らしい工芸品ではないか!!」
歓声を上げたのは、エーリクほかこの部屋にいる私以外の全員。
スヴェンに、それから護衛の兵士さん二名、そしてエマまで、おおーって・・・
エーリクは興奮のあまり、飛び跳ねる勢いだった。
エーリクもスヴェンも、その構造に興味津々だった。
まあ、そうなるよね・・・
「ちょっと、待って待って。
この箱もすごいんですが、今日の主役はこっちなの。母から譲り受けたのだけど・・・」
と言いながら開いた箱の中心部から指でネックレスをつまみ出した。
左の掌に乗せてエーリクに見せたら、
「これは――― 」
とか言って固まっちゃった。
ネックレスの石はスターサファイヤ。色はロイヤルブルー。
私の16歳の誕生日に、母が自分の大切なものをプレゼントしてくれたのだ。
「これを身に着けて行ってもいいかしら・・・?」
聞いてみても、まだエーリクほかスヴェンもエマもそのネックレスに見入っていた。
「あの・・エーリク?」
不安になって名前を呼ぶと、「アーシャ」と改まってこっちが呼ばれてしまった。
「はい」と答えてその続きを待つ。
「そなたの母君はどちらの出身だと?」
え、何を急に?
そんなの北欧に決まってるし・・・
でも、北欧のどこよ・・・?
「母は・・・北の王国だと言・・って??!
答えながら、自分でも驚いた。
そうだ、母はそう言っていた。
小学校の時、「羽屋さんのお母様はどちらのご出身なの?」って先生に聞かれたことがあった。
私が「北の王国です」と答えたら、先生は少し考えて「ああ、北欧なのね。デンマークやノルウェーかしら・・・」と言った。
だから、ずっと北欧だと思い込んでいたんだ・・・
「アーシャ、私が母君の名を当ててみよう」
「えっ? ご存じなのですか?」
なんだか急な展開について行けないのだけど・・・??
「いや、直接は存じ上げないのだが肖像画があるんだ。今日の晩餐で皆にも見てもらおうと思っている。楽しみにしておいてくれ」
エーリクは優しく笑って、私の頭をなでてくれた。
そして、
「母君の名前はカーレン・リヴ・マリアンネ。合っているか?」
思わずごくりと唾をのみ込んだ。合ってる・・・よね?
「最後のマリアンネは分かりませんが、母は確かにいつも羽屋 リヴ・カーレンだと名乗っていました」
私が答え終わると、今度はエーリクがごくりと喉をならした。
「では、母はこの北の王国ノアランの王族だったということでしょうか?」
見上げる形でエーリクに問うと、「そうだ」と返してくれた。
それからぎゅっと私の肩を抱き寄せて、
「アーシャ、このネックレス自体もすごい品だが、これには特別な魔法がかけてある」
えっ?
思いがけずそんなことを言われて、とりあえずスヴェンとエマの方を見たら二人とも頷いてくれた。
「なんの・・魔法ですか?」
私がたずねると、エーリクがくるりと正面に来て向かい合わせになった。そして、
「テスタメンテの魔法だ」
って。
それは・・・何?と思っていると、
「ご両親からの遺言だ」
って、そう言った。




