第6話 勝負のご褒美と、二人きりの寄り道
この物語を手に取っていただき、ありがとうございます。
『君に届くまで、何度でも』は、耳の聞こえない白澤由紀と、幼い頃から筆談を続けてきた霧島政を中心に描く、学園日常ラブコメです。
言葉は、声だけで伝えるものではありません。文字や表情、視線、そして誰かのために立ち止まる時間にも、気持ちは込められると思います。
私立桐星学園で始まる四人の高校生活と、幼なじみだった由紀と政の関係が少しずつ変わっていく様子を、温かく見守っていただけたらうれしいです。
キャラ名
白澤由紀
霧島政
北上華怜
長篠蓮
宮野紗季
翌朝、待ち合わせ場所に着いた由紀は、電柱のそばに立つ政の姿を見つけた。
今日は約束の時間より三分早い。
それでも政は、すでに筆談ノートを開いて待っていた。
『今日の勝負、決めた』
由紀は政の顔を見る。
昨日の体育で負けたことが、よほど悔しかったらしい。朝から妙に自信満々だった。
『何にするの?』
『今日の小テスト』
『小テストなんてあった?』
『一時間目の英語』
『聞いてない』
『昨日、先生が言ってた』
『それを昨日教えて』
『忘れてた』
由紀は無言で政を見つめた。
政は気まずそうに視線をそらす。
『でも範囲は簡単らしい』
『勉強してない政が言っても信用できない』
『俺だって昨日、少しは勉強した』
『何分?』
『十五分』
『少しすぎる』
『時間じゃなくて集中力が大事』
『言い訳だけは得意だね』
政は悔しそうに眉を寄せた。
それから、ノートへ大きな文字を書く。
『点数が高かった方のお願いを一つ聞く』
由紀の手が止まる。
『何でも?』
『できることなら』
『負けたあとで逃げない?』
『逃げない』
『本当に?』
『絶対勝つから問題ない』
その自信がどこから来るのか、由紀には分からなかった。
英語は由紀の得意科目ではないが、政よりは勉強している自信がある。
『いいよ』
『決まり』
政は嬉しそうにノートを閉じた。
二人が歩き始めると、少し遅れて華怜と蓮が追いついてきた。
政はすぐに、今朝決めた勝負について話したらしい。
蓮が笑いながら政の肩を叩いている。
華怜はスマートフォンへ文字を打ち、由紀へ見せた。
『政、自分から負けにいってない?』
『私もそう思う』
『お願いを聞くって、何を頼むの?』
『まだ決めてない』
『デートとか?』
由紀はすぐに画面へ返事を打った。
『どうしてそうなるの?』
『二人きりで出かけたらデートでしょ』
『一緒に帰るのは?』
『毎日デートしてることになるね』
『違う』
華怜は声を出して笑ったらしく、肩を揺らしていた。
隣では、蓮が政へ同じようなことを言ったのだろう。政が慌てて首を振り、蓮を追いかけ始める。
由紀はその後ろ姿を見ながら、小さくため息をついた。
朝から元気すぎる。
けれど、政が楽しそうにしていると、由紀の気持ちも少しだけ軽くなった。
教室へ着くと、一時間目の英語の準備が始まった。
もも先生ではなく、英語担当の教師が入ってくる。
黒板には、小テストの範囲と制限時間が書かれた。
単語二十問。
日本語を英語に直す問題と、空欄へ単語を入れる問題らしい。
由紀が問題用紙へ視線を落とすと、授業開始を知らせる合図として教師が片手を上げた。
由紀のために、終了時にも同じように手を上げることになっている。
最初の問題は簡単だった。
学校。
友達。
春。
由紀は順番に答えを書いていく。
途中で一問だけ迷ったものの、ほとんどは昨日までの授業で確認した単語だった。
教室の後方を見る余裕はなかったが、政がどんな顔で問題を解いているか、少し気になった。
試験が終わり、答案が回収される。
政は休み時間になった瞬間、教室の端から由紀の席までやってきた。
『できた?』
『普通』
『何点くらい?』
『分からない』
『俺はかなりできた』
『十五分勉強した成果?』
『人は短時間でも成長できる』
『結果が返ってから言って』
政は自信ありげに笑っている。
その横から、紗季がスマートフォンを見せた。
『二人で何か勝負してるの?』
『小テストの点数』
『負けた方が、勝った方のお願いを聞く』
紗季は文章を読んだあと、政と由紀を交互に見た。
『それ、霧島くんが負けたらどうするの?』
『私のお願いを聞いてもらう』
『そうじゃなくて、何をお願いするか』
『まだ決めてない』
紗季は少し考え、それから楽しそうに笑った。
『幼なじみの恋愛小説、読んでもらえば?』
由紀は慌ててスマートフォンを伏せた。
政が不思議そうに二人を見る。
紗季の画面をのぞこうとしたため、由紀は身体で隠した。
『何?』
『何でもない』
『また秘密?』
『政には関係ない』
『絶対俺の話してた』
『してない』
政は納得していない顔だったが、授業開始の合図があり、自分の席へ戻っていった。
紗季は由紀の耳元で何かを言おうとして、途中で意味がないことに気づいたらしい。
少し恥ずかしそうに笑い、スマートフォンへ打ち直す。
『あの本、もう読み終わった?』
『昨日読み終わった』
『どうだった?』
『最後まで二人とも鈍かった』
『でも付き合ったでしょ』
『最後の最後に』
『由紀ちゃんは、幼なじみと恋愛するのはありだと思う?』
由紀の指が止まった。
紗季は純粋に本の感想を聞いているような顔をしている。
けれど、目の奥には華怜と同じような面白がる光が見えた。
『人による』
『由紀ちゃんの場合は?』
『知らない』
『霧島くんとは?』
『どうして政が出てくるの?』
『幼なじみだから』
『幼なじみなだけ』
由紀が強く入力すると、紗季は笑顔で両手を上げた。
これ以上は聞かない、という意味らしい。
しかし、その表情はまったく納得していなかった。
小テストが返されたのは、四時間目の終わりだった。
教師が一人ずつ答案用紙を配っていく。
由紀の点数は、二十点満点中十九点。
一問だけ、つづりを間違えていた。
悪くない点数だ。
由紀が答案を机へ置くと、教室の後ろから政が走ってきた。
手には答案用紙を持っている。
『何点?』
由紀は自分の答案を見せた。
政の表情が止まる。
『政は?』
政は答案用紙を背中へ隠した。
『見せて』
『その前に確認』
『何を?』
『お願いは、できる範囲で一つ』
『朝もそう書いてた』
『高い物は無理』
『頼まない』
『危ないことも無理』
『頼まない』
『一生言うことを聞けも無理』
『頼む予定はないから、早く見せて』
由紀が手を伸ばすと、政は諦めたように答案用紙を差し出した。
十六点。
決して悪い点数ではない。
しかし、由紀には負けている。
由紀は政の答案を見たあと、顔を上げた。
『私の勝ち』
『三点差は誤差』
『点数で勝負って言ったのは政』
『次なら勝つ』
『今回は私の勝ち』
政は悔しそうに机へ額をつけた。
蓮と華怜も近くへやってくる。
蓮が答案を見て笑い、政の背中を何度も叩いた。
華怜は由紀へスマートフォンを見せる。
『お願いは決まった?』
『まだ』
『せっかくだから、面白いものにして』
『華怜が決めることじゃない』
『政に一日彼氏役をしてもらうとか』
由紀は無言で華怜をにらんだ。
華怜は平然と続ける。
『もしくは放課後デート』
『ただの寄り道でしょ』
『じゃあ、それでいいんじゃない?』
由紀は画面を見つめた。
ちょうど、読み終わった恋愛小説を返しに書店へ行こうと思っていた。
紗季が教えてくれた新刊も気になっている。
一人でも行ける。
華怜や紗季を誘ってもよい。
それでも、由紀は目の前で落ち込んでいる政を見た。
政はお願いの内容が気になるのか、ときどき顔を上げてこちらを見ている。
由紀は筆談ノートを開いた。
『今日、放課後に書店へ付き合って』
政は文章を読むと、何度かまばたきをした。
『それだけ?』
『嫌なら別のお願いにする』
『嫌じゃない』
政はすぐに返事を書いた。
『行く』
その文字は、いつもより少し大きかった。
由紀がうなずくと、政は急に嬉しそうな顔になる。
負けたのに、なぜ喜んでいるのだろう。
由紀には分からなかった。
華怜と蓮は、二人の後ろで静かに拳を合わせていた。
昼休みになると、いつもの五人で机を囲んだ。
由紀と政が放課後に書店へ行くことを知った紗季は、すぐにスマートフォンを見せる。
『例の本を返すの?』
『返す』
『続編も出てるよ』
『知ってる』
『霧島くんにもすすめたら?』
『絶対に嫌』
由紀が返すと、紗季は政の方を見た。
政は蓮と話していて、こちらのやり取りには気づいていない。
『どうして隠すの?』
『題名が嫌』
『幼なじみの恋だから?』
『政に変な勘違いされたくない』
『どんな勘違い?』
由紀は返事に詰まった。
自分が幼なじみとの恋愛に興味を持っていると知られたくない。
それを知られたら、政はどう思うだろう。
自分と重ねていると思われるかもしれない。
そんなつもりはない。
少なくとも、由紀はそう考えていた。
『とにかく秘密』
『分かった』
紗季はうなずいた。
しかし、そのすぐ横で画面を見ていた華怜が、明らかに何かを企んでいる表情を浮かべていた。
由紀は嫌な予感がした。
『華怜、余計なことしないで』
『何もするつもりないよ』
『顔に出てる』
『由紀に言われたくないな』
放課後になると、由紀は鞄へ教科書をしまった。
華怜と蓮も一緒に帰ると思っていたが、二人はなかなか席を立たない。
由紀が首をかしげると、華怜がスマートフォンを見せた。
『私は学級委員の仕事がある』
続いて蓮も画面を見せる。
『俺は部活の仮入部』
『昨日は何も言ってなかった』
『今日決まった』
二人とも、明らかに不自然だった。
由紀が疑うように見つめると、華怜は笑顔で手を振った。
『二人で楽しんできて』
『書店に行くだけ』
『はいはい』
政は二人の作戦に気づいていないらしく、すでに鞄を持って教室の出口で待っていた。
由紀は小さくため息をつき、政のところへ向かう。
二人で校舎を出ると、春の風が制服の裾を揺らした。
書店は学校から歩いて十五分ほどの場所にある。
普段の帰り道とは途中まで同じだが、大きな交差点を反対側へ曲がる必要があった。
政は由紀の歩幅に合わせながら、ノートへ書く。
『由紀と二人で寄り道するの、久しぶりだな』
『いつも一緒に帰ってる』
『帰るのと寄り道は違う』
『何が?』
『特別感』
由紀はその文字を見て、政の顔を見た。
政は深く考えずに書いたらしく、すぐに次の言葉を続けている。
『何買うの?』
『本』
『それは見れば分かる』
『新しい小説』
『昨日まで読んでたやつの続き?』
『違う』
『本当に?』
『本当』
続編を買う予定なので、本当ではない。
由紀が目をそらすと、政は怪しむように顔をのぞき込んだ。
『嘘ついてる?』
『ついてない』
『由紀は嘘つくと、少しだけ歩くの速くなる』
由紀は思わず足を止めた。
政も合わせて立ち止まる。
『初めて知った』
『昔から』
『どうして知ってるの?』
『昔から見てるから』
政は当然のように書いた。
由紀はその文章を見つめた。
小学生の頃から一緒にいる。
政が由紀の癖を知っていても、不思議ではない。
それでも、「見ている」と文字で示されると、胸がくすぐったくなる。
『見すぎ』
『由紀が分かりやすいだけ』
『政には言われたくない』
二人は再び歩き始めた。
書店へ着くと、由紀はすぐに文庫本の棚へ向かった。
政は本を買う予定がないらしく、由紀の後ろをついてくる。
『別のところ見てていいよ』
『お願いで来たから、最後まで付き合う』
『本を選ぶだけだから』
『由紀がどんな本を選ぶか見たい』
『見なくていい』
『また秘密?』
政が横から棚をのぞき込む。
由紀は目的の続編を見つけたが、政の目の前では手に取れなかった。
表紙には、前巻よりもさらに大きく題名が書かれている。
『幼なじみとの恋、二度目の春』
これを政に見られたら、絶対にからかわれる。
由紀は政が別の棚を見るまで待とうとした。
しかし、政は離れる気配がない。
『取らないの?』
『まだ迷ってる』
『何と?』
『ほかの本』
『さっきから同じところ見てるけど』
『政は向こうを見てきて』
『何か隠してる?』
『隠してない』
政が棚へ顔を近づける。
由紀は慌てて目的の本を抜き取り、背中へ隠した。
その拍子に、隣に置かれていた前巻が床へ落ちる。
政が先に拾い上げた。
表紙を見た政の動きが止まる。
由紀も固まった。
そこには、はっきりと題名が書かれている。
『幼なじみの恋は、まだ始まらない』
政は表紙と由紀を交互に見た。
由紀は手を伸ばし、本を奪い返す。
『違う』
『何が?』
『紗季にすすめられただけ』
『俺、まだ何も書いてない』
由紀は言葉に詰まる。
政は何度か本の題名を見たあと、ノートへ書いた。
『こういうの読むんだ』
『悪い?』
『悪くない』
『笑わないの?』
『何で?』
『幼なじみの恋愛だから』
政は少し考えた。
『恋愛小説なんだから、そういう話もあるだろ』
由紀は政の顔を見る。
政は本当に気にしていない様子だった。
それが少し安心で、なぜか少しだけ物足りなかった。
『面白かった?』
『普通』
『さっき紗季と楽しそうに話してたのに』
『見てたの?』
『近くにいたから』
政は落ちた本を棚へ戻した。
そして、由紀が背中に隠している続編を指さす。
『それ、買うんだろ?』
『……うん』
『じゃあ行こう』
『からかわないの?』
『由紀が恋愛小説読むくらい、別に普通だろ』
政はそう書いてから、少しだけ笑った。
『俺たちみたいな幼なじみが出てくるの?』
由紀は一瞬、答えに迷った。
『似てない』
『読んでないのに分かる?』
『前の巻を読んだから』
『どこが違う?』
『あっちは、お互いを好きになる』
由紀は書いたあと、すぐに後悔した。
政の手が止まる。
二人の間に、少しだけ妙な空気が流れた。
由紀は慌てて続ける。
『最後に付き合う話だった』
『そういう意味か』
政は納得したようにうなずいた。
由紀は胸の中で息を吐く。
何を勘違いしそうになったのか、自分でも分からなかった。
会計を済ませたあと、二人は店の外へ出た。
空はまだ明るい。
政が近くの自動販売機を指さした。
『飲み物買わない?』
『政のおごり?』
『俺は勝負に負けたんだけど』
『お願いを聞くって言った』
『書店に付き合うことがお願いだろ』
『冗談』
由紀は財布を取り出し、温かいミルクティーを買った。
政は炭酸飲料を選ぶ。
二人は店の近くにある小さな公園へ入り、ベンチに座った。
学校帰りの生徒や、散歩をしている親子が通り過ぎていく。
政が炭酸飲料を一口飲み、由紀の紙袋を指さす。
『続編、今から読む?』
『家で読む』
『読み終わったら貸して』
由紀はミルクティーを落としそうになった。
『政が読むの?』
『駄目?』
『恋愛小説だよ』
『読んだことないから、読んでみたい』
『本当に?』
『由紀が面白いって思った本なら』
『普通って言った』
『本当は面白かったんだろ』
由紀は答えなかった。
政はやはり、由紀が嘘をつくと分かるらしい。
『貸さない』
『何で?』
『政には合わない』
『読まないと分からない』
『絶対途中で飽きる』
『最後まで読む』
『寝る』
『寝ない』
政は意地になっているようだった。
由紀は少し考え、ミルクティーを両手で包む。
『じゃあ前の巻から』
『貸してくれる?』
『感想を書くなら』
『読書感想文?』
『三行でいい』
『簡単すぎる』
『政にはちょうどいい』
『馬鹿にしてる?』
『少しだけ』
政は悔しそうにしていたが、すぐに笑った。
『約束な』
由紀もうなずく。
政が、由紀の好きな本を読む。
それだけのことなのに、少し嬉しい。
自分が感じた面白さを、政も分かってくれるかもしれない。
登場人物を見て、何を思うのだろう。
幼なじみ同士の恋愛を読んで、政は自分たちのことを少しでも思い出すのだろうか。
そこまで考えて、由紀は慌ててミルクティーを飲んだ。
『顔、赤いけど熱い?』
政が心配そうにノートを見せる。
『飲み物が熱かっただけ』
『気をつけろよ』
『分かってる』
由紀が返事を書くと、政は自分の炭酸飲料を差し出した。
『こっち飲む?』
『いらない』
『冷たい』
『炭酸苦手』
『知ってる』
『じゃあ、すすめないで』
『反応が見たかった』
『最低』
由紀は政の腕を軽く叩いた。
政は笑いながら逃げる。
いつものやり取りだった。
けれど、学校でも帰り道でもない場所で二人きりになると、少しだけ違って感じる。
公園のベンチ。
買ったばかりの本。
政と過ごす、予定になかった時間。
華怜が言っていた言葉を思い出す。
二人きりで出かけたら、デート。
由紀はすぐにその考えを打ち消した。
これは勝負のお願いで、書店へ付き合ってもらっただけだ。
デートではない。
けれど、嫌ではなかった。
政と二人で寄り道する時間が、思ったより楽しいと感じている。
飲み物を飲み終え、二人は再び帰り道を歩き始めた。
政は紙袋を持つ由紀へ、ノートを差し出す。
『今日のお願い、これだけでよかった?』
『うん』
『もっと大変なことを頼まれると思った』
『例えば?』
『一週間、由紀の言うことを全部聞くとか』
『それにすればよかった』
『今から変更はなし』
『逃げた』
『約束は書店だった』
『残念』
由紀が笑うと、政も笑った。
少し歩いたところで、政がまた書く。
『でも、また寄り道したい』
由紀の足が少しだけ遅くなる。
『勝負に負けなくても?』
『負けないと駄目?』
『別に』
『じゃあ次は普通に行こう』
政は自然に書いた。
由紀は返事を考える。
断る理由はなかった。
それどころか、次はどこへ行くのか、少し気になっている。
『政が寝坊しなかったら』
『それ、学校に行くときと同じ条件』
『大事だから』
『絶対寝坊しない』
『じゃあ考えておく』
『約束じゃないの?』
『考えておく』
政は不満そうだったが、それ以上は追及しなかった。
別れ道へ着くと、由紀は紙袋から前巻を取り出した。
明日貸すつもりだったが、政が忘れないうちに渡しておくことにする。
『これ』
政は本を受け取った。
表紙の題名を見て、少しだけ笑う。
『今日から読む』
『三行の感想を忘れないで』
『分かった』
政は本を鞄へしまい、それから由紀へノートを見せた。
『由紀』
『何?』
『今日は楽しかった』
由紀はその文字を見つめた。
自分も同じだった。
ただ書店へ行き、本を買い、公園で飲み物を飲んだだけ。
それでも、いつもの放課後とは違った。
由紀は少し迷い、返事を書く。
『私も』
政の表情が明るくなる。
それを見て、由紀も小さく笑った。
政は手を振り、自分の家へ向かって歩き出す。
由紀も背を向けたあと、もう一度だけ振り返った。
政も同じタイミングで振り返っていた。
二人の視線が重なる。
政は少し驚いたあと、大きく手を振った。
由紀も控えめに手を振り返す。
勝負のご褒美として始まった、二人きりの寄り道。
けれど帰り道の由紀の胸には、勝ったことよりも、政が「また行こう」と書いた言葉の方が強く残っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
お話とは違いますが
暖かいミルクティーって冬に小さいのしか売ってなくないですか?
500ml位のサイズの温かいの飲みたいなって思うときあるんですよね。
由紀と政は、幼い頃から筆談を続けてきた大切な幼なじみです。二人にとっては当たり前だった関係も、高校生活の中で少しずつ変化していきます。
まだ自分たちの気持ちに気づいていない二人ですが、華怜と蓮にはすでに何かが見えているようです。これから増えていく四人の日常と、筆談ノートに書かれる新しい言葉を、引き続き楽しんでいただけたらうれしいです。




