↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/7

第7話 三行の感想と、消した言葉

この物語を手に取っていただき、ありがとうございます。


『君に届くまで、何度でも』は、耳の聞こえない白澤由紀と、幼い頃から筆談を続けてきた霧島政を中心に描く、学園日常ラブコメです。


言葉は、声だけで伝えるものではありません。文字や表情、視線、そして誰かのために立ち止まる時間にも、気持ちは込められると思います。


私立桐星学園で始まる四人の高校生活と、幼なじみだった由紀と政の関係が少しずつ変わっていく様子を、温かく見守っていただけたらうれしいです。


キャラ名

白澤由紀(しろさわゆき)

霧島政(きりしませい)

北上華怜(ほくじょうかれん)

長篠蓮(ながしのれん)

宮野紗季(みやのさき)



 翌朝、由紀が待ち合わせ場所へ着くと、政は電柱にもたれたまま、大きなあくびをしていた。


 目の下には、うっすらと疲れが見える。


 由紀に気づいた政は、鞄から筆談ノートを取り出した。


『おはよう』


『眠そう』


『少し寝不足』


『夜更かししたの?』


 政は返事を書く代わりに、鞄の中から一冊の文庫本を取り出した。


 昨日、由紀が貸した恋愛小説だった。


『読み終わった』


 由紀は思わず本と政の顔を交互に見た。


『一晩で?』


『読み始めたら止まらなかった』


『途中で寝ると思ってた』


『俺を甘く見すぎ』


『今日の授業で寝そう』


『それは否定できない』


 政は本の表紙を軽く叩いた。


 幼い頃から一緒にいる男女が、互いへの気持ちに気づけないまま、すれ違いを重ねていく物語。


 普段の政なら、恋愛小説に興味を持つとは思えなかった。


『面白かった?』


 由紀が尋ねると、政は少し考えたあと、ノートを閉じた。


『感想は学校で渡す』


『今書けばいいでしょ』


『三行にまとめた』


『宿題みたい』


『由紀が感想を書けって言ったんだろ』


『三行でいいって言っただけ』


『ちゃんと三行にした』


 政はなぜか得意そうだった。


 由紀が手を出しても、政は感想を見せようとしない。


『今見せて』


『学校まで待って』


『どうして?』


『少し恥ずかしい』


 政がそう書いた瞬間、由紀の手が止まった。


 恋愛小説の感想が恥ずかしいということだろう。


 それ以上の意味はない。


 それでも、政が何を感じたのか急に気になった。


『変なこと書いた?』


『変ではない』


『じゃあ見せて』


『あとで』


 政は本を鞄へ戻し、先に歩き始める。


 由紀もその隣へ並んだ。


 いつもなら、くだらない言葉を次々に書いてくる政が、今日は妙に静かだった。


 寝不足だからなのか。


 それとも、借りた本が関係しているのか。


 由紀が横顔を見ていると、政が気づいてノートを開いた。


『そんなに気になる?』


『別に』


『さっきから何回も見てる』


『政が静かだから』


『静かな方がいいって、いつも言ってるだろ』


『本当に静かだと気になる』


 由紀は書いたあとで、少し後悔した。


 政はその文章を見つめ、嬉しそうに笑った。


『やっぱり俺が静かだと寂しい?』


『違う』


『昨日も一緒に寄り道できて楽しかったし』


『話を変えないで』


『由紀も楽しかったって書いた』


『もう忘れて』


『一生覚えてる』


 以前にも見た返事だった。


 由紀はノートを閉じ、政へ押し返す。


 政は楽しそうな顔をしながら、由紀の隣を歩いた。


 教室へ入ると、華怜と蓮はすでに席に着いていた。


 紗季も由紀に気づき、笑顔で手を振る。


 政は由紀の席まで来ると、鞄から本と一枚の紙を取り出した。


『約束の感想』


 紙には、政の文字で三行だけ書かれていた。


『主人公は鈍すぎる』


『幼なじみの男は、もっと早く気持ちを伝えればいい』


『でも、今までの関係を壊したくない気持ちは少し分かる』


 由紀は最後の一行を見つめた。


 予想していたよりも、ずっと真面目な感想だった。


『政にも分かるの?』


『何が?』


『関係を壊したくない気持ち』


 政は由紀の質問を読むと、少し困ったような顔をした。


『想像すれば分かる』


『政は考える前に動くのに』


『俺だって、たまには考える』


『たまに?』


『大事なことなら』


 由紀は、もう一度感想の三行目を見る。


 今までの関係を壊したくない。


 政にも、そう思う相手がいるのだろうか。


 由紀が何かを書こうとしたところで、華怜が横から紙を取った。


『見せて』


 由紀が止めるより早く、華怜は感想を読んだ。


 そして、すぐに蓮と紗季を呼ぶ。


 三人は紙を囲み、政の感想を確認した。


 蓮が政の肩を叩き、何かを言う。


 政は慌てて紙を取り返そうとした。


 華怜は身体を反らし、政の手から紙を守りながら、由紀へスマートフォンを見せる。


『蓮が、「お前にも壊したくない幼なじみとの関係があるもんな」って』


 由紀は画面を読んだあと、政を見た。


 政は耳まで赤くし、蓮の肩をつかんでいる。


 紗季もスマートフォンへ文字を打つ。


『感想というより、本人の気持ちみたい』


『違うと思う』


『どうして?』


『政は深く考えてないから』


 由紀が返すと、華怜は呆れたように肩を落とした。


 蓮も政から離れ、由紀と政を交互に見たあと、大きくため息をつく。


 二人が何を言いたいのかは、由紀にも分かった。


 しかし、自分たちが小説の二人と同じだとは思えなかった。


 政とは幼い頃から一緒にいる。


 筆談で何度も言葉を交わし、けんかをしても、次の日になればまた隣を歩く。


 それは恋愛ではない。


 ただの幼なじみだ。


 そう思おうとするたび、昨日の寄り道や、政が書いた「また行こう」という言葉が頭に浮かんだ。


 もも先生が教室へ入ってくると、四人は自分の席へ戻った。


 一時間目の授業が始まった。


 寝不足だった政は、授業開始から十分もたたないうちに、何度も頭を揺らしていた。


 教師が黒板へ文字を書いている間に目を閉じ、少しすると慌てて顔を上げる。


 その様子を、近くにいる蓮が笑っていた。


 由紀も教室の反対側から政を見る。


 昨夜、一冊の本を最後まで読んだ。


 由紀が貸した本だから。


 その事実が、少し嬉しかった。


 授業の途中、政の頭が机へ落ちそうになった。


 由紀は思わず立ち上がりかける。


 しかし、隣の生徒が政の肩を軽く叩いたため、政はすぐに目を覚ました。


 由紀は何事もなかったように教科書へ視線を戻す。


 隣に座る紗季が、小さな紙を机の間へ置いた。


『今、助けに行こうとした?』


『してない』


『立とうとしてた』


『教科書を取りたかっただけ』


『机の上にあるけど』


 由紀は返事を書かず、紙を裏返した。


 紗季は楽しそうに笑っている。


 授業が終わると、政は真っ先に由紀の席へ来た。


『眠い』


『自業自得』


『由紀が貸した本のせい』


『読むのを止めればよかったでしょ』


『続きが気になった』


『それなら面白かったって書けばいいのに』


『書いたら由紀が喜ぶと思って』


『喜ばない』


『本当に?』


 由紀は返事に迷った。


 自分の好きな本を、政も面白いと思ってくれた。


 本当は嬉しかった。


『少しだけ』


 由紀が書くと、政は目を見開いた。


 最近の由紀は、以前より素直になっている気がする。


 その原因が政なのだと思うと、少し悔しかった。


『続編も貸して』


『まだ私が読んでない』


『読み終わったら』


『政、恋愛小説に興味なかったでしょ』


『この二人がどうなるかは気になる』


『もう付き合ったけど』


『付き合ったあとの話もあるんだろ』


『ある』


『じゃあ読む』


 政は迷いなく書いた。


 由紀は不思議に思いながら、政へ尋ねる。


『そんなに気に入ったの?』


 政のペンが止まった。


 しばらく考えたあと、ゆっくり書く。


『自分たちに少し似てるから』


 由紀の心臓が、大きく動いた気がした。


 政はすぐに続きを書き足す。


『幼なじみで、女の方が素直じゃないところ』


 由紀はノートを奪い取った。


『誰が素直じゃないの?』


『由紀』


『主人公はもっと優しい』


『由紀も優しいだろ』


 政は自然に書いた。


 由紀の手が止まる。


 からかっている表情ではなかった。


『たまに怖いけど』


 余計な一言が付け加えられた。


 由紀はノートで政の腕を軽く叩く。


 政は笑いながら逃げた。


 少し離れたところでは、華怜と蓮が二人の様子を見ている。


 蓮がスマートフォンへ文字を打った。


『自分たちに似てるって、普通に書いたぞ』


 華怜も返事をする。


『あと少しで気づきそうなのに、最後の一歩が遠いね』


『俺たちが押す?』


『押しすぎたら逃げるから、もう少し見てよう』


 二人は静かにうなずいた。


 昼休みになると、五人はいつものように机を囲んだ。


 政は寝不足のためか、弁当を食べながらも何度もあくびをしている。


 蓮が政へ何かを言い、華怜が由紀のために内容をスマートフォンへ打つ。


『蓮が、「恋愛小説を読んで夜更かしした人気者」って、政をからかってる』


 政はすぐに反論した。


 今度は紗季が文字にしてくれる。


『「由紀に感想を提出する約束だったから仕方ない」だって』


『今日までとは言ってない』


 由紀がノートへ書くと、政は驚いた顔をした。


『早い方がいいだろ』


『無理しなくていいのに』


『約束したから』


 政は当たり前のように返した。


 政は、由紀との小さな約束をよく覚えている。


 登校時間。


 次の勝負。


 貸した本の感想。


 由紀が忘れていることまで、政は覚えていることがあった。


 その一つ一つを特別だと思うのは、自分だけなのだろうか。


 由紀が考えていると、紗季が昨日買った続編について尋ねてきた。


『まだ最初だけ』


『二人、付き合ったあともすれ違うから面白いよ』


『付き合ったのに?』


『幼なじみの距離感が抜けなくて、恋人らしくできないの』


 華怜が横から画面をのぞき込み、文字を打ち足す。


『由紀と政も、付き合っても今と変わらなそう』


 由紀はすぐに返事を打つ。


『付き合わない』


『どうして?』


『どうしても何もない』


 蓮も会話に加わり、画面を見せる。


『政が告白してきたら?』


 由紀の指が止まる。


 政は蓮と別の会話をしていて、この質問には気づいていない。


『しないでしょ』


『仮の話』


『考えたことない』


『今考えて』


『嫌』


 由紀はスマートフォンを伏せた。


 華怜と蓮は不満そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。


 由紀は弁当へ視線を落とす。


 もし、政から好きだと書かれたら。


 そんなことはない。


 政にとって由紀は、昔からの幼なじみだ。


 気にかけてくれるのも、一緒に帰るのも、長く続いた習慣にすぎない。


 そう考えたところで、由紀は朝に見た三行目を思い出す。


『今までの関係を壊したくない気持ちは少し分かる』


 あれは、誰のことだったのだろう。


 放課後、由紀は図書委員の仕事で図書室へ向かった。


 返却された本を棚へ戻す作業を終える頃には、教室に残っている生徒はほとんどいなかった。


 由紀が昇降口へ向かうと、靴箱の近くに政が立っていた。


 以前と同じように、壁にもたれて待っている。


 由紀に気づくと、ノートを持ち上げた。


『お疲れ』


『また待ってたの?』


『たまたま』


『今日は何をしてたの?』


『体育委員の話』


『毎回あるの?』


『今日は本当にあった』


 政は少し慌てて書き加えた。


 由紀は笑いながら靴を履き替える。


 二人で校門を出ると、空は薄い橙色に染まっていた。


 政は歩きながら何度かあくびをする。


『眠いなら先に帰ればよかったのに』


『由紀を待つって決めてた』


『いつ決めたの?』


『図書委員になった日』


『聞いてない』


『言ってないから』


『勝手に決めないで』


『嫌だった?』


 由紀は返事に迷う。


 嫌ではない。


 図書室を出たとき、政が待っていると少し安心する。


 けれど、それを正直に書けば、また政が嬉しそうにする。


『嫌ではない』


 結局、由紀はそう書いた。


 予想通り、政の表情が明るくなる。


『じゃあ待つ』


『毎回じゃなくていい』


『待てる日は待つ』


『政が帰りたい日は帰って』


『由紀と帰りたい日は?』


『待てばいい』


 政はしばらくその文章を見つめていた。


 由紀は自分が何を書いたのか理解し、少しだけ顔をそらす。


『今日も一緒に帰りたかった?』


『質問が多い』


『答えて』


『政は?』


 由紀が聞き返すと、政は迷わず書いた。


『一緒に帰りたかった』


 真っすぐな文字だった。


 由紀は政の顔を見る。


 政はいつもと同じように笑っている。


 恥ずかしがっている様子もない。


 どうして、そんな言葉を簡単に書けるのだろう。


『私も』


 由紀は小さく返した。


 政が驚いた顔をする。


 由紀はノートを閉じようとしたが、政が先に手で押さえた。


『最近、素直だな』


『本を返してもらったから』


『関係ある?』


『ある』


『じゃあ、また本を読めばもっと素直になる?』


『ならない』


『続編を貸して』


『私が読み終わったら』


 政は満足そうにうなずいた。


 二人は並んで歩き続ける。


 途中、政は筆談ノートへ何かを書こうとした。


 しかし、数文字書いたところで手を止める。


 由紀がのぞき込もうとすると、政は慌ててその部分を何度も塗りつぶした。


『何を書いたの?』


『間違えた』


『見せて』


『もう消した』


『何て書いたの?』


『秘密』


『政が秘密にするの珍しい』


『由紀も本の題名を隠してた』


『それはもう知られた』


『じゃあ、次は俺の番』


 政はノートを閉じた。


 由紀は気になったが、無理に取り上げることはしなかった。


 ただ、黒く塗りつぶされた部分の最初には、「もし」という文字が見えた気がした。


 もし。


 その続きに、政は何を書こうとしたのだろう。


 別れ道へ着くまで、由紀は何度も考えた。


 政は最後まで、消した言葉を教えなかった。


 家へ帰った由紀は、借りた続編を開いた。


 物語の主人公は、幼なじみから恋人になった相手へ、自分の気持ちをうまく伝えられずにいた。


 今までの関係を壊したくない。


 けれど、今までのままではいられない。


 由紀は本の文章を読みながら、政が消した言葉を思い出す。


 ――もし。


 もしかすると、あのあとには自分と同じ疑問が続いていたのかもしれない。


 もし、幼なじみを好きになったら。


 もし、今までの関係が変わったら。


 由紀は首を横に振り、本へ視線を戻す。


 考えすぎだ。


 政はきっと、くだらないことを書こうとして間違えただけ。


 それでも、その夜はいつもより本の内容が頭に入らなかった。


 一方、政は自分の部屋で筆談ノートを開いていた。


 黒く塗りつぶした部分を、指でなぞる。


 消した言葉は、短い一文だった。


『もし俺たちが付き合ったら、どうなると思う?』


 小説の感想として書こうとしただけだった。


 深い意味はない。


 そう自分へ言い聞かせたものの、由紀に見せることはできなかった。


 政はノートを閉じ、由紀から借りた本を机の上へ置いた。


 表紙に描かれた二人の幼なじみは、互いを見つめながら笑っている。


 政はしばらくその絵を見つめ、ベッドへ倒れ込んだ。


 友達より近く、恋人ではない。


 今まで気にしたこともなかった二人の距離が、恋愛小説を読んでから、少しだけ分からなくなっていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

もし、幼馴染と付き合ったらを考えて迷い続ける二人尊いですね。


由紀と政は、幼い頃から筆談を続けてきた大切な幼なじみです。二人にとっては当たり前だった関係も、高校生活の中で少しずつ変化していきます。


まだ自分たちの気持ちに気づいていない二人ですが、華怜と蓮にはすでに何かが見えているようです。これから増えていく四人の日常と、筆談ノートに書かれる新しい言葉を、引き続き楽しんでいただけたらうれしいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。