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第2話 新しい友達と、余計なお世話

この物語を手に取っていただき、ありがとうございます。


『君に届くまで、何度でも』は、耳の聞こえない白澤由紀と、幼い頃から筆談を続けてきた霧島政を中心に描く、学園日常ラブコメです。


言葉は、声だけで伝えるものではありません。文字や表情、視線、そして誰かのために立ち止まる時間にも、気持ちは込められると思います。


私立桐星学園で始まる四人の高校生活と、幼なじみだった由紀と政の関係が少しずつ変わっていく様子を、温かく見守っていただけたらうれしいです。


主要キャラ名

白澤由紀(しろさわゆき)

霧島政(きりしませい)

北上華怜(ほくじょうかれん)

長篠蓮(ながしのれん)


新しい友達

宮野紗季(みやのさき)


 高校生活二日目の朝。


 白澤由紀が待ち合わせ場所へ着くと、霧島政はすでに電柱のそばに立っていた。


 由紀の姿を見つけた政は、鞄から筆談ノートを取り出す。


『遅い』


 由紀は腕時計を確認した。


 約束の時間までは、あと五分ある。


『まだ時間前』


『俺は十分前から待ってた』


『政が早すぎるだけ』


『昨日、寝坊しなかったら一緒に行くって書いただろ』


『寝坊はしてない』


『じゃあ問題なし』


 政は満足そうにノートを閉じ、学校へ向かって歩き始めた。


 由紀はその隣へ並ぶ。


 昨日と同じ道なのに、一人で歩くときより短く感じた。


 政は歩きながら何度も口を動かしていた。由紀が横を向くと、慌ててノートを開く。


『今日の一時間目、何だっけ?』


『国語』


『宿題あった?』


『入学二日目であるわけないでしょ』


『よかった』


『学校に来る前に確認しても遅いと思う』


 政が安心した表情を浮かべたところで、後ろから蓮が走ってきた。


 少し遅れて華怜も現れる。


 蓮は政の肩を叩き、何かを話した。政が大げさに反応し、二人で笑い始める。


 由紀には内容が分からなかったが、華怜がすぐにスマートフォンを見せてくれた。


『蓮が、「二人で登校なんて朝から仲いいな」って』


 由紀は画面に文字を打つ。


『待ち合わせただけ』


『誰も待ち合わせの理由は聞いてないけど?』


 華怜が楽しそうに笑う。


 由紀は返事をせず、先に歩き始めた。


 その後ろで、華怜と蓮が顔を見合わせていた。


 一年二組の教室へ入ると、昨日よりも生徒同士の会話が増えていた。


 すでに名前を呼び合っている者もいる。机の周りに集まり、昨日の帰宅後に連絡先を交換したらしい生徒たちもいた。


 由紀は自分の席に座り、教科書を机の中へ入れる。


 政は当然のように身体を後ろへ向けた。


『昨日より人が増えた気がする』


『人数は同じ』


『雰囲気の話』


『たまにはまともなこと言うんだね』


『たまには余計』


 政が何かを書き返そうとしたところで、もも先生が教室へ入ってきた。


 桃瀬真帆は黒板へ、一時間目の内容を書いていく。


『自己紹介カード作成』


 自分の名前や趣味、好きなものを書いたカードを作り、近くの席の生徒と交換するらしい。


 由紀はプリントへ視線を落とした。


 名前。


 趣味。


 好きな食べ物。


 高校でやってみたいこと。


 書く内容自体は難しくない。


 問題は、そのあとの交流だった。


 もも先生は座席表を確認しながら、二人一組の組み合わせを黒板へ書いていく。


 由紀の相手は、教室の中央付近に座っている女子生徒だった。


 名前は宮野紗季。


 昨日の自己紹介では、読書が好きだと話していたはずだ。由紀は蓮が書いてくれたメモで、その内容を知っていた。


 由紀が立ち上がろうとすると、政がすぐにノートを差し出した。


『大丈夫?』


『何が?』


『知らない人と二人だろ』


『自己紹介するだけ』


『俺も一緒に行こうか?』


 由紀は政の顔を見た。


 心配してくれているのだろう。


 昔から政は、由紀が一人になるとすぐに気づく。会話に入れていなければ、ノートを持って隣へ来る。


 それに助けられたことは、何度もあった。


 けれど今は、少し違う。


『自分で行ける』


『でも、困ったら』


『そのときは呼ぶ』


『聞こえないのに?』


 由紀は少し考えてから書いた。


『呼ばない。見せる』


 政のノートを指さすと、政は納得したような、していないような顔をした。


 由紀は自己紹介カードとペンを持ち、宮野紗季の席へ向かった。


 紗季は由紀が近づいてくると、緊張した表情で立ち上がった。


 そして、由紀から見えるように正面を向き、ゆっくり口を動かす。


「よろしく」


 由紀は口の形を読み取り、うなずいた。


 しかし、次に紗季が話した言葉は分からなかった。緊張しているためか、口元の動きが小さくなっている。


 由紀が首をかしげると、紗季は慌てた。


 声を大きくすればよいと思ったらしく、今度は口を大きく開けて何かを言う。


 由紀には、それでも聞こえない。


 紗季は困ったように周囲を見回した。


 由紀は持っていたカードの裏へ書く。


『普通に文字で話せば大丈夫だよ』


 紗季は一瞬驚いたあと、自分の筆箱からペンを取り出した。


『ごめん。どうすればいいか分からなくて』


『謝らなくて大丈夫』


『正面からゆっくり話せば伝わるって書いてあったから』


『分かるときもあるけど、文字の方が確実』


 紗季は何度かうなずいた。


 それから、自分の自己紹介カードを由紀へ差し出す。


 趣味の欄には「読書」と書かれていた。


 好きな本の種類は、恋愛小説。


『白澤さんも読書が好きなの?』


 由紀のカードを見た紗季が尋ねる。


『好き。ミステリーが多いけど』


『私もたまに読む。図書室、一緒に見に行かない?』


 由紀はその文字を見つめた。


 自分から誰かを誘うことも、誰かに誘われることも、由紀には多くない。


 華怜と友達になったときも、最初に声をかけたのは華怜だった。


 けれど、筆談を続けるのが面倒になり、途中で離れていく人もいた。


 紗季も、いつかそうなるかもしれない。


 そんな考えが、頭の中をよぎる。


 それでも由紀は、カードの裏へ返事を書いた。


『今日の昼休みなら』


 紗季の表情が明るくなった。


『本当? 約束ね』


 少し離れた席では、政がこちらを見ていた。


 目が合うと、すぐに視線をそらす。


 由紀は眉を寄せた。


 何度か同じことが続いたあと、政は我慢できなくなったのか、ノートを持ってこちらへ歩いてきた。


『困ってない?』


 由紀は政のノートを見て、ため息をつく。


『困ってない』


『本当に?』


『宮野さんと話してるだけ』


『ならいいけど』


 政は紗季へ軽く頭を下げた。


 紗季も会釈を返す。


 そのまま戻るかと思ったが、政は由紀のそばに立ったままだった。


『何?』


『いや、何か手伝うことあるかなって』


『ない』


『文字を書く役とか』


『二人とも書ける』


『そうだけど』


『政』


 由紀は少し強く、文字を書いた。


『私が困る前に、勝手に困ってることにしないで』


 政の表情が止まった。


 由紀は書いたあとで、少し言いすぎたと思った。


 政は由紀を傷つけようとしたわけではない。ただ、昔と同じように助けようとしただけだ。


 それでも、由紀は自分で紗季と話してみたかった。


 政がいなければ何もできないと思われたくなかった。


 政はしばらくノートを見たあと、小さくうなずいた。


『ごめん』


 それだけを書き、自分の席へ戻っていった。


 休み時間になっても、政は由紀の方を振り返らなかった。


 蓮と話しているようだが、いつものような大きな笑顔ではない。


 由紀は何度か声をかけようとして、やめた。


 声では届かない。


 ノートを渡せばよいだけなのに、その一歩が思ったより難しかった。


「けんかしたの?」


 隣の華怜が、スマートフォンの画面を見せる。


『けんかじゃない』


『政、捨てられた犬みたいな顔してるけど』


 由紀が前を見ると、政は机に頬杖をついていた。


 確かに、少し落ち込んでいるように見える。


『私が悪い?』


 由紀が尋ねると、華怜は首を横に振った。


『言ったことは間違ってない。でも政は、由紀を困らせたと思ってるんじゃない?』


 由紀は前の席を見つめた。


 政は昔から、何度も由紀を助けてくれた。


 周囲の会話に入れないときも、連絡事項を聞き逃したときも、いつも文字にして伝えてくれた。


 由紀にとって、それは当たり前になっていた。


 けれど、政にとっては当たり前ではない。


 毎回ノートを開き、ペンを持ち、由紀が読んで返事を書くまで待ってくれている。


 由紀は自分のノートを開いた。


『さっきは言い方が悪かった』


 そこまで書いて、少し迷う。


 やがて続きを書き、政の背中を軽く叩いた。


 政が振り返る。


『心配してくれるのは嬉しい。でも、自分でできることは自分でやりたい』


 政は文章をゆっくり読んだ。


 由紀はさらに書き足す。


『本当に困ったら、ちゃんと政に見せるから』


 政の表情が、少しだけ明るくなった。


『分かった』


 その下へ続ける。


『そのときは三秒で行く』


『早すぎる』


『じゃあ五秒』


『あまり変わらない』


『由紀が呼んだら急ぐ』


 由紀はその言葉を見つめた。


 政は真剣な顔をしている。


 軽い冗談のように見えて、きっと本気なのだろう。


『ありがとう』


 由紀が書くと、政は大きく目を見開いた。


『今日の由紀、素直すぎない?』


『返して』


『もう少し見せて』


『返して』


 由紀がノートを取ろうとすると、政は身体を前へ向けて隠した。


 由紀は背中を何度も叩く。


 その様子を見た華怜と蓮は、安心したように顔を見合わせた。


 昼休みになると、由紀は紗季と一緒に図書室へ向かった。


 華怜も一緒に来てくれたが、政と蓮は教室に残った。


 図書室には新しい本の匂いが満ちていた。


 紗季はおすすめの恋愛小説を一冊取り出し、由紀へ見せる。


『これ、すごくいいよ』


『どんな話?』


『ずっと幼なじみだった二人が、少しずつ好きだって気づく話』


 由紀の手が止まった。


 紗季は何も気づかず、説明を続けている。


 隣にいた華怜は、由紀の顔を見ると、楽しそうに笑った。


『由紀にぴったりだね』


『どういう意味?』


『そのままの意味』


 由紀は本を棚へ戻そうとした。


 しかし紗季が、ぜひ読んでほしいという顔で見ている。


 由紀は迷った末、その本を借りることにした。


 教室へ戻ると、政がすぐに由紀の持っている本へ気づいた。


『何借りた?』


 由紀は表紙を政から隠す。


『別に』


『見せて』


『嫌』


『怪しい』


 政が本を取ろうと手を伸ばす。


 由紀は慌てて胸元へ抱え込んだ。


 その表紙には、大きく「幼なじみの恋」と書かれている。


 政に見られるわけにはいかなかった。


 由紀の反応が面白かったのか、政はさらに身を乗り出す。


 由紀は椅子を引き、距離を取った。


 その様子を見ていた華怜が、蓮へスマートフォンの画面を見せる。


『参考書が必要なのは由紀の方だったみたい』


 蓮は笑いをこらえながら入力した。


『政にも同じ本を貸そう』


 二人は無言でうなずいた。


 放課後、四人で校門を出た。


 紗季とは、明日も図書室へ行く約束をした。


 由紀に新しい友達ができたことを、政は自分のことのように喜んでいた。


『よかったな』


 政がノートに書く。


『何が?』


『宮野さんと仲良くなれそうで』


『まだ分からない』


『でも、楽しそうだった』


 由紀は政を見た。


 授業中、何度もこちらを確認していたことを思い出す。


『ずっと見てたの?』


『たまに』


『何回?』


『少しだけ』


『それは答えになってない』


 前を歩いていた蓮が振り返り、指で八を作った。


 華怜は両手を使い、さらに二を足す。


 十回。


 由紀が政を見ると、政は二人をにらんでいた。


『心配だっただけ』


『私が一人で話すの、そんなに珍しい?』


 政は少し考えてから書いた。


『珍しいんじゃなくて、嬉しかった』


 由紀は文字を見つめる。


『どうして政が嬉しいの?』


『由紀が楽しそうだったから』


 政は当然のように書いた。


 由紀の胸の奥が、また少しだけ落ち着かなくなる。


 政は昔から、由紀が笑うと嬉しそうにする。


 けれど、それを文字で見せられると、いつもより真っすぐ届いてしまう。


 由紀は返事に迷い、ノートを閉じた。


 少し前を歩いていた華怜と蓮が振り返る。


 二人はまた、同じことを考えている顔をしていた。


 ――もう早く付き合えばいいのに。


 由紀は二人から目をそらし、政の隣を歩く。


 今朝までは、新しいクラスで誰かと話せるとは思っていなかった。


 けれど、紗季と本の話をした。


 自分から図書室へ行く約束もした。


 その一歩を喜んでくれる人が、隣にいる。


 由紀は鞄から筆談ノートを取り出した。


『明日も一緒に行く?』


 政は足を止めた。


 由紀から誘われるとは思っていなかったらしい。


『行く』


 大きな文字で即答する。


『ただし、十分前に来なくていい』


『五分前なら?』


『時間ちょうど』


『遅刻しそうで怖い』


『私が待つ』


 書いてから、由紀は自分の言葉に気づいた。


 政も同じだったらしく、目を丸くしている。


 由紀は急いで書き足した。


『一分だけ』


『一分でも待ってくれるんだ』


『やっぱり先に行く』


『ごめん。もう言わない』


 政が慌ててノートを押さえる。


 由紀は呆れながらも、小さく笑った。


 新しい友達との会話も、政とのいつもの筆談も、始まったばかりだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


由紀と政は、幼い頃から筆談を続けてきた大切な幼なじみです。二人にとっては当たり前だった関係も、高校生活の中で少しずつ変化していきます。


まだ自分たちの気持ちに気づいていない二人ですが、華怜と蓮にはすでに何かが見えているようです。これから増えていく四人の日常と、筆談ノートに書かれる新しい言葉を、引き続き楽しんでいただけたらうれしいです。


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