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この村、全員ラスボス経験者でした。 〜もう二度と世界を救いたくない元最強たちのスローライフ〜  作者: にる


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聞こえてしまう夜

夜は、

静かすぎた。


宿の廊下には、

椅子が一脚。


その先に扉。


閉まったまま。


昼のうち、

誰も動かさなかった。


夕方、

ユウトが食堂へ戻ったあとも。


食事を終えたあとも。


灯りが減ったあとも。


椅子はそこにあった。


扉も、

そこにあった。


ユウトは部屋の布団に横になっていた。


今日は眠れそうだった。


昼の終わりに、

今日は入らないと決めた。


入れなかったのではない。


止められたのでもない。


自分で決めた。


そのことが、

身体の中に少しだけ重さを作っていた。


嫌な重さではない。


足裏が床を確かめる時のような重さ。


ここにいると、

分かる重さ。


ユウトは目を閉じる。


耳の奥で、

いつもの声がする。


「……前も」


「……違う」


「……まだ」


短い。


遠い。


意味にならないまま、

消えていくはずだった。


でも、

今夜は消えなかった。


廊下で、

床板が鳴った。


一度。


少し間を置いて、

もう一度。


耳の奥ではない。


本当に、

宿の中で鳴った音だった。


ユウトは目を開ける。


暗い。


部屋の中は静か。


窓の外も静か。


また、

床板が鳴る。


今度は、

足音だと分かった。


一人ではない。


軽い足音。


重い足音。


ほとんど音のしない足取り。


廊下の奥へ向かっている。


扉の方へ。


ユウトは起き上がった。


身体が先に動いた。


布団から足を下ろす。


床は冷たい。


扉まで歩く。


自分の部屋の扉。


取っ手に手をかける。


そこで止まる。


開ければ、

廊下に出る。


昼に置いた椅子が見える。


その先の扉も見える。


四人もいるかもしれない。


出る理由はある。


聞く理由もある。


でも、

ユウトは取っ手を回さなかった。


代わりに、

扉へ耳を近づけた。


声がする。


小さい。


廊下の奥。


「動かすべきだった」


ドラムの声。


低い。


いつもより、

さらに低い。


「板を置けばよかった」


「置いたら、あの子の場所を消すことになる」


アーシャ。


昼の声より、

少し掠れている。


「あれは場所じゃない」


「場所だよ」


「椅子一つだ」


「だからだよ」


短い言葉がぶつかる。


相談ではない。


誰も、

どうするべきかを聞いていない。


ただ、

自分の答えを置いている。


「触れなければいい」


ドラムが言う。


「触れないまま、近くにいることもある」


アーシャが返す。


「近くにいれば、いつか触る」


ガイルの声。


その言葉で、

廊下が少し静かになった。


「なら、離すのか」


ルーンが言う。


「必要なら」


ガイル。


短い。


硬い。


アーシャが息を吸う音がした。


「また?」


その一言だけ、

他の言葉より近く聞こえた。


ユウトは扉に耳をつけたまま、

動けなくなった。


また。


何が。


誰を。


聞きたい。


でも、

扉は開けない。


昼に決めたのは、

奥の扉に入らないことだった。


この扉を開けないことではない。


それでも、

手は動かなかった。


「同じにはしない」


ガイルの声。


「そう言って、同じになった」


アーシャ。


「違う」


「何が」


「今度は、まだ立っている」


今度。


まだ。


言葉が、

意味を持ち始める。


ユウトの胸が浅くなる。


自分について話している。


そう思った。


思った瞬間、

廊下の声が急に近くなった。


「立っているから危ない」


ドラムが言う。


「止まっているだけだ」


ガイル。


「止めているんだよ、私たちが」


アーシャ。


沈黙。


長い。


誰も否定しなかった。


ユウトは、

取っ手から手を離した。


止めている。


誰を。


何から。


聞かなくても分かった。


自分だ。


胸の奥が、

少し冷える。


驚きではない。


たぶん、

ずっと分かりかけていた。


畑の入口。


鍛冶場の板。


食堂の席。


森の手前。


飛び石。


扉。


全部、

止められていた。


でも、

止められていることを、

守られていると呼んでいた。


どちらも間違いではない。


だから、

余計に苦しい。


「本人が決めた」


ルーンが言う。


「今日は入らないと」


「今日は、だ」


ガイル。


「明日は分からない」


ドラム。


「分からなくていい」


アーシャ。


「よくない」


ドラムの声が少し強くなる。


「分からないまま近づく方が危ない」


「分かるために入る方が危ない」


ルーン。


また、

声が止まる。


誰も同じ答えを持っていない。


昼に見たまま。


守り方が違う。


怖がり方が違う。


その中で、

自分だけが何も知らない。


そう思った。


でも、

すぐに少し違うと感じた。


何も知らない。


それでも、

今日は入らないと決めた。


知らないまま、

一つだけ決めた。


そのことまで、

四人の声の中に入っている。


「決めさせるのか」


ガイルが言う。


「決めさせたくない」


アーシャ。


「なら、こちらで決めるしかない」


ドラム。


「それを続けてきた」


ルーンの声。


静か。


静かすぎて、

よく聞こえた。


「その結果が、今だ」


その結果。


今。


ユウトは息を止めた。


誰かが廊下を歩く。


一歩。


椅子が、

小さく軋んだ。


誰かが触れたのか。


座ったのか。


分からない。


「今度こそ」


アーシャが言った。


そこで止まる。


続きが出ない。


「言うな」


ガイルが低く言う。


「言ってない」


「言おうとした」


「じゃあ、何て言えばいいの」


アーシャの声が震えた。


初めて聞く震えだった。


昼の明るい声ではない。


宿で笑う声でもない。


押さえ続けて、

薄くなった声。


「今度こそ、何?」


ドラムが聞く。


責めているようには聞こえなかった。


ただ、

続きを置く場所がない声だった。


アーシャは答えない。


代わりに、

ルーンが言う。


「今度こそ、何もしない」


静かな声。


「それで、いいのか」


ガイル。


「よくない」


ルーンはすぐに答えた。


「よくないまま、やめる」


ユウトの胸が鳴った。


やめる。


何を。


また聞きたくなる。


でも、

その言葉は、

他のどの言葉よりも深く残った。


よくないまま、

やめる。


正しくない。


救えない。


終わらない。


それでも、

やめる。


何かを。


「俺は、できない」


ドラムが言う。


「触れたら、止める」


「壊しても?」


アーシャ。


「壊す前に止める」


「同じだよ」


「違う」


同じ言葉。


何度も繰り返される。


違う。


前も。


まだ。


今度。


断片だった声が、

今夜は繋がってしまう。


完全には分からない。


でも、

分からないままには戻れない。


四人は、

ユウトが扉に入ることを怖がっている。


扉の向こうに、

ユウトが知るべきではない何かがある。


あるいは、

知れば戻ってしまう何かがある。


そして、

それは以前にも起きた。


たぶん。


そこまで考えた瞬間、

頭の奥が白くなった。


白い午後。


欠けた井戸。


歪んだ屋根。


赤い光。


冷たい柄。


知らない景色が、

一瞬だけ重なる。


ユウトは壁に手をついた。


冷たい。


今の壁。


今いる部屋。


呼吸をする。


一度。


二度。


数えそうになって、

やめる。


数えない。


ただ、

息をする。


廊下では、

誰も話していない。


気づかれたのかと思った。


でも、

少ししてルーンの声がした。


「聞かせるべきかもしれない」


ユウトの肩が動く。


「だめ」


アーシャが即座に言う。


「まだ早い」


ガイル。


「遅い」


ドラム。


三つの答え。


また違う。


「本人が聞くと決めたなら」


ルーンが言う。


「決めさせるな」


ガイルの声が重なる。


「決めさせたくないって、何度言えば分かるの」


アーシャ。


「決めさせないことも、こちらが決めてる」


ルーン。


沈黙。


今度の沈黙は、

ユウトの部屋まで入ってきた。


決めさせない。


守る。


止める。


近づけない。


何も知らないままにする。


それは、

優しさだった。


たぶん。


でも、

優しいだけではなかった。


ユウトは自分の部屋の取っ手を見る。


開けることはできる。


今なら、

四人の前に出られる。


聞いていたと言える。


何の話か聞ける。


答えを求められる。


たぶん、

また止められる。


あるいは、

誰かが一つだけ言ってしまう。


それで、

何かが変わる。


ユウトは取っ手に触れた。


冷たい。


昼の奥の扉と同じような冷たさ。


違う扉。


こちらは、

今まで何度も開けてきた扉。


それでも、

今夜は重い。


開けるか。


開けないか。


決める。


その言葉が、

また胸に浮かぶ。


重い。


だから、

もっと小さな言葉にする。


今は。


今は、

開けない。


ユウトは取っ手から手を離した。


聞かなかったことにはしない。


でも、

今すぐ答えを求めない。


それは昼に、

奥の扉へしたことと同じだった。


入らない。


逃げない。


ここにいる。


廊下で、

誰かが立ち上がる音がした。


椅子が軋む。


足音が離れていく。


一人。


また一人。


最後まで残った足音は、

ほとんど聞こえなかった。


ルーンだと思った。


宿の入口が開く。


閉じる。


静かになる。


ユウトはしばらく、

部屋の扉の前に立っていた。


もう、

誰もいない。


廊下へ出る。


ゆっくり扉を開ける。


椅子は、

昨日と同じ場所にあった。


少しだけ向きが変わっている。


誰かが座ったのだと思う。


その先の扉は、

閉まっている。


ユウトは椅子まで歩く。


座らない。


背もたれに、

手を置く。


木は少し温かかった。


誰かの体温が、

まだ残っている。


誰が座っていたのかは分からない。


分からなくてよかった。


今夜、

四人の声を聞いた。


意味が少し分かった。


自分について話していた。


自分を止めようとしていた。


自分に決めさせまいとしていた。


そして、

それが正しいと思えていない。


そこまで分かった。


十分だった。


十分すぎた。


ユウトは奥の扉を見る。


取っ手は動かない。


扉も動かない。


でも、

昨日までより近く感じる。


中身が近づいたのではない。


自分が、

少し知ったから。


「今日は」


小さく言う。


誰もいない廊下。


「今日は、聞きません」


声は扉へ届く前に、

廊下へ落ちた。


それでよかった。


ユウトは椅子から手を離し、

部屋へ戻る。


布団に横になる。


目を閉じる。


耳の奥の声はしない。


今夜は、

もう本当の声を聞いた。


前も。


違う。


まだ。


今度。


止める。


決めさせない。


よくないまま、やめる。


言葉が、

一つずつ残っている。


全部は分からない。


でも、

分からないふりはできない。


そのことが怖かった。


少しだけ腹が立った。


少しだけ寂しかった。


自分のことなのに、

自分のいない場所で話していた。


けれど、

出ていかなかった。


責めなかった。


答えも求めなかった。


今は、

聞いたものを持てる形にする。


それだけで、

今日は足りる。


ユウトは目を閉じたまま、

息を吐く。


眠気はすぐには来なかった。


でも、

朝が来ないとは思わなかった。


その夜は、

声を聞いたまま、


眠らなかった。

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