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この村、全員ラスボス経験者でした。 〜もう二度と世界を救いたくない元最強たちのスローライフ〜  作者: にる


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一歩目

朝。


目が覚めたとき、

夜がまだ部屋の中に残っていた。


窓の外は明るい。


鳥の声もする。


床も冷たい。


全部、

朝のものだった。


それなのに、

耳の奥だけが夜だった。


ユウトはしばらく起き上がらなかった。


眠いわけではない。


身体が重いわけでもない。


ただ、

起きる前に何かを置いていく必要がある気がした。


何を。


分からない。


分からないまま、

起き上がる。


窓を開ける。


外の空気が入る。


冷たい。


胸が少し広がる。


でも、

深くは吸えない。


浅いまま、

整う。


それで朝になる。


朝になってしまう。


そのことが、

少しだけ嫌だった。


外へ出る。


井戸へ向かう。


道は狭い。


木箱。

布。

籠。

壁。


どれも昨日と同じ場所にある。


同じ場所にあるのに、

今日はさらに近い。


肩を縮める。


通れる。


問題はない。


問題はないのに、

息が少し浅くなる。


浅くなった息は、

すぐに整う。


整うのが早い。


早すぎる。


井戸。


桶が回ってくる。


手を出す前に、

桶が手の位置に来る。


受け取る。


水を汲む。


水音が重なる。


その奥に、

声が混ざった。


「……また」


一瞬だけ。


水面が揺れる。


ユウトは手を止める。


隣の人が桶を受け取る。


流れは止まらない。


誰も見ない。


誰も聞かない。


声は、

最初からなかったみたいに消えた。


消えたのに、

胸の奥だけが反応している。


消えたことにできるものと、

できないものがある。


そう思って、

すぐにやめた。


宿。


アーシャが朝食を並べている。


席は決まっている。


窓から遠い。

入口から遠い。

壁に近い。


ユウトはそこへ向かう。


向かう途中で、

足が止まる。


「……今日は、あっちでもいい?」


入口に近い席。


言ってから、

自分でも少し驚いた。


アーシャの手が止まる。


ほんの一瞬。


それから笑う。


「だめじゃないよ」


同じ言葉。


「でも、今日はそこがいい」


「なんで?」


今日は、

声が続いた。


アーシャは答えない。


器を置く。


湯気が上がる。


「冷めるよ」


会話は終わる。


終わったことが、

今日は分かった。


分かったのに、

終わらせない方法が分からなかった。


ユウトは座る。


食事は少ない。


少ないまま、

ちょうどいい。


喉を通る。


少しだけ引っかかる。


水を飲む。


冷たい。


それで済む。


済んでしまう。


それが、

少しだけ悔しかった。


畑。


ガイルは畑の入口に立っている。


畑の中ではない。


入口。


「今日はここまで」


言われる前に、

足は止まっていた。


「まだ、入ってないです」


「立っている」


昨日と同じ言葉。


「それだけでいいんですか」


ガイルは、

ユウトの足元を見る。


「今日はな」


今日は。


その言葉ばかりが増えている。


ユウトは鍬を見る。


手を伸ばす。


途中で止まる。


鍬の柄には触れない。


触れれば動ける気がした。


動けば、

何かが始まる気がした。


手を下ろす。


ガイルは何も言わない。


何も言わないことが、

今日はいちばん重かった。


「……何か、言ってください」


また、

声が出た。


ガイルの目が少しだけ動く。


「重心が高い」


いつもの言葉。


短い。


足りない。


でも、

少しだけ安心した。


安心してしまった自分が、

今日ははっきり嫌だった。


鍛冶場。


入口の板は増えていない。


でも、

隙間は狭い。


火の赤さだけが見える。


中にドラムの影がある。


「そこにいるのか」


声がする。


「いる」


「今日は、入るな」


「昨日も言った」


ドラムの影が止まる。


「今日もだ」


短い。


でも、

声が少しだけ低い。


ユウトは板に手を伸ばす。


触れる前に、

手が止まる。


板は冷たそうだった。


音がしそうだった。


音がしたら、

中の何かが崩れる気がした。


手を下ろす。


「……分かった」


答えると、

中で小さく何かが置かれる音がした。


重い音だった。


分かったと言ったのに、

何も分かっていない。


そのことだけは、

分かっていた。


広場。


人の立ち位置は決まっている。


空いた場所はある。


けれどそこは、

もう空いた場所ではない。


誰も立たない場所だった。


ユウトはそこへ向かう。


一歩。


周りの音が、

少しだけ遠くなる。


二歩目。


誰も止めない。


誰も見ない。


でも、

視線が集まった気がする。


本当に見られたわけではない。


ただ、

そこに立つ理由が消えていく。


三歩目は出なかった。


ユウトはいつもの場所へ戻る。


戻ると、

空気が整う。


整ったことが、

今日ははっきり分かった。


整った瞬間、

腹の奥が冷えた。


戻れば整う。


戻れば楽になる。


それが、

いちばん嫌だった。


ルーンが広場の端にいる。


「今日は穏やかだ」


いつもの言葉。


ユウトはすぐに返事をしなかった。


「穏やかって」


声が出た。


ルーンは待つ。


笑っている。


「何がですか」


問いになった。


ルーンは少しだけ目を伏せる。


ほんの一瞬。


「今日は、穏やかだよ」


同じ答え。


でも、

同じではなかった。


それ以上、

言葉は続かなかった。


続けたかった。


でも、

続け方が分からなかった。


午後。


川へ向かう。


飛び石の前で止まる。


遠回りへ向かう。


道の途中で、

風が止まる。


足も止まる。


今日は、

声が来る前に分かった。


来る。


耳の奥で、

短い声が重なる。


「……前も」


間。


「……こうだった」


「……違う」


「……まだ」


「……戻らなかった」


「……越えない」


「……まただ」


ばらばら。


近い。


近すぎる。


胸が浅くなる。


森の方を見る。


木の影が濃い。


その向こうに、

道がある。


今日は、

はっきり分かる。


見えているのか、

知っているのか、

分からない。


でも、

そこに道がある。


ユウトは一歩を出す。


足が地面につく。


胸が詰まる。


二歩目。


出そうとして、

止まる。


足の裏が重い。


痛くない。

苦しくない。

誰かに掴まれているわけでもない。


ただ、

そこから先の進み方が分からない。


ユウトは道を見る。


見ている。


見ているのに、

身体が知らない。


知らない場所には、

進めない。


戻る。


戻ると、

呼吸が整う。


整ってしまう。


そのことが、

はっきり嫌だった。


夕方。


宿へ戻る。


入口の布が揺れている。


通れる幅はある。


身体を縮める。


肩は触れない。


アーシャがこちらを見る。


「今日は、早めに休んで」


いつもの言葉。


ユウトは、

すぐには頷かなかった。


「……夜、声がする」


アーシャの顔から、

少しだけ色が抜けた。


本当に少しだけ。


でも、

見えた。


「夢だよ」


早い。


早すぎる。


「夢じゃないと思う」


言えた。


言ってしまった。


アーシャは笑う。


笑ったまま、

目だけが揺れる。


「疲れてるんだよ」


それ以上は、

何も言わない。


ユウトも、

何も言えない。


夢だと、

言ってほしかったのかもしれない。


夢じゃないと、

言ってほしかったのかもしれない。


どちらでもなかったから、

胸の奥に残った。


布団は敷かれている。


夜。


部屋。


窓の外は暗い。


暗さが近い。


今日は、

眠れない気がした。


布団に入る。


目を閉じる。


声がする。


すぐ近く。


でも、

遠い。


「……前も」


「……こうだった」


「……違う」


「……戻らなかった」


「……まだ、越えない」


「……まただ」


「……ここまで」


最後の声だけ、

少しだけはっきりしていた。


ユウトは目を開ける。


暗い。


部屋の中は静かだ。


外には、

何かがある。


何かが行われている。


それだけは分かった。


起き上がる。


今度は、

身体が動いた。


布団をどける。


足を床につける。


冷たい。


ちゃんと冷たい。


立ち上がる。


胸が浅い。


浅いまま、

立てる。


窓を見る。


扉を見る。


扉まで、

数歩。


歩く。


一歩。


床が鳴る。


二歩。


声が止まる。


三歩。


呼吸が浅くなる。


扉の前に立つ。


手を伸ばす。


取っ手に触れる。


冷たい。


外へ出られる。


そう思った。


思えた。


手に力を入れる。


回そうとする。


その瞬間、

胸の奥が空いた。


空っぽになった。


怖いわけじゃない。


苦しいわけでもない。


ただ、

何をしに外へ出るのかが消えた。


手が止まる。


取っ手は冷たい。


外は暗い。


声はしない。


ユウトは、

そのまま立っていた。


出ようとした。


確かに、

出ようとした。


でも、

一歩目は外に出なかった。


戻ると、

きっと眠れる。


そう分かってしまったことが、

少しだけ嫌だった。

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