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この村、全員ラスボス経験者でした。 〜もう二度と世界を救いたくない元最強たちのスローライフ〜  作者: にる


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呼べない

朝。


目が覚める前に、

誰かの声がした気がした。


名前を呼ばれたような、

違うような。


目を開ける。


天井は同じ。

木目も同じ。


声は、ない。


起き上がる。

喉が少し乾いている。


水を飲む。

冷たい。


外へ出る。


広場で誰かが手を振る。


「あの人、今日どうする?」


誰かが言う。


「あの人」は、誰か。


分かるはずだと思う。

でも、

顔が浮かばない。


困らない。


会話は続く。


井戸。


「向こうの人、来ないね」


向こう、がどこかは分かる。


でも、

名前が出てこない。


出なくても、

水は回る。


桶は手から手へ。


順番は崩れない。


宿。


アーシャが言う。


「昨日の人、泊まるって」


昨日の人。


思い出そうとする。


顔。

声。

服。


ぼやける。


「誰でしたっけ」


口に出しかけて、

止める。


止める理由はない。


聞かなくても、

足りる。


畑。


ガイルが言う。


「そっちの人に渡せ」


そっちの人。


振り向く。


誰かが受け取る。


受け取った手は知っている。


名前は出ない。


出ないまま、

作業は進む。


昼。


広場。


笑い声がある。


「ほら、あの人」


指が向く。


視線が向く。


顔を見る。


知っている。


でも、

呼べない。


喉が動かない。


呼ぼうとすると、

少しだけ息が詰まる。


詰まるほどではない。


軽い。


軽いから、

やめる。


午後。


川。


飛び石を渡る。


遠回りではなく、

真ん中を歩く。


誰かが隣にいる。


横顔は分かる。


名前を呼ぼうとする。


口が開く。


音が出ない。


出なくても、

並んで歩ける。


鍛冶場。


「これ、あの人に」


ドラムが言う。


あの人。


受け取る人はいる。


渡る。


渡った。


名前は、不要。


夕方。


宿に戻る。


布団が敷かれている。


枚数は見ない。


「今日は静かだね」


ユウトが言う。


「静かだよ」


誰かが答える。


誰か。


夜。


部屋。


窓の外。


暗い。


広場に、

人影がある。


一人か、

二人か。


数えない。


数えなくても、

足りる。


名前を思い出そうとする。


一つも出てこない。


焦りはない。


喉が、

少しだけ温かい。


声を出さなくていい。


呼ばなくていい。


呼ばなくても、

回る。


布団に入る。


胸の上下が、

ゆっくりになる。


名前が無くても、息は乱れなかった。

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