無い家
朝。
村の端が、少しだけ静かだった。
音が無いわけじゃない。
人も動いている。
ただ、
視線が集まらない。
ユウトは、
畑へ向かう途中で足を止めた。
家が、
無い。
あったはずの場所に、
何も建っていない。
土が露出している。
踏み固められている。
でも、
更地というほど整ってもいない。
「……」
声が出なかった。
近くにいた村人が、
同じ場所を見ていた。
驚いた顔ではない。
困っているようでもない。
「……無いね」
ぽつり。
「昨日は、ありましたよね」
ユウトが言うと、
村人は少し考えた。
「……あった、と思う」
言い切らない。
「住んでた人は?」
「向こう」
村人は、
少し離れた家を指さした。
そこに、
件の住人がいた。
荷物をまとめている。
布袋。
木箱。
最低限のものだけ。
「……引っ越しですか」
ユウトが声をかける。
住人は、
少し間を置いて頷いた。
「そうなるみたいで」
「急ですね」
「急、かな」
首を傾げる。
「昨日から、
そういう気分だった」
理由は言わない。
不満も言わない。
「家、無くなってますけど」
ユウトが言うと、
住人は後ろを振り返った。
しばらく見て、
肩をすくめる。
「……無いね」
それだけ。
怒らない。
嘆かない。
「困りませんか」
「少し」
正直な声。
「でも、
泊めてくれるって言われたから」
誰が、とも言わない。
昼前。
宿の前。
アーシャが、
新しい布団を運んでいる。
「一人、増えるよ」
軽い調子。
「……家が」
言いかけて、
言葉を飲み込む。
アーシャは、
一瞬だけこちらを見る。
「今日は、
そういう日」
それ以上、
説明しない。
昼。
広場。
家の話は出ない。
畑の話。
天気の話。
橋の補修の話。
いつも通り。
ユウトだけが、
村の端を気にしている。
見に行こうと、
思ってしまう。
跡地。
基礎。
壊れた物。
でも、
足が動かない。
理由は、
分からない。
午後。
鍛冶場の前。
ドラムが、
木材を切っている。
「……あの家」
ユウトが言いかける。
「無かったら、
作らない」
即答。
「作らないんですか」
「作らない」
理由は言わない。
夕方。
畑。
ガイルが、
鍬を土に立てている。
「……家が」
「無いな」
それだけ。
「直さないんですか」
「直す場所じゃない」
短い。
ユウトは、
それ以上聞かなかった。
夜。
部屋に戻る。
窓から、
家があった方向を見る。
暗くて、
よく分からない。
それでも、
空いている感じだけは分かる。
無い。
確かに、
無い。
それなのに、
誰も困っていない。
困っているのに、
受け入れている。
ユウトは、
布団に腰を下ろした。
今日は、
何もしていない。
確かめてもいない。
触れてもいない。
それでも、
はっきりとした事実だけが残っている。
家は、
消えた。
理由は、
分からない。
分からないまま、
この村は今日も回っている。
それが、
一番おかしい。
そう思ったが、
口には出さなかった。
出すと、
何かが始まりそうな気がした。
ユウトは、
目を閉じた。
数えない。
それでも、
減らない違和感があることを、
初めてはっきりと感じていた。




