戻らない場所
朝、ユウトは目を覚ました。
目覚めは悪くない。
夢も、覚えていない。
それなのに、起き上がるまで少し時間がかかった。
理由は分からない。
窓を開ける。
風が入る。
昨日より冷たい。
季節が進んだだけだと思う。
廊下に出ると、足音が静かだ。
板を踏んでも、音が遅れてくる。
(……昨日も、こんなだったか)
思い出そうとして、やめる。
昨日のことは、昨日で終わっている。
階段を降りる途中、壁に触れる。
木目が滑らかだ。
前から、こんなだっただろうか。
考えない。
考えると、手が止まる。
台所には、誰もいなかった。
鍋は火にかかっていない。
湯気もない。
少し遅いだけだ。
そう思って、椅子に座る。
待つ。
音がしない。
待つ時間が、思ったより長い。
(……外か)
そう思って立ち上がる。
確認はしない。
外に出ると、宿の前は静かだった。
洗濯物は干してある。
でも、昨日より数が少ない。
一枚、足りない気がする。
数えない。
数えたら、理由を探してしまう。
畑に向かう。
道は歩きやすい。
相変わらずだ。
途中、空き家の前を通る。
戸が閉まっている。
鍵は、かかっていない。
前に通ったとき、開いていたはずだ。
(……誰か、戻ったのかな)
思って、やめる。
戻ったなら、いい。
畑では、ガイルが一人で土を見ていた。
鍬は置かれている。
畝に、踏み跡が少ない。
「今日は、少ないな」
ユウトが言う。
「減ってない」
ガイルは即答した。
「……でも」
「減ってない」
言い切りだった。
ユウトはそれ以上、言わない。
言ったところで、数えない。
土に触れる。
昨日より、少し硬い。
「昨日は、軽かったですよね」
「昨日は、昨日だ」
それで終わった。
昼前、鍛冶場の前を通る。
扉は閉まっている。
中から、音はしない。
「ドラム?」
呼びかけそうになって、やめる。
返事がなくても、困らない。
裏に回ると、水桶だけが置いてある。
中身は空だ。
(……使ったのか)
使ったなら、それでいい。
川沿いを歩く。
水は澄んでいる。
流れは穏やかだ。
昨日より、少し低い位置を流れている。
水位が下がったのかもしれない。
理由は考えない。
夕方、広場に人はいる。
昨日より、少ない。
「今日は静かだね」
誰かが言う。
「そのうち戻るさ」
別の声。
ユウトは輪の外に立つ。
入らない。
視線の端で、見慣れた背中を探す。
見つからない。
(……出かけただけだ)
そう思う。
思ったまま、確かめない。
アーシャは少し遅れて現れる。
「おかえり」
「ただいま」
声は普通だ。
少しだけ、息が整っていない。
「今日は、泊まり少ない?」
「そうね」
それだけ。
理由は聞かない。
夜、ユウトは部屋に戻る。
首に巻く布は、もう乾いている。
昨日より、早い。
(……こんなに、早かったかな)
考えない。
考えると、布を数えてしまう。
灯りを消す。
眠くはない。
でも、横になる。
夜。
宿の裏。
灯りが一つ。
ユウトはいない。
アーシャは立ったまま。
ガイルは地面を見ている。
ドラムは壁に背を預けている。
ルーンは少し離れている。
「戻らなかったな」
誰かが言う。
声は低い。
沈黙。
「……前も、こうだった」
別の声。
断定ではない。
誰も続きを言わない。
ルーンは紙を一枚、裏返す。
それだけで、何もしない。
灯りが揺れる。
消えない。
夜は、答えを出さない。
それでも。
朝は来る。
ユウトは、そのことを知らない。




