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この村、全員ラスボス経験者でした。 〜もう二度と世界を救いたくない元最強たちのスローライフ〜  作者: にる


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16/28

守られ過ぎた朝

朝、ユウトは目を覚ました。


窓の外は明るい。

鳥の声がする。

いつも通りだ。


体が軽い。

昨日、そんなに眠れた覚えはないのに、目だけが勝手に開く。


布団を畳む。

畳み目が、昨日と同じ位置に落ちる。


(……同じ、だ)


思った瞬間、考えるのをやめる。

同じでも、困らない。

同じなら、楽だ。


廊下に出ると、宿の床がきしむ。

きしみ方も、いつも通り。


階段を降りると、アーシャが台所にいた。

鍋の蓋が、少しだけ浮いている。


「おはよ」


「おはようございます」


アーシャは、いつも通りの声で言う。

いつも通りなのに、少しだけ速い。


「朝ごはん、食べていきな」


「ありがとうございます」


椀が二つ並んでいる。

味噌の匂い。

湯気がまっすぐ上がる。


ユウトは椀に手を伸ばして、止めた。


熱いはずなのに、熱さが遅れてくる気がした。


(気のせいだ)


そう思って、手を引く。

引いたあと、指先がじんとする。


アーシャは見ていない。

見ていないふりをしているのか、見ていないだけなのか。

分からない。


「今日、畑?」


「はい」


「じゃあ、これ」


アーシャが布を渡してくる。

首に巻く薄い布。

汗を吸うやつだ。


「……持ってたんですか」


「あるわよ」


当然みたいに言う。


ユウトは受け取った。

布は柔らかい。

柔らかすぎる気もする。


(新品……?)


考えない。

考えると、畑が遠くなる。


外に出る。

空は澄んでいる。

雲は少ない。


村の道は整っている。

石畳はずれているはずなのに、歩くと引っかからない。


足の裏が、変に楽だ。


(……歩きやすいな)


そう感じた瞬間だけ、怖い。

でも、その怖さはすぐ薄れる。


畑へ向かう途中、村人が挨拶をしてくる。


「おはよう」

「いい天気だね」

「畑、頼むよ」


同じ調子。

同じ間。

同じ笑い方。


ユウトは頷く。

返事は短くする。


同じは、安心だ。

同じは、危ない。


どっちも思う。

どっちも言わない。


畑に着くと、ガイルがいた。

畝の間を歩いている。


歩幅が一定だ。

足の置き方も、土の踏み方も。


「遅い」


ガイルが言う。


「すみません」


「謝るな。重心が高い」


叱られる。

でも、声は荒くない。


ユウトは腰を落とす。

それだけで、楽になる。


(……守られてるみたいだ)


思って、やめる。

守られてる、と思ったら、守られてしまう。


ガイルは鍬を持たない。

指で土を崩して、畝の形を直している。


「土が軽い」


ユウトが言うと、ガイルは一拍置いた。


「軽いな」


同意しただけ。

理由は言わない。


ユウトは鍬を入れる。

抵抗が弱い。


楽だ。

楽すぎる。


一度、深く入れようとして止める。

深く入れたら、違うことが起きる気がした。


「無駄が多い」


ガイルが言う。


「……はい」


「今日は、それでいい」


珍しい言い方だった。

いつもなら「直せ」か「やめろ」だ。


ユウトは頷いた。

頷いた自分が、少し遅れている。


昼前、畑の端で風が止まる。


葉が揺れない。

音がしない。


静かすぎる。


ユウトは顔を上げかけて、やめる。

上げると、何かが見える気がした。


ガイルは畑を見たまま動かない。

土の上で指を止めている。


静けさは、ほんの数秒で終わる。


風が戻る。

葉が擦れる。


何もなかったように。


昼、鍛冶場の前を通る。


ドラムが木箱を作っていた。

釘は使わない。

組み合わせだけで留める。


「箱、増えました?」


「増えてない」


ドラムは即答した。


「……ここにあるのに」


「前からある」


ドラムは見ない。

箱の角を指でなぞる。

ささくれを落とす。


ユウトは数えそうになって、やめる。

数えたら、増える。


「武器は?」


「今日は使わない」


「毎日、使わないですね」


「使う日が来ないようにしてる」


ドラムはそう言って、木片を置く。

置き方が丁寧すぎた。


(気にしてる)


思って、やめる。

気にしてる、と言葉にしたら、重くなる。


宿に戻る途中、川を見る。


水は澄んでいる。

魚が見える。


流れが一瞬だけ逆になる。


ユウトは瞬きをした。

瞬きのせいだと思う。


思うだけで、終わらせる。


夕方、広場に村人が集まっている。


会議じゃない。

雑談だ。


畑の話。

雨の話。

壊れた柵の話。


「直すかね」

「明日でいい」

「そのうちだ」


誰も怒っていない。

誰も急いでいない。


それが、ありがたい。

それが、変だ。


ユウトは輪の外に立つ。

中に入れば温かいのに、入らない。


アーシャがこっちを見て、目を逸らす。

ガイルは畑の方を見ている。

ドラムは道具袋を抱えたまま、広場に来ている。


ルーンは、いない。


いないのが普通みたいに、誰も話題にしない。


夜、ユウトは部屋に戻る。


寝る前、首に巻いた布を外す。

汗は吸っている。

でも、布が冷たい。


(……朝まで、乾くはずなのに)


考えない。

考えたら、布が布じゃなくなる。


灯りを消す。

暗い。


暗いはずなのに、目が慣れるのが早い。


(今日は、楽だった)


思って、胸の奥が少し痛む。


痛い理由を探さない。

探すと、痛みが形になる。


眠る。


夜。


宿の裏。

灯りが一つだけ残る。


ユウトはいない。


アーシャが腕を組む。

ガイルは立ったまま。

ドラムは壁に寄りかかる。


ルーンは少し離れている。

紙を一枚手に取り、置く。


「前も、こうだった」


声は小さい。

誰の声か、はっきりしない。


「戻らなかった」


ガイルが言う。

言い切らない。


ドラムが短く息を吐く。


「同じ道は、使えない」


アーシャは笑わない。

頷きもしない。


沈黙が続く。


ルーンが紙の端を揃えようとして、揃わない。

指が止まる。

そのまま手を引く。


「今日は、穏やかだ」


ルーンが言う。


断定じゃない。

願いでもない。


ただの、確認みたいな声。


誰も返事をしない。


灯りが揺れる。

消えない。


外では虫の音が続いている。


夜は、何も決まらない。


それでも。


朝は来る。


ユウトは、そのことを知らない。


ただ、眠っている。


それだけだ。

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