第5話 クロノ、水晶を砕く
⸻試験場・順番待ちの列
試験場と聞いて、私はてっきり外の訓練場みたいな場所を想像していた。的に向かって魔法を撃つ。そう聞いていたから、広い庭か石造りの演習場でやるのだと思っていたのだ。
けれど、案内されたのは少し広めの教室のような部屋だった。壁際には補助役らしい司祭たちが並び、新入生は順番に列を作っている。
近い。思っていたより、見られる距離が近い。
これ、ごまかせるのかな。
そんなことを考えながら、私は前で話している女の子たちを、こっそりちらっと見た。その中で、ひときわ目立つ子がいた。
背筋ぴーん。姿勢よし。縦ロールはつやつや。立っているだけで、「わたくしは育ちがよろしくてよ」という空気が出ている。
完全に“ザ・令嬢”だった。しかも、並んでいる子と話している口調がまたすごい。
「そうですわね」
「もちろんですわ」
「よろしくってよ」
いや、ほんとに言うんだ。現実にいるんだ、こういう喋り方の子。セリフが全部“ですわ”“ますわ”で構成されている。濃い。キャラが濃い。初対面で受け止めるには、少し圧が強い。
内心ちょっと引いていた、その時だった。ふいに、その子が振り返った。
目が合う。しかも、ただ目が合っただけじゃない。なんかこう……ギラリとしていた。前世で見た不良の目とも違う。威圧しているわけじゃないのに、視線が強い。
これは……強者の目だ。
こわい。
その子は私を上から下まで、すっと確かめるように見た。
「あなた、クロノ・ソーカさんですわよね?」
え、名前バレてる。
この世界、鑑定スキルとかあるの?
私がきょどっていると、返事をするより早く、彼女はスカートの端を軽くつまみ、優雅に一礼した。
「初めまして。帝国より留学してまいりました、リリス・フォン・ゼルファスと申します。ソーカ家のお名前は前から耳にしておりましたけれど、実際にお話しするのは初めてですわよね?」
うわ、思ったよりちゃんとしてる。というか、声がきれい。発音もきれい。なんかもう、全部に品がある。
「えっと、こ、こんにちは……。そ、そうですね」
てか、うちって家名だけで認識されるタイプの家だったの? いや、それより目力が強い。気品もすごい。直視しづらい。
リリスは、すっと手を差し出した。
「緊張なさらずに。わたくしたち、同じクラスですのよね? これからよろしくお願いしますわ」
「は、はい! あ、よろしく……」
私はちょっとおどおどしながら、その手を握った。
きれいな手だった。でも、思ったより少し硬い。令嬢の手って、もっとふわふわしているものだと思っていたけれど、リリスの手には妙な力強さがあった。それでも、握り方は優しい。
これが令嬢の握手か……。
いや、たぶん私が知らないだけで、令嬢にもいろいろあるのだろう。
口調はキツそうなのに、対応はちゃんとしている。むしろ、かなり感じがいい。思わず、つい口が滑った。
「……なんか、お嬢様言葉でキツい感じなのかなって思ってたけど、話してみると意外と気さくかも?」
しまった。
心の声が、ほんのり口から漏れた。
やばい。終わった。初対面で失礼をかました。
と思ったら、リリスはほんの少し口元をゆるめ、楽しそうに笑った。
「まあ。お嬢様言葉なのは、帝国貴族はこうあるべきだと、お母様から厳しく教えられてきたからですの」
「へ、へえ……」
「甘やかされることなんてありませんのよ。勉強も礼儀作法も厳しくて、弱音など吐こうものなら、すぐ叱られますの」
うわ、それめっちゃ厳しい家だ。うちより断然ハードモードっぽい。
やっぱり、きちんと育てられている子なんだと思った。最初は「圧すご」となったけど、話してみると普通に好感が持てる。むしろ、ちゃんと努力しているタイプなのかもしれない。
するとリリスは、少しだけ視線を横に流しながら言った。
「……ソーカ家の方。それも“灯火の聖女”サラサ様のご息女と聞けば、気にならない方がおかしいですわ」
「え、私ですか?」
思わず変な声が出た。
灯火の聖女。
初めて聞く呼び名だった。
今、母さんのこと、さらっととんでもない呼び方しなかった?
気にはなったけれど、リリスは私も知っていて当然という口ぶりで、そのまま話を続けた。
「はい。なんと言えばよいのか……面白そうな方だと思っておりましたの」
なにそれ。
初対面の感想が“面白そう”って。どういう評価?
でも、悪い意味ではなさそうだった。
「ですから、あなたがどんな魔法をお使いになるのか、楽しみにしておりますわ」
リリスはまっすぐ私を見る。期待に満ちた目だった。
やめて。
そんな目で見ないで。何も出ないから。
「そ、そういうことなら、あんまり期待しない方がいいかも。私、魔法全然できないし……」
いや、魔法ができないのは本当なんだけど。たぶん、この子には通じない。
リリスは、ふふんと少し得意げに笑った。
「でしたら、先にわたくしの蒼氷魔法をお見せしますわ。楽しみにしていらして」
自信がすごい。でも、嫌味という感じではなかった。むしろ、まっすぐだ。私を見下しているというより、純粋に自分の得意なものを見てほしいらしい。
わりといい感じかもしれない。
異世界に来て初めての友達、できるかも。
そんなふうに、ほんの少し芽生えた友情の予感を胸に、私は順番を待っていた。
いや、まあ。
この時点では、そう思っていたのだ。
本当に。
⸻
さて、検定開始である。
話に聞いていた試験方式では、的に向かって魔法を使い、担当の司祭に、
「はい、ちゃんと魔法が使えますね」
と確認してもらうだけのはずだった。
だったら、当てればいい。だからこの一週間、マークとあれだけ作戦を練ってきたのだ。
一番目立たずにやり過ごすなら、水魔法がよさそうだった。水魔法っぽく見せるなら、水風船。
……うん。
水風船である。
よくよく考えたら、“水魔法”というより、ただのびしょ濡れ攻撃ではないだろうか。でも、手のひらに隠せる。投げれば当たる。周囲への被害も、まあ少ない。
実用性は高い。魔法っぽさは低い。
でも当たればセーフ。たぶん。
そんな感じで最後には、
「よしよし、ここまで対策したならなんとかなるっしょ」
と、かなり楽観視していた。
していたのだが……。
試験場の中央には、腰ほどの高さの台座が据えられ、その上にでっかい水晶が鎮座していた。
どーん。
見た目からしてヤバい。高そう。そして、嫌な予感しかしない。
検定を取り仕切る司教が、新入生たちへ向けて声を張った。
「本年度より、魔力検定にはこちらの水晶を使用します」
本年度より。
つまり、今年から。
……は?
「順番に前へ出て、この水晶に手を当てなさい。水晶は皆さんの魔力量と、適性属性を示します」
私は固まった。
いやいやいやいや。
聞いてない。そんなの聞いてない。
「この水晶は、魔力を吸収して反応する特別な測定器具です。無理に魔法を放つ必要はありません。手を触れるだけで結構です」
なんでやねん。
大阪人もびっくりなエセ関西弁が出そうになる。
いや、おかしいでしょ。急に試験内容がアップデートされている。この一週間の対策、全部“旧環境”前提なんだけど?
「まじで意味わからん……詰んだ、終わった、人生詰んだ……」
小声でぶつぶつ言いながら、私は列の後ろでひっそり絶望していた。
逃げたい。でも逃げたらもっと怪しい。というか、母さんが期待と心配を両手に抱えて外で待っている。逃げられない。
そんなふうに心の中で勝手に墓を建てているうちに、ついに前のリリスの番が来た。
リリスは優雅な所作で水晶の前へ進み、すっと手を触れた。ほんと、いちいち絵になるなこの子。
次の瞬間、水晶の内側から蒼い光がふわりと灯った。それは一瞬で強くなり、透き通った氷のような輝きとなって、水晶全体を満たしていく。
冷たい光。でも、どこか綺麗で、見ているだけで背筋が伸びるような光だった。
司教が目を見開いた。
「おお、これはすごい!」
周囲がざわつく。
「入学時点で、蒼氷魔法上級相当の反応……! なんという才能だ……!」
「上級相当!?」
「天才だ!」
「さすがゼルファス家のご令嬢だ!」
おおーっ、と場がどよめいた。
リリスは胸を張り、口元に笑みを浮かべる。
「おーほっほっほ! 当然ですわ!」
うわ。
ほんとに言った。ほんとに“おーほっほ”って言った。
入学式の私、聞いてる?
本物、いたよ。
しかも普通に似合ってる。令嬢スキル高すぎるでしょ。
……いや、感心している場合じゃない。
リリスは、めちゃくちゃ視線を集めている。そして次は、私の番だ。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
足先が少し冷たくなる。でも、ここで何もしないわけにはいかない。私は必死に考えた。
的当てなら、水風船で押し切れた。でも、水晶相手じゃそれは無理だ。
だったら。
熱でごまかせばいい。
水晶をこっそりライターで炙る。
熱くなる。
紅蓮魔法ということにする。
……いける。
我ながら完璧な作戦だ。
司教が名簿に目を落とし、次の名前を読み上げた。
「次は……クロノ・ソーカさん」
ついに私の番が来た。
私は平静を装い、水晶へ近づいた。周囲の視線が痛い。さっきのリリスのあとだから、余計に痛い。比較される未来しか見えない。
台座の前に立つ。
水晶は私の胸元近くまであり、向こう側にいる司教からは、その下側が死角になっている。壁際の補助司祭たちも、記録を取ったり次の生徒を確認したりと忙しそうだ。
いける。
たぶん。
私は左手を水晶へぺたりと当てた。
当然、何も起きない。
透明。
無反応。
知ってた。
知ってたけど、実際に見ると心にくるなこれ。
私は身体を少し水晶へ寄せ、右手をこっそり握り込む。頭の中でライターを思い描く。
ぽんっ。
手のひらに、小さな重みが落ちた。同時に、頭の中の残り回数がひとつ減る。
よし。
問題は、ここからだ。
カチッ。
小さな炎が灯る。
いけ。
ほんのちょっとでいい。ほんのちょっと“それっぽく”なってくれ。
じりじり。
……。
何も起きない。
私は横目で司教を見る。司教も水晶をじっと見ている。
まずい。
もう少し。
じりじりじり。
水晶は相変わらず透明なままだ。
……いや待って。
そもそもライターで魔力水晶に挑んでいる私がおかしくない?
今さら気づいても遅かった。
水晶の下の方が、うっすら白く曇った。
きた。
これ、きたんじゃない?
私は完全に勘違いした。
あと一押し!
炎をもう少し近づける。
「ピキ」
……ん?
「ピキピキ……」
待って。
その“きた”じゃない。
「ピキピキピキ……!!」
まずいまずいまずい!!
私は反射的に左手を水晶から離し、右手のライターの火を消した。
けれど、水晶の下から伸びた細いヒビは止まらない。そのまま蜘蛛の巣みたいに一気に広がっていく。
待って待って待って。
熱、入りすぎた!?
次の瞬間。
パリン!!
でっかい音を立てて、水晶が台座の上で砕けた。
んぎゃあああああああ!!
終わった。
これは完全にやらかした。やらかしの規模が想定を超えている。
司教が悲鳴みたいな声を上げた。
「な、何だこれは!?」
さらに驚いて砕けた水晶に触れた瞬間、
「熱っ!! 熱っ熱っ!!」
司教は慌てて手を引っ込め、ぶんぶん振った。その場でフーフーしながら、震える声で水晶の残骸を見つめている。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
弁償とかあるの?
こういうの高そうなんだけど!?
ところが。
司教は、なぜか感動したような顔で叫んだ。
「魔力を吸収するはずの水晶が、熱で割れている……!」
ざわっ、と周囲がどよめく。
「これは……! 凄まじい紅蓮魔法の逸材だ!」
「さすがは“灯火の聖女”サラサ様のご息女……! 素晴らしい!!」
さっきのリリス以上に、場が盛り上がった。
「おおおおーっ!!」
やめて。
盛り上がらないで。
あと母さんの名前まで出さないで。
てか、めちゃくちゃ目立ってるじゃん。母さんに「目立ちすぎるな」って言われた直後なんだけど!?
静かに終わらせたいんだけど!?
頭の中で警報が鳴りっぱなしの中、ひとりの影がすっと前に出た。
リリスだった。
さっきまで優雅に高笑いしていた彼女が、今度はまっすぐ私の方へ歩いてくる。その顔には、妙に満足げな笑みが浮かんでいた。
なに。
こわい。
嫌な予感しかしない。
「やはり」
リリスは私の前で立ち止まった。
「やはり、わたくしの思ったとおり、面白い方ですわね」
「え……」
「それどころか」
リリスは一拍ため、手に持った小さな扇で、びしっと私を指した。
「先ほど、魔法があまり得意ではないとおっしゃっていましたけれど……あれは、わたくしをからかっていたのですわね?」
「ち、違っ――」
「ひどいお人ですわ」
いや違う。
違うんだって。
からかってない。むしろ必死だった。
でも、私の弁解は間に合わない。
リリスはくるりと周囲を見渡し、みんなに聞こえるような声で高らかに宣言した。
「クロノ・ソーカ!!」
うわ、名指し来た。
「わたくし、リリス・フォン・ゼルファス! あなたを、わたくしのライバルとして認めますわ! 絶対に負けません!!」
会場がまたざわつく。
いや待って。
展開が早い。
感情が追いつかない。
「えええ!? さっき友達になれそうだったじゃんよ!?」
思わず叫ぶと、リリスはふんっと顎を上げた。
「友達だなんて冗談じゃありませんわ!」
そう言い切ると、リリスはつやつやの縦ロールを揺らしながら去っていった。
え、そこまで拒否する?
私、水晶は割ったけど、友達申請までは割ってないんだけど。
私はその背中を見送りながら、頭の中で絶叫した。
そりゃないよおおおお!!
なんでだ。
どうしてこうなった。
さっきまで、異世界で初めての友達ができるかも、と思っていたのに。
現実は、水晶を粉砕し、天才認定され、お嬢様ライバルが爆誕する、である。
情報量が多い。
多すぎる。
私は半べそになりながら、母さんの待つ方へと向かった。絶対また何か言われる。いや、言われるだけで済めばいいけど。
……聖堂院生活、初日からもう前途多難すぎない?




