第56話 限界の向こう
「見てる場合じゃない! 門を閉じるぞ!」
ジェイド師範の怒声が飛び、私ははっとした。
そうだ。止めないと。
でも駄目だ……。怖い。身体が動かない。
今も異形の影たちは、黒い奔流となって次々と地上へ向かっている。この門を、このまま開けておくわけにはいかない。
「ディディエ! あの門、閉じられるのか!」
「封印そのものが解除されています! 門を閉じるだけでは駄目です。まずサラサ様を取り戻さなければ、再封印が――」
「まだ抗う気かい?」
父さんの声が、その言葉を遮った。
「もっと絶望して、立ち尽くすかと思ったけどねぇ」
さっきまで浮かんでいた笑みが消えている。
「まあ、いいか。十分遊んだしねぇ」
父さんの瞳が黄色く光った。
ゆっくりと剣を引く。その刀身へ暗影の靄がまとわりつき、やがて黒い風となって渦を巻き始める。さっきまでの翠嵐とは違う。見ているだけで胸の奥がざわつくような、真っ黒な風。
「全員、構えろ!」
ジェイド師範が叫ぶ。
でも、遅かった。
「宵を渡る黒き闇よ、我が風刃にまとい、阻むものすべてを喰らい裂け――《黒烈風剣》!」
父さんが剣を横薙ぎに振り抜いた。
黒い烈風が、一気にこちらへ襲いかかる。
「ぬおおおっ!」
ガフが咄嗟に盾を構える。ジェイド師範も剣を前へ出し、黒い風へ踏み込んだ。
けれど、今度は受け流す隙すらない。
黒い烈風が盾と剣を切り裂くように吹き荒れ、そのまま黒い靄となって二人の身体へまとわりついた。
「ぐっ……!」
ガフの盾が大きく弾かれ、その身体ごと後方へ吹き飛ぶ。ジェイド師範も黒い風に巻き込まれ、石床を何度も転がった。
倒れた二人の腕や首筋に、黒い筋がじわりと浮かんでいく。
「嘘……二人とも!」
「フフッ。そっちばかり見ていていいの?」
母さんの声。
振り向くと、母さんは両手を広げ、その頭上に巨大な炎を浮かべていた。
ただの紅蓮魔法じゃない。黒い影が炎の芯へ絡みつき、燃え広がるほど周囲の明かりまで奪っていく。
「影に染まりし紅蓮よ、我が前に立つ者を灰へ還せ――」
黒紅の炎が膨れ上がる。
「クロノさん! エルヴィン君、下がって!」
ディディエ司祭が私たちの前へ飛び出し、杖を床へ叩きつけた。
「大地に眠る剛き岩よ、重なり連なり、我らを守る城壁となれ――」
その声に、別の詠唱が重なる。
「満ちる力よ、我が掌へ還れ。巡る魔力を奪い、その源を闇へと帰せ――」
「……っ!」
父さんだ。
「《岩護壁》!」
「《吸魔》」
石床が低く震え、私たちの前で岩が盛り上がる。
でも。
「……え?」
途中で止まった。
生まれかけた岩壁が、力を失ったように崩れ落ちる。
「な……っ!」
ディディエ司祭の身体から淡い光の粒が溢れ、それが流れを作って父さんの掲げた掌へ次々と吸い込まれていく。
「魔力が……!」
ディディエ司祭の膝が崩れた。
父さんが薄く笑う。
「術を編むなら、まず糸が要るだろう?」
掌へ集まった光を握り潰す。
「その糸ごと奪えば、どれほど立派な詠唱でも形にはならない」
「まずい……!」
その時。
「《黒紅業火》」
母さんの声がした。
はっと振り向くと、さっきまで掌に集まっていた黒紅の炎が、もう弾ける寸前まで膨れ上がっている。
「ディディエ。あなたが裏でこそこそ動いてくれたおかげで、本当に苦労したのよ」
母さんが、にこりと笑った。
「……燃え尽きなさい」
黒紅の炎が放たれた。
岩壁はない。
「避けて!」
炎が、そのままディディエ司祭へ襲いかかる。
「ぐああっ!」
爆音が響いた。
ディディエ司祭の身体が大きく吹き飛び、石床を何度も転がった。杖だけがその先へ滑り、乾いた音を立てて止まる。
「……そんな」
返事はない。
起き上がろうとした身体が一度だけ動き、そのまま力なく床へ沈んだ。
周囲を見回す。
ガフも、ジェイド師範も倒れている。少し離れた場所には、さっき倒されたバルドとセイル。その肌には黒い筋が浮かんだままだ。
ほんの少し前まで、あれほど頼もしく見えた大人たちが、今はもう誰一人立っていない。
ようやく分かった。
父さんと母さんの身体を使っているあいつらにとって、今までの戦いは本当にただの遊びだったんだ。
「これで邪魔者はいなくなったわね」
「そうだねぇ」
父さんが剣を軽く払うと、黒い風がほどけるように消えた。その顔には、またあの余裕のある笑みが戻っている。
「さて。今度こそ、君にはこちらに来てもらおうか」
一歩。また一歩と近づいてくる。
逃げなきゃ。
頭では分かっている。それなのに身体が言うことを聞かない。指先どころか膝まで震え、足の裏が石床へ縫いつけられたみたいだった。
《限界具現》なら使える。
懐中電灯。閃光手榴弾。ビーノたん。もっと強い物。もっとすごい物。
頭の中を必死に探す。でも、何を思い浮かべても、目の前の二人を止められる気がしない。
「クロノさん……」
隣のエルヴィンも真っ青な顔をしていた。
逃げよう。そう言いたいのに、声にならない。
もう、どうしようもない。
父さんがさらに一歩踏み出した、その時だった。
エルヴィンが私の前へ出た。
「……え?」
「僕が時間を稼ぎます。……逃げて!」
足も肩も震えている。それでも私を庇うように立ち、胸元から小さな白い石を取り出した。
「創生の女神よ……我が身は御前に委ねます。どうか、御力を宿す使徒クロノに、御加護を……!」
ここで神頼み? 使徒ってなに?
そう思った瞬間、エルヴィンが白い石を強く握り込んだ。
ぴしっ、と亀裂が走った。
次の瞬間、エルヴィンの足元に白い線が一気に広がり、地面を這うように私の足元まで伸びてくる。五つの頂点が強く輝いた直後、光が弧を描いて立ち上がった。
私たちを包み込むように、半透明の白い結界が形成される。
「クロノさん! 早く! 逃げてください!」
「無理だよ! みんなを置いて逃げられない!」
「でも、このままじゃ――!」
父さんが足を止め、結界を眺めてつまらなそうに目を細めた。
「ふーん。この聖光……聖女のものじゃないな。法王の結界石かな? いいものを持ってるね」
ほんの少しだけ感心したように笑う。
「でも、僕の力には及ばない。そんな脆弱な結界で、何を守るつもりだい?」
父さんが片手を振った。
黒い風が弾ける。
「っ……!」
轟音とともに結界が大きく歪んだ。
五芒星が激しく明滅し、半透明の壁に亀裂が走る。それでも、砕けない。
「ぐっ……!」
エルヴィンの手が震える。
手の中の石が脈打つたび、結界の光も揺れている。それでも踏ん張り、震える腕を前へ突き出していた。
「クロノさん……今のうちに!」
「エルヴィン……」
父さんが少しだけ眉を上げた。
「へぇ。さすが法王の作ったものだ。思ったより頑丈だね」
再び片手を上げる。
「でも、次はどうかな?」
黒い風がもう一度、結界へ叩きつけられた。
重い衝撃に白い壁が大きくへこみ、五芒星の光が激しく揺れる。
エルヴィンの手の中で、ぴしっ、と何かが割れる音がした。
「くっ……!」
それでも、まだ壊れない。
「早く……!」
エルヴィンの声が震えている。
その背中を見ているうちに、胸の奥で何かが切れた。
まただ。
イザベラも、ガストンも。ジェイド師範も、ディディエ司祭も、ガフたちも。
いつも誰かが傷ついて、私はその後ろにいる。そして今度は、エルヴィンが私の前に立っている。
この結界が砕けるまで。
エルヴィンが倒れるまで。
また私は、後ろで見ているつもりなの?
「……もういい」
「え?」
エルヴィンが振り返る。
私は一歩、前へ出た。
「今度は、私が前に出る」
「クロノさん……?」
震えていた手が止まった。
昨日、黒霧の中でビーノたんのライトが道を作った。
魔法じゃない。
聖光でもない。
ただの、私がいた世界の光。
それでも、あの光はみんなを外まで連れていってくれた。
炭酸も、シャンプーも、ライターも、閃光手榴弾も、ロケットランチャーも。
私は何度も《限界具現》に助けられてきた。
なのに気にしていたのは、この力で何ができるかじゃない。
どうすれば魔法に見えるか。
どうすれば変に思われないか。
ずっと、そればっかりだった。
「……馬鹿みたい」
「ん?」
父さんが首を傾げる。
「魔法が使えないとか。この力が変だとか。知られたらどうしようとか」
一つずつ口にする。
今までずっと怖かったものを。
「そんなこと気にして、また誰かが傷つくのが……もう嫌だ!」
父さんの笑みが、ほんの少しだけ薄れた。
「……それで?」
つまらなそうに私を見る。
「君は弟とは違う。魔力がない。何の色も見えない。使う道具は面白いが、それだけだ。そんな君に、いったい何ができる?」
腹が立った。
まだ私の前で結界を支えているエルヴィン。その向こうには、倒れたジェイド師範やガフたち。すぐ近くにはディディエ司祭。
父さんと母さんは、今も身体を乗っ取られたまま。そして巨大な門からは、今も無数の影が溢れ続けていた。
「知らない」
「……何?」
「私にも、まだ分かんないよ。……この力を本気で使ったら、どこまでできるのかなんて」
ソーカの杖を握り締め、顔を上げる。
「だから今から、確かめる!」
その瞬間、額が焼けるように熱くなった。
「……っ!」
頭の中へ、いつもの感覚が浮かぶ。
《限界具現〈ゲンカイ・マテリアライズ〉》
残り回数――
そこで止まった。
いつもなら数字が出る。今日はあと何回。これを出したら残り何回。ずっと気にしてきた数字。
それが霞み、揺れ、形を失っていく。
そして。
《限界具現〈ゲンカイ・マテリアライズ〉》
残り回数――∞
「……むげん?」
思わず間抜けな声が出た。
父さんの顔から笑みが消える。
「……その額」
門の前にいた母さんまで、初めて明らかな動揺を見せた。
「嘘……その紋章……」
すぐそばで、エルヴィンが息を呑む。
「……やっぱり、クロノさんは」
紋章?
何を言ってる?
でも、今はどうでもいい。
∞。
限界が、ない。
私はその文字を見つめた。
《限界具現〈ゲンカイ・マテリアライズ〉》
マークと何度も実験して、ずっと名前どおり、限界のある力だと思っていた。
残り回数を気にして、失敗を怖がって、いつも自分で線を引いていた。
でも、その限界が今、消えた。
だったら、遠慮する理由だってもうない。
「……なにそれ」
笑いが漏れる。
「最高じゃん」
「何を――」
「魔力がないから何だ!」
声が地下空間へ響いた。
「普通じゃないから何だ! これが私の力なんでしょ!」
エルヴィンの横へ並ぶ。
今度は私が使う番だ。
「ここからは、私がみんなを守る!」
門から溢れ続ける影を見る。黒い靄みたいに輪郭を揺らしながら、次々と地上へ向かっている。
魔族。暗影。
昨日は、たった一個のライトで黒霧を押し返せた。
なら。
一個で足りないなら十個。
十個で足りないなら百個。
百個でも足りないなら。
「足りるまで出せばいい!」
前世の景色が頭に浮かんだ。
推しのライブで行った、夜のスタジアム。
空は真っ暗なのに、会場だけは昼間みたいに明るかった。広いグラウンドの隅々まで照らしていた、あのでっかい照明。
あれだ。
「《限界具現〈ゲンカイ・マテリアライズ〉》!」
ドンッ!
背後で地響きがした。
何もなかった空間に巨大な鉄骨の塔が聳え立つ。天井ぎりぎりまで伸びたその先端には、いくつもの巨大なLED照明。
ナイター用の照明塔。
「な……」
父さんが目を見開く。
「一個で足りないなら――」
《限界具現》。
ドンッ!
二基目。
「まだ!」
《限界具現》。
ドンッ!
三基目。
倒れているみんなを避けるように、私たちの背後へ、左右へ、石柱の隙間へ。
巨大な鉄骨が次々と現れ、地下空間そのものを震わせていく。
「もっと!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
暗い門を取り囲むように、巨大な照明塔が立ち並んだ。
「馬鹿な……」
父さんの中にいるあいつが、一歩下がる。
初めてだ。
ずっと私たちを見下ろしていたあいつが、自分から距離を取った。
「何だ、その力は……ありえない……!」
「ありえない事なんてない! 限界なんて、越えてやる!」
でも、照明だけじゃ光らない。
だったら。
「電源ごと出せばいい!」
《限界具現》。
ドンッ!
照明塔の足元に大型の発電機が現れた。そこから伸びる太いケーブルごと、もう一台。その隣にも、さらにもう一台。
発電機と配線をまとめて具現し、照明設備へ繋いでいく。
低い駆動音が一つ、二つ、三つと重なり合い、地下空間そのものが唸り始めた。
「……っ!」
父さんの顔から、完全に余裕が消えた。
私は門へ向かって杖を突き出す。
照明は揃った。
電源もある。
あとは。
「何をする気かは分からないが……これ以上はさせない!」
父さんが剣を掲げた。
「宵界より来たれ、光を喰らう漆黒の帳よ。天を覆い、地を閉ざし、すべてを永き夜へ沈めよ――《黒天蓋》!」
空気そのものが、重く沈んだ。
足元から噴き上がった黒い影が床を這い、石柱を呑み込み、壁から天井へ一気に広がっていく。
魔導祭で見た黒霧なんかより、ずっと深い。
これはもう、霧じゃない。
闇そのものだ。
父さんも、母さんも、巨大な門も、私が呼び出した照明塔まで、結界の外のすべてが黒に呑み込まれていく。
残ったのは、私とエルヴィンを包む淡い白の結界だけだった。
けれど、その光さえ少しずつ押し潰されていく。
半透明の壁が軋み、じわじわと内側へ狭まってくる。広かったはずの結界は、もう私たち二人を包むので精一杯だった。
エルヴィンが歯を食いしばる。
「これで終わりだ」
闇の奥から、父さんの声がした。
私は一度だけ目を閉じた。
昨日までの私なら、ここで怖くなっていたと思う。
せっかく出したのに。失敗した。もう無理だ。
そんなことを考えていたかもしれない。
でも。
「……それだけ?」
「何?」
「暗くしただけ?」
ソーカの杖を握り直す。
「だったら簡単じゃん」
照明は、もう全部揃っている。
電源だってある。
だったら。
「点ければいい!」
右手を振り上げる。
「魔法なんていらない! この世界の常識じゃ、私の力は止められない!」
杖を思い切り振り下ろした。
「限界の向こうまで――照らし尽くせぇぇぇっ!!」
次の瞬間、すべての照明が一斉に点灯した。
地下に、昼が落ちた。
真っ白な光が、地下空間を塗り潰す。
眩しいなんてものじゃない。
エルヴィンの結界を形作っていた淡い白光とも違う。聖光でもない。祈りも、魔力も、何も込められていない。
ただ、私がいた世界で夜を照らすために作られた電気の光。
それなのに。
《黒天蓋》が裂けた。
「なっ……!」
白い光に触れた場所から、闇が音もなく千切れていく。
一ヶ所。
二ヶ所。
違う。
全部だ。
床を覆っていた闇が消え、石柱を覆っていた闇が剥がれる。壁も、天井も、巨大な門も。
黒に沈んでいた地下空間のすべてが、白い光の中へ引きずり出されていく。
闇そのものが、押し潰されていく。
その光の中で、エルヴィンの手にあった白い石が、ぱきん、と小さな音を立てた。
限界まで亀裂の入った石が崩れ、淡い結界も光の粒になって消えていく。
でも、もう必要なかった。
「ぎゃあああああっ!」
異形の影たちが、一斉に悲鳴を上げた。
黒い靄のように揺らいでいた輪郭が、白い光を浴びた途端、大きく崩れ始める。
身体の端から煙のようにほどけるもの。光から逃げるように身を翻すもの。這うように門へ戻ろうとするもの。
さっきまで地上へ向かっていた黒い奔流が、今度は逆向きに流れ始めた。
押し合い、もつれ合い、互いを踏み越えるようにして、異形の群れが次々と巨大な門へ逃げ帰っていく。
「ぐっ……!」
父さんの身体が大きく仰け反った。
「黄竜!」
母さんが叫ぶ。
その身体も胸元を押さえ、輪郭から赤黒い影が滲み出していた。
いや。
違う。
滲んでいるんじゃない。
剥がれている。
この光が、父さんと母さんの中にいる何かを外へ引きずり出している。
「これは……何だ……!」
父さんの声が、初めて震えた。
「これは聖光じゃない……! こんな光、僕は知らない……!」
「そりゃそうでしょ!」
もう止まらなかった。
「こっちの世界のものじゃないんだから!」
父さんの背後から黒い影が大きく膨れ上がる。
人とは違う輪郭。
巨大な何か。
母さんの身体からも、赤黒い影が大きく剥がれた。
「ぐっ……あ、あああっ!」
「な、何なのよ……この光……!」
母さんの中にいたものの声からも、初めて余裕が消れた。
「黄竜! 駄目よ! ここにいたら保たない! 戻るわよ!」
「待て……!」
「無理よ! この光……私たちを身体から剥がしてる! このままじゃ消される!」
父さんから剥がれかけた影が、こちらを向いた。
一瞬だけ、その輪郭が揺らぐ。
黄金色の巨大な龍。
母さんの背後にも、炎をまとった赤い鳥のような姿が浮かんだ。
けれど、それもほんの一瞬だった。
二つの影は光から逃れるように身を翻し、そのまま巨大な門の向こうへ飛び込んでいく。
支えを失った父さんと母さんの身体が、ほとんど同時に床へ崩れ落ちた。
「父さん! 母さん!」
今度は迷わず駆け出した。
けれど、その足を止めるように巨大な門が低く震える。
ごごごごご……。
「え……?」
二つの影が門の向こうへ消えた直後、黒い扉へ白い光が灯った。
一つ。
また一つ。
消えていた白い模様が、まるで時間を巻き戻すように輝きを取り戻していく。
門の向こうで、黄金の竜が振り返った。
その目は、まっすぐ私を睨んでいるように見えた。
「……お前が、魔王様の――」
「……何?」
けれど、その続きを聞くより先に、扉が閉じていく。
両開きの扉が、ゆっくりと閉じ始めた。
門の近くに残っていた異形の影たちが、我先にと向こう側へ飛び込んでいく。すでに地上へ出てしまった奴らまでは戻ってこない。
それでも、これ以上は増えない。
左右から迫った扉が、黄金の竜の姿を少しずつ隠していく。
最後まで、あいつは私を見ていた。
そして。
どんっ。
巨大な門が閉じた。
白い模様が扉いっぱいに広がり、その上から光の鎖が一本、二本と何重にも巻きついていく。
静かになった。
ついさっきまで無数の影と暗闇に埋め尽くされていた地下空間を、今は私が呼び出した巨大な照明だけが照らしている。
「……閉じた」
口にした瞬間、全身から力が抜けた。
父さんと母さんは倒れている。
ジェイド師範も、ディディエ司祭も、ガフたちも傷だらけだ。それでも、肌に浮かんでいた暗蝕の黒い筋は消えていた。
そして、すぐそばにはエルヴィンがいる。
真っ青な顔で肩を上下させているけれど、ちゃんと自分の足で立っていた。
みんな傷ついている。
守りきれたなんて、とても言えない。
それでも。
なんとか助かった。
「……よかった」
頭の中に浮かんでいた∞の文字が、ぼやけるように揺らいだ。同時に、額を焼いていた熱も急速に遠ざかっていく。
「あ……れ……」
膝から力が抜けた。
「クロノさん!」
身体が傾く寸前、すぐ近くからエルヴィンの声が聞こえた。
視界が暗くなっていく。
外に出ていった魔族たちは……
どうなったんだろう。
でも、この力があれば。
私にも、まだ出来ることがある。
そう思ったところで、意識が途切れた。
⸻
その日、溢れ出した魔族によって、
栄都セレスティアは壊滅した。




