表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
秘密と絆の学院生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/51

第49話 置かれた武器


 黒い靄の奥では、仲間たちとバルドたちの戦いが、まだ続いていた。


 バルドはイザベラとアルガスに挟まれ、セイルはリリスの長槍を捌きながら、横から斬り込むミーナを細槍で牽制している。


 後方では、エルヴィンが短杖を向け、その傍らでシャーロットが、ふらつくガストンの身体を支えていた。


 ガストンの顔色は、先ほどよりもさらに悪い。


 呼吸をするたびに肩が上下し、小斧を握る手にも力が入っていなかった。


 イザベラも、動きこそ乱れていないものの、普段より呼吸が深い。それでも細剣を下ろさず、バルドの前に立ち続けている。


 一方、バルドとセイルの攻撃にも、先ほどまでの鋭さはなかった。


 間合いを詰めることをためらいながら、それでもガフたちのもとへ向かう道だけは、頑なに塞ぎ続けている。


 その時、バルドの視線がこちらへ向いた。


「なんだ、ありゃ……? ガフもいるぞ」


 全員がこちらを振り向く。


 ビーノたんに乗った私と、マークを背負うガフに気づいた瞬間、戦場の動きがぴたりと止まった。


「やめだ、やめ!」


 ガフの怒声が、静まり返った空間へ響き渡る。


「この仕事は降りる!」


「なんだと!?」


 バルドがハルバードを構えたまま、目を見開いた。


「その坊主はどうした!」


「返すことにした!」


「はあ!?」


「説明しろ」


 セイルの短い声が飛ぶ。


 ガフは背中のマークを示した。


「こいつの首を見ろ!」


 バルドとセイルの視線が、マークの首筋へ向けられる。


 セイルが細槍を構えたまま、数歩だけ近づいた。


 リリスが即座に長槍を突きつけ、その足を止める。


「それ以上、クロノさんに近づかないでくださる?」


「痣を見るだけだ」


 セイルは足を止め、目を細めた。


 その顔から、わずかに血の気が引く。


「……ローザと似ている」


「似てるんじゃねえ。同じだ」


 ガフが奥歯を噛む。


「こいつは枢機卿の黒い影を浴びた。それで、ローザと同じ痣が出てる」


 バルドの指が、ハルバードの柄を強く握り込んだ。


「だが、セレナを切ったら、ローザを治す当てがなくなるぞ」


「分かってる」


「分かってて降りるだと?」


「ほかの道があるかもしれねえ」


 ガフが私へ顎を向けた。


「この嬢ちゃんの母親は、灯火の聖女だ。ローザを診てもらえるよう、自分で頼むと言ってる。治療に金が必要なら、それも出すとな」


 セイルが小さく呟く。


「……やはり、さっき枢機卿とセレナを相手にしていた女が、灯火の聖女か」


 バルドの表情に、疑いが浮かんだ。


「貴族の聖女様が、俺たちみたいな傭兵の仲間を診てくれるとでも?」


「治せる保証はねえ。診てもらえる保証だってねえ」


 ガフは言葉を濁さなかった。


「だが、嬢ちゃんが自分で頼むと言ってる」


「そんな子どもの口約束に、ローザの命を賭けるのかよ」


「セレナの約束には、もう賭けられねえ!」


 ガフの声が、白い石床を震わせる。


「ローザを治すと言った連中が、同じ痣をばら撒いてるかもしれねえんだぞ! そっちを信じ続ける方が正気じゃねえ!」


 バルドが言葉を失う。


 ハルバードの刃が、少しだけ下がった。


「事情はすべて分かっていませんが、誰かを治療するためのお金が必要なのですね」


 エルヴィンの声が、張りつめた空気の中へ届いた。


 短杖を構えたまま、一歩だけ前へ出る。


「それなら、僕も出します」


「お前が?」


「僕はフォスティエ商会の人間です。必要な金額を聞かなければ、どこまで用意できるかは断言できません」


 エルヴィンは、ガフたちをまっすぐ見据えた。


「ですが、クロノさん一人に背負わせるつもりはありません。足りなければ、父にも頼みます」


 バルドが、私とエルヴィンを交互に見た。


「俺たちは、その商会を襲ったんだぞ」


「忘れてはいません」


 エルヴィンの声は冷静だった。


「許したわけでもありません」


「なら、なぜだ」


「クロノさんが助けると決めたからです」


 エルヴィンは目を逸らさなかった。


「僕も、そのためにできることをします」


「貴族も商人も、口では綺麗事ばかりだ」


「でしたら、言葉ではなく結果を見てください」


 エルヴィンは静かに言い切った。


「僕たちが本当に動くかどうか、その目で確かめればいい」


 それ以上、何も言わなかった。


 白い石床の上へ、短い沈黙が落ちる。


 先に動いたのは、セイルだった。


「ガフ」


 細槍を向けたまま、静かに問いかける。


「ローザを診せられるという話だけで、決めたのか」


「違う」


 ガフは首を横へ振った。


「セレナを信じる根拠が、全部なくなったからだ」


 セイルの視線が、マークの黒い筋へ戻る。


「……俺も、あの女が変わったことには気づいていた」


 苦い声だった。


「団長が死んでから、しばらくは泣き崩れて、見ていられないほどだった。だが、ある日を境に、人が変わったようになった」


 細槍を握る手に、わずかに力がこもる。


「命令の内容も、団へ入れる人間も変わった。それでも、ローザを救うという約束がある限り、疑わないようにしていた」


「セイル……」


「もう、見ないふりはできない」


 細槍の穂先が、ゆっくりと床へ向けられた。


「少なくとも、この黒い筋の正体を確かめるまでは、セレナの命令には従えない」


 バルドだけが、まだハルバードを握っていた。


 奥歯を噛み、セイルとガフを睨みつける。


「勝手に決めやがって……」


 誰も答えなかった。


 やがてバルドは、苛立ちを叩きつけるように、ハルバードの石突きを床へ打ちつけた。


「俺は降りねえ」


「バルド!」


「ローザを助ける道が本当にあるのか、この目で確かめる」


 ハルバードを構え直すことはなかった。


「それまでは、お前らについていく。見張るためにな」


 ガフが眉をひそめる。


「それを降りるって言うんだよ」


「うるせえ!」


 バルドは顔を歪めた。


「ローザが死んだら、俺はお前らを許さねえぞ」


「分かってる」


「そこの嬢ちゃんもだ」


「うん」


「簡単に返事すんな!」


 アルガスが両手剣の向こうで眉をひそめる。


「こいつ、助けてもらう側の態度かよ」


「アルガスさん、今は黙っていてくださいまし」


 リリスに窘められ、アルガスが不満そうに口を閉じた。


 バルドはしばらく私を睨んでいたが、やがてハルバードを白い石床へ横たえた。


 ガフも腰から剣を鞘ごと外し、その隣へ置く。


 セイルも細槍から手を離した。


 三人の武器が、白い石床の上へ並んだ。


 ミーナが、張りつめていた息を小さく吐く。


 けれど、リリスもアルガスも、まだ武器を下ろしてはいない。


 イザベラの細剣も、ガフの胸元を捉えたままだった。


「クロノ様。こちらへ」


「大丈夫。この人たちは、マークを返してくれる」


「信用なりません」


 イザベラの声は冷たく、切っ先は微動だにしない。


「俺たちだって、信用してもらおうとは思ってねえ。今は利害が一致しただけだ」


 ガフは両手を見える位置へ上げた。


 それから、ゆっくりと膝をつき、マークを背中から下ろす。


 頭を支えながら抱き直し、私へ差し出した。


「約束どおり返す」


「マーク!」


 私は差し出された弟の身体を受け止めた。


「っ……!」


 想像していたより、ずっと重い。


 全身から力の抜けた身体に腕が沈み、そのまま取り落としそうになる。


「クロノ様」


 すぐにイザベラの腕が伸び、マークの背中と頭を支えた。


 二人で抱きかかえるようにして、ゆっくりとその場へ膝をつく。


 マークは私たちへ身体を預けたまま、ぴくりとも動かない。


 頬へそっと手を触れる。


「マーク、分かる? 私だよ!」


 返事はない。


 けれど、胸は規則正しく上下している。


 呼吸も穏やかだ。


 まるで、深く眠っているだけのように見えた。


「よかった……」


 張りつめていたものが、一気に緩みそうになる。


 私は震える腕に力を込め、マークを強く抱き締めた。


「クロノちゃん」


 シャーロットの声が飛ぶ。


 ガストンを支えていた手を離し、こちらへ駆け寄ろうとする。


 けれど、その瞬間。


 ガストンの膝が、がくりと折れた。


「ガストンさん!」


 シャーロットが慌てて抱き留める。


「大丈夫ですか!?」


「申し訳ございません。少々、力が抜けただけでございます」


 ガストンは小斧を床へつき、どうにか身体を支え直した。


 顔色は青白く、額には冷たい汗が滲んでいる。


 ずれた襟元から、黒い筋が先ほどよりも濃く覗いていた。


「クロノ様……申し訳ございません。マーク様を、お守りしきれず……」


「謝らないで」


 私はマークを抱いたまま、首を横へ振った。


「ガストンが守ってくれたから、マークは無事だった。ありがとう」


「もったいなき、お言葉でございます」


 ガストンは弱々しく笑い、片膝を立てようとする。


「無理はしないでください」


 シャーロットが、そっと腕を支えた。


「なに、わしも老骨ゆえ、少々堪えただけでございます」


「それを少々とは言いません」


 それでもガストンは、小斧を杖代わりにゆっくりと立ち上がった。


「それよりも、イザベラの方が……」


「ガストン」


 静かな声が、それ以上の言葉を遮った。


 イザベラはいつもと変わらない表情で、ガストンを見据えている。


 ただ、その顔にはほとんど血の気がなく、細剣を握る指先も白くなっていた。


「しかし、お前の方が……」


「今は、マーク様の確認が先です」


 二人の視線が、しばし正面からぶつかり合う。


「……後で必ず、診てもらえ」


 イザベラは一瞬だけ目を伏せた。


「ええ」


 ガストンは不満を残したまま、ようやく口を閉ざした。


 シャーロットは二人を気にするように視線を揺らしたが、すぐに私のもとへ駆け寄ってくる。


「マーク君を診せて!」


「お願い!」


 私はマークを抱いたまま、その場へ膝をついた。


 シャーロットが首筋へ手をかざすと、柔らかな聖光が小さな身体を包み込む。


 淡い光が、黒い筋へ触れる。


 けれど、痣は消えない。


「わ、私では、この痣を消すことはできないみたいです。でも……」


 シャーロットは目を閉じたまま、慎重にマークの状態を探る。


「呼吸も脈も乱れていません。黒い痣も、今は広がっていないと思います」


「じゃあ、マークは大丈夫なの?」


「絶対とは言えません。でも、今すぐ危険な状態ではないと思います」


「よかった……」


 胸の奥に張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。


 痣は消えていない。


 マークも、まだ目を覚まさない。


 それでも、すぐに失ってしまうわけではない。


 その言葉だけで、周囲からも安堵の息が漏れた。


 ガフはその様子を見つめたあと、イザベラへ顔を向けた。


「許してくれとは言わねえ。俺たちがやったことも、なかったことにはできねえ」


「当然です」


「全部終わったら、逃げずに責任は取る」


 イザベラは細剣を向けたまま、冷たく答えた。


「その言葉、忘れないでください」


「ああ」


 ガフは静かに頷いた。


 三人が、私たちの仲間になったわけではない。


 罪が消えたわけでもない。


 それでも、セレナのために握っていた武器を、自分たちの意思で置いた。


 けれど、安堵している場合ではない。


 マークを逃がすために、あの場へ残った二人がいる。


「父さんと、母さんは……」


 私の声に、ガフたちの表情が強張った。


 父さんと母さんは、今もまだ暗影の奥で、枢機卿とセレナを食い止めている。


 それに、この暗闇から出る方法だって考えなければならない。


 マークを取り戻しただけでは、終われない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ