第44話 満点とっちゃいました。
「次、クロノ・ソーカさん」
東側第三待機口へ着くと、入口脇に置かれた長机の向こうに、三人の司祭が並んでいた。
出場者が使用する杖や弓、魔導具、投擲具を、一つずつ確認している。
不正な魔晶が仕込まれていないか。危険な呪術が施されていないか。競技の規定を超える魔力増幅が行われていないか。
弓や投擲具については、危険な刃や仕掛けが施されていないかも調べるらしい。
つまり、この世界に存在する魔法と道具を前提にした安全確認である。火薬で金属を飛ばす道具なんて、検査項目に存在するはずがない。
……抜け穴である。
「クロノ・ソーカさん?」
「はい!」
私の前に並んでいた暁組一組の五人は、全員問題なく点検を終えている。
いよいよ、私の番だ。
長机の前へ進み、胸に抱えていた布包みをそっと置く。
「使用する道具を見せてください」
「はい。こちらです」
布を解いていく。
中から現れたのは、ガストンとマークが仕立ててくれたソーカの杖。褐色の木製銃床から、長い鋼の銃身が伸びている。持ち手の近くには、エルマの古い儀礼杖から移した赤い宝石。木製の銃床にはソーカ家の紋章が左右に添えられ、その表面には、ガストンが刻んだ短い祈文が走っている。
見た目だけなら、かなり由緒正しい魔導具である。
中身は前世の軍用小銃だけど。
司祭の一人が、ソーカの杖へ顔を近づけた。
「この紋章は……ソーカ家のものですね」
隣にいた年配の司祭も、興味深そうに身を乗り出す。
「これほど物々しい造りとなると、もしや、かつて魔族を討つために使われた家伝の長杖ですかな」
「え?」
魔族を倒す杖? 確かに、ものすごく物騒な物ではある。でも、そういう由緒正しい物ではない。昨日まで庭で、薪を粉々にしていた物だ。
二人の司祭が、期待に満ちた目で私を見る。
私は頬を引きつらせながら、愛想笑いを浮かべた。
「そ、そういう用途も、あったのかもしれません。倉庫にあった古い儀礼杖を使って、仕立て直してもらったので……」
嘘は言っていない。大事なところを、盛大にぼかしているだけだ。
ごめん、父さん。
今日から、ソーカ家に「魔族を倒した杖」という物騒な魔導具が、ひとつ増えました。
司祭は検査用の水晶を銃身へ近づけ、端から端までゆっくりと滑らせていく。
当然、水晶には何の反応も出ない。
一人の司祭が、不思議そうに首を傾げた。
「魔力反応がありませんね」
「古式の家伝魔導具には、使用時まで魔力を外へ漏らさぬものもございます」
年配の司祭が、ソーカの杖を見つめながら言った。
「まして秘具ともなれば、外部から簡単に仕組みを探れないよう作られているのでしょうな」
「なるほど……」
なるほどではない。ただの銃だから、魔力がないだけである。
「こちらは、どのように使用するのですか?」
「ええと……中に込めた小さな石を、剛岩の魔力で標的へ向けて飛ばします」
「……剛岩魔法で石を射出する長杖なのですね」
「た、たぶん、そのようなものです」
絶対違う。
司祭は少し考えてから、長机の奥を指した。
「念のため、試射をお願いします」
「試射……」
やっぱり、そこまで簡単には通してくれないらしい。
長机の奥には、小さな検査用標板が設置されていた。標板の周囲は、半透明の結界で箱のように囲まれている。
魔法だけでなく、矢や投擲具、砕けた標板の破片まで内部に留める、競技用の防護結界らしい。
これなら、弾が標板を貫いても、観客席まで飛んでいくことはない。
たぶん。
「標板の中心を狙ってください。射出物が結界内で停止することも確認します」
「分かりました」
私はソーカの杖を肩へ当てた。
検査用標板は、庭で狙っていた薪よりも大きい。
外す理由はない。
ひとつ息を整え、木部に刻まれた祈文を口にする。
「暁の女神よ。我が身に光を。迷いなき一射で、標的を射抜かせたまえ」
もちろん、詠唱に意味はない。
でも、見た目は大事だ。
照準を標板の中心へ重ね、引き金を引く。
パンッ!
乾いた破裂音が、待機口に響いた。
次の瞬間には、検査用標板の中心へ、小さな穴が開いていた。
標板はほとんど揺れない。一拍遅れて、背後の結界がかすかに震えた。半透明の膜の内側で、射出物が床へ落ちる。
司祭たちは、何が通り抜けたのかも分からないまま、標板の中心に開いた穴を見つめていた。
沈黙。
やがて、司祭たちは標板とソーカの杖を交互に見比べた。
「……い、今の石、見えましたか?」
「いや……まったく」
一人の司祭が慌てて標板へ近づき、中心に開いた穴を確かめる。
「ですが、間違いなく中心です。寸分のずれもありません」
「音が聞こえた時には、すでに射抜かれておりましたぞ」
「ほう……」
年配の司祭が、感心したように頷いた。
「これほど速く剛岩を射出するとは。やはり、魔族討伐にも使われた杖なのでしょうな」
違います。
魔族討伐用ではなく、普通に軍用です。
三人目の司祭は結界の内側を確認すると、床へ落ちた射出物を回収用の器へ収めた。
「射出物は防護結界内で完全に停止しています。標板以外へ杖先を向けない限り、競技区画の外へ出ることはないでしょう」
よかった。
少なくとも、跳ね返った弾が観客席まで飛んでいくことはなさそうだ。
「危険な魔晶や呪術も確認されませんでした。家伝の射出型魔導具として、使用を許可します」
「ありがとうございます!」
通った。銃を杖だと言い張るという、本日最初にして最大の難関を突破した。
「ただし、クロノさん」
「はい?」
司祭が、少しだけ声を低くした。
「先ほどの精度を見る限り、狙いを外すことはないでしょう。ですが、あれほど速いものです。杖先は、必ず標板へ向けてください。試技を終えた後も同様です」
外すつもりはない。
ないけど、真顔で念を押されると、急に怖くなる。
「はい……」
「それから、くれぐれもやりすぎないように。あなたについては、これまでにもいろいろと報告を受けていますからね」
「……はい」
命中精度は信用されている。この杖の安全性は、まったく信用されていない。初めて会った司祭にまで、私は要注意人物として認識されているらしい。
私の知らないところで、いったいどんな報告書が出回っているのだろう。
できれば一生読みたくない。
ソーカの杖を抱え直し、長机から離れる。すぐ横では、宵組四組の出場者たちも点検を終えたところだった。
先頭に立っていた少年が、自分の杖を受け取る。
ゼクス・フォン・ゼルファス。
リリスの弟であり、宵組一年の代表選手である。
ゼクスは私に気づくと、わずかに目を見開いた。
「まさか、同じ競技に出られるとは」
「え?」
「姉上がライバルと認めた方と、正面から競えるのです。これ以上、望ましい舞台はありません」
……ライバル、ね。
リリス、私のことをどう話しているのだろう。
ゼクスは杖を掲げ、背後に並んだ宵組の五人へ声をかけた。
「行くぞ!」
その言葉を合図に、六人が一斉に動いた。
腰を落として両腕を広げる。
片膝をついて杖を天へ向ける。
隣の生徒の肩越しに、鋭く指を突き出す。
ゼクスは六人の中央で外套を翻し、(ない)堂々と胸を張った。
「我ら宵組四組、六つの影!」
「暁を呑み、勝利の夜をここに刻む!」
全員の声が、ぴたりと重なった。
しん、と待機口が静まり返る。
点検をしていた司祭たちまで、無言でこちらを見ていた。
すごい。
競技前なのに、ものすごく仕上がっている。
魔法ではなく、決めポーズの方が。
やがてゼクスは、何事もなかったように姿勢を戻し、私へ杖を向けた。
「姉上が認めた実力、見せてもらいますよ。クロノ・ソーカ」
さっきまでの空気とは違う。その目には、はっきりと勝負への熱が宿っていた。
私もソーカの杖を抱え直す。
「……ゼクスくん。悪いけど、私も負ける気はないよ」
一瞬の沈黙。
それからゼクスは、満足そうに笑った。
「いい勝負をしましょう」
司祭が手を叩く。
「点検はすべて終了しました。出場者は競技場へ移動してください。すでに準備は整っています」
私たちは暁組と宵組に分かれ、競技場へ続く通路を歩き始めた。
いよいよ、《魔導標撃》が始まる。
⸻
競技場の中央には、左右に二つの試技区画が作られていた。
競うのは、暁組一組・二組と、宵組三組・四組。各クラスから六人ずつが選ばれ、暁組十二人、宵組十二人の総勢二十四人が出場する。
試技は、暁組と宵組から一人ずつ、二人同時に行われる。
二つのクラス対戦で獲得した点を陣営ごとに合計し、暁組と宵組の勝敗を決める。
試技区画の先には、距離も高さも大きさも異なる十枚の魔導標板が浮かんでいた。
近くの大きな標板は、人の胸ほどの幅がある。
競技場の奥に浮かぶものは、ここからでは小指の先ほどにしか見えない。
外縁の《零縁》は〇点。
中心へ近づくほど得点が上がり、最も小さな中心が十点となる。
得点は最初に触れた位置で決まり、判定を終えた標板は消灯する。それ以降、同じ標板を狙っても追加点にはならない。
持ち時間は一人三十秒。
十枚すべての中心を捉えた場合、最高得点は百点。限られた時間の中で、十枚の標板をどれだけ速く、正確に狙い分けられるか。
完全に、狙いの精度を競う競技だ。
うん。
やっぱり、ちょっと楽しくなってきた。
『それでは、一人目の出場者は試技位置へ!』
拡声の魔導具から司会の声が響く。
最初に行われるのは、宵組四組と暁組二組の対戦だった。
宵組四組の列から、ゼクスが前へ出る。
「いきなりゼクスくんから……?」
てっきり最後に出てくると思っていた。
宵組は、最初から全力で流れをつかむつもりらしい。
対する暁組二組からは、細い杖を持った男子生徒が試技位置へ進んだ。
二人が横に並び、それぞれ杖を構える。
ゼクスが短い詠唱を終えると、杖先へ紅蓮の炎が集まった。
「始め!」
ゼクスが杖を振るう。
次の瞬間、杖先から紅蓮の炎が迸った。
最初に狙ったのは、手前に置かれた比較的大きな標板。
炎の塊が中心を捉え、標板の光が消える。
『中心判定、十点!』
次は左上。
続いて、正面を動く標板。
ゼクスは遠く小さな標板へ固執せず、確実に中心付近を狙えるものから得点を重ねていく。
堅実なだけではない。標板の動きを読み、次に狙う場所まで決めている。
練習量が違う。
対する暁組二組の生徒も、懸命に魔法を放っていた。 けれど、焦りから一発が《零縁》へ触れ、無得点となる。
その間にも、ゼクスは次の標板へ杖を向けていた。
「終了!」
『宵組四組、七十二点! 暁組二組、四十二点!』
観客席から、大きなどよめきが上がった。
一人目から、三十点差。
事前に聞いていた話では、一年生の多くは三十点から五十点ほどに留まるらしい。
七十二点は、明らかに飛び抜けた記録だった。
ゼクスは歓声を浴びながら戻ってくると、私の前を通り過ぎる瞬間、わずかに笑った。
「あなたの番を楽しみにしています」
余裕だ。
くっ。
やはり、ただの中二病ではなかった。
その後も、両クラスから一人ずつが試技位置へ進み、競技は続いた。
得点はおおむね五十点前後。
宵組四組も暁組二組も大きく崩れず、ゼクスが最初に作った三十点差だけが、最後まで残った。
『第一対戦終了! 宵組四組、三百二十点! 暁組二組、二百九十点!』
三十点差。
ほとんど、そのままゼクス一人が作った差だった。
続いて、暁組一組と宵組三組の競技が始まる。
宵組三組の生徒たちも、速く、正確だった。
暁組一組の生徒たちも、練習ではもっと力を出せていたはずなのに、最初の対戦で生まれた三十点差が重くのしかかっている。
杖を握る手に力が入りすぎる。
狙いが逸れる。
《零縁》へ触れ、得点が消える。
一度の失敗に焦り、次の魔法まで遅れてしまう。試技が進むたび、暁組の焦りは深くなっていった。なんとか食らいついてはいる。けれど、宵組三組は大きく崩れない。
最初に生まれた三十点差は縮まるどころか、少しずつ広がっていった。
『残るは両組一名! ここまでの合計得点、宵組五百七十点! 暁組五百二十点!』
五十点差。
得点板を見上げ、暁組の応援席が静まり返った。反対に、宵組の観客席からは、勝利を確信したような声が上がっている。
競技を終えた暁組一組の男子生徒が、青ざめた顔で私を見た。
「ご、ごめん……あとは頼む」
「うん」
私は短く答えた。喉が乾いている。残っているのは、両組ともあと一人。私と、宵組三組の最後の選手だ。隣の列から、小柄な少女が前へ出る準備をしていた。
短く切りそろえた青灰色の髪。手にしているのは、弓なりに湾曲した細身の杖だ。先ほどの点検では、迅玉の風を細い矢のように飛ばしていた。宵組三組でも、かなり命中精度が高い選手だったはずだ。
普段なら五十点から六十点前後。
調子がよければ、それ以上取ってくるだろう。私が満点を取っても、勝てるとは限らない。でも、満点以外では、まず届かない。十枚すべての中心を撃ち抜いて、ようやく勝てるかもしれない。
暁組の観客席へ目を向ける。
ミーナが両手を握りしめていた。リリスは唇を結び、まっすぐこちらを見ている。アルガスも、シャーロットも、エルヴィンも。
誰ひとり、諦めた顔はしていなかった。
ここで力を抑えれば、余計な疑いを持たれずに済むかもしれない。目立たない程度の点を取って、普通に負けることもできる。でも、そのために、みんなが積み上げた点を無駄にはしたくない。
それに。
マークとガストンが、ここまで仕立ててくれた杖だ。
私はソーカの杖を包んでいた布を外し、両手で構えた。威力を落とす方法は、最後まで見つからなかった。なら、半端に隠して負ける意味もない。
十枚全部、中心から撃ち抜く。
『最後の出場者は、試技位置へ!』
私は競技場へ足を踏み出した。
宵組からも、青灰色の髪の少女が隣の試技区画へ進んでくる。
観客席の視線が、私の持つ奇妙な杖へ集まった。
「あれが杖……?」
「ソーカ家の紋章があるぞ」
「赤い魔導石がついているのに、魔力を込めていないのか?」
ざわめきが波のように広がっていく。
私は試技位置へ立ち、ソーカの杖を肩へ当てた。
頬を寄せる。
右目で照準を覗き、左目を閉じる。
正面には、十枚の標板。
近くの大きなもの。遠くに浮かぶ小さなもの。どれから撃っても構わない。最初の五発は、すでに入っている。残りの五発は、腰袋の中。五発を撃ち終えたあと、三十秒の持ち時間の中で弾を込め直す。
簡単な動作ではない。
だから魔導祭までの間、何度も同じ動きを繰り返した。
構える。狙う。撃つ。ボルトを引き、次の弾を送る。五発撃ち終えたら、すぐに腰袋へ手を伸ばし、残りの弾を押し込む。
身体は、もう一連の動きを覚えている。
隣では、宵組の少女が細身の杖を胸元に構える。
杖先に淡い風が渦を巻き始めた。
審判が片手を上げる。
「構えて!」
私は木部に刻まれた祈文をなぞるように、詠唱する。
「暁の女神よ。我が身に光を。迷いなき一射で、標的を射抜かせたまえ」
競技場の空気が、張り詰めた。
「始め!」
引き金を引く。
乾いた破裂音が、競技場を切り裂いた。
魔法の光は走らない。炎も、風も、氷も見えない。けれど次の瞬間、遠くに浮かんでいた小さな標板の中心へ、ぽつりと黒い穴が開いた。
一拍遅れて、標板の光が消える。
『中心判定、十点!』
「え……?」
背後の待機列から、クラスメイトの戸惑った声が漏れた。
私は構わず、ボルトを引く。
金属の擦れる感触。次の弾が送り込まれる。
二枚目。
左側を動く標板。照準の中へ滑り込んだ瞬間、引き金を絞る。
銃声。
動いていた光が、その場でふっと消えた。
『二枚目も中心、十点!』
三枚目は右上。
撃った瞬間には、もう次の標板を探している。標板の中心が穿たれ、遅れて観客席から声が上がった。
ボルトを引く。
四枚目。
左奥の小さな標板。息を止めるより先に、照準が重なった。
撃つ。
『十点!』
五枚目。正面を横切る標板。その動きを追い、少し先へ照準を置く。引き金を引いた。標板が一瞬だけ揺れ、中央の光が消える。
『また中心、十点です!』
五発目を撃ち終えた瞬間、私はボルトを開き、腰袋へ手を伸ばした。庭で何度も繰り返した動きだ。弾を取り出す。押し込む。ボルトを戻す。歓声も、隣で続く風魔法の音も、遠くへ薄れていく。
残る標板は五枚。
六枚目。近く、大きい。照準を通過した瞬間に撃ち抜く。
続けて七枚目。
高い位置をゆっくりと移動する光を追い、その中心へ弾を通した。
八枚目は競技場の右端。
わずかに身体をひねり、引き金を引く。
『八枚連続! すべて中心、十点判定です!?』
司会の声が裏返った。銃声が鳴るたび、観客のどよめきが一段ずつ膨らんでいく。隣では、風を切る音が何度も響いていた。けれど、そちらを確認する余裕はない。
私は次の標板へ照準を合わせる。
『宵組、零縁判定! 得点にはなりません!』
司会の声が耳へ飛び込んできた。
もしかして、私が十点を連続で出したせいで、少し焦らせてしまったのだろうか。
いや。私のせいではない。
たぶん。
残りは二枚。
九枚目。
標板の中心へ、針で刺したような穴が開く。
ボルトを引き、最後の弾を送る。練習どおりなら、残された時間はもうわずかだ。
最後の一枚は、競技場の最奥。最も遠く、最も小さい標板だった。
息を吐く。
照準の向こうで、標板がわずかに揺れている。
中央へ重なる。
引き金を引いた。
乾いた音。
最奥の標板から光が消える。
ほとんど同時に、終了を告げる鐘が鳴った。
「……間に合った?」
隣では、宵組最後の少女も試技を終えていた。
杖を下ろしたまま、驚いたようにこちらを見ている。
『宵組三組、最後の選手は四十九点! 宵組最終合計、六百十九点!』
宵組の応援席から、大きな歓声が上がった。
六百十九点。
私が百点なら、一点だけ上回れる。
九十九点なら、同点だ。
審判たちは、光を失った十枚の標板へ視線を走らせていた。ひとつ、またひとつと、中心に穿たれた穴を確かめていく。
やがて、一人の審判が信じられないものを見るように顔を上げた。
「全十枚……すべて中心判定」
競技場から、音が消えた。
満点。
百点。
本当に、全部中心から撃ち抜いてしまった。
得点板の数字が、十点ずつ増えていく。九枚目が加算され、六百十点。
まだ、足りない。
そして。
最後の十点が加わった。
六百二十。
『クロノ・ソーカ、百点! 暁組最終合計、六百二十点!』
宵組、六百十九点。
暁組、六百二十点。
たった一点。
『一年生《魔導標撃》、勝者は暁組です!』
競技場は、まだ静まり返っていた。
暁組も。
宵組も。
審判も。
誰もが、中心に同じ大きさの穴を穿たれた十枚の標板を見つめている。
……まずい。
これ、またやりすぎたやつでは?
やがて、観客席のどこかから拍手が一つ響いた。
続いて、もう一つ。
次の瞬間。
競技場を揺らすほどの歓声が、一斉に爆発した。
暁組の旗が大きく振られる。
応援席では、ミーナが両腕を上げて飛び跳ねていた。アルガスは拳を突き上げ、シャーロットも珍しく大きな声を上げている。リリスは満足そうに胸を張り、エルヴィンだけが額へ手を当てながら笑っていた。
あちゃー。やっちゃった。
私はぎこちなく観客席へ手を振ると、ソーカの杖を抱え直した。
「クロノさん」
試技位置を離れようとしたところで、待機列からゼクスが歩み寄ってきた。彼は、まだ中心を射抜かれた十枚の標板を見つめている。
「百点……本当に、すべて中心へ当てたのですね」
「う、うん。たまたま調子がよかっただけだよ」
「たまたまで取れる点ではありません」
即座に否定された。
ゼクスは私の抱えているソーカの杖へ視線を落とす。
「これが、ソーカ家に伝わる杖……」
「あまり近くで見ないでもらえるかな」
「なぜです?」
「いろいろと繊細だから」
主に、設定が。
ゼクスは少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は追及しなかった。
代わりに杖を胸元へ引き、まっすぐ私へ向き直る。
「今回は、僕の完敗です」
「いや、団体戦だから。私一人で勝ったわけじゃないよ」
「それでも、最後に勝負を決めたのはあなたです」
ゼクスは悔しそうに唇を結んだ。
けれど、その目は沈んでいない。
むしろ、競技前よりも強い光が宿っていた。
「姉上があなたをライバルと呼ぶ理由が、ようやく分かりました」
「そ、そう……」
「ですが、次は負けません」
ゼクスが片手を差し出す。
私は一瞬迷ってから、その手を握った。
「うん。次も、お互い頑張ろう」
「はい。決めポーズも、さらに磨いておきます」
「そこも続けるんだ……」
どうやら、競技には負けても、男として譲れないものがあるらしい。
「二人とも、試技区画から下がってください!」
まずい。結構話し込んでたみたいだ。もう次の競技の準備が始まっている。審判に促され、私たちはようやく試技区画を離れた。
係の司祭たちが標板を片づけ、新しい道具を運び込んでいる。それでも、私の満点に沸く歓声は、まだ競技場いっぱいに響いていた。
早く自分の陣地へ戻ろう。
道中で何か聞かれる前に、ミーナたちの間へ紛れてしまおう。試技位置を離れかけたところで、ふと思い出す。
父さんと母さんたち、もう来てるかな?
競技に夢中で、まだ観客席を探していなかった。
父さんたちは来賓席に招かれたと言っていた。
たぶん、上の方にいるはずだ。
人、人、人。
立ち上がって騒ぐ観客たちの間を、順番に目で追っていく。
そして。
見つけた。
というより、見つけたくなくても見つかった。
ちょうどその瞬間、父さんが剣を抜いていた。
しかも、その切っ先を向けた相手は、開会式でふがふが喋っていた枢機卿のお爺さんである。
父さんの動きに合わせるように、イザベラとガストンがマークを挟み、武器を構えた。
さらに、母さんの足元から白い光が広がる。
光は来賓席の一角を包み込み、巨大な結界となって立ち上がった。
その内側では、赤い炎まで揺れている。
来てた。
でも、参加の仕方がおかしい。
「ちょっ! 父さん! 何してんの!?」
私の声は、競技場を揺らす歓声に呑まれた。
けれど、来賓席の異変に気づいた者から、少しずつ声が途切れていく。
父さんは、振り向かなかった。
遠くて、表情までは見えない。
それでも、あの父さんが枢機卿へ剣を向けている。
その事実だけで、ただ事ではないと分かった。




