第40話 銃って魔導具で通りますか?
入ってきたのは、見覚えのある高等部二年、通算六年生の先輩だった。
遠慮という言葉を置き忘れてきたような入室。教室ごと押し流しそうな勢い。
カタリナ先輩だ。
海辺の遠足で、剛岩魔法を使って避難路を作ってくれた人である。頼もしい先輩。ただし、今の入室は完全に襲撃だった。
しかも黒銀の鉢巻。
つまり、宵組。敵側だ。
……え、なに? なんで敵側の実力者が、うちの教室に突撃してきたの?
黒板の前で、リリスの手が止まる。チョークの白い粉が、ぽろっと落ちた。
カタリナ先輩は教室をぐるっと見回した。
そして、言った。
「……あっ、間違えたわ」
間違えたんだ。扉の開け方、完全に「全員その場を動くな!」の勢いだったけど。
「カタリナさん。ここは一年の一組ですよ」
ディディエ司祭が、困ったように言った。カタリナ先輩は、悪びれる様子もなく腕を組む。
「宵組の代表になったから、気合いを入れるために挨拶周りをしようと思ったのよ。三組に入ったつもりだったんだけど」
いやいや。きちんと扉の上に一組って書いてあるけど?
「私が一年の頃は、三組がこのあたりだったのよ」
ディディエ司祭は、小さく息を吐いた。
「カタリナさん。あなたは実力と行動力は素晴らしいですが、もう少し周囲を見ましょう」
言い方が優しい。でも内容はわりと鋭い。
カタリナ先輩は「はいはい」と軽く手を振った。絶対あまり反省してない。そして、そのまま出ていこうとした時だった。
「……あら?」
嫌な予感がした。
私はとっさに机の木目を見る。ギリ目は合っていない。今の私は机の木目に吸い込まれ、やがて木の精霊になり、最終的には世界樹になる予定である。
しかし、そういう時に限って、だいたい相手はこっちを見る。
カタリナ先輩が、びしっと指を突きつけた。
「クロノ、今回は敵ね!」
え、急になに……。
「そんな顔しても騙されないわよ。あの海で、岩嘴鳥を相手にした時のこと、エリシアから聞いてるんだから。あんたがただの大人しい子じゃないことくらい、こっちは分かってるのよ!」
「え、それ本当に私の話ですか?」
思わず声が裏返った。
「当然でしょ! 魔導祭は、自分の力を見せる場所よ。本気で来なさい。手なんか抜いたら承知しないわよ!」
なぜ当然なのか。
魔導祭が力を見せる場所なのは分かった。でも、私に見せる力がある前提で話を進めないでほしい。
やっぱり海辺の魔獣騒ぎで、変な評価が乗っている気がする。あの時すごかったのは、私じゃなくて銃である。あと、ミーナちゃんとエルヴィンが支えてくれたから何とかなっただけだ。
なのに、周囲の視線が自然にこちらへ集まってくる。その視線、私じゃなくて皆さんの想像上のクロノに向いています。
違います。違うんです。
そのクロノは、たぶん妄想です。
「失礼しました!」
カタリナ先輩はそう言うと、ばしーん、と扉を閉めて出ていった。
全然反省してない。扉に謝ってほしい。あと、無駄に精神をすり減らした私にも。
しばらく、誰も喋らなかった。
嵐だった。上級生が来たというより、天気が荒れた。
ディディエ司祭が静かに扉を見る。
「……扉は壊れていませんね」
やっぱり気になりますよね。
止まっていた教室が、少しずつ動き出す。誰かが椅子を引き、誰かが小さく息を吐いた。
「カタリナ先輩、相変わらずすごい勢いだったね……」
「海の時もすごかったけど、普段からあんな感じなんだ……」
「あの人が宵組なら、やばそう……」
海辺の遠足で助けてもらったこともあって、みんな実力は知っている。だからこそ、黒銀の鉢巻を巻いて現れた衝撃が大きい。
命の恩人。そして今回は敵。
感情の置き場所が難しい。
ざわめきの中で、アルガスだけが妙に燃えていた。
「へっ、カタリナ先輩が敵の大将か。面白くなってきたぜ」
アルガスの中では、魔導祭の難易度が上がるほどテンションも上がるらしい。
あんた、ぶれないわね。その仕様、これから生きていく上でだいぶ危ないと思う。
リリスは腕を組み、少しだけ目を細めた。
「宵組にあの方がいるなら、油断できませんわね」
リリスがそこまで言うなら、カタリナ先輩は相当な実力者なのだろう。
破天荒。勢い。謎の行動力。そして実力者。宵組にとっては、心強い戦力だ。敵に回すこちらとしては、胃に悪い。
「さて……」
リリスが改めて黒板の前に立った。
「今度こそ、作戦会議を――」
その時、今度は控えめに扉が叩かれた。
こんこん。
ノックだ。
扉は叩くものであって、叩き開けるものではない。
そうだよね。これが普通だよね。
ディディエ司祭が扉へ向かう。
「どうぞ」
静かに入ってきたのは、赤地に金線の鉢巻を巻いた上級生だった。
暁組だ。
落ち着いた立ち振る舞い。丁寧な礼。そして、静かな入室ひとつにも、カタリナ先輩とは違う種類の強さがある。
エリシア先輩だった。
海辺の遠足で、翠嵐魔法を操り、魔鳥の群れを崩し、全体の指示まで出していた人だ。
カタリナ先輩が場をひっくり返す人なら、エリシア先輩はひっくり返った机を何事もなかったように戻す人である。
「失礼いたします」
さっきまで揺れていたざわめきが、自然と静まっていく。声を荒げたわけでもないのに、前の席の子が無意識に背筋を伸ばした。
「暁組全体の代表を務めることになりました、高等部二年のエリシア・エクス・ヴェルデンです。各学年へ、簡単にご挨拶に回っています」
声は大きすぎない。でも、ちゃんと奥まで届く。
「一年生の皆さんに、難しいことを言うつもりはありません」
エリシア先輩は、落ち着いた声で続けた。
「初めての魔導祭です。失敗もするでしょうし、思うように動けないこともあるでしょう。ですが、それで構いません。大切なのは、自分の役目から逃げないことです。できることを最後までやり切ること。それが暁組全体の力になります」
ミーナちゃんは目を輝かせている。
リリスは、真剣な表情でエリシア先輩を見つめている。
アルガスですら黙っている。
「もちろん、出る以上は勝ちます」
その一言で、何人かの顔つきが変わった。
「上級生も、皆さんの努力を無駄にはしません。ですから一年生の皆さんも、自分たちにできる最高の形で戦ってください」
そして、静かに言う。
「共に、暁組を勝利へ導きましょう」
一瞬の間。
次の瞬間、教室がわっと盛り上がった。
「はい!」
「頑張ります!」
「絶対勝つぞ!」
その声の中で、シャーロットちゃんまで小さく拳を握っていた。
すげー。
エリシア先輩、言葉だけで空気を変えた。
カタリナ先輩が扉ごと空気を壊して、エリシア先輩がきれいに整えていった。
高等部二年生、個性が強い。
リリスも、完全に燃えていた。
「見ていてください、エリシア先輩! わたくしたち一年も、必ず勝利に貢献してみせますわ!」
エリシア先輩は、リリスを見る。
「期待しています、リリスさん」
リリスの口元が、きゅっと引き締まった。
エリシア先輩は軽く頭を下げると、静かに教室を出ていった。
入室も退室も綺麗。
カタリナ先輩と比べると、扉への負担が少ない。
⸻
エリシア先輩が去ったあと、教室にはさっきとは違う熱が残っていた。
エルヴィンが競技表へ目を戻す。
「では、僕たちも一年生として、取れる点を整理しましょう」
リリスが頷く。
「ええ。全勝を目指すためにも、まずは勝ち筋を確認しますわ」
リリスは黒板の前に立った。
「では、仕切り直しですわ! 暁組一組の作戦会議を始めます!」
まだ一組だけの話なのに、もう軍議みたいな雰囲気である。黒板が作戦盤に見えてきた。
リリスはチョークを持つと、大きな字で書き始める。
《魔導標撃》六名。
《魔導倒旗戦》五名。
《聖晶灯走》十九名。
残った者ではなく、全員で支える競技!
字がでかい。そして、妙に達筆だ。
一人一種目なので、《聖晶灯走》はどうしても残り枠に見えやすい。でもリリスは、そこを最初に否定した。
……こういうところは、素直に尊敬できる。
「まずは《魔導標撃》ですわ」
リリスが競技名を指した。
「この競技は六名。精密さが必要です」
精密さ。その言葉に、前世の悪い血が少しだけ騒ぐ。
もちろん、これは魔法競技であって、前世のゲームではない。そこは分かっている。分かっているけど、的当てと聞いて何も感じないほど、私は枯れていない。
「自信のある方は?」
手を上げたのは三人。
剛岩の二人と、翠嵐の一人だった。
小さな石を、正確に飛ばせる子。大きめの石を、遠くまで飛ばすのが得意な子。弓が得意で、矢を風に乗せて軌道を整えられる子。
なるほど。文句なしの三人である。
そこから少し遅れて、さらに二人が手を上げた。一人は、短杖で素早く狙いを切り替えるのが得意な子。もう一人は、飛距離も精度もそこそこ安定していて、何でも器用にこなせる子だった。
これで五人。残りは一枠。
立候補するか? 自分から行くのは少し嫌だ。でも《聖晶灯走》になったら光らない。《魔導倒旗戦》は普通にこわい。
だったら《魔導標撃》。これしかないんだけど。
その時、エルヴィンがこちらを見た。
「クロノさんは、どうでしょう」
来た。ナイス、エルヴィン。
「クロノさんは、狙いを定める時の集中力が飛び抜けています。少なくとも、的を狙う競技なら外すとは思えません」
「あ、ありがと」
反射で礼を言ってしまった。
確かにエルヴィンには、私が遠くのものを狙ってどうにかしたところを何度か見られている。そして自信もあるから、正直、少しだけやってみたい気持ちもあった。
魔導標撃。的当て。精密競技。
もし、銃を魔導具扱いで通せるなら。
いける気がする。
だめだ。顔に出すな。今ここで「やりたいです」みたいな顔をしたら期待されすぎる。
「……上手くやれるかは分かりませんけど」
気づけば、私は口を開いていた。
「的を狙う競技なら、少しだけ興味はあります」
言った。言ってしまった。
「まあ!」
リリスの表情がぱっと明るくなる。
「では、クロノさんは《魔導標撃》の最後を任せますわ! 切り札ですもの!」
「切り札!? 出場者から急に格上げされた!」
「自分で興味があると言いましたわよね!」
そうです。言いました。でも、興味があることと切り札扱いされることは、同じ棚に置かないでほしい。
「それに、わたくしが認めたクロノさんを、カタリナ先輩まで警戒しているのです。切り札に据えない理由がありませんわ!」
ああ。つながった。
さっきの名指しが、きれいに私への期待値をぶち上げていく。
「クロノちゃんなら、任せられるね!」
ミーナちゃんが明るく言った。
ミーナちゃんが明るく言った。
「た、たしかに……クロノさんなら……」
シャーロットちゃんまで、小さく頷いた。
周囲からの評価がひどい。いや、評価というより期待値がひどい。でも、今回に限っては、完全に否定できない自分もいる。
これで六名。
黒板に名前が書かれていく。その中に、私の名前もしっかり入っていた。
まずい。本当は危ないかもしれないのに、ちょっとわくわくしている。
「それじゃ次は《魔導倒旗戦》だよな?」
アルガスが腕を組んだ。
「できれば――」
「あなたはもちろん《魔導倒旗戦》ですわ」
リリスが即答した。
「いいのか?」
「あなたは前に出て相手を止める方が向いていますわ。火力も勢いもありますもの。光を保って走るより、《魔導倒旗戦》で突破役をした方がずっと強いですわ」
アルガスは少し黙って、それからにやっと笑った。
「へっ。そっちの方が性に合ってるしな」
うん。それは本当にそう。
アルガスを水晶を大事に持って走る競技に置くより、魔法あり棒倒しの前線に置いた方が絶対に生きる。
「《魔導倒旗戦》は、まず一組から出る五名を決めますわ。わたくし、アルガスさん、エルヴィンさん、ミーナさんを中心に組もうと思っていますので、あと一人、どなたかいらっしゃいませんか?」
そこで、エルヴィンが一歩前に出た。
「《魔導倒旗戦》は花形競技です。ただし、連携が必要になります。走るだけでも、守るだけでも、魔法を撃つだけでも勝てません。本番では二組の五名と合わせて、十名で戦うことになります」
若旦那、張り切ってるね。
でも説明がうまい。勢いだけで決めようとしていた空気が、ちゃんと作戦会議に戻っていく。
「前に出る力、防ぐ力、相手を乱す力。どれか一つでも得意なことがあれば、必ず役に立ちます。暁組一年の勝利に貢献したい方は、ぜひ手を挙げてください」
教室の空気が少し動いた。
「やりたい!」
「僕、防御なら少しできます!」
「補助魔法なら……」
「足なら自信ある!」
思ったより手が上がった。選ばれたい気持ちと、花形競技への緊張が、教室のあちこちで混ざっている。
リリスは手を上げた生徒たちを見回し、エルヴィンと短く言葉を交わした。そして、ふむ、と頷く。
「では、五人目はテオさんにお願いしますわ」
「や、やった……! 迷惑をかけないように、頑張ります!」
指名されたのは、翠嵐の魔法が得意な男子だった。目立つタイプではないけれど、細かい風の扱いが器用な子だ。倒旗戦で相手にしたら、地味に嫌なタイプである。
選ばれなかった子たちは、少しだけ残念そうに手を下ろした。けれどリリスは、すぐにそちらへ視線を向ける。
「もちろん、守備練習や補助練習では皆さんの力も借りますわ。倒旗戦は、出場する五名だけで作るものではありませんもの」
おお。落としたままにしない。
リリス、ちゃんと見てる。
「テオさんは妨害役ですわ。相手を無理に止める必要はありません。一歩目をずらすだけでも、ミーナさんやアルガスさんが動きやすくなります」
「は、はい。やってみます」
「エルヴィンさんは剛岩で陣地を固めながら、全体の指示をお願いしますわ。前に出る三人の動きを見て、守りと攻めのタイミングを合わせてください」
「分かりました。無理に前へ出るより、後ろから全体を見た方が役に立てそうですね」
若旦那、完全に作戦参謀である。
「そして、わたくしは前に出ますわ。アルガスさん、ミーナさんもついてきてください」
エルヴィンが黒板を見ながら言った。
「リリスさんが相手の視線を集め、アルガスさんが突破口を作り、ミーナさんが隙を見て旗へ走る。テオさんが相手の足をずらせれば、かなり動きやすくなるはずです」
「分かってるって」
「うん! 走るのなら任せて!」
「当然ですわ!」
うん。ちゃんと作戦っぽい。
リリスが前に出て、アルガスがこじ開け、ミーナちゃんが走る。エルヴィンは後ろから全体を見る。テオくんは相手の一歩目をずらす。
私の頭の中にある銃問題より、ずっと健全である。
そして《聖晶灯走》についても、リリスははっきり言い切った。
「これは、クラス全員で盛り上げますわ。走る者、教える者、応援する者。それぞれに役割がありますもの」
「シャーロットさんには、《聖晶灯走》に期待していますの」
「えっ、そ、そんな。わたしなんかじゃ、とても……」
「あなたは魔力制御が丁寧です。それに、あの時以来、走り込みも頑張っていると言っていたでしょう? 水晶の光を保って走ることなら、きっと良い点が取れますわ」
「は、はい。頑張ります」
最初は「全部勝ちますわ!」で突っ走る気満々だったのに、ちゃんと周りを見るようになっている。
ディディエ司祭が、優しい表情でリリスを見た。
「リリスさんのおかげで、このクラスはずいぶんまとまりましたね。良い代表になりそうです」
リリスは、分かりやすく胸を張った。
「当然ですわ!」
そして高笑い。
「おーっほっほっほ! 暁組一年、勝利の道筋が見えてきましたわ!」
褒めるとすぐ伸びる。そしてすぐ高笑いする。分かりやすい。でも、悪くない。
こうして、暁組一年の作戦は少しずつ形になっていった。リリスを中心に、エルヴィンが補佐し、ミーナちゃんやアルガスたちもそれぞれの役割に前向きになっていく。
教室全体が、少しずつ魔導祭へ向かって動き出していた。
そして私は、完全に別の方向へ意識が飛んでいた。
問題は、銃をどうごまかすかだった。
短杖。標撃用の杖。特殊な魔導具。
言葉だけなら、なんとなくいけそうな気がする。
でも、見た目は金属の塊。撃てば音がする。弾は速い。速すぎる。標板に当たった瞬間、たぶん周りは思う。
何それ、と。
なる。
絶対なる。
だって銃だもん。
異世界の魔導具ですって言い張れば通る? 通るの? 通っていいの? いや、よくない気がする。
頭の中で警報が鳴りっぱなしだった。
「クロノさんも聞いていますの?」
「はい。特殊な短杖です」
「何の話ですの!?」
やばい。思考が口から漏れた。
「聞いてます。ものすごく聞いてます」
「怪しいですわね……」
怪しいのは本当にそう。でも、今は見逃してほしい。やるなら、ちゃんとごまかさないといけない。短杖に見える形にするのか。魔導具っぽい装飾をつけるのか。音をどうするのか。弾をどう説明するのか。
考えることが多すぎる。
でも、やりたい。やりたいからこそ、下手に出して全部バレるわけにはいかない。
女神様、本当にいるなら教えて。
銃って、魔導具に入りますか?
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
これまで毎日投稿を続けてきましたが、ストックが少なくなってきたことと、正直なところ思うように伸びていないこともあり、今後は少し更新頻度を落とそうと思います。
その分、物語全体を見直しながら、より読みやすく、楽しんでいただける作品に仕上げていきたいです。
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ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




