第40話 全勝宣言と乱入者
ゼクスとの顔合わせを終えて、一組の教室へ戻ってきた。だが、教室の空気が、なんか少しおかしい。
「爆炎の破壊者……いや、爆炎王……どっちが響きいいと思う?」
アルガスが腕を組んで、真剣な表情でそんなことを言っていた。
おいおい。まだやってんのか。
「俺は疾風の牙とかどうかな」
「剛岩の守護者って強そうじゃない?」
「紅蓮の継承者、やっぱ響きいいよな……」
男子たちが、明らかにゼクスに影響されている。感染している。この世界、そういう病気の予防接種ないの?
「も、もしかして……これもゼクスくんの作戦?」
シャーロットが、小さな声でそう呟いた。
作戦? 男子に妙な称号を流行らせて士気を乱す、高度すぎる精神攻撃?
……いや、さすがにないでしょ。ないと信じたい。
ミーナはというと、男子たちを見てにこにこしていた。
「男子のみんなの称号、かっこいいね!」
ミーナ。それは絶対に駄目。その優しさが、男子の勘違いを育ててしまう。
すると、リリスがぱん、と手を叩いた。
「敵の代表に影響されてどうしますの! 暁組の男子なら、名前ではなく結果で実力を示しなさい!」
「た、確かにそうだな……」
アルガスが、はっとしたように顔を上げる。
「爆炎王とか言ってる場合じゃねえ。まず勝たねえとだ」
おお。戻ってきた。ほかの男子たちも、気まずそうに顔を見合わせる。
「そうだな……」
「称号は勝ってからでも遅くないか」
「勝ったらもっと強い称号にできるしな」
うん。完全には戻ってない。でも、方向性は少しだけマシになった。
暁の陣に立つ蒼氷の目覚まし時計、リリス。
新たな称号、爆誕である。
もちろん、口には出さない。
⸻
そんな騒ぎが少し落ち着いた頃、ディディエ司祭が教室へ入ってきた。手には、何枚かの紙を持っている。
「皆さん、こちらが今年の一年生競技の一覧です。全員、いずれか一つの競技には必ず出場してもらうことになります」
配られた紙には、学年ごとの魔導祭プログラムが載っていた。その中で、一年生の競技は三つ。
聖晶灯走。
魔導標撃。
魔導討伐戦。
名前だけ見ると、かなり本格的だ。由緒ある魔法競技です、と言わんばかりの響きがある。
でも私は知っている。この世界は、名前がかっこいいほど、中身もちゃんと物騒なことが多い。
油断してはいけない。
「まず一つ目は、聖晶灯走です」
ディディエ司祭が、黒板に競技名を書きながら説明を始める。
「これは、魔力で灯した水晶の光を、できるだけ強いまま保ち、決められた距離を走る競技です。評価は十点満点。水晶の光は、明るさが落ちるほど減点され、最大五点。走る速さは、順位に応じて最大五点が加算されます」
光の維持で五点。走る速さで五点。
つまり、ただ速く走ればいいわけじゃない。かといって、ゆっくり歩いて丁寧に光らせていても駄目。水晶の光を保ったまま、できるだけ速く走れということらしい。
前世でいうなら、ろうそくの火を消さずに五十メートル走をしろと言われているようなものでは?
無茶をやらせるんじゃない。
ただ、この身体は性能がいい。走るだけなら、たぶんそこそこいける。順位点だけなら、五点を狙えるかもしれない。
問題は、光の維持である。
魔力を安定させながら走る以前に、まず魔力で光らせられないので、そちらは最初から零点だった。
光っていない水晶を持って全力疾走するだけの女。
それはもう競技者ではなく、急ぎの配達員では?
「この競技には、魔導標撃や魔導討伐戦に出場しない生徒が出ることになります。走るのが得意な者、魔力制御が得意な者、互いに得意なことを教え合い、皆さんで協力して取り組んでください」
あ、ちょっと運動会っぽい。めちゃくちゃ盛り上がりそう。
ただし、私がここに出ても光の維持は零点である。クラスで点を取りに行くなら、光らせられる子を出した方がいい。
となると、私が出るのは《魔導標撃》か、《魔導討伐戦》。
そのどちらかに回されることが、この瞬間ほぼ決まった。
「二つ目は、魔導標撃です」
次の競技名が書かれた瞬間、私は少しだけ反応してしまった。
魔導標撃。標的を撃つ。
字面だけで、ちょっと強い。前世の運動会にこんな競技名があったら、保護者会がざわつく。
「《魔導標撃》は、離れた場所に設置された魔導標板へ、魔法や魔導具による一撃を命中させる精密競技です。各クラス六名が出場し、一人ずつ試技を行います。持ち時間は三十秒。十二名の合計点が、その陣営の得点になります」
おお。
急に競技っぽくなった。
ディディエ司祭は黒板に丸い標板の図を描いた。中心に小さな丸。その外側にいくつもの輪。そして、一番外側に細い帯がある。
「標板は全部で十枚。距離や大きさはそれぞれ異なりますが、得点の仕組みは共通です。中心へ近づくほど得点は高くなり、中心は十点。ただし、外縁の《零縁》へ触れた場合、その標板は無得点となります」
零縁。
つまり、雑にでっかい魔法で的ごと包み込むと、中心に当たっていても端に触れてゼロになるということらしい。
「一度得点した標板は消灯し、同じ標板を何度撃っても追加点にはなりません。複数の標板を同時に狙うことも禁止ではありません。その場合も一枚ごとに判定されます」
デタラメにばら撒いて、数撃ちゃ当たる式の火力ゴリ押しも、一応ありらしい。ただし、当たっても《零縁》に触れたら終わり。
火力型に優しいようで、だいぶ意地が悪い競技である。
「使用する道具は自由です。杖、短杖、木剣、弓型魔導具、訓練用の投擲具など、自分が一番扱いやすいものを選んで構いません。重要なのは、標板の狙った一点へ正確に命中させることです」
道具自由。的当て。精密競技。弓型魔導具や投擲具がありなら、完全に魔法だけの競技というわけでもないらしい。
もし、魔導具扱いで銃っぽいものが使えるなら――。
無双できるのでは?
いや、だめだ。無双してどうする。私はただやり過ごしたいだけだ。
でも、前世で何度もこもったFPSの訓練場が頭をよぎる。次々に出てくる的。左右に動く的。遠くの小さな的。ミスれば即リセット。
あの、ひたすらエイムだけを磨いたやつ……。
元FPSゲーマーの血が騒ぐ。
ど、どうしよう。ちょっとだけ、出たい。
いや、待て。出たいけど、魔法は出ない。道具で偽装するにしても、的までの距離も、標板の大きさも、まだ何も分かっていない。今ここで「出たい」と言うのは、ただの自爆志願だ。
頭の中の冷静な部分が、ちょっとだけ浮かれた部分の首根っこを掴んで引っ込めた。
「そして三つ目が、魔導討伐戦です」
ディディエ司祭が、最後の競技名を黒板に書いた。
「こちらは一年生競技の花形です。各クラスから五名ずつが出場し、五人一組で挑みます」
五人一組。
その時点で、ちょっと嫌な予感がする。
「競技場には、訓練用に管理されたワイルドボアが順番に放たれます。制限時間内に倒した数を競い、最も多く討伐したクラスが勝利となります」
ワイルドボア。
名前からして、たぶん猪である。
魔法ありの猪狩り。
運動会、どこ行った?
「もちろん、安全には十分配慮されています。競技場の周囲には司祭と警備の傭兵が待機し、危険と判断された場合はすぐに競技へ介入します。また、ワイルドボアも一年生が対処できるよう選定された個体ですので、必要以上に恐れることはありません」
必要以上に恐れることはありません。
つまり、少しは恐れた方がいいということでしょうか。
まあでも、司祭や傭兵がすぐ近くで見ているなら、いざとなれば止めてもらえるらしい。
さすがに十歳児を魔物の群れへ放り込んで、「あとは頑張ってね」ではなかった。
よかった。
「ただし、一人で多く倒せばよい競技ではありません」
ディディエ司祭は黒板に、五つの丸を描いた。
「ワイルドボアは一体ずつ現れるとは限りません。複数を同時に相手にすることもあります。そのため、五人が互いの死角を補い、陣形を崩さず動くことが重要になります」
陣形。
その言葉だけで、急に運動会から戦術訓練へ寄った気がする。
「前衛、後衛、妨害、補助。誰をどこに置くかは自由です。自分たちの得意な魔法に合わせ、五人で最も戦いやすい形を考えてください」
なるほど。
五人でモンスター狩り。
急にパーティ戦になった。
「一人が魔物を追って陣形から離れれば、残った者の死角が増えます。逆に、それぞれが自分の位置と役割を理解して動けば、必要以上に魔力を消耗せず、多くの魔物を倒すことができます」
火力だけでは駄目。
誰が前へ出て、誰が穴を埋め、誰が周りを見るのか。
ちゃんと五人で動け、ということらしい。
……運動会だと思っていたのに、だいぶ冒険者パーティの訓練になってきたな。
⸻
競技説明が終わると、教室はざわざわし始めた。
「《魔導標撃》、やってみたい!」
「《魔導討伐戦》楽しそう!」
「《聖晶灯走》なら、僕は自信ある!」
前世の運動会前みたいな空気だった。違うのは、話題に魔法と魔物が普通に混ざっていることくらいである。
「当然、目指すは全競技勝利ですわ!」
リリスが堂々と言い切った。
「まずは、魔力の強い者を《魔導討伐戦》に集めますわ! 花形競技を制すれば、暁組一年の力を見せつけられますもの!」
あ。ちょっと雲行きが怪しくなってきた。
気合いがありすぎて、いきなり一番目立つ競技に全戦力を注ぎ込もうとしている。リリスらしいけど、それはたぶん作戦ではなく、見栄え重視の全振りである。
その時、アルガスが腕を組んだまま、ぽつりと言った。
「いや、それはまずいんじゃねえか」
教室の空気が、少しだけ止まった。
アルガスが、リリスの作戦に待ったをかけた。
珍しい。いつものアルガスなら、こういう場面では真っ先に「俺が行く」と手を挙げているはずだ。
リリスが眉を上げる。
「何がまずいと言いますの?」
「俺、兄貴がいるから知ってんだ。討伐戦を見に行ったこともある。強いやつを集めりゃ勝てるってもんじゃねえだろ」
おお。
アルガスが、ちゃんと作戦の話をしている。さっきまで称号の響きで盛り上がっていた同じ人間だとは思えない。
「前に出るやつばっか集めたら、全員が獲物を追って陣形が崩れる。横から回り込まれたら、そこで終わりだろ」
そういえば、アルガスはお兄さんと同じ騎士を目指しているんだったか。ただ勢いだけで突っ込むタイプに見えて、ちゃんと見ているところは見ているらしい。
しかも、言っていることはすごく正しい。
アルガスは競技表を見ながら、少し残念そうに頭をかいた。
「それに、《魔導標撃》も火力だけなら俺は向いてると思ったけどよ。《零縁》に触れたらゼロなんだろ。俺、たぶん一番やっちゃいけねえ撃ち方する」
自覚あったんだ。
いや、偉い。すごく偉い。
自分の火力を信じているだけじゃなくて、自分の弱点も分かっている。これはちょっと見直した。
リリスは少し黙った。
勢いだけなら、「細かいことはいいですわ!」と突っ走りそうなところだ。でも、リリスは勝ちたい子である。勝つための話なら、ちゃんと聞ける。
「……なるほど」
リリスは競技表を見下ろしたまま、小さく息を吐いた。
そこへ、エルヴィンが静かに口を開く。
「アルガスさんの言う通りだと思います。魔力が強い人を集めるだけでは足りません。誰をどこに置いて、どう動くか。その方が大事です」
リリスは、少しだけ目を細めた。
「陣形、ですのね」
「はい。五人それぞれの得意なことを組み合わせて、一つの形にした方がいいと思います。それなら、魔力の強さだけで選ぶ必要もありません」
リリスはみんなを見回し、ゆっくり頷いた。
「少し前のめりになっていたようですわ。ごめんあそばせ。では、まずは全員の得意分野を確認しますわ」
お。
ちゃんと謝った。
謝れる子なんだな。高飛車だけど、やっぱり育ちはいいんだよなあ。
ちゃんと代表っぽい。
リリスは黒板の前に立ち、胸を張る。
「では、これより一組の作戦会議を――」
その時だった。
教室の扉が、バシーンと開いた。
ビクッと教室がざわめく。ディディエ司祭まで目を丸くしていた。
扉の向こうに立っていたのは、黒地に銀線の鉢巻を巻いた、見覚えのある上級生だった。やけに堂々とした立ち姿で、教室中を見渡すように笑っている。
「え、もう開戦!?」




