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限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
ごまかしから始まる学院生活

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マークとポテチと限界具現


 ⸻ ソーカ屋敷、クロノの部屋


 聖堂院リュミエールへの入学まで、あと一週間。私はベッドの上に寝転がったまま、天井を見上げていた。


「はぁ……魔法が使えないまま初登院とか、人生詰みすぎでは……」


 十歳。


 この世界では、貴族の子どもが聖堂院へ入る年齢である。


 聖堂院リュミエールは、法国の貴族や教会関係者の子どもたちが通う学び舎だ。十歳になる年に入学し、初等部二年、中等部二年、高等部二年を過ごす。順調なら、十六歳前後で卒業するらしい。


 つまり、ここから六年間。


 魔法、信仰、武術、礼儀、そして一般教養。


 その全部を叩き込まれるわけである。


 前世なら小学四年生くらいの年齢から、魔法と神様と貴族マナー漬け。現代日本のオタク女子高生だった私からすると、だいぶ濃いコースである。


 しかも問題は、勉強量ではない。私は、魔法が使えない。それなのに、魔法を学ぶ学校へ行く。これ、入学前から詰んでない?


 そんな私の隣では、弟のマークが床に座り込み、ポテチをもさもさ食べていた。九歳になっても相変わらず元気で、相変わらず食べる。


 少し前まで、携帯ゲーム機を握りしめて「ぶよぶよ、六連鎖キター!」と騒いでいたくせに、今は完全にポテチへ意識を切り替えている。


 食欲が強い。


 私が出した現代のお菓子と炭酸を味わいすぎたせいで、弟のほっぺとお腹は順調に育ってしまった。ぶよぶよを消す前に、自分のお腹のぶよぶよをなんとかした方がいい気もする。


 ……いや、原因は私か。


 罪悪感が湧いてきた。


「姉ちゃん、今日あと何回出せるの? オレ、炭酸シュワシュワ飲みたい!」


「今日の限界具現ゲンカイ・マテリアライズ、シャンプーとリンスも出したいし、残り二回しかないんだから無駄遣いできないよ!」


「ケチー。じゃあ昨日出した小型四駆のおもちゃで勝負しよーぜ!」


 私は子ども部屋をぐるりと見渡した。


 床にはブロック玩具。小型四駆のコース。よく分からないモンスター風フィギュア。携帯ゲーム機。読みかけの漫画。ポテチの袋。ついでに、マークが雑に脱ぎ捨てた上着。


 異世界の貴族屋敷なのに、部屋の一角だけ急に現代日本の男子児童部屋みたいになっている。


「まず片づけてから言って!」


「えー」


「えー、じゃない!」


 この四年間で分かったことがある。


 弟という生き物は、片づけより遊びを優先する。そして目の前におもちゃやお菓子があると、だいたい理性が負ける。



 この世界は、理不尽だ。


 奴隷、貧民、農民、平民、貴族、王族。


 生まれた瞬間に、だいたいの立ち位置が決まる。努力で覆せる部分はたしかにある。けど、最初に配られる手札の格差がえぐい。


 血筋。

 才能。

 信仰。


 そして、その全部に深く食い込んでいるのが魔法だった。


 そんな理不尽な世界の中で、私だけが持っている“例外”がある。


 ……そう。


 私はわざとゆっくり身を起こし、前髪をかき上げた。


 ここは大事な決め顔ポイントである。演出は大切だ。力の説明には、雰囲気が要る。


 私、クロノ・ソーカには、誰にも言えない“異質な力”があったのだ!


「姉ちゃん、どうしたの? 頭痛いの?」


「うるさい! 今いいとこなんだから!」


 せっかくキマりかけてたのに。



 その力の名は、限界具現ゲンカイ・マテリアライズ


 前世で見たもの。

 知っているもの。

 触れたことがあるもの。


 そういった“記憶の中にある現実の品”を、この世界に物質として再現する能力である。


 ここだけ聞くと、めちゃくちゃ強い。


 異世界で現代アイテムを出せる。

 それだけで、だいぶインチキ臭い。

 むしろ主人公補正を疑われても仕方ない。


 だが。


 こういう便利そうな能力には、だいたい嫌な縛りがつく。


 強い力ほど、気軽には使わせてもらえない。

 ロマンには、面倒な条件がセットでついてくる。

 私はそのへんを、だいたい少年漫画で学んだ。


 なので、ここからは私とマークが四年間の実験で突き止めた、限界具現ゲンカイ・マテリアライズの制約について話そう。


 第一の制約。


 発動可能回数は、毎朝ランダムで決まる。目が覚めた瞬間、頭の中に“残り回数”がすっと浮かぶ。ゲームなら便利機能だが、自分の脳内にログインボーナスみたいな表示が出るのは普通に怖い。しかも多い日もあれば、少ない日もある。安定感がない。生活インフラとして使うには最悪である。


 第二の制約。


 回数を回復するには、八時間以上の連続睡眠が必要。つまり夜更かし厳禁。オタクに厳しすぎる仕様である。徹夜で推しを追ったら、翌日に能力が死ぬ。運営は人の心がない。


 第三の制約。


 具現化できるのは、自分が“明確に理解しているもの”だけ。曖昧な知識では駄目。一度も見たことがないものも駄目。構造のイメージがぼやけていると、だいたい変なものが出る。


 以前、白いツノつきロボならアニメオタクとしてワンチャンいけるのでは、と思って試したことがある。


 結果。


 出てきたのは、未組み立てのプラモデルだった。


 いや、確かに組み立てたこともある。でもそこからかよ。組み立てないと完成しない。完成品じゃなくて箱から出てくるあたり、変なところだけ現実に忠実である。


 第四の制約。


 連続使用や同時出力をしようとすると、能力は露骨に不安定になる。焦れば焦るほど乱れる。こっちがパニックになると、能力まで一緒にパニックを起こす。


 変なところで仲がいい。連帯感はいらない。


 第五の制約。


 一度出したものは、自分の意思で消すこともできる。ただし、消すのにも一回分の使用回数を使う。いや、そこはサービスでよくない? 出すのにコスト。消すのにもコスト。片づけにまでリソースを要求してくる。この能力、性格が悪い。


 以上が、今のところ判明している限界具現ゲンカイ・マテリアライズの基本仕様である。


 まとめると、こうだ。


 便利そうに見えて、ちゃんと不便。

 強そうに見えて、雑に使うと普通に事故る。

 夢はある。でも、運用が面倒。


 つまりこの力は、異世界無双の切り札というより、説明書の分厚い家電に近い。


 そして、そういう細かい仕様が分かったのは、だいたい目の前の弟のおかげだった。


 マークは、私の共犯者である。唯一の目撃者。最初の被験者。そして、実験で出たものを嬉々として消費してくれる便利係。


 炭酸。

 ポテチ。

 たまにおもちゃ。


 要求頻度が高い。食への執着も強い。食いしん坊キャラとしての完成度が、九歳にしてすでに高すぎる。


 君は本当に異世界で生まれた貴族の子どもか?



 もちろん、四年間もこそこそ実験していれば、家族に完全に隠し通せるわけがない。


「クロノ。外で“光る箱”や“動くオモチャ”を使わないようにね。街中が大騒ぎになるから」


 父さんはそう言って、にこにこ笑った。


 ……そこまで把握してるのに、あえて深く聞いてこないの優しすぎない?


「はい……」


 母さんは母さんで、私が出したマーク用のおもちゃを見つけるたびに、笑顔の圧で詰めてくる。


「クロノ。これは何かしら?」


「えっと……教材です」


「へえ。教材。これは何で動いているのかしら?」


「で、でん……思いやりです」


「お、思いやり?」


「うん。たぶん」


「危険はないのね?」


「……はい」


「何か話したいことや、隠していることがあれば、すぐに言いなさい」


 笑顔なのに、こめかみのあたりがぴくりと動いている。それでも、母さんは最後の一線を越えてこない。


 何か、この家だけのルールでもあるのだろうか。最近の母さんが見せる笑顔は、だいたい尋問である。


 そしてこの屋敷には、もう一人、やたら察しのいい人がいた。


 使用人のイザベラだ。


 イザベラは、いつも落ち着いた顔で部屋の家事をしてくれる。黒いメイド服を着て、背筋がまっすぐで、動きに無駄がない。使用人なのに、なぜか気配が武人っぽい。


 この世界の使用人は、みんなこんなに動きがきっちりしているのだろうか。うちの屋敷には庭師が一人、使用人がイザベラを含めて三人いる。みんな仕事は丁寧だし、所作もしっかりしている。


 でも、やっぱりイザベラは別格な気がする。動きに無駄がない。気配が薄い。いつの間にか背後にいる。


 ……いや、深く考えるのはやめよう。考え始めると怖いからだ。


「クロノ様。床に転がっていたこの四輪の小さな馬車は、サラサ様に見つからないよう片づけておきました」


「ありがとう」


「こちらの袋菓子は、油がマーク様のお洋服に染みておりましたので、着替えさせておきました。サラサ様に知られれば叱られます。お気をつけください」


「すみません」


「それと、こちらの光る板は、夜に窓際で使うと外から見えます」


「き、気をつけるね」


 イザベラは何も聞かない。何も聞かないまま、的確に危険を潰してくる。たぶん母さんとは情報を共有している。でも、余計な揉め事にならないよう、先回りしてくれているのも分かる。ある意味、一番怖い。ただ、そのおかげで、私とマークの部屋はギリギリ秘密基地として成立していた。


 父さんと母さんは深く踏み込まない。

 イザベラは見なかったことにしながら片づける。

 マークはだいたい食べる。


 ……この屋敷、全体的に優しすぎない?


 いや、ありがたいけど。


 ありがたいけど、たぶん普通ではない。



「姉ちゃん、頭痛いの治った? マイソラ一緒にやる?」


「……今、そういう気分じゃない」


「じゃあ炭酸シュワシュワ!」


「ダメ!」


「えー。じゃあギコジャガは?」


「私、あんた専用の補給物資担当じゃないんだけど?」


 私がそう言うと、マークは青いぬいぐるみを抱えたまま、不満そうに頬をふくらませた。九歳になったのに、そういうところは五歳の頃とあまり変わらない。でも、そんなマークが、たまに核心を突くことを言う。


「姉ちゃんさ、聖堂院で魔法出せないなら、道具でごまかせばいいじゃん」


「……ごまかす?」


 私は思わず体を起こした。


「だって姉ちゃん、火は出せないけど、火が出る道具なら出せるでしょ?」


「まあ……出せるものもあるけど」


「じゃあ、それ魔法っぽく見せればいいじゃん」


 私は少し黙った。


 魔法っぽく見せる。


 それは、あまりにも雑な発想だった。雑で、子どもっぽくて、危なっかしい。でも同時に、今の私にとっては、ものすごく現実的な逃げ道でもあった。


「たとえば?」


 私が聞くと、マークは待ってましたとばかりに指を折り始めた。


「火魔法は、この前、花火をした時に母さんに怒られた火が出る小さいやつ!」


「ライターね」


「水魔法は、この前、母さんにぶつけて怒られた水が入ったふくらむやつ!」


「水風船かな」


「風魔法は、この前、母さんに驚かれたくるくる回って風が出るやつ!」


「小型扇風機」


「土魔法は……ど、土嚢袋!」


「雑! でも多分、出せなくはない!」


 土だけ急にそのままだった。


 でも、発想自体は悪くない。いや、悪くないどころか、かなり使えるかもしれない。魔法が使えないなら、それっぽく見せればいい。


 バレなければセーフ。


 ……たぶん。


 いや、たぶんじゃ困るけど。それでも、今の私にできることは、それしかない。


「なるほど、マーク……あんた、意外と賢いわね」


「えへへ」


「口元にポテチの青海苔ついてるけど」


「えっ」


 マークが慌てて袖で口元をぬぐう。やばい。袖までべったべただ。あとでイザベラに言って、着替えを出してもらおう。


 私はベッドから降り、床に転がっていたメモ帳を拾った。前世の物ではなく、この世界の紙だ。少し厚くて書きにくいけれど、作戦会議には十分である。


「マーク、手伝って」


「なにを?」


「聖堂院デビュー対策会議」


「おお!」


 マークの目が輝いた。


 私はペンを握りしめる。


 火魔法。水魔法。風魔法。土魔法。


 この世界で当たり前とされるもの。

 私が、どうしても使えないもの。


 それを、前世の知識と、この面倒くさい能力でごまかす。無茶かもしれない。いや、普通に無茶だ。でも、何もしないで入学するよりは、ずっといい。魔法を使えないと悲しむのは、父さんと母さんだ。


「いい? マーク。これは遊びじゃないからね」


「うん!」


「私の人生がかかってる」


「うん!」


「場合によっては、ソーカ家の評判もかかってる」


「うん!」


「失敗するとポテチのおかわりはない」


「ええっ!?」


 そこだけ一番反応が大きかった。やっぱり参謀としては少し不安である。でも、共犯者としては十分だった。こうして私たちは、こそこそと作戦会議を始めた。


 魔法が使えないなら、それっぽく見せればいい。


 私は“なんちゃって魔法令嬢”として、聖堂院デビューを乗り切るしかなかった。



 この時の私は、まだ知らない。


 その場しのぎのごまかしが、あとでとんでもない勘違いを生むことを。そして、笑って済ませられない修羅場に突っ込むことになることを。


 さあ。


 準備はいいか?


 魔法ゼロ令嬢の、ごまかし聖堂院デビューがいよいよ始まる。


ここまで読んでくださってありがとうございます!


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