マークとポテチと限界具現
⸻ ソーカ屋敷、クロノの部屋
聖堂院リュミエールに通うまで、あと一週間。
「はぁ……マジで魔法使えないまま初登校とか、人生詰みすぎ……」
ベッドに寝転がって、私は盛大なため息をついた。
隣では、丸々とした弟マークがテレビにつないだカラオケマイクを握りしめ、さっきまで最新曲を熱唱していた。
今はポテチをもさもさ食べている。切り替えが早い。
「姉ちゃん、今日あと何回“具現”できんの? オレ炭酸シュワシュワ飲みたい!」
「今日の《現界具現》、残りたった二回しかないんだからムダ使いしないでよ!」
「ケチ~。じゃあ昨日出した新しいミニ四駆で、勝負しよーぜ!」
「まず片づけてから言って!」
この世界は、理不尽だ。
血筋。
才能。
魔法。
生まれた瞬間に、だいたいの立ち位置が決まる。
努力で覆せる部分は、たしかにある。けど――最初から持ってる札の強さが違いすぎる。
そして。
そんな理不尽な世界の中で、私だけが持っている“例外”がある。
……そう。
私はわざとゆっくり身を起こして、前髪をかき上げた。ちょっと斜め上を見る。
ここ、かなり大事な決め顔ポイントである。
私――クロノ・ソーカには、誰にも言えない“異質な力”があったのだ!
「姉ちゃん、どうしたの? 頭痛いの?」
「うるさい! 今いいとこなんだから!」
(せっかくキマりかけてたのに……!)
⸻
◆【能力名:《現界具現》】◆
前世で見たもの。
知っているもの。
触れたことがあるもの。
その情報を核として、この世界に“物質”として再現・出力する能力。
それが、《現界具現》。
だが、この力は決して万能じゃない。
むしろ、明確な制約と不安定さを抱えた、かなり偏った能力だ。
一つ。
発動可能回数は毎朝ランダムで決定される。
起床と同時に、頭の中へ“残り回数”が直接表示される。
(毎朝ログインボーナスみたいなノリで出てくるの、地味に怖いんだが)
二つ。
能力の回数は、八時間以上の連続した睡眠を取らなければ、回復しない。
不完全な休息では、十分な再装填は行われない。
(夜更かしオタクに厳しすぎる仕様。運営に抗議したい)
三つ。
具現化の対象は、使用者が“明確な知識”を持つものに限られる。
構造の理解が曖昧なもの、一度も見たことがないものは出力できない。
(白いツノつきロボの知識ならオタクとして十分あるし、ワンチャンいけるかもって思ったのに、出てきたの未組み立てプラモで、いやちっさ! てか作るところからかよってなった)
四つ。
連続使用、または同時出力を試みた場合、能力は著しく不安定になる。
焦れば焦るほど、能力は乱れやすい。
(焦ると能力まで一緒にパニック起こすの、連帯感いらないんだが?)
五つ。
一度具現化した物体は、自らの意思で消去することができる。
ただし、その行為にも一回分の使用回数を消費する。
(……いや、そこはサービスしてよくない? 片づけにまでコスト取るの鬼すぎる)
以上が、現時点で判明している《現界具現》の基本仕様である。
これらの情報はすべて、幼い弟マークとの継続的な検証によって少しずつ明らかになったものだ。
弟だけは、私の共犯者。
唯一の目撃者。
そして、被験者一号。
……ついでに、実験で出した物を喜んで消費してくれる便利係でもある。
(炭酸とポテチの要求頻度、高すぎん?)
⸻
「姉ちゃん、終わった? ミニ四駆対戦する?」
「……今やる気なんない」
「じゃあ炭酸シュワシュワ!」
「ダメ!」
「えー、ポテチは?」
「わたしあんた専用の補給物資担当じゃないんだけど?」
その時、ドアがバン! と開いた。
「クロノ、また変なオモチャ出してないでしょうね?」
お母さんだった。
「な、なにも出してませんけど?」
「ほんとに?」
その背後でマークは、さっきまで熱唱していたカラオケ画面をそのままに、ポテチの袋を抱えてフリーズしている。
(終わった。絶対なんか察してる)
さらに、お父さんまでのぞき込んできた。
「クロノ、“光る箱”とか“謎の笛”は外で使わないようにね。見つかったら街中が大騒ぎになるから」
(……そこまで把握してるのに、あえて聞いてこないの優しすぎない?)
「……はーい」
ちなみにうちの屋敷は、屋根にソーラーパネル設置済み。
コンセントも増設済み。
異世界の司祭の家なのに、一部分だけ現代文明が侵食している。
絵面がシュールすぎて逆に誰も深く考えなくなってるの、かなり危ないと思う。
【チートバレ寸前生活、心臓に悪い。】
要するに私の能力は――
回数は不安定。
寝ないと回復しない。
知識が曖昧だと失敗するし、焦ると事故る。
便利そうに見えて、実際はかなり扱いづらい。
強いのは間違いない。
でも、雑には使えない。
だからこそ――
私はまだ、この力を“魔法の代わり”として使いこなせていない。
「私が“変な物”出せるの、誰にも言っちゃダメだからね。バラしたら“ポテチ永久没収”だから」
「ひでえよ姉ちゃん!」
この脅しは、地味に効いている。
マークにとってポテチは、ほぼ信仰に近い。
ベッドの上で、私は身を起こした。
「ねぇマーク……私さ、来週から聖堂院だけど、魔法使えないままで大丈夫かな……?」
マークはポテチの袋を握ったまま、やけに偉そうな顔をした。
口元に海苔ついてるけど。
「姉ちゃん、バカだな~。道具で“ごまかし”ゃいいじゃん!」
「……ごまかす?」
「たとえば――」
マークは指を折りながら、得意げに数え始める。
「『火魔法』はライター!
『水魔法』は水風船!
『風魔法』は手乗り扇風機!
『土魔法』は土のう袋!」
「なるほど、マーク……あんた意外と賢いわね」
「えへへ」
「それ、採用で!」
こうして私たちは、こそこそと作戦会議を始めた。
魔法が使えないなら、それっぽく見せればいい。
バレなければセーフ。たぶん。
いや、たぶんじゃ困るけど。
(私は“なんちゃって魔法少女”で、聖堂院デビューを乗り切る……!)
⸻
この時の私は、まだ知らない。
その場しのぎのハッタリが、あとでとんでもないことになるなんて。
……そして、笑って済ませられない修羅場に突っ込むことになるなんて。
さあ、聖堂院生活どうなる!?




