フレアガンは紅蓮魔法に入りますか?
ハルバードの男が踏み込んだ。石畳が割れる。足音というより、地面を叩き潰す音だった。踏み出すたびに細かな欠片が跳ね、肩に担いだハルバードが振り下ろされるたびに、空気が押し潰されるような鈍い音がした。
ただの力任せじゃない。足の置き方も、腰の沈め方も、刃を落とす角度も、全部が相手の防御を壊すために噛み合っている。
ジェイド師範の言葉が、頭をよぎった。
破剣式は受けるな。
受けた瞬間、武器ごと壊される。
今なら、その意味が少しだけ分かる。魔法の光は見えない。詠唱もない。なのに、男の体からは見えない圧のようなものが噴き出していた。筋肉だけで動いているんじゃない。人間の体に、別のエンジンを積んでいるみたいだった。
あの攻撃をまともに受けたら、骨折では済まない。人間としての原型を保てる自信がない。
けれど、イザベラは退かなかった。退けなかったのかもしれない。大きく避ければ、ハルバードの刃はそのまま商会の入口か、後ろにいる人たちへ流れる。だからイザベラは、正面からその圧の中へ踏み込んだ。
右手の細剣が、ハルバードの刃に触れる。受け止めたわけじゃない。ほんの少し、角度を変えただけだった。
どごんっ、と石畳が砕けた。
ハルバードの刃がイザベラの横を抜け、地面を割る。欠片が跳ね、通りの人たちが悲鳴を上げて後ずさった。
「うわっ……」
思わず声が出た。前にフォスティエ商会が襲われた時は、何が起きているのかまったく分からなかった。剣が速い。動きが怖い。この世界の人間、フィジカルがおかしい。そのくらいしか思えなかった。でも、今は少しだけ分かる。今のイザベラの動き。あれはたぶん、鏡盾式だ。ジェイド師範が言っていた。鏡盾式は、盾で受けるだけの技じゃない。上級になれば、盾がなくても、身体で、武器で、相手の力そのものを受け流すことができる、と。
破剣式が、防御を砕くための技なら。
鏡盾式は、その力を正面から受けず、映すように流す技なのだ。
……いや。聞いてはいたけど、実演のレベルが高すぎる。こっちはプールでバタ足を覚えたばかりなのに、目の前でオリンピックの決勝が始まった気分である。
ハルバードの男が笑った。
「はっはっは! 流すか!」
いや、流すでしょ。あれを正面から受け止めたら、メイド服のまま冥土行きである。
その横から、細槍の男がすっと動いた。大きく振り回す槍じゃない。間合いを測り、隙を突くための細い槍だ。石突きのあたりには、大きな蒼い宝石みたいなものがついている。男が何かを呟いた瞬間、その蒼い石がちらりと光った。
もしかして、あの石が魔法の効果を強めているのかもしれない。
蒼氷魔法。
空気が冷える。細槍の男が槍先を動かすと、石畳の上を薄い氷が走った。狙っているのは、イザベラ本人じゃない。足元だ。踏み込もうとする場所を凍らせ、避ける先には氷の針を置く。さらに、細い槍先がその氷の筋に隠れるように伸びた。
イザベラが氷を避ければ、そこへ槍が来る。槍を避ければ、足元を凍らされる。正面からは、ハルバードが落ちてくる。
うわ。嫌なコンボ。
大型武器のゴリ押し前衛と、氷で足止めしてくる遠近両用デバフ系サポート。ゲームにいたら絶対に嫌われるタイプの敵だ。
でも、イザベラはそれにも対応した。足先が氷に触れる前に、もう体が横へずれている。細槍の突きを細剣でそらし、左手の指をわずかに動かす。細い鋼糸が夕方の光を受けてきらりと光り、石畳を走る氷の筋を断った。
ぱきん、と薄い音がして、イザベラの足元へ伸びかけていた蒼氷が砕ける。魔法を消したわけじゃない。たぶん、発動した魔法の流れを、広がる前に切ったのだ。
……いや、これ、常人には絶対に真似できない。魔法が上位とされるこの世界で、魔法を使わず、技術と武器だけで魔法の攻め手を潰している。
すごい。
すごいんだけど、ちょっと意味が分からない。
細槍の男の動きが一瞬止まった。その隙に、イザベラの袖口から銀の刃が飛ぶ。細槍の男は半歩下がり、槍の柄でそれを弾いた。手元で火花が散り、詠唱らしき動きが途切れる。
こいつも、ただ魔法を使っていただけじゃない。槍でもちゃんと反応している。
敵二人が明らかに強いのは分かる。さっきまでの傭兵たちも十分強かった。でも、この二人はさらに数段上にいる。動きに無駄がない。互いの立ち位置も、攻めるタイミングも噛み合っている。それなのに、イザベラは崩れていない。むしろ、少し押しているように見えた。ただし、決定打までは入らない。ハルバードの男が正面から圧をかけ、細槍の男が横から槍と氷で隙を作る。イザベラはそのすべてをさばいているのに、二人の連携が強くて詰めきれない。
「ちっ……やっぱり強えな。おい、セイル!」
ハルバードの男が舌打ちした。
セイル。
たぶん、細槍の男の名前だ。
セイルは表情を変えずに答える。
「分かっている。神殿騎士団の二つ名持ちだ。伊達で名が残る場所ではない」
元・西神殿騎士団。二つ名持ち。百器のイザベラ。灯火の聖女の護衛騎士。さっき聞いた情報が、頭の中でぐるぐるする。うちの使用人、設定が強すぎる。履歴書、絶対に一枚で収まらない。
イザベラと切り結びながら、ハルバードの男が叫ぶ。
「ガフの野郎! どこで遊んでやがる!?」
セイルが短く答える。
「さっき裏へ回ったのは見た。戻らないな」
「ガフがやられたってのか? 冗談だろ!?」
ガフ。
私はその名前に引っかかった。たぶん、さっき裏口で気絶させたあの男のことだ。いや、強いとは思った。思ったけど、あの人、そんな枠だったの?
私、もしかして中ボスの一人を落とした?
限界具現、強っ! いや、強いのは私じゃない。現代防犯グッズである。そういうことにしておこう。
セイルが槍を構え直し、初めて声を張った。
「バルド! 押さえろ! 魔法を通す!」
バルド。
ハルバードの男の名前らしい。
バルドはにやりと笑った。
「早くしてくれよ。一人じゃきつい」
私はそこで固まった。
一人じゃきつい。
バルドはそう言った。セイルも否定しない。つまり、この手練れ二人がかりで、ようやくイザベラを押し留めている。
でも、その「きつい」は、イザベラだって同じなんじゃないか。
イザベラの表情は読めない。いつものように静かで、苦しそうにも、焦っているようにも見えない。
イザベラは、さっきまでの傭兵たちを一網打尽にしていた。けれど、今は違う。バルドとセイルを相手にしながら、商会も、通行人も、倒れている人たちも巻き込まないように戦っている。
どれだけ強くても、負担がないはずがない。
イザベラにだけ頼っていてはダメだ。ほんの少しでも、私が一手入れられれば、流れは変わるかもしれない。
何かできることはないか。
だが、この二階の窓からでは角度が悪い。見えているのに、届かない。ゲームでいうなら、射線が通っていない。圧倒されて、ただ見ているだけじゃダメだ。
「エルヴィン」
「はい」
「この窓からじゃ、イザベラを援護できない。屋上みたいなところ、ある?」
エルヴィンは一瞬だけ目を見開いた。けれど、すぐに頷く。
「あります。ついてきてください!」
判断が早い。若旦那、こういう時は本当に頼りになる。私は窓の外をもう一度見た。イザベラはまだ戦っている。バルドの重い攻撃を受け流し、セイルの氷と細槍をさばき、鋼糸と短剣で二人を牽制している。
もう少しだけ耐えて、イザベラ。
私も、あなたの力になりたい。
私たちは会議室を飛び出し、エルヴィンの案内で階段を駆け上がった。
フォスティエ商会の屋上は、思ったより広かった。普段は看板や日除け布の点検に使うくらいなのだろう。低い手すりと、雨水を溜める樽。丸められた布と、古い木箱がいくつか置かれているだけで、あとはほとんど何もない。
遮るものが少ないぶん、商会前はよく見えた。高所恐怖症じゃなくてよかった。
下の声はほとんど届かない。金属がぶつかる音。石畳が砕ける音。野次馬のざわめき。そういう大きな音だけが、暮れかけた空気を震わせていた。辺りは、少しずつ暗くなろうとしている。まだ完全な夜ではない。でも、空に光を上げれば、きっと目立つ。
商会前もよく見えた。イザベラとバルドがぶつかる位置。横から隙を窺うセイルとの距離。倒れている傭兵たち。逃げ遅れた野次馬たちが、じりじりと後ずさる通り。
視界だけは、二階の窓よりずっといい。まずは、騒ぎを聞いてこちらへ向かっているはずの騎士団に、場所を知らせる。
この世界に、空へ光を撃ち上げて異常を知らせる道具なんて、少なくとも私は見たことがなかった。だから、これから出すものは周りから見れば、紅蓮魔法っぽい何かに見えるはずだ。
「限界具現――フレアガン」
空気がびりっと歪み、手の中に拳銃のような発射器が現れた。撃ち出すのは弾丸じゃない。強い光と煙で、ここに異常がありますと知らせるための信号弾だ。私はそれを空へ向ける。
「お願い。目立って」
どんっ。
隣でエルヴィンが、びくりと肩を跳ねさせる。赤い光が、煙を引いて空へ走った。薄紅色の煙が尾を伸ばし、暮れかけた空に細い弧を描く。遅れて、腹に響くような音が落ちてきた。
通りの人たちが一斉に空を見上げた。遠くで誰かが叫ぶ。指さす人。足を止める人。商会の方へ視線を向ける人。
反応は十分だった。
助けて、という意味まで伝わらなくてもいい。この場所で何か異常が起きている。それだけ伝われば、騎士団は動くはずだ。
「これで騎士団は気づくよね?」
私が言うと、エルヴィンはまだ顔を引きつらせたまま頷いた。
「はい。あの光と音なら、まず間違いなく」
「よし。第一弾の援護は成功」
「次は何を……?」
「ど、どうしようか?」
言いながら下を見る。セイルも空を見上げていた。表情までは見えない。でも、動きが変わったのは分かった。それまでイザベラの隙を探すように距離を取っていたセイルが、大きく後ろへ下がる。バルドはイザベラに食らいついたまま、ハルバードを振るい続けていた。
「セイルが下がりました」
エルヴィンが身を乗り出す。
「さっきの光で、騎士団が来ると判断したのかもしれません」
「じゃあ逃げる?」
「いえ……あの動きは、たぶん違います」
「違う?」
「短期決戦に切り替えるつもりかと」
嫌な言葉。
セイルが細槍を逆さに構え、槍先を石畳へ突き立てた。石突き側についている蒼い宝石が、上を向く。その宝石が、強く光った。青い光が、内側から膨らんでいく。
空気が冷える。
屋上にいる私の頬まで、ひやりとした。石畳に霜が広がる。倒れている傭兵たちの吐息まで白くなる。商会前の空気そのものが、蒼く凍っていくみたいだった。セイルの口が動いている。詠唱している。言葉の意味は分からない。そもそも、屋上までは届かない。でも、見れば分かる。
あれはまずい。
理屈じゃない。肌がそう判断していた。あの蒼い光が膨らむほど、通りの温度が落ちていく。発動したら、たぶん止められない。
「蒼氷の大規模拘束魔法かもしれません」
隣でエルヴィンが青ざめた。
「発動すれば、商会前ごと凍ります」
「最悪じゃん!」
商会前ごと。つまり、イザベラだけじゃない。マルクスさんも、倒れている人たちも、通行人もまとめて巻き込まれる。やめて。味方も巻き込むタイプの必殺技、現実でやるな。
イザベラもセイルの魔法に気づいたらしい。足がセイルの方へ向く。けれど、バルドがその前に割り込んだ。ハルバードが叩きつけられる。イザベラはそれを受け流し、すれ違いざまに細剣を走らせた。バルドの肩口に赤い筋が刻まれる。さらに鋼糸が足元へ絡み、膝を崩そうとする。
それでも、バルドは退かなかった。すでに腕も肩も傷だらけだ。血がぽたぽたと落ちている。それでもハルバードを握る手だけは緩まない。イザベラが抜けようとするたびに、バルドが体ごと前へ出る。細剣に裂かれ、鋼糸に削られ、それでも破剣式の踏み込みで、無理やり道を塞ぐ。ただの時間稼ぎじゃない。自分の体を壁にした、死に物狂いの足止めだった。
「バルドが塞いでいます。イザベラさんでも、すぐには抜けられません」
「つまり?」
「このままだと、あの魔法が通ります」
私は唇を噛んだ。人は撃ちたくない。でも、あの魔法は止めなきゃいけない。
「限界具現――M24」
空気が歪み、手の中にスコープ付きのライフルが現れた。前に出したAWMほどごつくはない。けれど、ゲームでは何度も使ったことがある定番のスナイパーライフルだ。
今必要なのは、破壊力じゃない。
詠唱の起点だけを壊す精密だ。
私は屋上の低い縁に身を伏せ、スコープを覗いた。狙うのは、セイルではなく槍の石突きに嵌まった、蒼い宝石。そこに集まっている魔力の光。
攻撃すれば散る筈だ。
お願いだから、弱点部位であって。
「クロノさん……」
「大丈夫。あの青いやつだけ狙う」
エルヴィンに言うというより、自分に言い聞かせた。手が震える。呼吸を止め、照準を合わせる。青い光は、石突きの宝石の中でさらに膨らんでいた。
たぶん、あと数秒。
いや、もしかしたら一秒もない。
引き金に指をかける。照準の中心に、蒼い宝石だけを置く。私は息を止めた。
パンッ。
乾いた音が、夕方の空気を裂いた。
弾丸はまっすぐに走り、槍の石突きに嵌まった蒼い宝石を撃ち抜いた。ぱきん、と氷が割れるような音がする。宝石にひびが走り、膨らんでいた魔力が崩れた。蒼い光が弾け、細かな霜が空中に散る。
セイルの体がびくりと止まる。バルドも振り向いた。声は聞こえない。でも、分かる。
今のは何だ。
そんな反応だった。
セイルとバルドの視線が、弾かれたように屋上へ跳ね上がる。その動きにつられて、通りの野次馬たちまで「なにごとだ」と言わんばかりに一斉にこちらを見上げた。スコープ越しに、目が合った気がした。
やっば。
エリシア先輩といい、この世界の猛者たちは反応速度が速すぎる。撃った瞬間に位置を見抜かれるんですけど!
私とエルヴィンは、反射的に身を低くした。けれど、下から目を離せなかった。手すりの陰に隠れたまま、視線だけを戻す。
セイルの蒼氷魔法は崩れた。そして、その一瞬をイザベラは逃さなかった。
鋼糸が走った。バルドのハルバードの柄に絡みつき、ぎちり、と締め上げる。バルドが引き戻そうとした瞬間、イザベラは一歩踏み込み、細剣の柄頭でその手首を打った。傷だらけの腕から、一瞬だけ力が抜ける。重いハルバードがバルドの手を離れ、石畳をかすめながらイザベラの手元へ引き寄せられた。
奪った。
その認識が追いつくより早く、イザベラはハルバードの柄を握っていた。細剣を落とし、鋼糸を解き、淀みのない動作で武器を持ち替える。その一連には、迷いも、驚きもない。ただ当然のように、次の手を選んだだけだった。
両手で構えられたハルバードは、驚くほど静かだった。重い武器を持ったはずなのに、むしろ姿勢は研ぎ澄まされる。暮れかけた風がメイド服の裾を揺らす。その姿はもはや使用人ではなく、戦場を知り尽くした騎士そのものだった。
借り物の武器を拾ったようには見えない。長年連れ添った得物を手に戻したような、そんな自然さだった。
やばい。
イザベラは、ハルバードまで使う。
――百器のイザベラ。
その名が、ようやく実感を伴って胸に落ちた。
「……すごい」
エルヴィンが呟いた。
私も同じことを思っていた。すごい。けれど、少し怖い。
いつも家で家事をこなし、私たちの世話をしてくれるイザベラが、今はハルバードを構えて戦場を支配している。違和感がすごい。でも、心の底から思った。イザベラが、うちにいてくれてよかった。
その時、イザベラが屋上へ視線を向けた。
一瞬だけ、目が合う。
褒めるでも、責めるでもない。いつもの静かな表情だった。けれど、その無言の確認が更に怖い。
あ。
すぐ逸らされた。
……え、今のどっち?
褒めた? 怒った?
イザベラの表情、読みづらすぎる。マジでヘルプ。メイド表情解析アプリとかないの?
そのタイミングで、遠くから騎士団のものらしい怒号と足音が近づいてきた。屋上からだとよく分かる。通りの向こうで、人の流れが割れ始めていた。
バルドとセイルは、短く何かを言い合っていた。声は届かない。でも、動きで分かった。
退くつもりだ。
二人は倒れている仲間たちを見た。けれど、助けようとはしなかった。冷たい。けれど、迷いがない。まるで、捨てると決めた荷物を見るみたいだった。
胸の奥が、すっと冷える。
ああ、この人たちは、ちゃんと危ない人たちだ。そう思った。やがて二人がイザベラを警戒しながら、少しずつ後ろへ下がる。
その時だった。路地の影から、ひとりの男がふらりと姿を見せた。
剣と盾。見覚えがある。
私は目を疑った。さっき、裏口で気絶させたはずの男だ。ちゃんと縛った。木箱の陰に寄せた。起きてもすぐには動けないようにした。……つもりだった。なのに、立っている。顔色は悪そうだし、少しふらついている。それでも、立っている。
怖っ。
異世界の傭兵、耐久力どうなってるの? 人間って、スタンガン食らって縛られて、そんな短時間で復帰するものなの? やっぱり異世界、フィジカル基準がバグってる。
男はバルドとセイルの近くまで歩くと、何かを短く告げた。声は届かない。けれど、三人の視線が一瞬だけ屋上へ向いた。
ぞくり、と背筋が冷えた。目は合っていない。それでも、見られたと分かった。今の視線は、ただ屋上を見ただけじゃない。ここに何かがいると、気づいた視線だった。
それから、バルドの口が動く。声は届かない。けれど、意味だけは分かった。
覚えてろ。
典型的な悪役の捨て台詞だ。まだ子ども向け番組の悪役の方が可愛げがある。
三人は、倒れた仲間たちを置いたまま、路地の奥へ消えていく。そういえば、最初に偉そうにしていた身なりのいい男は、いつの間にか消えていた。
逃げ足はやすぎない?
あの男が対抗商会の人間で、傭兵たちはその後ろ盾――いや、用心棒みたいなものだったんだろうか。商人の顔をしたヤクザに、傭兵の用心棒たち。異世界の治安、終わってない?
遠くから、騎士団の足音が近づいてくる。商会前には、倒れた傭兵たちと、静かに立つイザベラだけが残った。
とりあえず、誰も死んでいない。
それだけで、今は十分だった。
私は空に残る薄紅色の煙を見上げながら、小さく息を吐いた。
はぁ……。
みんな無事だった。
それは本当に良かった。
良かったんだけど。
帰ったら、イザベラは母さんにどう報告するんだろう。たぶん、私が信号弾を撃ったことも、セイルの魔法を止めたことも気づいている。正直に話せば、黙っていてくれるだろうか。
いや、イザベラだぞ。
ソーカ家使用人として、ものすごく丁寧に、ものすごく正確に、ものすごく逃げ道のない報告書を提出しそうで怖い。
商会で大金を受け取り、ついでに屋上から紅蓮魔法っぽいなにかを撃ち上げ、敵の青い宝石を遠距離からなにかで撃ち砕きました。
……意味不明すぎる。
全部報告されたら、根掘り葉掘り聞かれる未来しか見えない。
アリバイ工作をしなくては。
今日の本当のボス戦、むしろこれからかもしれない。




