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限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
秘密と絆の学院生活

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フォスティエ商会襲撃再び


 四紋札は、思った以上に流行った。


 いや、流行るとは思っていた。思ってはいたけど、ここまでとは予想外である。休み時間の教室では、あちこちで四色の札が広げられていた。神経衰弱をしている子もいれば、七並べで真剣な顔をしている子もいる。そして、なぜか私たちの机では、ミーナちゃんが堂々と親をしていた。


「さぁ! チェンジはいるかな!?」


 ……ポーカーである。


 いつの間にそこまで覚えたの? もちろん、お金は賭けていない。ここ大事。お菓子も賭けていない。たぶん。ミーナちゃんの机の上にお菓子が山盛りなのが、ちょっと怪しいけど。


「庶民的な遊びですわね」


 最初はそう言っていたリリスも、今では普通に札を持っている。しかも姿勢がよく、札の持ち方まで妙に優雅だ。カードゲームをしているだけなのに、なんで貴族の茶会みたいな空気になるの?


「リリス、めちゃくちゃハマってるじゃん」


「は、ハマってなどいませんわ! これは、この遊戯の戦略性を確認しているだけです!」


 その言い訳、オタクが新作ゲームに徹夜でハマった時のやつなんだよな。


 アルガスは「今のは運が悪かっただけだ!」と言いながら何度も勝負を挑み、シャーロットちゃんはおずおずと札を出すたびに妙に強い組み合わせを作っていた。この子、普段はおとなしいのに、勝負事になると引きが怖い。


 教室を見回せば、あっちでも札。こっちでも札。休み時間の聖堂院が、ちょっとしたカードゲーム会場になっている。なんかもう、私の知らないところで娯楽文化が勝手に一歩進んでいる。いや、進めたの私か……。


 その時、教室の入口にエルヴィンが現れた。いつもの落ち着いた表情だ。でも、私と目が合った瞬間、少しだけ顔つきが改まる。


 あ。


 嫌な予感がする。


「クロノさん。少しよろしいでしょうか」


「やっぱり来たか……」


 私は思わずそう呟いた。


 ミーナちゃんたちが札遊びで盛り上がっている隙に、エルヴィンは私の机の横へ来る。


「父上がお礼をしたいそうです」


「えー。絶対お礼だけじゃ終わらないでしょ」


「……さすがですね」


「当たってほしくなかった!」


 エルヴィンは申し訳なさそうに微笑んだ。


「なに? お金? お金は絶対受け取らないからね」


「そうは言いましても……」


「その言い方、もう用意してるじゃん!」


「それと、少しご相談も」


「やっぱりそうじゃん!」


 商人の“お礼”と“相談”。この二つが並んだ時点で、もうだいぶ嫌な予感がする。


 でも、エルヴィンは頼み込むように頭を下げていた。私は少し考える。この世界には不便なことが山ほどある。石鹸、歯ブラシ、紙、水回り、雨の日の移動。前世の感覚を知っている身としては、もう少しなんとかならないかなと思うものばかりだ。私がほしいのは金ではない。便利な生活である。


 もちろん、やりすぎれば面倒なことになる。それでも、前世の知識がこの商会の役に立ち、この世界が少し便利になるなら、最初から断るのも違う気がした。


「話を聞くだけなら」


「ありがとうございます」


 エルヴィンは安心したように頭を下げた。たぶん、マルクスさんに「必ず連れてきます」くらいのことを言っていたのだろう。でも、こういう反応をされると、なんだか怖い。信頼というより、ちょっと信仰に近いものを感じる。


 本当に私の発案じゃないんだよ。ただの転生前知識なんだよ。これが言えたら、どれだけ楽だろう。そんなふうに礼儀正しく頭を下げられると、こっちが悪いことをしている気分になる。


 こうして私は、放課後にまたフォスティエ商会へ行くことになった。



 そして放課後。イザベラの付き添いのもと、途中で荷車を警戒されたり、足元の変な虫を大仰に避けさせられたりしながらも、私たちは無事にフォスティエ商会へ到着した。


 案内された部屋には、すでにお茶と焼き菓子が用意されていた。準備が良すぎる。やっぱり油断させに来てる。


 ほどなくして、エルヴィンのお父さん――マルクスさんが現れた。


「これはこれはクロノ様! 本日もようこそお越しくださいました!」


「だから“様”はやめてください!」


 前回よりさらに腰が低い。お辞儀が七十五度くらいある。低すぎる。そのうち床に埋まるんじゃないだろうか。


 まあ、理由はわかる。四紋札は本当に売れたのだろう。フォスティエ商会の名前も広まった。前回の襲撃事件の恩もある。私はソーカ家の令嬢で、灯火の聖女の娘でもある。そりゃ、低くもなるのかな。だとしても、やっぱり落ち着かない。


「本日はささやかながら、お礼を――」


 マルクスさんがそう言うと、従業員さんが小さな布袋を机の上に置いた。


 どん。


 音が重い。絶対ささやかじゃない。


「その量で“ささやか”は無理がある!」


「いえいえ、これは本当にほんの気持ちでして」


「ほんの気持ちが重い!」


 私は思わず身を引いた。しかし、机には高級そうなお菓子も並んでいる。蜂蜜を使った焼き菓子。果実の砂糖煮。きれいな香りのお茶。


 わーい異世界高級お菓子! こちらは頂いてもいいよね? でも、このあと絶対ろくでもない相談が来るやつ!


 心が二つある。片方はお菓子に敗北している。


 横に控えていたイザベラが、静かに言った。


「クロノ様。金銭は、必要な時に必ず力になります。サラサ様へご相談の上、受け取るべきかと」


「言ってることは正しい! 正しいんだけど、生々しい!」


 イザベラは過剰警戒メイドだと思っていたけど、こういう現実的な判断も普通に的確だ。この人、本当に使用人としての性能が高すぎる。いや、使用人としてなのか? 最近ちょっと自信がない。


 マルクスさんが改めて口を開きかけた、その時だった。ばたばたと慌ただしい足音が近づいてくる。扉が開き、店員さんが青い顔で飛び込んできた。


「旦那様、大変です! 店の前に、例の方々が……!」


 マルクスさんの顔色が変わった。エルヴィンも、さっきまでの商人顔から一転して、硬い表情になる。そして、イザベラはもう扉の前に立っていた。


 いや、店員さんは味方だから。


 警戒するなら外。外の方。


「外を確認してきます」


 マルクスさんがそう言って、扉へ向かう。


 私もついて行こうとして、すぐにイザベラに止められた。


「クロノ様は、こちらでお待ちください」


「え、でも」


「危険です」


 即答だった。そりゃそうだ。普通に考えて、商会の前に柄の悪い人たちが来ているのに、令嬢がのこのこ外へ出ていく理由がない。前世なら完全に「野次馬は下がってください」と言われる側である。


「クロノさん。こちらへ」


 エルヴィンが会議室の奥へと私を案内した。そこには、通りに面した大きな窓がある。分厚い硝子越しではあるが、商会の正面がよく見えた。なるほど。安全圏から現場確認。現代でいうところの監視カメラ席である。


 マルクスさんとイザベラが階段を下りていく。私はエルヴィンと並んで、二階の窓から外を見下ろした。


 護衛対象、隔離されるの巻。



 商会の扉の前には、八人ほどの男たちがたむろしていた。


 先頭に立っている男だけは、やけに身なりが整っている。上等な服。磨かれた靴。整えられた髪。でも、目が笑っていない。


 背後には、いかにも傭兵ですと言わんばかりの連中が控えている。腕が太い。武器が見える。態度が悪い。


 あ、これダメなやつだ。商人の皮をかぶった治安の悪いやつだ。


「あの男は……中央通りの大商会に出入りしている者です」


 隣で、エルヴィンが低く呟いた。


「大商会?」


「はい。ここ最近、四紋札の取り扱いについて、何度か探りを入れてきていました」


「うわ。つまり、商売の匂いを嗅ぎつけてきたってこと?」


「おそらくは」


 ただのチンピラではないらしい。裏に商会がいる。しかも、大きいところ。これは嫌な感じだ。暴力だけならまだしも、商売の世界で締め上げてくるタイプが一番面倒くさい。


「やあやあ、これはフォスティエ商会のマルクスさん」


 男は大げさなくらい丁寧に両手を広げた。


「このたびは少々、ご相談がありましてね」


 相談。出た。こういう人たちの“相談”は、だいたい相談じゃない。


「あの札遊び、大層売れているそうじゃありませんか」


 男はにこにこと笑っている。でも、声の底が冷たい。通りを歩いていた人たちが、少しずつ足を止め始める。店員たちも、入口の奥から不安そうに外をうかがっていた。


 店先でやるのがまた嫌らしい。客の前で圧をかける。従業員に不安を見せる。商会の信用を揺らす。ただの乱暴者じゃない。やり方がちゃんと性格悪い。


「つきましては、あの札遊びの権利をこちらに売っていただきたい」


 男は笑顔のまま言った。


「もちろん、悪いようにはいたしません。あの札には可能性があります。酒場、宿場、遊戯場。こちらの販路に乗せれば、今よりずっと広く売れるでしょう」


 遊戯場。


 その言葉に、少しだけ嫌な響きが混じっていた。賭け事に使う気だろうか。絶対、悪いようにするやつの台詞だ。


「ただ、断られるとなると……困ったことになるかもしれませんな」


 男の笑みが、少しだけ薄くなる。


「商いというのは、人と人とのつながりで成り立つものです。仕入れ先、職人、運び手、護衛。どこか一つが乱れるだけで、店というのは簡単に傾く」


 うわ。そっちで来るのか。ただの暴力じゃない。商売そのものを締め上げるつもりだ。


 私は思わず奥歯を噛んだ。


「前回は、ずいぶん運が良かったようですな」


 空気が冷える。


「偶然というものは、そう何度も続きません。商会というのは、事故が多いものですから」


 あ。


 前の強盗も、こいつら絡みか。


 エルヴィンの顔つきが変わった。下にいるマルクスさんは真っ青になっている。それでも、マルクスさんは一歩だけ前に出た。


「それは、お断りします」


 声は震えている。でも、言った。


「この札は、私どもだけのものではありません。助言をくださった方にも、申し訳が立ちませんので」


 ちらりと、マルクスさんの視線が二階の窓へ向いた。


 私は思わず肩をすくめる。親子そろって、びびっている。でも、逃げない。……ちゃんと恩を感じて動く人なんだな。


 エルヴィンも窓枠に手を置き、小さく息を吸った。


 その横顔は、教室で見る落ち着いた少年のものではなかった。フォスティエ商会の息子の顔だった。


「クロノさんからお知恵をいただき、こちらが作り、こちらが育てた商品です。簡単にお渡しする理由はありません」


 震えを押し殺すような、小さな声。それでも、ちゃんと芯のある声だった。


 おお。


 若旦那も、思ったより腹が据わってる。普段は商人スマイルでにこにこしてるのに、こういう時にちゃんと怒れるタイプなんだ。ちょっと見直した。


 男は、にたりと笑った。


「こちらも穏便に済ませたかったのですが……仕方ありませんね。では、少しばかり商談の形を変えましょう」


 その背後で、傭兵たちが動く。武器に手をかける音が、二階にまで届いた気がした。


 その時、マルクスさんの横に立っていたイザベラが、一歩前に出た。さっきまで、ただ静かに控えていた使用人。けれど、その一歩で空気が変わった。


「クロノ様が善意で託されたものを、脅しで奪い、汚そうとなさるのですね」


 静かな声だった。でも、不思議と二階の窓まで届いた。


「そのような所業、見過ごすわけにはまいりません」


 商会の前でざわついていた野次馬たちの声が、すっと遠のく。傭兵たちの視線が、いっせいにイザベラへ向いた。


「なんだ、この女は」


 傭兵の一人が、にやにや笑いながらイザベラへ手を伸ばした。


「どけよ、使用人」


 その瞬間だった。イザベラの姿が、ふっと消えた。いや、消えたように見えた。


 次に見えた時には、傭兵の腕が人間の可動域について考えたくない方向へ折りたたまれ、その体が宙を舞っていた。


「へ?」


 どごんっ。


 鈍い音を立てて、男の体が石壁に叩きつけられる。


 え。


 今、なにした?


「ちょ、えええええ!?」


 私の叫びが、会議室に響いた。外では、傭兵が一人、完全に沈黙している。イザベラは息ひとつ乱していなかった。スカートの裾すら、ほとんど乱れていない。


 いやいやいやいや。おかしい。使用人の動きじゃない。今の、掃除とか洗濯の延長で出していい動きじゃない。


 身なりのいい男の笑みが、少しだけ引きつった。


「……貴様、何者だ」


 イザベラは静かに答えた。


「ソーカ家使用人、イザベラでございます」


「ちょ! イザベラなにしてんの!?」


 思わずツッコんだ。窓越しなので、たぶん本人には届いていない。いや、イザベラなら届いてるかもしれない。もう分からない。この使用人、性能が怖い。


 警戒した傭兵たちが、一斉に腰の武器へ手を伸ばす。


 その瞬間、イザベラの両手が動いた。


 袖口から、銀色の何かが滑り落ちる。腰のリボンがほどけたと思ったら、細い糸のようなものが指先に絡んでいる。スカートの裾がわずかに揺れ、その陰で黒い柄の短剣らしきものが光った。


 ……待って。


 今、メイド服から凶器が見えたんだけど。


 しかも、一つじゃない。


 二階の窓から見えているのは、たぶんほんの一部だ。それなのに、もう数える気が失せるくらい物騒なものがある。


 この人、メイド服の中に武器を仕込んでる。


 いや、仕込んでるってレベルじゃない。


 メイド服の中に、武器庫を着ている。

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