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限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
秘密と絆の学院生活

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聖堂院生活、わりと順調です。たぶん


 聖堂院での生活は、思っていたより順調だった。


 フォスティエ商会へ行ってから、一か月ほど。あれ以来、巨大鳥の魔物が出ることも、謎の女に声をかけられることも、家庭訪問という名の緊急会議が発生することもなく、私はわりと穏やかに過ごしていた。平和。いい言葉だ。できれば一生このままでいてほしい。


 イザベラとの登校にも、なんだかんだで慣れてきた。イザベラは相変わらずおかしい。おかしいのだが、私が慣れれば、周りも慣れるらしい。最近では、すれ違う生徒たちも「ああ、ソーカ家の使用人ね」くらいの反応になってきた。慣れって怖い。慣れって魔法。慣れって最強。



 聖堂院の座学は、聖典、算術、聖史、博物学、礼法あたりが中心である。一年生の授業は、まだゆるい。前世で一応高校生までやっていた身としては、内容自体はそこまで難しくなかった。少なくとも、授業中に眠気と戦う余裕があるくらいには理解できる。それなりの偏差値の高校だったしな。まあ、友達はいなかったけれども。……そこは今、掘らなくていいか。


 意外だったのは、実技の武術の授業がけっこう楽しいことだった。相変わらず強面のジェイド師範に、破剣式、鏡盾式、迅玉式の基礎を教わっているところだけど、私はいずれ鏡盾式を専攻しようかなと考えている。攻撃より防御。速さより受け流し。倒すことより、まず生き残ること。いかにも陰寄りの選択である。


 いや、いいでしょ? 生存重視、大事。


 それに、私に必要なのは、敵をかっこよく斬る技術じゃない。限界具現ゲンカイマテリアライズで出した武器を使うために、距離を取り、身を守り、生き延びる技術だ。ただ、逃げ足だけは迅玉式の歩法も覚えておきたい。


 ちなみにミーナちゃんは、たぶん普通に武術の天才だ。走るのも速い。反応もいい。身体の使い方が素直で、覚えるのも早い。ジェイド師範が振った木剣を、ミーナちゃんは一歩引くだけでかわし、そのままくるりと横へ回り込んでいた。陽キャって身体能力にも補正乗るの? 太陽の加護、やっぱあるでしょ。


 そのミーナちゃんに食らいついているのが、リリスだ。もともと習っていたのだろうか。動きが完全に経験者のそれである。ミーナちゃんが勢いでかわすなら、リリスは最初から当たらない位置にいる。涼しい顔で半身になり、木剣の軌道をほんの少しずらすだけで受け流していた。この授業に関しては、今のところこの二人が頭一つ抜けている。周りの生徒と実力差があるせいか、稽古の時も二人だけはジェイド師範に別メニューをやらされることがあった。ミーナちゃんは楽しそうにこなし、リリスは当然のように受けて立つ。


 その横で、アルガスは毎回ぎりぎりと歯を食いしばっていた。でも、ちゃんとシャーロットちゃんの面倒も見てあげている。木剣の握りが甘いと、ぶっきらぼうに手首の位置を直してやるし、足の運びが遅れると「そこは半歩早く下がれ」と小声で教えている。おい。乱暴者みたいな雰囲気を出しておいて、そういうところあるのかよ。


 そういえば、この二人は幼馴染で、授業中も休み時間もだいたい一緒にいる。もしかして、許嫁とかだったりするのだろうか。なるほど……しっくりくる。私の中の恋愛漫画脳が、勝手にページをめくり始めた。



 問題は魔法授業である。これが一番まずい。なにしろ私は、魔法が使えない。


 ただ、あの蜘蛛の件で限界具現ゲンカイマテリアライズのことを説明して以来、みんなはかなり協力してくれるようになった。ミーナちゃんは明るく場を流してくれる。エルヴィンはもっともらしい理屈をつけてくれる。リリスやアルガス、シャーロットちゃんも、変に突っ込まず助け舟を出してくれる。これだけ庇ってくれると、魔法授業もかなり乗り切りやすい。正直、救われている。前世の学校生活では、こんなに人に助けてもらった記憶がない。普通に情緒がバグる。


 ……ただし、それで魔法授業が安全になったわけではない。この前の魔法実習で、それははっきり分かった。魔導館で、実際に属性魔法を出し、どの程度操れるか確認する授業があったのだ。目の前でやれと言われたら、私は何もできない。


 私が内心で白目をむいていると、エルヴィンがすっと手を挙げた。


「ディディエ司祭。クロノさんは外で行わせた方がよろしいかと」


「外で、ですか?」


「はい。室内では危険です。防護壁のある広場なら、万一の時も周囲への被害を抑えられます」


 言い方。いや、助け舟なのは分かる。分かるけど、万一ってなに。私、そんな危険人物設定でいくの?


 ディディエ司祭は少し考えたあと、なぜか納得した。


「……そうですね。クロノさんの場合は、周囲との距離を取った方がよさそうです。では、最後に外で確認しましょう。防護壁の陰から行えば安全です」


 納得するんだ。


 そういえばディディエ司祭も、妙に私が逃げやすい形にしてくれる。母さんから何か聞いているのだろうか。この人、どこまで分かってるの?


 そうして、みんなの確認が終わったあと、私だけが魔導館の裏手にある実習用の広場へ移動した。広場の端には、防護用の石壁がいくつか並んでいた。胸の高さほどの石板が、少しずつずれて立っている。紅蓮魔法や剛岩魔法の実習で、炎や石片を防ぐためのものらしい。今だけは、その配置がものすごく心強かった。


 私は一番大きな石壁の陰に入り、そこから少しだけ横へ身をずらした。ここなら、魔導館の入口付近にいるみんなからは、私の姿は半分以上隠れる。見えるとしても、石壁の隙間から突き出した手元と、そこから噴き出す炎くらいだ。


 エルヴィンが魔導館の方から、わざとらしく声を張った。


「クロノさん、その位置でお願いします。火力は読みにくいので」


 助かる。たぶん、この位置なら向こうから私の姿は見えづらいのだろう。距離はある。防護壁もある。細かい形までは見えないはずだ。ほんと、あいつのこういうフォローだけは怖いくらい的確なんだよな。


 つまり、出して、撃って、すぐ消す。これなら、ごまかせるかもしれない。ここまで来たら、もうやるしかない。私は石壁の陰で、小さく息を吸った。


(お願い、今回も乗り切って……!)


 ここまでエルヴィンが場を作ってくれたからには、半端なものは出せない。小さな火では、魔法として見せるには弱い。かといって、派手すぎれば事故になる。つまり私は、事故にならない程度に派手な炎を出す必要があった。……今思えば、この時点でだいぶ判断がおかしい。


 私は頭の中から、昔、舐め回すように読んだミリタリー雑誌の記憶を引っ張り出した。戦争で使われた、火を吐く兵器。背負い式の燃料タンク。手元の噴射器。そこから伸びる管。知識としては分かっている。分かっているけど、それを実際に自分で背負うとなると話は別だ。


 私は限界具現ゲンカイマテリアライズで、火炎放射器を出した。


 次の瞬間、背中にずしんと重みが乗った。


「重っ……!」


 両肩に太い帯が食い込み、背中には円筒状の装置が固定される。さらに両手には、黒い筒状の噴射器。背中の装置から伸びた管が、手元のそれにつながっていた。


 まずい。分かってた。分かってたけど、実物が出ると圧が違う。これを長く見られたら、絶対に「魔法です」では済まない。火だ。火を出して、すぐ消す。炎さえ派手に出れば、みんなそっちを見る。私が何を背負っているかなんて、細かく確認する余裕はないはずだ。たぶん。……この“たぶん”が一番信用ならないんだけど!


 私は半ば反射で、石壁の隙間から筒先を前へ向けた。ほんの一瞬。本当に、火を見せるだけのつもりだった。


 結果。


 ごおおおおおおおおおおっ!!


 轟音とともに、炎が広場を舐めた。細い火柱なんてものじゃない。吐き出された炎は、私の想像よりずっと太く、ずっと長く、魔導館の入口側にある花壇まで一気に届いた。


「ぎゃああああああ!?」


 私が一番びびった。


 なにこれ。火力おかしい。いや、知識としては知ってたよ? 映像とかゲームで見たことあるよ? でも、実際に出すと想像の三倍くらい迫力がある。あまりの熱と轟音に、魔導館の入口付近で見ていた生徒たちが、わっと散るように後ずさった。悲鳴とざわめきが、少し遅れてこちらまで届く。


 いや、ごめん。驚かす気はなかったの。ただ、現代兵器を見くびっていただけなの。


 私は慌てて火炎放射器を消した。でも、一度ついた火はすぐには消えない。


「ちょ、消えない! 消えないんだけど!?」


 完全に自爆だった。


 ディディエ司祭だけでなく、近くにいた他の司祭まで駆けつけ、蒼氷魔法や水桶でなんとか消火してくれた。消火が終わった頃には、広場の一部が軽く焼け野原のようになっていた。


 エルヴィンが無言でこちらを見る。私は無言で目を逸らした。


 ミーナちゃんは目を輝かせていた。


「クロノちゃん、すごかった!」


「褒めないで! 今のは褒めちゃいけないやつ!」


 アルガスは悔しそうに拳を握っている。


「くそっ……俺の紅蓮魔法だって、あれくらい派手に……」


「いや対抗しないで!?」


 シャーロットちゃんは半泣きで、


「こ、怖かったですぅ……」


 と言っていた。ごめん。本当にごめん。


 そしてリリスは、私をじっと見ていた。


「……粗いですわね」


「評価するところそこ!?」


 ディディエ司祭は焦げた花壇と、うっすら黒くなった石壁を見比べてから、ゆっくりと息を吐いた。


「……今後、クロノさんの魔法実技は必ず屋外で行いましょう。事前申請、防護壁の使用、周囲の退避確認。この三つは徹底してください」


「はい……」


 条件が増えた。魔法実技というより、危険物の取り扱いである。


 その日から、私はあまり魔法実技を強く求められなくなった。たぶん、みんな思ったのだ。クロノに無理に魔法を使わせると危ない、と。誤解である。いや、結果だけ見ると誤解でもないのがつらい。


 つまり、私は聖堂院で意外とうまくやっていた。ただしそれは、私が魔法を使えるようになったからではない。みんなが助けてくれて、ディディエ司祭がなぜか深追いしてこなくて、ついでに周囲が勝手に「クロノ・ソーカは危ないから無理に魔法を使わせない方がいい」と思い込んでくれたからだ。


 ……うん。


 順調と言えば順調。ごまかし方として正しいかは、かなり怪しい。


 まじで火炎放射器はやばい。


 封印指定。


 自分の中で、そう決めた。



 そんな聖堂院生活の中で、フォスティエ商会の札遊びも、いつの間にか街に広がり始めていた。


 私の中ではトランプ。でも商品名は、フォスティエ商会がつけた「四紋札」になっていた。紅蓮、蒼氷、翠嵐、剛岩。四つの紋と数字が描かれた札。うん。いい名前だ。分かりやすい。


 最初に聖堂院へ持ってきたのは、もちろんエルヴィンだった。


「試作品です。よければ、皆さんで遊んでみてください」


 そう言って昼休みに机の上へ置いた瞬間、ミーナちゃんが釣れた。


「やる!」


 早い。釣り糸を垂らす前に、魚が自分から跳ねてきた。


 最初は神経衰弱だけだった。それが数日後には、アルガスが真剣に札の位置を覚えるようになり、リリスが「子どもの遊びですわね」と言いながら普通に勝ちに来るようになった。子どもの遊びだと思うなら、そんな本気で札を見ないでほしい。


 シャーロットちゃんは最初こそおそるおそるだったけど、慣れると七並べが妙に強かった。


「え、シャーロットちゃん、そこ止めるの?」


「す、すみません……でも、ここを止めると皆さん困るかなって……」


 困るかなって思って、ちゃんと止めるの怖い。この子、実は盤面を見るタイプだ。


 昼休みのたびに、机の上に四色の札が広がるようになった。さらに上級生まで興味を持ち始める。


「それ、最近中央通りで売ってる札だろ?」

「フォスティエ商会のやつ?」

「遊び方、教えて」


 気づけば教室のあちこちで、四色の札が広がるようになっていた。


 ……流行るの早くない?


 フォスティエ商会の本気が、ちょっと底知れない。


 エルヴィンはそれを見ながら、控えめに笑っていた。


「広がり方は、悪くありませんね」


「悪くないどころか、もう流行りかけてない?」


「まだです。ここからです」


「商人の基準が分からない」


 でも、こうして友達と過ごす時間は、びっくりするくらい楽しかった。休み時間に笑って、授業で慌てて、実技でへとへとになって、帰り道でどうでもいい話をする。前世の私からしたら、かなり信じられない生活だ。


 魔法は使えない。ごまかしていることも、まだ山ほどある。火炎放射器は封印指定になったし、四紋札はなぜか私の知らないところで広がっている。それでも、聖堂院生活は回っていた。


 友達がいて、授業があって、昼休みに遊びがあって、帰り道にはイザベラがいる。完璧ではない。安全でもない。たぶん、いろいろ間違っている。でも、悪くない。


 私はこのまま、しばらくはこんな日々が続くのだと思っていた。


 ――数日後、フォスティエ商会でまた事件が起きるとも知らずに。


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