私の能力の名前は――|限界具現《ゲンカイマテリアライズ》
次の日。
私は朝からずっと、胃のあたりが重かった。
授業は一応受けた。ノートも取った。司祭の質問にも、それっぽく答えた。表面上は、たぶん完璧だったと思う。
でも中身は、全然完璧じゃない。
頭の中では、昨日マークと決めた話し合いの段取りが、ずっとぐるぐる回っていた。全部は話さない。でも必要なことは話す。弱点は言わない。でも納得して隠してもらう。
……いや、その塩梅むずすぎない?
こんなの、ただ秘密をお願いする側の難易度じゃないでしょ。禁止ワードだらけで、自分の能力についてプレゼン会議やる感じじゃん。しかも失敗したら人生終了の可能性あり。
ゲームバランスが終わってる。
そして、放課後の鐘が鳴った瞬間。
私は腹をくくった。
⸻
場所は、旧校舎の端にある、今は使われていない小教室。
窓際の机を寄せて、私はその上に小皿と飲み物を並べた。もちろん、ただの秘密会議ではない。
マーク案――お菓子で釣って、「私と付き合うと得だよ」と空気で押し切る作戦である。
ソーカ家の厨房から持ってきた焼き菓子に加えて、こっそり限界具現で出した"現代のお菓子"――小袋のポテチやチョコも混ぜておいた。どう考えても浮いてるけど、もう知らん。こういうのは勢いだ。
秘密会議に買収用のお菓子を用意してる時点で、絵面がだいぶアホなんだよな……。でも、緊張して空気が凍るよりはいい。胃痛には糖分と塩分。たぶん。
最初に来たのは、予想通りミーナだった。
「クロノちゃーん! 来たよー!」
ばんっ、と扉が勢いよく開く。
「声でかい! 秘密会議だって言ったよね!?」
「だいじょうぶだよ、廊下だれもいないし!」
「その"だいじょうぶ"が一番信用ならないんだって!」
でもミーナは、机の上のお菓子を見るなり、ぱっと顔を輝かせた。
「えっ、なにこれ、会議っていうかお茶会じゃん!」
「そういう言い方をすると急に貴族っぽくなるな……」
次に入ってきたのはシャーロットちゃんだった。
「し、失礼します……あの、わたしも……いて大丈夫ですか……?」
「大丈夫だよ! むしろ来て!」
この子、呼ばれてるのに毎回"いていいですか"から入るの、もう小動物なんよ。かわいいけど、そのたびこっちが全力で「もちろん!!」って肯定しないといけない。
そのあと、エルヴィンが静かに入ってきた。一度足を止め、私たちの顔を見てから、もう一回だけ扉を開けて廊下を確認する。
いや待て。慎重なのは分かる。分かるけど、傍から見たら怪しさが跳ね上がってるからな?
席につきながら、やけにしみじみと言った。
「……ようやく。ようやくご説明いただけるのですね」
「説明っていうか……確認とお願いの会なんだけど」
「ええ、もちろん」
もちろんじゃないんだよなあ。その"もちろん"が一番怖いんだよなあ。
頭をかきながら、続いてアルガスが入ってきた。
「暇だったから来てやったぞ。本当はめんどくさかったんだけどな……」
そう言いながら、ちゃんと来るあたり、なんだかんだ気になってはいるんだろう。
「文句は言うけど、来てる時点で本当は優しいよね、あんた」
「うるせぇ」
席には座る。お菓子を見る。初めて見る妙な包みを、じっと睨む。警戒する。でも食う。
「なんだこれ、変なのにうめぇ!」
警戒心より食欲が勝つの、実にアルガスである。
最後に、リリスがきっちり時間通りに現れた。
「あら、皆さんお揃いで……。ずいぶんと濃い面子の集まりですわね」
「私は薄い生活を送りたいんだけどね」
「無理ですわね。あなた、普段はそんな顔をしてますけれど、やることはだいたい誰よりも目立っておりますもの」
「喧嘩売ってる?」
「事実を申し上げているだけですわ」
はいきた。会議前からピリつかせるのやめてもろて。
六人そろって、しん、と室内が静かになる。
私は一度、深呼吸した。机の端を軽く握る。手が少しだけ冷たい。
「……まず、昨日は隠してくれたのに、ちゃんと説明しないまま解散しちゃってごめん」
教室が、さらに静かになった気がした。そんな空気を壊すように、ミーナがすぐに口を開く。
「そんなの気にしなくていいよ!」
「気にするよ。めちゃくちゃ気にするよ。こっちは昨日からずっと気にしてるよ」
私がそう言うと、ミーナは「そっか」と少しだけしゅんとした。
シャーロットちゃんがおろおろした顔でこっちを見る。アルガスは腕を組んだまま。エルヴィンは静かに待っている。リリスは顎を少し上げたままだ。
「それで」
私は言った。
「私の、ちょっと変わった力について……全部は話せない。でも、みんなに知っておいてほしいことはある」
エルヴィンがごくりと唾を飲む。
いや、そこでテンション上がるな。
「最初からその力を隠さずにいれば、わたくしたちも張り合おうとはしませんでしたわ」
速攻で刺してくるのは、やっぱりリリスだった。
「昨日はこっちも冷や冷やだったの! 情報共有とかそこまで頭回ってなかったの!」
「それは……まあ、そうですけれど」
少し強く言いすぎたかと思ったけど、リリスはちょっとだけ引いた。珍しい。
私はもう一度、深呼吸した。
「昨日、私が出したあれ。変な灯りも、変な看板も、"灯火爆裂杖"も"灯火爆砕筒"も……あれは普通の魔法じゃない」
アルガスが眉をひそめる。
「普通じゃないのは誰が見てもそうだろうよ」
「その"普通じゃないもの"を、普通に見せてきたっていうのが、私が今までやってきたことなの」
「……は? どういう意味だ?」
「私は、聖堂院で学ぶことの前提になってる"普通の魔法"が使えない」
空気が、ぴたりと止まった。
ミーナが目を丸くする。シャーロットちゃんが息を呑む。アルガスがさらに眉を上げた。リリスの目が細くなる。そしてエルヴィンだけが、ほんの少し頷いた。
「やっぱり、そうでしたか」
「ちょっと待って。そこまで分かってたなら、あんたやばいわ」
「魔法を使うには、真言と魔力を操る必要があります。クロノさんには、その気配がありませんでした。状況証拠から推測は可能でしたので」
「さすが商人の息子……。その怪しみ力と推測力を持って私を見られたら、普通に詰むんだよね……」
私は机の上に置いていた焼き菓子を一枚手に取って、また置いた。落ち着かない。
「魔法が使えない。でも、入学してる。だから私は、別の力でごまかしてきた」
「別の力……」
シャーロットちゃんが小さく繰り返す。
「うん。昨日見たのが、それ。全部は言えないけど、"魔法じゃない何か"で今まで乗り切ってる」
リリスが腕を組んだまま、じっと私を見た。
「つまりあなた、入学試験の時から、魔法を使わずに、その"何か"で誤魔化してきたんですの?」
「……そうなるね」
「ここは貴族が魔法を学ぶための聖堂院ですのよ? ……馬鹿ですの?」
「知ってる!」
図星を突かれて、反射で返してしまった。これからお願いする立場なのに、今まで溜めていたものが一気に爆発する。
「知ってるよ! そんなの一番私が知ってる! でも言えるわけないでしょ、こんなの! "実は魔法使えません、変な力でやってます"って、どのタイミングで言えばいいの!? 入学初日!? 自己紹介の次!? "趣味は読書です、あと魔法使えません"って!?」
少し大きくなった自分の声に、自分でびっくりした。
教室がまた静かになる。
うわ、やった。感情が漏れた。
と思った、その時。
「でも、昨日は助かったよ」
ミーナが、まっすぐに言った。
「その変な力を持つクロノちゃんがいてくれたから、シャーロットちゃん助かったし、みんな無事だったんじゃん」
う。その言い方はずるい。
シャーロットちゃんも小さく頷いた。
「わ、わたしも……感謝しています。クロノさんが来てくださらなかったら、たぶん……」
そこまで言って、口をつぐむ。顔色が少しだけ悪くなった。
「いやその、うん。あれはほんと間に合ってよかったんだけど、今の問題はそこじゃなくて――」
「つーか」
アルガスがだるそうに口を挟んだ。
「そんなの隠して生きるの、めんどくさくねぇの?」
「めんどくさいよ!!」
私は即答した。
「めんどくさいし、怖いし、胃に悪いし、毎回寿命削ってる気がするよ! でもそうしないと終わるんだって!」
アルガスは、私の荒い口調にも物怖じしなかった。むしろ真っ直ぐこっちを見て続ける。
「……普通の魔法よりすげぇことできんのに、隠すのは異端審問が怖いからか?」
「いや、お母さんやお父さんを悲しませたくないから。異端審問の件は、実は私もあんまりよく分かってない」
アルガスは肩をすくめた。
「灯火の聖女の娘でソーカ家なんだから、なんとかなんだろ。もう大っぴらにしちまえよ」
そこで初めて、リリスの表情が少しだけ変わった。怒っている顔じゃなくて、考えている顔だ。
「いえ……逆ですわ、アルガス。むしろ、大っぴらにできるわけがありません。その力を隠して、魔法を使える振りをしているのは、灯火の聖女の娘で、ソーカ家だからこそですわ」
ぽつりと続ける。
「貴族で、魔法が使えない。それはこの世界では弱者と同じ。いいえ、場合によっては弱者よりも厄介な立場ですわ。それを隠して聖堂院にいるのは、たしかに軽い話ではありませんわね」
私は少しだけ息をついた。
私の立場になって分かってくれるのは、意外にもリリスだった。分かってくれる相手がいるのは、やっぱり助かる。
「だから、私から一生のお願いがある」
私は五人を見回した。
「私はできれば、目立たないように過ごしたい……。昨日みたいなことがまたあったら、見なかったふりじゃなくて、一緒に隠してほしいんだけど……駄目かな?」
「もちろん!」
ミーナが一番に手を挙げた。早い。軽い。でもこういう時は、その軽さが救いなんだよな。
「わ、わたしも……守ります……」
シャーロットちゃんが続く。
「めんどくせぇけど、しゃーねぇな」
アルガスは眉間を掻きながら言った。
「いいでしょう。ただし、次からはもっと上手くやりなさいな。そして、その能力を用いたとしても、いつか追いついてみせますわ」
まだ張り合う気満々じゃん。
最後にエルヴィンが、静かな声で言った。
「では今後も、ボクは守る側として動きます」
……ちょっとだけ重い。でも今は、それが頼もしくもあった。
「ありがとう」
口にした瞬間、なぜか視界が少しにじんだ。私は慌てて袖で目元を拭い、机の上のお菓子をみんなの方へ押し出す。
「え、えーと、その……これは会議のお礼っていうか、これからよろしくっていうか」
「買収だね!」
ミーナが元気よく言った。
「言い方ァ!」
私は思わず顔を押さえた。
よし。誤魔化せた。
……と思ったけど、シャーロットちゃんは泣きそうな顔でこっちを見ているし、リリスはそっと目を逸らしているし、アルガスは気まずそうに頭をかいていた。たぶん、全然誤魔化せてない。
「いやでも実際そうだから否定できない……。とりあえず食べて。あとで、私の能力もちゃんと見せる」
そこからしばらく、私たちはお菓子を食べながら他愛ない話をした。ミーナは見たことのない包みにいちいち感動し、アルガスは警戒していたくせに誰よりも手が早く、シャーロットちゃんは小さく割って大事そうに食べていた。リリスは最初こそ上品に眺めていたけれど、結局一枚つまみ、エルヴィンは袋の裏までじっくり観察してから口に運んだ。
食べ方に性格出るなあ……。
少しだけ空気がやわらいだところで、五人の視線が、いっせいにこっちへ集まった。
う、やめて。そんな注目されると余計緊張する。
でも、ここで引いたらだめだ。
私は手のひらを上に向けて、小さく息を吸った。
「私の能力の名前は――限界具現」
あえて少しだけ間を置いて言う。こういうのは演出が大事だ。
「女神様に頼むことで、女神様の世界の物をこの世界に呼び出すことができる――ってことにしとく」
「ってことにしとく、ってなに!?」
ミーナが笑う。
「細かいことは気にしない!」
私はそう言って、意識を集中した。
教室の空気が、ふっと静まる。
風が止まったわけでもない。音が消えたわけでもない。なのに、その一瞬だけ、世界が息を潜めたみたいに感じた。
指先の奥に、あの感覚が集まってくる。この世界の魔法とは違う。詠唱も、魔力の流れもない。もっと別の、言葉にしづらい何か。
頭の奥にある"向こう側"へ、細い糸を引っかけるような感覚。見えない扉の輪郭を、そっとなぞるみたいな感覚。
そして――開く。
ほんの一瞬だけ。
私にしか知覚できないはずの"異界との境目"が、薄い光の膜みたいに揺れた。教室の空気がわずかに震える。光とも違う。火とも違う。でも、確かにそこに"こちらではない場所"が触れたと分かる、奇妙な気配。
ミーナが、はっと息を呑む音が聞こえた。
アルガスの組んだ腕が落ちる。
シャーロットちゃんも目を見開いている。
リリスの表情から、いつもの余裕がほんの少しだけ消えた。
エルヴィンに至っては、瞬きすら惜しむみたいに見入っている。
ぽん、と。
軽い音とともに、私の手のひらの上にそれは現れた。
鮮やかな色の小袋。つるりとした、紙でも布でも革でもない質感。見慣れたロゴ。そして、中に詰まったじゃがいもの暴力。
ポテチである。
一瞬、誰も声を出さなかった。
派手な光が爆ぜたわけじゃない。巨大な武器を出したわけでもない。でも今、確かに"この世界にないもの"が、何の前触れもなく私の手の上に生まれたのだ。それはたぶん、普通の魔法よりずっと唐突で。だからこそ、余計に異質だった。
「おおーっ!」
最初に我に返ったのはミーナだった。
「これが昨日出したものと同じ能力!?」
「昨日のはもっと物騒だったけどね!」
アルガスが袋をつつく。
「なんか、見たことのない文字だよな」
「なんですの、この材質」
リリスが眉を寄せる。
「女神様の世界の物……? 本当に魔力の流れがありませんのね……」
「き、きれいな袋……この中に食べ物が?」
そして、かなり前のめりに食いついたのがエルヴィンだった。
「女神様の世界の物を召喚する力……! まさに、まさに聖女……! 素晴らしい! このお菓子は量産可能ですか? 一ついただいて、我が商会で研究してもよろしいでしょうか?」
「お前ほんとそこだな!?」
私はポテチの袋を抱え込んだ。
「今回は会議用! 商売用じゃない!」
「……ざ、残念です。では、食べ終わった後の袋はいただいても?」
「そこまでいくと執念だな!?」
教室に、ようやく笑いがこぼれる。
でも、エルヴィンの目だけは本気だった。この人、袋まで商材にする気だ。商人の業が深すぎる。
そしてそのまま、エルヴィンが静かに口を開いた。
「ですが、まだまだ色々確認したいことが」
きた。やっぱり来た。
「どの程度まで――」
「そこから先はだめ」
私が即座に止めると、エルヴィンは一瞬だけ黙った。……が、まだ何か言いたそうに唇が動く。しかし、その前にリリスがすっと口を挟んだ。
「クロノさんは、最初に"全部は話せない"とおっしゃっていたでしょう? 乙女の秘密に聞き入りすぎですわ」
アルガスも続く。
「昨日助けたからって、そこまで根掘り葉掘り聞く必要あるかよ」
珍しく二人の意見が揃った。エルヴィンは少し目を伏せてから、静かに言った。
「……失礼しました。ですが、秘密を守るなら、ある程度の把握は必要かと思いまして」
その言葉に、私は少しだけ力を抜いた。
ああ、これ、マークと同じ考え方だ。何を言っちゃいけないのか。何を隠すべきなのか。それが分からないままじゃ、守れるものも守れない。やっぱり、この子は頭がいい。怖いくらいに。
「全部は話せない。でも、必要な時は頼りたい。わがまま言ってるのは分かってる。でも、話せないのにも理由があるの……本当にごめん」
エルヴィンは私を見たあと、こくりと頷いた。
「分かりました。……では、今日のところはそこまでにしておきます」
よし。とりあえず今日は、危ない橋を渡らずに済んだ。たぶん。
ビッグサイズのポテチは、あっという間になくなった。
少しだけ和んだ空気の中で、ミーナがふと思い出したように言った。
「そういえばさ、次の実技の三大流派の授業も班ごとだったよね!」
その瞬間。
シャーロットちゃんの肩がぴくっと跳ねた。顔が、分かりやすくこわばる。
「だ、だって……私、身体動かすの得意じゃないから……実技、あの、その……」
声がしぼんでいく。
私は思わずリリスと顔を見合わせた。リリスも同じことを思ったのか、少しだけ眉を寄せる。
ただの「苦手」じゃないな。
アルガスはため息をついた。
「ったく……そんな苦手意識持つから余計にできなくなんだよ」
その雑な声音の奥に、ちょっとだけ心配が混じっているのを、私は聞き逃さなかった。
秘密会議は、ひとまず成功した。
昨日までは、"秘密を見られた"だけだった。今日からは、ちゃんと"秘密を預けた"のだ。しかも思っていたより、みんなちゃんと受け取ってくれた。
それは、ちょっとだけ泣きそうになるくらいには、うれしかった。
次のイベントが、実技不安で固まるシャーロットちゃんと、不器用に引っ張る気満々のアルガスなのは、だいぶ不安だけど。
でも、この六人でなら。
騒がしい毎日も、悪くない。




