マークとポテチと限界具現再び
マークとポテチと限界具現再び
洞窟を塞いで、司祭たちにしこたま怒られたあとの授業は、もうずっと上の空だった。
いや、無理でしょ。普通に。
怒られた直後に「では次、聖魔大戦の続きです。聖王の雷鳴魔法の覚醒、フェリシア平原での魔族との戦いから――」とか言われても、頭に入るわけがない。こっちはついさっき、中ボスと戦って洞窟を塞いできたばかりなのである。歴史の授業どころじゃない。
ようやく下校時間になり、私はミーナといつも通り別れて、一人で帰り道を歩いていた。
みんなが秘密にしてくれたのは、本当にありがたかった。そして――たぶん、この秘密はわりと本気で命に関わる案件だ。
どうやら、この世界には"異端者"というものがいて、そういう存在を裁く"異端審問"があるらしい。詳しいことはまだよく分かっていない。けれど、少なくとも「変な力を持ってる子、すごーい!」で済む空気じゃないのは、なんとなく伝わった。
つまり私は、うっかりすると人生終了しかねない秘密を、これから五人と共有していくことになってしまったのである。
そして……隠してあげる側の立場になったら、異端っぽい能力を持つ友達って、普通はちょっと距離を置きたくならない? 私だったら構える。「クラスメイトが急に、洞窟の入口を塞ぐような爆発する意味不明な筒を出しました」とか、普通に怖い。全力で逃げる。
そんな考えが、ずっと頭の中をぐるぐる回っていた。
今日はもう、これ以上脳みそを使いたくなかった。でも一人で抱えていたら、そのまま頭がパンクしそうだった。
頼りになる参謀に相談するしかない。
⸻
屋敷に「ただいまー」と入ると、使用人の「おかえりなさいませ」という、いつも通りの声が返ってきた。台所からはスープの匂いと、焼いたパンの香ばしさ。晩ごはんの準備をしてくれているのが分かる。
「イザベラ、ただいまー! 今日のご飯なにー?」
「本日は紫豆のスープと、羊肉の煮込みでございます」
「わー、楽しみ! いつもありがとう!」
そんないつものやり取りをしてから、私は階段を上がった。向かったのは、マークの部屋だ。
軽くノックすると、すぐに中から声がした。
「はーい。このノックは姉ちゃんかな? おかえりー」
扉を開ける。いた。
ベッドの上にだらっと座って、ゲームガールをやりながら、机には炭酸シュワシュワ。膝の上にはポテチの袋。ばりばり食べている。
この異世界で、小型ゲーム機と炭酸とポテチが定着しているの、たぶんこいつの部屋だけだろう。与えた犯人は私だけど。
いつも通りの、頼りになる参謀の姿を見て、ふっと力が抜けた。そしてその参謀であり、私の弟であるマークは、私の顔を見るなり手を止めた。
「うわ、なにその顔。ラスボス戦のあと?」
「……めちゃくちゃ当たってんだけど。でももっと日常に寄せた例えしてくんない?」
「じゃあ、友達と喧嘩したか、司祭に怒られたあとかな」
「だいたい合ってる」
私は演劇みたいな勢いでマークの部屋に崩れ落ちた。
「マジで終わったかもしれない……」
「また?」
「今度はわりと本当に」
「姉ちゃんの"マジで終わった"って、だいたいまだ終わってないやつなんだよね」
こんなに大仰に悲劇のヒロインを演じているのに、一個下の弟のくせに妙に冷静なことを言いやがる。
私は荷物を置いて、マークの向かいに座った。ぱっちり二重で、少し生意気で、でも分かる人には分かるくらいには心配そうな顔をしている。
なんなんだ。この、こっちの力が抜ける感じは。
座った瞬間、みんなの前で強がって我慢していたことも、不満も不安も、全部洗いざらい話したくなった。
「聞いて」
「うん」
「急遽、洞窟で巨大蜘蛛と戦うことになったんだけど、前世の名物看板で封じて、ショットガン撃って、最後ロケットランチャーで入口塞いだのが司祭にバレた」
マークがポテチを咀嚼するのをやめた。
「……前半の意味は半分くらい分かるけど、後半はたぶん怒られるやつだね」
「めちゃくちゃ怒られた」
「そりゃそう。てか雑すぎる。ちゃんと最初から説明して」
そこから私は、今日の顛末を一気にまくしたてた。薬草の採取実習があったこと。危険区域に入ったリリス班を、ミーナに促されて追いかけたこと。シャーロットちゃんが蜘蛛に捕らえられていて、もう出し惜しみしている場合じゃなくなって、いろいろ出したこと。結果的に五人に能力を見られたこと。司祭にバレそうになった時、エルヴィンがとっさに証拠を埋めてくれたこと。司祭には怒られたけど、リリスを筆頭にみんなが庇ってくれたこと。
そして、アルガスが致命的に嘘の下手な男だったこと。
話し終えた頃には、私の息がちょっと上がっていた。
マークは袋からもう一枚ポテチをつまんで、もしゃもしゃ食べながら考え込む。
「ふーん」
「反応うすっ」
「いや、整理してんの」
「こっちは今日一日ずっと整理追いついてないんだけど」
「それは知ってる。姉ちゃん今、テコリスでいうと上まで積み上がってそうな顔してる」
いちいちゲームで例えるなよ。テコリスは楽しいけども。
でもマークは、すぐにふざけるのをやめた。
「姉ちゃん、これさ」
「うん」
「一個ずつ消していくしかない」
「……うん」
「もう、中途半端に隠す方が危ないよ」
私は少しだけ眉をひそめた。
「……でも、全部話すの怖いよ」
「全部じゃなくても、要点だけでいいと思うけど」
マークはポテチの袋を閉じた。この子が食べるのをやめる時は、だいたい少し真面目な話だ。
「秘密ってさ、ちゃんと伝えきれてないと、隠し通すのってむずかしいんだよ」
「え」
「何を言っちゃダメなのか、何を隠せばいいのか、分かんないから」
……あ。それは、ちょっと分かる。
私は今まで、"隠す"ことばっかり考えていた。でも、もうあの五人は見てしまっている。見たのに、よく分からないまま黙っていてもらう。それってたしかに、かなりもやもやする。
「五人とも、もう限界具現を発動したところ見ちゃったんでしょ?」
「うん」
「だったら次は、理由を話して、一緒に秘密を守ってくれる側になってもらった方がいい」
マークは、当たり前のことを言うみたいに諭した。
「能力の正体を全部話さなくてもいいよ。でも、この聖堂院じゃ致命傷になる"魔法が使えない"ことと、"その代わりにこのおかしな力でごまかしてる"ってことは共有しないと」
「……そこまで言って大丈夫かな?」
「友達になったんなら、ちょっとは信じなよ」
その一言が、やけにまっすぐ胸に入った。
私は、しばらく黙った。
リリスの、少しだけ気まずそうな横顔。ミーナの、脳死の即答。シャーロットちゃんの、真摯な頷き。アルガスの、ぶっきらぼうな協力。エルヴィンの、静かな計算。
それぞれ思惑はあるんだろう。でも、たしかにあの場で、みんな私を守ろうとしてくれた。
「……放課後、呼び出して話す」
「うん」
「でも何て言えばいいんだろ」
「そこは作戦会議兼、会合でしょ。隠してもらうんだから、お礼もしなきゃ。異世界の美味しい物でも出して釣るんだ」
なるほど。要するにいつもやっている姉弟会議である。この弟、こういう時本当に頼れるんだよな。
「まず、"姉ちゃんの能力は魔法じゃない"って言う」
「うん」
「で、転生したとか前世の話とかはややこしいから、"女神のお告げの品を呼べる"で逃げる」
「雑だけど正しいな」
「雑なのは姉ちゃんの専売特許でしょ」
「誰が雑だ」
「"灯火爆裂杖"だっけ? 母さんを出汁に使った名前が、雑じゃないとでも?」
「うぐっ」
痛いところを突くのやめて。
「それで、魔法は使えないけど"その代わりにこの力でやり過ごしてる"から内緒にしてほしいってお願いする。転生して前世の知識があることも、回数制限があることも、出した物を消せることも言わない。そこは弱点になるかもしれないからね」
「……そうだね。そこは黙っとく」
「ミーナちゃんには、ノリで広めそうだから"秘密ミッション"とか"秘密クエスト"って言えばたぶん守る」
「それは分かる」
「アルガスくんには理屈いらない。"黙ってて"でいい」
「それも分かる」
「シャーロットさんには丁寧に、安心させるように話す」
「あの子は、私の言うことを信じてくれる気がする」
「リリスさんには、"ゼルファス家の令嬢なら、貴族で魔法が使えない重みも分かるでしょ"って感じで振る」
「……マーク……あんた凄すぎ。会ったことないのによくそこまで考えられるわ」
「でも、この件で一番理解が早くて、一番の味方みたいな顔して、一番危険そうなのはエルヴィンくんだよね」
そこでマークが少しだけ難しい顔をした。
「……エルヴィンくんにはあんまり情報をあげすぎない方がいい。期待させちゃうし、絶対、商売にすると思う」
「わかる。ものすごくわかる」
あいつ、今日助けてくれたし悪いやつじゃない。でも同時に、隙あらば解析して市場に流そうとする計算高さも持っている。
「ありがとう、マーク」
「どういたしまして」
「……ほんと、こういう時は頼りになるね」
「"こういう時は"ってなに?」
「普段はポテチの袋を増やす係」
「重要じゃん」
その時、使用人のノックの音がした。
「クロノ様、マーク様、晩御飯の支度が整いましてございます」
夕飯だった。
私はようやく、自分がずっと肩に力を入れていたことに気づいた。家のごはんの匂いって、なんでこう、問答無用で"今日も生きてる側"に引き戻してくるんだろう。
⸻
食卓には、父さんと母さんがいた。
湯気の立つスープ。豆と肉の煮込み。焼きたてのパン。そしてマークの前には、なぜかベーコンの山。
「マーク、さっきポテチ食べてたのに、さらに山盛りベーコン食うんか」
「ベーコンは僕の主食だからね」
「主食っていうか脂やろ。だから太るんだよ」
「少しだけふくよかなだけだよ」
「あんた賢いけど、ほんと健康が心配だわ」
そんな二人のやり取りに、父さんが口を挟んだ。
「お父さんも子どもの頃、太ってたぞ」
「今も太ってるじゃん」
母さんがさらっと言った。父さんが苦笑する。
「お父さんを馬鹿にしないの。西の神殿騎士団にいた頃は、痩せていて、すごく強くて、かっこよかったんだから」
……し、神殿騎士団?
西の神殿騎士団って、この国の最高峰の騎士団じゃなかった?
「え? ずっと司祭やってたんじゃなかったの?」
父さんが少し笑う。
「ああ。怖がるかもしれないからって内緒にしてたけど、二人とも心配なさそうだからね。それに、母さんに言わせると僕の威厳もだいぶ落ちてるらしいし、もういいかって」
「え、想像できないんだけど……」
「それでいいよ。剣を振るうのは好きじゃなかったし、今は司祭の方が性に合ってるからな」
このふくよかな父さんが騎士だった姿を想像して、少しだけ笑ってしまった。
席につく。法国式の食前のお祈りをして、少し雑談をして、一息ついた時だった。
母さんが優しく聞いてくる。
「聖堂院はどうかしら?」
一瞬だけ、私は止まった。頭の中に、今日の出来事が全部よぎる。蜘蛛、爆発、秘密。庇ってくれたみんな。
私はちゃんと答えた。
「……絶好調だよ。お母さん、お父さん」
母さんは少しだけ目を細めた。父さんは穏やかに頷く。この反応、もしかしてもう何か聞いてるのかもしれない。
父さんがいつもの調子で言う。
「それは何よりだ」
マークだけが、向かいでじっとこっちを見ていた。あー、その「お父さんたちにも相談すればいいのに」みたいな顔やめろ。心配させたくないんだよ。転生者だなんて、口が裂けても言えないし。
「なに」
「別に。絶好調なんだなって」
「そうだよ」
「なんか疲れた顔してるけど」
私は無言で足を蹴った。
「いたっ」
「仲良くしなさい」
母さんが呆れた声を出す。父さんはスープを飲みながら、のんびり言った。
「仲が良いほど喧嘩するってな」
「よくない」
私が即答すると、マークもすぐに首を横に振った。
「よくないね」
屋敷ではいつも一緒にいるせいか、父さんにはそれが余計におかしかったらしい。声を出して笑うと、母さんもつられたように少し笑った。
その空気が、なんだかすごくあたたかかった。
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食事のあと、自室に戻って窓の外を見た。
夜の空気はひんやりしていて、頭の熱を少し冷ましてくれる。
明日は、五人に話そう。全部じゃなくていい。でも、守ってもらうために必要なことは、ちゃんと。
昨日までは、"秘密を見られた"だけだった。でも明日からは、マークみたいに"秘密を一緒に守ってくれる味方"になるのかもしれない。
そうなれば、思っているよりずっと心強いものになるだろう。
……たぶん。
私はちょっとだけ窓を開けて、夜風を顔に当てた。
また胃が痛くなる予感がするけど、まあ、今日はよく生き延びた。
それだけで、十分だった。




