秘密は五人で埋めましょう
友達ができて、これから楽しくなると思ったんだけどな……。そんな、わりと本気でしょんぼりした結論にたどり着きかけた、その時だった。
隣で、エルヴィンがすっと前に出た。地面へ片手をかざす。
「土よ、割れろ――《土穴》」
ぼこっ。
私たちの足元のすぐ横に、妙にきれいな長方形の穴が口を開けた。
「えっ」
私は穴を見たあと、エルヴィンを見る。そしてもう一回、穴を見る。
「クロノさん」
エルヴィンは、いつもの落ち着いた顔で言った。
「ここへ埋めるのです」
「え、なにを?」
思わず聞き返したけれど、エルヴィンの視線はずっと私に向いていた。たぶん、私がこの力を隠したがっていることにも、もうとっくに気づいていたんだろう。
「もちろん、この武器たちです」
その瞬間、遠くから先生たちの声がした。
「こちらです!」
「煙の近くに子どもたちがいます!」
「早く!」
終わる。本当に終わる。私が青ざめていると、エルヴィンはちらっとショットガンとロケットランチャーを見て、静かに言った。
「クロノさんは、これを見られたくないのでしょう?」
「……そりゃあ、そうだよ」
「なら急ぐべきです」
エルヴィンは、今度はみんなを見た。
「皆さんも、もう分かったはずです。クロノさんには、普通ではない力があります。そしてクロノさんは、その力を隠したがっている」
そこで一拍置いて、さらに声を低くする。
「これは、他人に知られていいものではありません。普通の魔法にも、普通の魔道具にも見えない。見た者がどう解釈するか分からない以上、異端者扱いされる可能性すらあります」
リリスが眉をひそめた。
「急に物騒な話をし始めましたわね」
「事実です。古い神話に残る“召喚魔法”と見る者もいるでしょうし、魔族の危険な術と見る者もいるでしょう。ですが、どちらにせよ、司祭方に見られれば説明が難しくなります」
エルヴィンは平然としていた。
「だから今やることは一つです」
そして、妙にきっぱりと言い切る。
「クロノさんの能力は、ここにいる者だけの秘密にしましょう」
えっ。ちょっと待って。そこまで私の状況を察して、そんな真顔で言う? 感動するんだけど。最近ストーカーみたいで怖いとか思ってごめん。
ミーナが即答した。
「もちろん! クロノちゃんが隠したいならそうしよう! これ埋めればいいんだよね?」
返事が軽い。もう作業に取りかかろうとしている。行動が陽キャすぎる。
シャーロットちゃんは目をぱちぱちさせてから、小さく頷いた。
「わ、わたしも……言いません……。助けてもらいましたし……」
アルガスは面倒くさそうに頭をかいた。
「……そんなすげぇ力があるのに隠すとか、正気じゃねぇだろ」
言いながらも、特に反対はしない。
「でも、異端審問官にクロノが裁かれるのは気に食わねぇ」
異端審問官って。急に世界の治安が重い。でもまあ、協力してくれるってことだよね。
最後にリリス。腕を組んで、いかにも不本意そうに私を見たあと、ふっと目を逸らした。
「秘密にする義理はありませんわ」
あっ、これはダメなやつか。と思ったら、続きが来た。
「……ですが、今回は借りがあります」
小さく息を吐いて、リリスは言った。
「それに、せっかくできた友だ……コホン! いえ、ライバルですもの。絶対に口外しませんわ」
その一言で、私の肩からちょっとだけ力が抜けた。
「みんな……ありがとう」
素直にそう言うと、リリスは少しだけ気まずそうにそっぽを向いた。なんだよ。ちゃんと良いやつじゃん。
「では急ぎましょう」
エルヴィンが現実に戻してくる。
「司祭方が来るまでになんとかしないと、クロノさんが焦って、次は司祭方を吹き飛ばしてしまうかもしれません」
「そんなことせんわ!」
アルガスがショットガンを片手で持ち上げようとして、顔をしかめた。
「意外と重っ……! こんなの振り回してたのかよ、お前」
「振り回してはない! 撃ってたの!」
「撃つ? 似たようなもんだろ」
「似てねえよ!」
ミーナはロケットランチャーをずりずり押している。
「こっちは多分もっと重いー!」
「これ、爆発とかしませんわよね……?」
リリスもびくびくしながら聞いてきた。
「大丈夫、私しか使えないから!」
結局、アルガスがショットガンを穴に放り込み、ミーナがロケットランチャーをずりずり押し、エルヴィンが《土穴》を閉じて、さらに地味な魔法で地表をならした。あっという間に、証拠は土の下へ消えた。
すごい。証拠隠滅の手際がよすぎる。いや、喜んでる場合ではないのだが。
「よし」
エルヴィンが頷く。
「一見して分からないはずです」
「その“はず”が怖いんだけど」
そこへ、ついに先生たちが駆けつけてきた。
「皆さん!!」
先頭はディディエ司祭だった。その後ろに、他の司祭たちと上級生らしき生徒が何人かいる。みんな私たちの姿を見て、顔色を変えた。
「無事ですか!?」
「怪我人は!?」
「何があったのですか!?」
シャーロットちゃんはすぐに司祭に支えられ、追加の回復魔法を受ける。ミーナとアルガスも傷を見られ、リリスとエルヴィンも疲労の確認をされた。
私は、どこも変わったところはない。HPもMPも消耗していない。全くの無事である。主に精神がだいぶ死んでるだけで。
ただ、司祭たちが私を見て、ほんの一瞬だけ顔を見合わせた。それから小声で何かを話し始める。
……まあ、心配してくれているのだろう。
うん。
そういうことにしておきたい。
ディディエ司祭も、私たちを一人ずつ見て、それから崩れた洞窟入口を見た。表情が、珍しくかなり厳しい。
「……この洞窟を崩したのは、誰ですか?」
うわ。きた。
一瞬、誰も動かなかった。でも、ここで黙るのは違う気がした。
私は一歩出た。
「……はい。私です。ごめんなさい」
その瞬間、横にいた年配の司祭が目を細めた。
「これは大問題です。ソーカ家の令嬢であっても、見過ごせることではありません」
終わった。母さんごめん。ほんとにごめん。
そう思った時だった。
「お待ちくださいませ」
リリスが前に出た。えっ、なに?
リリスはぼさぼさの髪もそのままに、いつものように背筋を伸ばしていた。
「責められるべきは、まずわたくしたちですわ」
司祭たちがリリスを見る。その視線にも屈せず、リリスは堂々と言った。
「珍しいものを採れれば評価が上がると思い、わたくしたちは洞窟へ向かいましたの。その結果、大型の蜘蛛に襲われ、シャーロットが捕らえられましたわ。そこへクロノさんたちが助けに来てくださったのです」
リリスは私をちらっと見て、続けた。
「そして命からがら逃げたところ、蜘蛛が外へ出ようとしていました。それを防ぐため、クロノさんはやむを得ず洞窟を塞いだのです」
そして最後に、顎を少し上げた。
「責めるのであれば、このわたくしを」
……うわ。かっこよ。
全部正直に真っ直ぐ話せる度量。この神経、普通に憧れる。いつもは面倒くさいし、うるさいし、対抗心すごいけど、今のは普通にかっこいい。
「ですわよね、アルガス?」
急に振られたアルガスが、びくっとした。
「お、おう! そうだ! クロノはその、変な雷みてぇな壁とか、蜘蛛を吹っ飛ばすすげぇ音の杖とか、そういうのは……いや違ぇ! とにかく入口を塞いだだけだ!」
やば!! 全部言いかけてんじゃねえ!!
こいつ嘘言えないタイプだ!
リリスが即座に切り捨てる。
「アルガス、訳の分からないことを言わないでくださいまし」
「悪かったよ!」
シャーロットちゃんは、司祭の袖を握りしめて半泣きだった。
「ク、クロノさんが来てくださらなければ……わたし、ほんとうに蜘蛛の餌でした……!」
これは強い。実際そうだったし、何も言えない。
ミーナも一歩前へ出る。
「私がリリスちゃんたちを見つけて、クロノちゃんを誘ったんです。助けに行こうって言ったの、私です。だからクロノちゃんだけが怒られるのは変だよ」
うっ。ミーナ、そういう真っ直ぐなの反則だろ。
そして最後に、エルヴィンが前に出た。
頼むぞ、商人の息子の話術で、みんな怒られないように上手くまとめてくれ。
「そもそも、この洞窟は聖堂院が管理する実習林の範囲内にあります」
始まった。
「にもかかわらず、立入禁止であることは分かっても、どれほど危険か、内部に何があるのか、具体的な説明はありませんでした」
年配の司祭が眉をひそめる。何か反論しようとしたが、エルヴィンは止まらない。
「結果として、その危険性が分からず、リリスさんたちは突入しました。クロノさんの行動がなければ、被害はもっと大きくなっていたはずです。責任を問うべき点があるとしても、それは“助けたこと”ではなく、“危険な状況が放置されていたこと”ではないでしょうか」
つよ。何この子。ひ○ゆきか?
ディディエ司祭は少し目を伏せ、それから静かに言った。
「……その通りです」
えっ、認めた。
「説明不足でした。危険区域がどういう場所であるか、もっと明確に伝えるべきでした」
ディディエ司祭は、苦い表情で洞窟を見る。どこか、私たちを責めきれないような様子だった。
けれど、その横にいた年配の司祭は違った。崩れた入口と私たちを順に見て、厳しい声で言う。
「ですが、許可なく危険区域へ入ったことを、このまま見過ごすわけにはいきません」
うっ。そりゃそうだよね。
「詳しい事情は聖堂院に戻ってから改めて聞きます。保護者への連絡も必要になるでしょう」
その言葉に、リリスが少し肩をすくめ、アルガスも気まずそうに目を逸らした。
ディディエ司祭が、そこで静かに口を挟む。
「今は、救護と安全確認を優先しましょう。この場でこれ以上の追及をしている場合ではありません」
年配の司祭はまだ納得しきっていないようだったけれど、やがて小さく頷いた。
「……分かりました。全員、司祭の指示に従って戻りなさい」
よ、よかった……のか?
後ろにいた別の司祭が、崩れた洞窟の方を見ながら説明を始めた。
「この洞窟は、かつて霧絹蜘蛛を飼育し、霧絹糸を採取するために使われていた施設です。危険が大きいため、許可された専門の者しか入ることはありませんでした。今は閉鎖されていたはずですが……内部に個体が残っていたのでしょう。封鎖も説明も、不十分だったと言わざるを得ません」
やっぱそういう場所だったのか。
ディディエ司祭が重く頷く。
「霧絹蜘蛛を相手にして命があったのは奇跡です。二度と、許可なくこういう場所に近づいてはいけません」
その言葉に、全員が小さく返事をした。さすがに二度目はない。たぶん、できれば、ほんとに。
騒ぎが少し落ち着いた頃、私はちらっと五人の方を見た。リリスは眉間に皺を寄せている。アルガスは腕を組んで、上を見ている。シャーロットちゃんはおどおどしていて、ミーナはいつも通りにこにこしていた。そしてエルヴィンだけが、妙に静かだった。
先生たちが洞窟の様子を確認しようとして、少し視線が外れたその時、エルヴィンが小声で言った。
「埋めた二つは、後で僕が回収しておきます」
「えっ」
「このまま土に返すには惜しいので」
も、もしやこいつ、私を助けた理由って――。
「どんな原理か調べて商売する気でしょ!?」
「商人ですから」
うわ、否定しねえ。
明日になって限界具現がまた使えるようになったら、先に消してしまおう。絶対そうしよう。こいつに回収されて悪用される未来しか見えない。
でもまあ――エルヴィンの機転のおかげで助かった。多少怒られたけど、それで済んだ。能力の正体まではバレていない。そして、みんなが庇ってくれた。
秘密は増えた。胃痛も増えた。たぶん面倒ごとは、これからもっと増える。
でも――。
気づけば私は、もうこの五人を“ただのクラスメイト”とは思えなくなっていた。
リリスは相変わらず面倒くさいし、アルガスはうるさいし、ミーナは自由すぎるし、シャーロットちゃんは放っておけないし、エルヴィンはあざとい。ほんとに、ろくでもないクラスメイトかもしれない。
けれど、私の秘密をみんなで抱えて、いっしょに怒られて、いっしょに庇い合ったなら。
それはもう、たぶん――友達って呼んでいいんだと思う。
前世の私は、こういう時たぶん、少し離れたところから見てる側だった。巻き込まれないように、深く関わりすぎないように、一歩引いて、それで平気なふりをしてた。
でも今は違う。
面倒で、騒がしくて、胃が痛くて、全然思い通りじゃないのに。
それでも、ここにいたいと思ってしまった。
前世では知らなかった。面倒で、うるさくて、落ち着かないけど、なぜかあたたかい。
そういう青春ってやつが、もう始まっていた。




