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限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
ごまかしから始まる学院生活

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20/42

灯火爆裂杖、炸裂


 霧絹蜘蛛が、天井からすうっと一段下りてきた。


 でかいのに、音がしない。重さも感じない。まるで天井に張りついた影が、そのまま静かに落ちてきたみたいだった。蜘蛛って、こういうところが本当に嫌だ。


 私たちが飛び込んだ空洞は、前世の体育館くらいはありそうな広さで、天井もやたら高かった。背後にあるのは、今来た細い通路。正面奥の天井近くには親蜘蛛が張りつき、右奥の壁際ではシャーロットちゃんが糸に吊られている。その手前で、アルガスとリリスが何とか踏みとどまっていた。


 そして、糸は至るところにあった。天井から垂れ、壁から壁へ渡り、床すれすれを這い、空中を透明な線となって横切っている。まるで空洞そのものが、巨大な巣の中だった。


 しかも洞窟には、冷たい白い霧が薄く漂っていた。ただの霧じゃない。ライトで照らしても、透明な糸の輪郭がぼやける。アルガスの火でも糸がすぐには焼き切れないのも、たぶん霧絹蜘蛛の魔法だ。視界を悪くして、糸を隠して、糸そのものまで強くしている。


 その中で、小型蜘蛛が十匹以上蠢いている。小型といっても五歳児くらいはある。魔法は使ってなさそうだけど、十分すぎるほどでかい。気持ちが悪い。普通に無理。


 シャーロットちゃんは、糸に捕まったまま気絶している。アルガスは彼女を助けようと、火のついた棍棒を振るいながら少しずつ前へ進んでいるが、肩で息をしていた。


 そして、リリスは氷で蜘蛛の足元を固めているだけに見えた。でも、それだけじゃなかった。彼女が詠唱するたび、周囲へ蒼い魔力が薄く広がっていく。その魔力が、洞窟に漂う白い霧を少しずつ押し返していた。


 だから、まだ糸が見える。足元も見える。シャーロットちゃんが完全に凍りついていないのも、たぶんリリスが霧絹蜘蛛の魔法と拮抗しているからだ。


 この場がまだ崩れていないのは、リリスのおかげだった。


 ……この令嬢、マジですごい。


 でも、そのリリスですら、もうかなりきつそうだった。


 今日の限界具現ゲンカイマテリアライズの残り回数は五。少ない。全然安心できない。でも、ここでケチって誰か大怪我でもしたら、たぶん一生後悔する。


 私は唾を飲み込んだ。


「ちょ、ちょっと待って! 全員いったん私の声聞いて!」


 アルガスが火を散らしながら怒鳴る。


「何だよ!」


「口じゃなく、早く手を貸しなさい!」


 リリスも余裕が声から消えていた。


 わかる。この状況で“ちょっと待って”はだいぶ腹立つ。でも待って。頭の中では今、めちゃくちゃ高速で作戦会議してるから。


 優先すべきは、シャーロットちゃんの救出だ。聖光魔法が使えるシャーロットちゃんは、この場で唯一のヒーラー。回復役が落ちたままでは、誰かが大怪我した瞬間に詰む。だから、最初にシャーロットちゃんを戻す。


 その次に、小蜘蛛を減らす。


 親蜘蛛は倒すんじゃない。リリスに足止めしてもらって、その隙に全員で入口側へ逃げる。生きて帰れば、それで勝ちだ。


 隣でエルヴィンが静かに言った。


「この状況で全体を見られているのは、クロノさんだけです。指示をお願いします」


 ミーナが当然みたいにうなずいた。


「うん、クロノちゃん司令ね!」


 リリスが蜘蛛の脚を凍らせながら歯ぎしりする。


「……今回は聞きますわ! 早くなさい!」


「ミスったら承知しねぇからな!」


「責任だけ重っ!」


 前世から数えたらそこそこ大人だ。腹をくくるしかないのもわかる。でもなんで私が、異世界でMMOのレイドリーダーみたいなことをやらなきゃならないんだ。


 でも、文句を言ってる暇はない。


 私はライトを構え直した。入口側にいる私たちから、右奥で吊られているシャーロットちゃんまではかなり距離がある。


 アルガスとリリスが押し進めてくれたおかげで、かろうじて通れそうな隙間はある。でも、その道にも小蜘蛛の細い糸と、親蜘蛛の太い糸が何本も残っていた。


「リリス! 霧、もう少し押さえられる!?」


「誰に言っておりますの!」


 リリスが歯を食いしばりながら片手を広げる。


「凍てつく霧よ、我が氷に従いなさい――《氷域制御》!」


 洞窟に漂っていた白い霧が、ほんの少しだけ薄くなった。はっきり見えた。シャーロットちゃんを縛っている糸、横から小蜘蛛たちが吐き出している細い糸、そして親蜘蛛の前脚から伸びる、ひときわ太い糸。


「アルガス! シャーロットちゃんの近くの糸だけ焼いて! 火をもっと絞って!」


「無茶言うな! 細くしたら熱が集中して、シャーロットまで焼けるかもしれねぇだろ!」


「リスクは承知! でも今はそれしかない! うまくやって!!」


 アルガスの顔が一瞬むっと歪む。でも次の瞬間には、短く詠唱していた。


「燃えよ、走れ、紅の鞭――《火走》!」


 細く絞られた炎が鞭みたいに走り、シャーロットちゃんを縛っていた糸の束の一部を焼いた。じゅっ、と白い糸が焦げる。でも、切れない。親蜘蛛の糸だけが妙に硬い。霧絹蜘蛛の魔法で凍るように強化されているらしい。


「くそっ、焼けねぇ!」


「もう一回! 同じ場所!」


 アルガスがもう一度、細く絞った炎を走らせた。


 じゅっ、と白い糸が焼ける。今度は、切れかけた。


 シャーロットちゃんの体が、ぐらりと落ちかける。でも最後の一本だけがまだ残っていた。細い糸が限界まで引き伸ばされ、ぎちぎちと嫌な音を立てる。


「落ちる!」


 私が叫ぶより早く、ミーナが飛び出していた。


「私が行く!」


 速い。ほんとに速い。判断してから動くんじゃない。もう体が先に動いている。


 でも同時に、霧絹蜘蛛がぎち、と顎を鳴らした。まるで獲物を奪われまいとするみたいに、親蜘蛛の前脚が動く。周囲の小蜘蛛たちも一斉に向きを変え、シャーロットちゃんの落下地点へ群がろうとした。


 右奥へ走るミーナ。その正面には落ちてくるシャーロットちゃん。上からは親蜘蛛の脚。左右の壁からは小蜘蛛。完全に挟まれかけている。


「リリス! 親蜘蛛の前脚、止めて!」


「言われなくても、もうやっております!」


 リリスが両手を突き出す。


「凍てよ、絡みつけ――《氷鎖》!」


 蒼い霜が親蜘蛛の前脚を這い、関節を一瞬だけ鈍らせる。でも霧絹蜘蛛も蒼氷属性だ。完全には止まらない。ぎち、と嫌な音を立てて、ゆっくり力で押し返してくる。


 私とエルヴィンも、ミーナを追って空洞の中央付近まで踏み込んでいた。


「エルヴィン! 小蜘蛛の進路ずらして!」


「承知しました」


 エルヴィンが手をかざす。


「土よ、立て――《土壁》」


 ざざっ、と低い砂の壁が立ち上がり、右側から走ってきた小蜘蛛たちの突進をわずかにそらした。倒し切るほどじゃない。でも、飛びつこうとする角度を狂わせるには十分だった。


「アルガス! 左から来る糸、焼いて!」


「ちっ、注文が多いんだよ!」


 アルガスが火をまとわせた棍棒で、左側から伸びてきた白い糸を叩き焼く。


 リリスが上を止め、エルヴィンが右をずらし、アルガスが左を焼く。そのほんの一瞬の隙間を、ミーナが駆け抜けた。


 冷たい霧の中でも、ミーナは止まらない。蜘蛛の攻撃を避ける時の体重移動が、もう完全に「体で戦う人」のそれだ。翠嵐魔法の適性って、こういう身の軽さにも関係あるんだろうか。だとしたら、才能ってずるい。


 ミーナは糸の隙間を滑り込むように抜け、落ちてくるシャーロットちゃんの下へ飛び込んだ。


「シャーロットちゃん!」


 両腕を伸ばし、落ちてきたシャーロットちゃんの体を受け止める。でも勢いまでは殺し切れない。


「っ、重っ……!」


 そのまま二人まとめて転がった。位置は、まだ空洞の右奥。私たちがいる入口側までは遠い。


 ミーナがシャーロットちゃんを揺さぶる。返事はない。でも、生きてる。


 ただ、腕や足にはまだ白い糸が絡みついていた。このままじゃ、連れて逃げられない。


「アルガス、もう一回右! そこまだ残ってる!」


「ちっ、わかってるよ!」


「細かく見えてるのは私だけなんだよ!!」


 ライトで照らすと、見える。透明な糸が。リリスが霧を押さえてくれているから、かろうじて見える。アルガスがもう一度火を飛ばし、ミーナがその隙にシャーロットちゃんの腕を引っ張る。


 糸が、べり、と剥がれた。これでようやく動かせる。


 そう思った瞬間、小蜘蛛が三匹、横から跳んだ。ミーナとシャーロットちゃんが入口側へ戻ろうとする進路を塞ぐように。


「来る!」


 エルヴィンが土を崩し、一匹の踏み込みをずらす。二匹目は、アルガスが火をまとわせた一撃で横から叩き飛ばした。最後の一匹は、ミーナが体をひねって避ける。


「っあぶな!?」


 それでもシャーロットちゃんを抱えたまま転がった。ギリギリだった。


「シャーロットちゃん、起きて! 自分に回復! 少しでいいから!」


 ミーナが半泣きで叫ぶ。シャーロットちゃんの瞼がぴくっと動いた。


「ひ、光よ……やさしく、満ちて――《癒光》……」


 淡い光が、シャーロットちゃん自身を包む。麻痺が完全には取れない。でも、指が動く。足が少しだけ戻る。


 よし、ヒーラー復帰。これでまだ詰んでない。


 ――そう思ったのが、甘かった。


 霧絹蜘蛛が、天井でぎちぎちと顎を鳴らした。


 ぞわっとした。


 次の瞬間、巣の奥から、わらわらと小蜘蛛が這い出してくる。増えた。増えたっていうか、呼んだ。完全に増援フェーズだ。


 ボスが雑魚を呼ぶの、ゲームだと一番嫌なやつなんだよ。


 さらに、白い霧が濃くなる。リリスの魔法でも抑え切れない。霧絹蜘蛛の蒼氷魔法が強まったのだ。ライトの光がぼやける。透明な糸がまた見えにくくなる。足元の石に霜が降り、踏み込むたびに靴底が滑りそうになった。


「……霧が濃くなりましたね」


 エルヴィンが冷静に言う。


「見ればわかる!!」


 もう十匹どころじゃない。床を、壁を、天井を、白く細い脚が一斉に走る。視界は悪い、糸は見えにくい、足場は滑る。


 普通に詰みかけている。


 ミーナがシャーロットちゃんをアルガスに預け、入口へ戻る道を守るように前に出た。


「クロノちゃん、私が殿になる。みんなと一緒に逃げて! すぐ追いつくから!」


「ミーナ!」


 ミーナは朽ちた剣を構え、小蜘蛛の群れに突っ込んだ。一匹目を叩く。二匹目を蹴る。三匹目を避けざまに切り払う。


 強い。普通に強い。でも、数が多すぎた。


 一匹一匹が重い。速い。糸も吐く。跳ぶ。しかも冷たい霧で距離感が狂う。ミーナが四匹目を叩いた瞬間、横から来た一匹が肩にぶつかった。


「きゃっ!」


 体勢が崩れる。さらに二匹、さらに三匹。


「ミーナ!」


 剣で受ける。でも押し返しきれない。次の瞬間、大きい一匹が正面からぶつかって、ミーナの体が吹き飛んだ。


 床に叩きつけられる。


 鈍い音がした。


 私の頭の中が、一瞬だけ真っ白になった。


 出し惜しみとか言ってる場合じゃない。


 ミーナがうめきながら起き上がろうとする。でも、小蜘蛛はもう次を跳ぶ態勢だ。


 リリスは親蜘蛛の動きと霧を押さえるだけで精一杯。アルガスとシャーロットちゃんは、まだ右奥から中央付近へ戻りきっていない。エルヴィンの剛岩魔法だけでは、押し寄せる小蜘蛛を止めきれない。


 誰か一人でも崩れたら、終わる。


 退路は背後にある。でも、そこまでの間を小蜘蛛が埋めようとしている。


 これはもう、無理だ。


 私は腹の底で、何かが切り替わるのを感じた。


「全員!! 入口側へ下がって!! 私の後ろまで走って!!」


 自分でもびっくりするくらい、大きい声が出た。


 小蜘蛛たちが一瞬ひるむ。みんなも、私を見る。


 ミーナが泣きそうな声で言った。


「下がったら押し込まれちゃう!」


「どうすんだよ!?」


「何をする気ですの!?」


「説明してる暇ない! 下がったらすぐ伏せて! 目を閉じて、耳を塞いで!!」


 私は右手を前に出した。隠すとか、ごまかすとか、そんな余裕はもうない。


 必要なのは、一瞬だけの隙。小蜘蛛の群れを止めて、みんなを入口側へ下がらせるための、一瞬。


 頭の中で、形を思い浮かべる。金属の筒。安全ピン。炸裂する光。


 空気が、ぐにゃりと歪んだ。


 次の瞬間、私の手の中に、黒い閃光弾が現れる。


「一回きりの目くらまし聖具だから!! 全員、目を閉じて伏せて!! 信じて!!」


「なんだそれ!? 何する気だよ!!」


 でも、エルヴィンは迷わなかった。


「従いましょう!」


 その一言で、みんなが動いた。


 リリスが親蜘蛛を縛っていた氷を捨てる。アルガスが糸を焼く手を止める。エルヴィンも小蜘蛛の足元を崩していた手を引いた。


 一瞬だけ、押さえ込んでいたものが全部ほどける。


 親蜘蛛の前脚が動き、小蜘蛛たちが一斉にこちらへ向きを変えた。


「走って!!」


 私が叫ぶと、全員が入口側へ駆け出した。


 ミーナがシャーロットちゃんの腕を引き、アルガスがその体を支える。リリスは振り返りながら最後に氷を一枚だけ張り、エルヴィンが足元を滑らせないよう土を固める。


 みんなが私の背後へ滑り込むように集まった。


「伏せて!!」


 リリスが舌打ちしながら身を低くする。ミーナもシャーロットちゃんを抱えるように伏せた。アルガスは二人を守るように覆いかぶさる。エルヴィンは最後尾に小さな土壁を立て、その陰に身を沈めた。


 私は顔をそむけ、片腕で目元を覆った。そして、投げる。ころん、とそれは空洞の中央へ転がった。


 ごめん世界観! でも今は命が先だ!


 次の瞬間。


 ぴかぁぁぁぁぁああああん!!!


 光。音。反響。


 洞窟の中が、真っ白になった。耳の奥まで殴られたみたいな衝撃が走る。目を覆っていても、視界の裏側が白く染まった。冷たい霧ごと、白い閃光が洞窟を塗り潰す。


 小蜘蛛が一斉にひっくり返った。親蜘蛛も脚をばたつかせて、ぎちぎちと悲鳴みたいな音を立てる。


 効いてる。霧も一瞬、吹き飛んだ。


 よし。ここだ。


 ふらつく足を踏ん張る。必要なのは、精密射撃じゃない。この距離で、この数を、まとめて止める火力だ。


 頭の中に、前世で何度も使った武器の感覚が浮かぶ。黒い銃身。太い銃口。近距離戦で道をこじ開けるための、散弾の暴力。


 空気が、ぐにゃりと歪んだ。


 次の瞬間、私の両手に、黒いショットガンがずしりと生まれた。


「母の秘蔵の魔道具、灯火爆裂杖……!」


「何ですのそれ!?」


「後で!!」


「それ、どう見ても杖じゃないですよね!?」


「魔道具だよ!! たぶん!!」


 小蜘蛛の群れが、光から立ち直り始める。親蜘蛛の霧も、また戻り始めていた。


 私は入口側へ半歩下がりながら、ショットガンを構えた。


 ゲームで何度も見た形。何度も使った感覚。なぜかこの世界でも、構え方と狙い方だけは自然に分かる。でも、それが逆に怖かった。画面越しじゃない。今、外したら誰かが死ぬ。そう思った瞬間、手の中の重さがまるで別物になった。


 装填数は四発。少ない。でも今は、これで道をこじ開けるしかない。


 引き金を引いた。


 一発目。


 ――ドォン!!


 洞窟の空気そのものが、殴られたみたいに震えた。入口側へ迫っていた小蜘蛛が、まとめて吹き飛ぶ。散弾が扇みたいに広がり、細い脚が砕け、黒ずんだ体液が飛び散った。


 二発目。


 ――ドォン!!


 入口付近に張りついていた糸の束が、ばつん、ばつんと何本も断ち切られる。霧みたいに張っていた糸の幕が、一瞬で穴だらけになった。


 三発目。


 ――ドォン!!


 天井から降りかけていた小蜘蛛が、まとめて叩き落とされる。洞窟の壁に、乾いた破裂音が何度も跳ね返った。


 四発目。


 ――ドォン!!


 正面奥からなおも迫ってくる群れを、まとめて吹き飛ばした。


 でも、まだいる。まだ、足りない。


 霧絹蜘蛛の霧が、また濃くなり始めている。残った小蜘蛛が、白い冷気の中で蠢いていた。


 銃の奥から、次の感触が消えた。


 弾切れ。


 弾だけ限界具現ゲンカイマテリアライズする? いや、遅い。私は反射的に、空になった灯火爆裂杖を投げ捨てた。


「えっ、何してますの!?」


「使い終わった!!」


「使い終わった!? 魔力切れですの!?」


「ま、魔力はまだある!!」


 限界具現ゲンカイマテリアライズ、二丁目。


 同じ黒い塊が、手の中にずしりと生まれる。灯火爆裂杖、おかわりである。こんなもの、おかわりするものではない。でも今は、そういうことを言っている場合ではない。


「全員、下がって! 撃ちながら下がる!!」


「さすが、クロノちゃん!」


「了解です!」


「わ、わかりましたわ!」


「……すげぇじゃねぇか、クロノ」


 アルガスがシャーロットちゃんを支え、エルヴィンが足元を崩して小蜘蛛の進路をずらす。リリスが霧を押さえながら氷で横道を塞ぎ、ミーナが朽ちた剣で糸を切った。全員が少しずつ入口側へ下がる。


 私は最後尾で、二丁目を構える。


 一発目。


 ――ドォン!!


 追ってきた小蜘蛛が吹き飛ぶ。


 二発目。


 ――ドォン!!


 左の壁から回り込もうとしていた群れが、巣ごと裂ける。


 それでも、親蜘蛛は止まらなかった。


 霧絹蜘蛛が、今までと明らかに違う音で鳴いた。


 怒った。完全に怒った。


 天井の巣が、びり、と震える。白い霧が、一気に濃くなる。冷気が肌を刺し、糸の輪郭がまたぼやけた。残った小蜘蛛たちが一斉に退き、親蜘蛛の周囲へ集まっていく。長い脚が、ぎちぎちと音を立てて広がった。


 そして、赤く濁った目が、まっすぐこちらを向く。


 ……あっ。これ、まずいやつだ。


「……クロノさんを狙っていますわ」


 リリスが低くつぶやいた。


「なら、ちょうどいい。みんなが逃げる時間、私が稼ぐ」


 アルガスは、なぜか口の端をつり上げていた。


「なんでそんな余裕そうなんだよ……!」


「そんなふうに見えてんの!? 余裕じゃねえわ!!」


 空洞の奥、天井近く。霧絹蜘蛛が、ゆっくりと巣から身を起こす。赤い眼がいくつも、私だけを捉えていた。さっきまで“そこにいた”だけだったものが、完全に標的になったのがわかった。


 ヘイト、全部こっちに来た。


 ショットガンを握る手に汗が滲む。


 残りの弾数で、あれを止められる気がしない。撃てば小蜘蛛は散らせる。でも、あの巨体の突進を止めるには足りない。


 ここで止められなかったら、全員が巻き込まれる。


 背後には、入口へ続く細い通路。前方には、跳ぶ体勢に入った親蜘蛛。


 逃げ道はある。でも、その前に私が潰されたら終わりだ。


 私は一度だけ息を吸った。


 霧絹蜘蛛が、ゆっくりと脚を持ち上げる。

 霧の向こうで、巨体が沈む。


 次の瞬間、その巨体が空洞の奥から一直線にこっちへ飛んだ。


 ――あと、限界具現ゲンカイマテリアライズ残り二回。

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