奇跡のあとで
強盗団襲撃事件の翌日。
私は朝から、妙な居心地の悪さを感じていた。
聖堂院の廊下を歩いているだけなのに、なんかこう……視線が刺さる。
いや、刺さるというほど露骨じゃない。もっとこう、じわじわ来る感じ。
(なんだ……? 昨日の件、バレてないよね?)
(いやでも、歌う鳥とか光とか、だいぶ派手だったしな……)
(証言めちゃくちゃだったし、さすがに私だとは……)
そこまで考えて、私はふと教室の前方を見た。
エルヴィン・フォスティエ。
商人の息子で、金勘定が好きで、将来は大商会の主になる予定ですと小一で言い切った、あの怖いくらい落ち着いた男子。
そのエルヴィンが――こちらを見ていた。
じっ、と。
しかも、目が合った瞬間、すっと逸らすでもなく、なぜかちょっとだけ満足そうにうなずいた。
(いや何)
(何その「やはり」みたいな顔)
(こわ)
私は何事もなかったみたいな顔で自分の席に向かった。
前の席のミーナが、くるっと振り返る。
「クロノちゃん、おはよー!」
「おはよ……」
「なんか元気ない?」
「いや、なんか見られてる気がして……」
「え、誰に?」
私は目だけで、ちらっとエルヴィンの方を示した。
ミーナもちらっと見て、それから「ふーん」と小さく笑った。
「クロノちゃん、人気者だからねえ」
「その雑なまとめやめてくれる?」
人気者じゃない。
少なくとも、私が欲しいタイプの人気ではない。
あれはもっとこう……“珍しい虫を見つけた子ども”の目なんだよ。
もしくは、発掘された遺物を見る考古学者。
どっちにしろ嫌だ。
そんなことを考えているうちに、リリスが教室に入ってきた。
今日も完璧である。
金髪はつやつや。
姿勢はぴん。
歩き方まで「わたくしは格が違いますの」って感じだ。
悔しいけど、ああいうのはちゃんと似合ってるから腹が立つ。
リリスは席に着く前に、私の前でぴたりと止まった。
「クロノさん」
「……なに?」
「本日の身体測定、わたくしは楽しみにしておりますの」
「え、なんで?」
「決まっております」
リリスはふっと髪を払った。
「身長ですわ」
「身長……」
「今、わたくしとあなた、ほぼ同じくらいですわよね?」
「たぶん……?」
そういや、私もリリスもこのクラスの女子では一番か2番目かに大きい方だ。
「ですが!」
ビシッと指を立てる。
「きちんと測ったならわたくしの方が高いはず!絶対勝ってみせますわ!」
「知らんがな」
思わず即答してしまった。
いや、なんでそこで勝負になるの。
ライバル認定って身長まで入るんだ。
範囲広すぎない?
⸻
そして、問題の身体測定。
小等部の生徒たちがずらりと並び、順番に身長と体重を測っていく。
こういうイベント、前世でもあんまり好きじゃなかった。
なんか、数字で現実を突きつけられる感じがするから。
(いや今は貴族令嬢ボディだから、前世よりはだいぶマシなんだけど)
(でも嫌なものは嫌なんだよな……)
まずは身長。
背筋を伸ばして、ぴしっと立つ。
ここは母の礼儀作法訓練が活きる。
というか、こういう時だけは「姿勢! 顎を引きなさい!」の地獄訓練がちょっと役立つのが悔しい。
係の先生が数字を書き込む。
そのあと、リリスも測る。
……ピッタリ同じだった。
リリスが私を見る。
私もリリスを見る。
無言。
そしてリリスは静かに言った。
「来年ですわ」
「う、うん」
なにその宣戦布告の継続。
怖い。
リリスはふふん、と鼻を鳴らした。
「日々の鍛錬を重ねておりますもの。わたくしはこれからもぐんぐん伸びますわ」
(いやそれ、たぶん逆では?)
(鍛えすぎると身長伸びにくいっていうし……)
(来年はむしろ私の方が伸びてそうなんだけどな)
もちろん口には出さない。
出したらまた変な勝負になるからだ。
この令嬢、燃料投下するとすぐ燃え上がるタイプなのである。
次は体重だった。
私は普通に測って、普通に降りる。
問題はそのあとだ。
リリスが測定台から降りた瞬間、係の先生が数字を読み上げた。
そして、リリスの顔が固まった。
「……え?」
そのあと私の数字を確認したリリスは、ゆっくりこちらを振り向いた。
「な、なんでですの?」
「え?」
「なぜ、わたくしの方が重いのです!?」
「知らないよ!」
「クロノさん、見た目はわたくしよりやわらかそうですのに!」
「やめてよその言い方!」
後ろの子たちがざわつく。
ミーナなんて口元押さえて笑ってるし、シャーロットちゃんは「ひゃっ」と変な声を出してるし、アルガスは「くだらねぇ……」とか言いながらちょっと肩揺れてるし。
リリスは本気でショックを受けた顔だった。
「おかしいですわ……。わたくし、こんなに鍛えておりますのに……」
(そりゃあんた、鍛えすぎなんですよ)
(筋肉は重いんだよリリスちゃん……)
(あと成長期にそのカモシカのような足、ストイックすぎるんじゃない?)
でももちろん言わない。
絶対面倒くさいことになるから。
リリスはしばらく呆然としていたけど、やがてきりっと顔を引き締めた。
「……つまり、これはさらなる鍛錬が必要ということですわね」
「えっ、そっちに行くの?」
「当然ですわ!」
いや、だからたぶん逆なのでは?
でもこの人はたぶん、そういう話をしても聞かない。
努力の方向がいつも真っ直ぐすぎる。
私は心の中でそっと手を合わせた。
(がんばれ、未来のリリスちゃん)
(たぶん来年も同じこと言ってる気がするけど)
⸻
身体測定が終わって教室へ戻る。
私は、さっきよりもさらに妙な気配を感じていた。
見られている。
やっぱり見られている。
教室に入って席に座る。
ノートを出す。
ペンを置く。
何気ない顔で前を見る。
……斜め前から、エルヴィンが見ている。
(こわ)
いやもう本格的にこわい。
何あれ。
私、なんかした?
したか。したわ。だいぶしたわ。
でもあんたにはバレてないはずでしょ?
授業中も、ふとした拍子に目が合う。
休み時間でも、ちらっと視線を感じる。
しかも普通の「気になる」じゃない。
なんていうか――
(鑑定されてる?)
そう、鑑定。
値踏み。
査定。
人を見る目が、完全に「商品価値を見極める商人」なんだよ。
いや実際そういう家の子なんだけど。
怖い。
すごく怖い。
⸻
昼食の時間。
私はいつものようにミーナと一緒に席を寄せて、お弁当箱を開けた。
「わー、クロノちゃん今日もきれい!」
「母が詰めてくれたやつだからね……」
母の作るお弁当は、なんか全体的に見た目が強い。
味もちゃんとしてるし、栄養もあるし、彩りも完璧。
たぶんこれ、異世界貴族のお弁当としてかなり上位層だと思う。
一方で、ミーナのお弁当は明るくて元気な感じだった。
小さい肉団子がいっぱい入ってる。
この子らしい。
「ねえクロノちゃん、リリスちゃん今日めっちゃショック受けてたね」
「まあ……うん……」
「でもちょっとかわいかった」
「それはわかる」
私たちがくすくす笑っていると、なんとなく気配を感じて顔を上げる。
エルヴィンが、また見ていた。
(また!?)
しかも今度は、お弁当を食べながら見ている。
その弁当がまた、なんかやたら豪華だった。
二段重ね。
肉多め。
卵料理きれい。
果物も入ってる。
そして食べ方が妙に落ち着いている。
(てか、あいつすげえうまそうなご飯食ってんな)
(なにあれ。商会の跡取りランチって感じ)
(いいなあ、ちょっとだけ交換したい)
いや、そこじゃない。
見られてるのだ。
しかも、にこりともせずに。
ただじっと。
ミーナが、その視線の流れを追って、ぽんと手を打った。
「あっ」
「なに」
「クロノちゃん、もしかして」
「なに」
「惚れられてる?」
「は?」
変な声が出た。
「いやいやいやいや」
「でもさー、めっちゃ見てるよ?」
「見てるけど! でもあれはそういうのじゃないって!」
「じゃあどういうの?」
「わからないけど、もっとこう……怖い系!」
「怖い系の恋?」
「恋に分類しないで!」
ミーナはけらけら笑っている。
こっちは笑い事じゃない。
私はおかずをつまみながら、ちらっともう一度エルヴィンを見る。
目が合った。
エルヴィンは、ほんの少しだけ微笑んだ。
(うわこわ)
(今の絶対なんか確信した顔だった)
(何を!?)
私は慌てて視線を戻した。
ミーナが楽しそうににやにやしている。
「やっぱそうじゃん」
「違うってば」
「じゃあ告白されたら教えてね」
「されません」
「即答だねえ」
即答である。
だってなんか違うもの。
あれはもっとこう……恋じゃなくて契約とか査定とか、そういう方向の目なんだよ。
いやそれはそれでだいぶ嫌だけど。
⸻
放課後。
私はいつものように帰り支度をして、ミーナと途中まで一緒に歩いた。
アルガスにくっついていくようにシャーロットちゃんは帰り、リリスはたぶん鍛錬のつもりなのか全力疾走で走って帰ってった。
あの令嬢めちゃくちゃ走っててなんかおかしい。
校門を出て、脇道でミーナと別れ、私は屋敷の方角へ向かう。
そこで気づいた。
後ろに、気配がある。
いや、気配っていうか――足音だ。
こつ、こつ、こつ。
一定の距離を保って、ついてくる。
(……え?)
私はさりげなく後ろを振り返った。
エルヴィンだった。
しかも、なんかちょっと口元がゆるんでる。
にやにや、とまではいかない。
でも、明らかに機嫌がいい。
(いやいやいやいや)
(おまえんち、たしかこっちじゃなくない?)
市場方面に寄るならまだしも、この道はどう考えてもフォスティエ商会ルートではない。
いや、なんか用事でもあんのか?
知らないけど。知らないけど、たぶん違う。
私は少し歩く速度を上げた。
後ろの足音も少し早くなる。
(こ、こわい!)
やだやだやだ。
なにこれ。
ストーカー?
異世界にもストーカーってあるの?
あるか。人類がいるならあるか。嫌だな。
私はついにくるっと振り返った。
「……あの」
エルヴィンがぴたりと止まる。
「はい」
「なんでついてくるの?」
「ついていっているわけではありません」
「じゃあなんで同じ方向なの!?」
「偶然です」
「絶対嘘でしょ!」
エルヴィンはちょっとだけ考える顔をした。
「では、半分は偶然です」
「半分は何なのよ!」
「確認です」
「何を!?」
「いろいろです」
「いろいろで済ませるな!」
私は本気で一歩下がった。
怖い。
この子、静かに怖い。
エルヴィンはそんな私を見て、ふむ、と小さくうなずく。
「やはり」
「何が!?」
「いえ。クロノさんは本日も、非常に」
そこで言葉を切って、また妙に満足そうな顔をした。
「価値がありますね」
「は???」
私の頭の上に、見えないクエスチョンマークが五十個くらい浮いた。
「何その評価!?」
「いえ、言葉通りです」
「言葉通りが意味わかんないんだけど!?」
「お気になさらず」
「気になるわ!」
だめだ。
会話が通じない。
この子、頭いいのに、会話になると急に霧の中に入るタイプだ。
エルヴィンはそんな私を見て、なぜか楽しそうだった。
「では、今日はここで」
「えっ」
「これ以上は警戒されそうですので」
「されてるよ!? 今まさに!」
「それは良かったです」
「よくない!」
エルヴィンはぺこりと礼をすると、そのままくるっと向きを変えて去っていった。
その背中は妙に軽い。
なんかこう……一人で納得して帰る人の足取りだった。
私はしばらく、その場で固まっていた。
(なにあれ)
(怖)
(何一つわからない)
でも、とりあえず一つだけ確かなことがある。
あいつ、たぶん昨日の件で、私がなにかした事に勘づいた。
しかも、めちゃくちゃ都合のいい方向に。
(やばいな……)
(また勘違いの犠牲者が増えてる気がする……)
私はため息をついて、空を見上げた。
秋でもないのに、なんだかやけに風が冷たく感じる。
静かな令嬢として生きていきたいだけなのに、どうしてこう、まわりが勝手に話を大きくしていくんだろう。
……ほんと、勘弁してほしい。
この先も、たぶんエルヴィンは私の事を、監視するつもりでいるんだろう。
「やはりあの人は、秘匿された規格外」
――とか何とか、勝手に確信を深めながら。




