第15話 奇跡のあとで、商人は目を離さない
強盗団襲撃事件の翌日。
教室に入った瞬間、私は妙な居心地の悪さを覚えた。
……なんだ?
あたりを見回すと、原因はすぐに分かった。
教室の前方。エルヴィンが、こちらを見ていた。商人の息子で、金勘定が好きで、「将来は大商会の主になる予定です」と入学早々に言い切っていた、あの怖いくらい落ち着いた男子。
昨日あんな目に遭ったばかりなのに、姿勢も制服もいつも通り整っている。ただ、よく見ると目の下にうっすらと影があった。さすがに、昨夜は眠れなかったらしい。
その彼が、じっとこちらを見ているのだ。しかも、目が合った瞬間に逸らすでもなく、なぜか少しだけ満足そうにうなずいた。
……え、私見てたの?
思わず後ろを振り返る。けれど、私の後ろにエルヴィンが見ていそうな相手はいない。
いや、何。何その「やはり」みたいな反応。
私は何事もなかったような表情を作り、自分の席へ向かった。
……昨日の件、バレてないよな。歌う鳥とか光とか、だいぶ派手だったけど。証言もめちゃくちゃだったし、さすがに私だとは――。
……あれ?
でも待って。こっちからエルヴィンたちがよく見えてたってことは、向こうからも私が見えてたんじゃ……?
前の席のミーナが、くるっと振り返る。
「クロノちゃん、おはよー!」
「おはよ……」
「なんか元気ない?」
「なんか見られてる気がして……」
「え、誰に?」
私は目だけで、ちらっとエルヴィンの方を示した。ミーナもちらっと見て、「ふーん」と小さく笑う。
「クロノちゃん、人気者だからねえ」
「その雑なまとめやめてくれる?」
人気者じゃない。人気者というのは、ミーナみたいに、みんなから自然に声をかけられる子のことだ。私みたいに、商人の息子から鑑定対象みたいな目で見られることではない。
あれはもっとこう、珍しい虫を見つけた子どもの目だ。もしくは、発掘された遺物を前にした考古学者。どっちにしろ嫌である。
そんなことを考えているうちに、リリスが教室に入ってきた。
今日も完璧な令嬢だ。銀髪はつやつや。姿勢はぴん。歩き方まで「わたくしは格が違いますの」って感じがする。前世なら完全にキャラ設定だと思っていたやつが、普通に目の前を歩いている。
リリスは席に着く前に、私の前でぴたりと止まった。
「クロノさん」
「……なに?」
「本日の身体測定、わたくしは楽しみにしておりますの」
「え、なんで?」
「決まっております。身長ですわ」
「身長……?」
「今、わたくしとあなた、ほぼ同じくらいですわよね? ですが!」
リリスがビシッと指を立てる。
「きちんと測れば、わたくしの方が高いはず! 絶対に勝ってみせますわ!」
「知らんがな」
思わず即答してしまった。なんでそこで勝負になるの。ライバル認定って身長まで入るんだ。守備範囲が広すぎる。
⸻
問題の身体測定。
小等部の生徒たちがずらりと並び、順番に身長と体重を測っていく。
身体測定は、前世でもあまり好きじゃなかった。数字で現実を突きつけられる感じがするからだ。今は転生ボディだから前世よりはだいぶマシではある。でも、嫌なものは嫌なんだよな。
まずは身長。背筋を伸ばして、ぴしっと立つ。こういう時だけは「姿勢! 顎を引きなさい!」の地獄訓練が役立つのが悔しい。
係の司祭が数字を書き込む。そのあと、リリスも測った。
結果は、ぴったり同じ。
リリスが私を見る。私もリリスを見る。
……無言。
リリスは、静かに言った。
「来年ですわ」
「う、うん」
なにその宣戦布告の継続。身長勝負って、来年持ち越し制だったの?
「日々の鍛錬を重ねておりますもの。わたくしはこれからも、ぐんぐん伸びますわ」
いや、身長って鍛錬で伸ばすものだっけ?
遺伝だよな……。今世では両親とも背が高いし、私もけっこう伸びる気がする。来年、むしろ私の方が高くなってそうな気もする。
でも、もちろん口には出さない。出したらまた変な勝負になる。
この令嬢、氷属性の癖に、燃料を投下するとすぐ燃え上がるタイプなのである。
次は体重だった。私は普通に測って、普通に降りる。
問題は、そのあとだ。
リリスが測定台から降りた瞬間、係の司祭が数字を記録した。その数字を見て、リリスの動きが止まる。
「……え?」
彼女は自分の数字と私の数字を見比べて、ゆっくりこちらを振り向いた。
「な、なんでですの?」
「え?」
「なぜ、わたくしの方が重いのです!?」
「知らないよ!」
「クロノさん、見た目はわたくしよりやわらかそうですのに!」
「やめてよ、その言い方!」
後ろの子たちがざわつく。ミーナは口元を押さえて笑っているし、シャーロットちゃんは困ったように目を泳がせている。アルガスは「くだらねぇ……」とか言いながら、肩がちょっと揺れていた。
リリスは本気でショックを受けた様子だった。
「おかしいですわ……。わたくし、こんなに鍛えておりますのに……」
そりゃあんた、鍛えてるからですよ。筋肉は重いんだよ、リリスちゃん。あと、その年齢でそのカモシカみたいな足は、普通にストイックすぎる。
でも、もちろん言わない。絶対に面倒くさいことになるから。
リリスはしばらく呆然としていたけれど、やがてきりっと表情を引き締めた。
「……つまり、これはさらなる鍛錬が必要ということですわね」
「えっ、そっちに行くの?」
「当然ですわ!」
いや、たぶん逆なのでは?
でも、この人はたぶん、そういう話をしても聞かない。授業や普段の姿勢を見ていれば分かる。才能もある。でも、この子は努力の子だ。
ただ、その努力の方向がいつも真っ直ぐすぎる。真っ直ぐすぎて、壁に全力で突っ込んでいる。
私は心の中で、そっと手を合わせた。
がんばれ、未来のリリス。たぶん来年も、同じことで燃えてる気がするけど。
⸻
昼食の時間。
私はいつものようにミーナと席を寄せて、お弁当箱を開けた。
「わー、クロノちゃん、今日もきれい!」
「母さんが詰めてくれたやつだからね……」
使用人に任せればいいのに、母さんは買い出しも料理も、できる時にはきちんと一緒にやる。特に、イザベラとの連携がすごい。目配せひとつで次の動きが通じる。長年そばにいた主従というのは、ここまで息が合うものらしい。
そんな母さんの作るお弁当は、見た目が強い。彩りも栄養も完璧で、たぶん異世界貴族のお弁当として、かなり上位層だと思う。一方で、ミーナのお弁当は明るくて元気な感じだった。小さい肉団子がいっぱい入っている。実にこの子らしい。
「ねえクロノちゃん、リリスちゃん今日めっちゃショック受けてたね」
「まあ……うん……」
「でもちょっとかわいかった」
「それはわかる」
私たちがくすくす笑っていると、また視線を感じた。顔を上げる。
エルヴィンが、こちらを見ていた。しかも、お弁当を食べながらである。その弁当がまた、やたら豪華だった。二段重ね。肉多め。卵料理きれい。高そうな果物まで入っている。
あいつ、すごいうまそうなメロン食べてるな。メロンだけ交換したい。
……いや、そこじゃない。
見られているのだ。しかも、ただ見ているだけじゃない。たぶん査定中だ。商人の息子が人を見る時の目。値踏み、鑑定、商品価値の確認。
やめて。私は売り物ではありません。
ミーナがその視線の流れを追って、ぽんと手を打った。
「あっ、クロノちゃん、もしかして惚れられてる?」
「は?」
「だってさー、めっちゃ見てるよ?」
「見てるけど! でもあれはそういうのじゃないって!」
「じゃあどういうの?」
「もっとこう……怖い系!」
「……禁断の恋?」
「恋に分類しないで!」
ミーナはけらけら笑っているが、こっちは笑い事じゃない。私はおかずをつまみながら、ちらっともう一度エルヴィンを見る。
目が合った。
エルヴィンは、ほんの少しだけ微笑んだ。
うわ、こわ。今の絶対、なんか悪いことを考えた顔だった。
私は慌てて視線を戻した。ミーナが楽しそうににやにやしている。
「やっぱそうじゃん」
「違うってば。あれは恋じゃない。もっとこう、契約とか査定とか、仕入れとか、そういう方向の目だから」
「じゃあ告白されたら教えてね」
「されません」
「即答だねえ」
即答である。だって、なんか違うもの。仮に本当の恋だったとしても、それはそれで嫌すぎる。私が求めている青春は、値踏みされるやつじゃない。
⸻
放課後。
私はいつものように帰り支度をして、ミーナと途中まで一緒に歩いた。シャーロットちゃんはアルガスに声をかけられて、一緒に校門の方へ向かっていく。
リリスは、たぶん鍛錬のつもりなのか、全力疾走で帰っていった。あの令嬢、めちゃくちゃ走っててなんかおかしい。
校門を出て、脇道でミーナと別れ、私は屋敷の方角へ向かう。そこで気づいた。
後ろに、足音がある。
こつ、こつ、こつ。
一定の距離を保って、ついてくる。
私はさりげなく後ろを振り返った。エルヴィンだった。
しかも、口元が少しだけゆるんでいる。にやにや、とまではいかない。でも、明らかに機嫌がいい。
いやいやいやいや。おまえんち、こっちじゃなくない?
私が歩く速度を上げると、後ろの足音も少し早くなる。
こ、こわい!
やだやだやだ。なにこれ。追跡? 尾行? 商人の息子が同級生を値踏みしながら尾行するな。普通に怖い。
私はついに、くるっと振り返った。
「……あの」
エルヴィンがぴたりと止まる。
「はい」
「なんでついてくるの?」
「教室では人目がありましたので」
「人目のないところまでついてきたってこと!? 余計怖いんだけど!」
「申し訳ありません。少し確認したいことがありまして」
「何を!?」
エルヴィンは周囲を見回し、近くに人がいないことを確かめてから声を落とす。
「昨日、フォスティエ商会の向かいにある建物。その二階に、クロノさんがいらっしゃいましたよね」
ぎくり。
心臓が、分かりやすく跳ねた。
「い、いなかったけど?」
「そうですか」
「うん」
「では、ボクの見間違いですね」
「そうそう。見間違い」
「煙も濃かったですし、二階からこちらの様子はほとんど見えなかったでしょう」
「いや、煙の切れ目からエルヴィンたちの顔までちゃんと――」
……あ。
しまった。
エルヴィンは、満足そうにうなずいた。
「確認できました」
「何を!?」
「昨日、あの二階にクロノさんがいらしたことです」
「ぐっ……!」
こいつ。十歳のくせに、言葉の罠を使うな。
「でも、それだけで私が何かした証拠にはならないでしょ!」
「ボクは、クロノさんが何かをしたとは一言も申し上げていません」
「ぐぬぬ……!」
だめだ。この子と話していると、気づかないうちにこっちだけ情報を抜かれてる。
「もちろん、証拠はありません。ですから、これ以上お尋ねするつもりもありません」
エルヴィンは、そこで一度言葉を切った。
「それに、恩人が隠そうとしていることを勝手に言いふらすほど、フォスティエ商会の信用は安くありませんから」
そう言って、深く頭を下げる。
「父上と商会のみんなを救ってくださって、本当にありがとうございました」
さっきまでの探るような雰囲気とは違う。今の言葉だけは、まっすぐだった。
私は何も言えなくなった。正直、エルヴィンに気づかれていたことは怖い。でも、あの時助けてよかったと思っている気持ちは、本当だ。
「……だから、私じゃないってば」
結局、出てきたのはそれだけだった。
エルヴィンは顔を上げると、ほんの少しだけ笑った。
「ええ。そういうことにしておきます」
「その言い方、絶対信じてないでしょ」
「お気になさらず」
「気になるわ!」
だめだ。この子と話していると、どこまで本気で、どこから罠なのか分からなくなる。
「では、今日はここで」
「えっ」
「これ以上は警戒されそうですので」
「もうされてるよ!? 今まさに!」
「では、そのうち信用していただけるよう努めます」
エルヴィンは、いつもの落ち着いた商人の顔に戻った。
「今後とも、ぜひ良いお付き合いを。クロノさんとの縁には、それだけの価値がありますから」
「やっぱり査定してるじゃん!」
エルヴィンはぺこりと礼をすると、そのままくるりと向きを変えて去っていった。その背中は妙に軽い。一人で納得して帰る人の足取りだった。
私はしばらく、その場で固まっていた。
なにあれ。怖。
でも、とりあえず一つだけ確かなことがある。
あいつ、昨日の件にかなり勘づいている。証拠がないから黙ってくれるだけで、ほとんど確信している。
やばい。今回の相手は、いつもの勘違い組とは少し違う。真相までは届いていないのに、妙なところまで近づいてきている。
私はため息をついて、空を見上げた。目立たず静かに暮らしていきたいだけなのに、どうしてこう、まわりが勝手に話を大きくしていくんだろう。
どうやら私は、一件の強盗事件を片づけた代わりに、とんでもなく目ざとい商人に目をつけられてしまったらしい。
……お願いだから、変に価値をつり上げないでほしい。




