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マークとベーコンと鋼鉄戦艦


――栄都セレスティア・フォスティエ商会前


「やめろーっ!」


人だかりの横から、ひとりの男が飛び出した。

革鎧に、擦り切れたマント。腰には剣。

いかにも“通りすがりの冒険者です”みたいな兄ちゃんだった。


おおっ、と周囲がざわつく。


「冒険者だ!」

「助けてくれ……!」


男はそのまま一直線に、強盗のひとりへ斬りかかった。


速い。えっ、人間の速さじゃない。


……と思ったのに。


次の瞬間、強盗の一人がすっと体をずらした。

真正面から受けるんじゃなく、刃を流すみたいにいなして、そのまま踏み込む。


ギィンッ、と嫌な金属音。

火花。

石畳を蹴る音。


「くそっ!?」


冒険者の男が慌てて距離を取る。


(えっ)


(今のなに?)


ただ剣を振り回してるだけじゃない。

なんていうか、動きに無駄がない。

立ち方とか、踏み込み方とか、剣の返し方とか、そういうのが全部“ちゃんとしてる”。


しかも一人だけじゃない。


別の強盗は、真正面から叩き割るように剣を振り下ろした。

多少速かろうが関係ない、と言わんばかりの分厚い一撃。


ドンッ――と、鈍い衝撃が地面から跳ね上がる。

石畳が砕け、ひびが走り、砂と小石が弾け飛んだ。

近くの木箱が衝撃で跳ね、店先のガラスがびりっと震える。


(いやちょっと待って)


(剣で地面割るなよ。もうそれ武器じゃなくて工事用だろ)


もう一人は横からすっと回り込んで、逃げ道を潰すみたいに動いている。


(ちょ、待って)


(強盗ってもっとこう、力まかせにブンブン振り回すだけじゃないの!?)

(なんで連携までしてるの!?)


冒険者の兄ちゃんも弱くはなかった。

何度か斬り返して、ちゃんと応戦していた。


でも、押されてる。


剣を弾かれ、体勢を崩し、そこに横から別の強盗が踏み込んだ。


「ぐあっ!」


鈍い音と一緒に、男の体が石畳の上に転がった。


周囲から悲鳴が上がる。


「きゃああっ!」

「だ、誰か……!」

「騎士団はまだか!?」


男は倒れたままうめいている。

血が出てる。

でも、まだ動いてる。


(え、これ大丈夫?)

(死んでないよね!?)

(お願いだからここで急に治安の悪さを本気で見せてこないで!?)


けれど、強盗たちは何事もなかったみたいに剣を構え直した。


やばい。


これ、ただ刃物を持って脅してるだけのチンピラじゃない。

ちゃんと戦える連中だ。


エルヴィンと、その父親が店の前でガタガタ震えていた。

顔面蒼白。完全に詰み顔である。


(あれはびびるわ)

(この世界、物騒すぎだわ……)


――なんて思った次の瞬間。


もくもくもく……


白い煙が、通りを覆い始めた。


(この修羅場で、しれっと煙幕を仕掛ける五歳児……。末恐ろしいなんてもんじゃないんだけど)


「な、なんだ!?」

「剛岩魔法か!?」

「騎士団の突入か!?」


強盗たちが一斉にざわつく。


(へっへっへ……)

(違うんだなー。地球製スモークグレネードでーす!)


私は人混みの裏手、向かいの建物の二階から様子をうかがっていた。

正面から見れば真っ白だろうけど、こっちからは煙の切れ目越しに、強盗たちの輪郭がまだ拾える。


視界、よし。

パニック度、上昇中。

ここまでは計画通り。


その時――


ぶぃぃぃん……


上空から、妙な音が響いた。


「な、なんだ今の音……!?」


強盗の一人が空を見上げる。


その視線の先に現れたのは――


黒い小型機械。


マーク操縦のドローンである。


(出たよ)


(異世界に絶対いちゃいけないやつ)


「な、なんだあれ……?」

「鳥か……? いや、違うな」

「羽がないぞ」

「じゃあ魔物か!?」

「いや、魔道具じゃねえのか……!?」


混乱が加速する。


そして――


『いくよ姉ちゃん!』


イヤホン越しに、マークの弾んだ声が飛ぶ。


次の瞬間。


♪たんたかたんたかたかたったらーん♪


「――なっ!?」


爆音が、叩きつけられた。


ただの大きい音じゃない。

腹の奥まで響く、重たい振動。

空気そのものが震えて、胸がドン、と押される。


(は!?)


(でかいでかいでかい!!)


石畳の上の埃がびりびり揺れて、近くの看板がガタガタと音を立てる。


爆音で流れ出したのは、なぜか『鋼鉄戦艦ヤマダ』だった。


(なんでそれ選んだ!?)


(もっとこう、怖そうな音あったでしょ!?)

(いや怖いけど! 方向性が違うんだよ!)


「な、なんだこの音は!?」

「耳が……! 耳が痛ぇ!」


「こんな音、聞いたことねえぞ!」

「魔物の咆哮か!?」


「空飛ぶ魔物が歌ってる……!?」

「いや、人の声だ! こんなの絶対おかしい!」


(いやその解釈もだいぶおかしいけどな!?)


煙の中。

空から謎の機械。

そして、頭を揺らすほどの大音量。


完全に異世界にあってはいけない演出である。


(……うん)


(これは怖い)

(私でもちょっと嫌だもん)


そのタイミングで。


ぽとり。


強盗団の足元近くに、小さな筒が落ちた。


(あ)


(やば)


――ぴかぁぁぁぁああああん!!!


「ぎゃああああっ!!」

「目がぁぁああ!!」


閃光弾、直撃。


強盗団が一斉に目を押さえる。

近くにいた野次馬たちまで悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。


(ちょっと範囲広すぎない!?)


『今だ! 姉ちゃん!』


(はいはい来ましたよ!)


私はすでに向かいの建物の二階、窓際にポジションを取っている。


手に持つのは――

現界具現したスコープ付きのライフル。


(うわー)


(完全にFPSの画面なんだが)


一瞬だけ深呼吸。


(急所はダメ)

(人殺しは絶対ダメ)

(足だけ、足だけ)

(……痛いのは、まあ、因果応報ってことで許して)


スコープを覗く。


煙の向こう、よろめく影。


「……ワンショット、ワンキル。いや、足だけ足だけ」


パン!


「うぎゃっ!」


パン!


「足がぁぁ!」


パン!


三発。


全弾ヒット。


(よし!)


(サバゲー経験、ちゃんと活きてる!)


強盗たちは次々に転げ回った。

立てない。動けない。


完全に戦闘不能。


その時――


「何事だ!?」


騎士団が突入してきた。


タイミング完璧。


(うわ来た!)

(仕事はやっ!)


「誰がやった!?」

「魔法か!?」


騎士たちは周囲を見回すが――

誰もまともに見えていない。


「空飛ぶ……鳥が……」

「いや、歌を……」

「光が……爆発して……」


証言、全員バラバラ。


(うん、完全に怪談だなこれ)


私はそっとライフルを消した。

同時に、ドローンもスモークも解除する。


現場には、


「謎の現象で強盗が壊滅した」


という事実だけが残った。


そこへ――


気づけば、母さんも戻ってきていた。


少し息が上がっている。


でも、その手には――淡い光。


魔法。


騎士団の後ろで、母さんはさっき倒れた冒険者の兄ちゃんに、もう回復魔法をかけていた。


「大丈夫ですか?」

「もう安心ですよ。深く息をしてください」


柔らかな光が傷口を包み、冒険者の苦しそうな顔が少しずつ和らいでいく。

その声だけで、周りの空気まで落ち着いていくのがわかった。


(……さすが元聖女)


(この世界の魔法を使える、ちゃんとした“本物”はこっちなんだよな)


私はその様子を少し離れたところから見て、隣にいたマークの頭を軽くグーで小突いた。


「いった」


「ベーコン食いながら戦場を指揮するな」


「でも勝ったじゃん」


「勝ったじゃん、じゃないのよ」


マークはまるで反省していない顔で、もぐもぐと最後のひと口を飲み込んだ。

やっぱりこいつ、将来ロクでもない方向に育つ気がする。


そうしているうちに、母さんが私たちを見つけた。


ほっとした顔で、急ぎ足で駆け寄ってくる。


「さっきいた場所にいなくて心配したわ……無事で良かった……!」


ぎゅっと抱きしめられる。


ちょっと苦しい。

でも、なんか――安心した。


「ごめんなさい、二人にして……」


「……いや、別に」

そう言いながら横を見ると、マークがまたベーコンをもぐもぐしていた。


どんだけベーコン持ち歩いとんねん。


「母ちゃん。さっきの袋、スラムの人が持ってっちゃったよ。買い直しだね」


「…………」


(あ)


(完全に忘れてた)


ベーコン。

チーズ。

蜂蜜パイ。

全部、消滅。


母さんと私は、そろって頭を抱えた。


「でも大丈夫。ベーコンたちは救出済みさ」

 

「全然大丈夫じゃないんだけど!?てかそれ、救出って言うな!」


さっきまで強盗だの騎士団だのって大騒ぎだったのに、話題がベーコンに戻ってるの、落差がひどい。


でもまあ――


強盗は捕まった。

エルヴィンたちも無事。

冒険者の兄ちゃんも死んでない。

母さんも戻ってきた。


買い物袋は消えたけど。


……うん。

人的被害よりはマシだ。

マシなんだけど、蜂蜜パイはちょっと惜しい。


私はひとつため息をついて、少しだけ煙の残る通りを見た。


異世界の昼下がり。

強盗団。

謎の怪談事件。

聖女の回復魔法。

消えた買い物袋。

そして、ベーコン一本を“救出”扱いする弟。


ほんと、落ち着く暇がない。


でも、まあ。


こういうのも含めて、たぶん今の私の日常なんだろう。


……できれば次の休日は、もう少し平和だと嬉しいけど。

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