フォスティエ商会、強盗団襲撃事件
――栄都セレスティアの昼下がり
聖堂院が休みの日。
私は母さんとマークに連れられて、栄都セレスティアの中央通りまで買い物に来ていた。
相変わらず、人が多い。
ほんと多い。
石畳の道は買い物客でぎゅうぎゅう。
左右には屋台がずらっと並び、果物、焼き菓子、干し肉、香辛料、よくわからない瓶詰めまで、ありとあらゆるものが売られている。
しかもみんな声がでかい。
「焼きたてだよー!」
「今日の果実は甘いよ!」
「見ていっておくれ!」
うるさい。
いや、活気がある。
活気があるって言い換えると急にいい感じになるのは何故?
私は人混みの中をぬうように歩きながら、両手に食い込む袋の持ち手を持ち直した。
重い。
重いを通り越して痛い。
袋の中身は、分厚いベーコン、脂の照った腸詰め、抱えるサイズのチーズ、砂糖がまぶされた揚げパン、それから見るからに罪深そうな蜂蜜パイ。
しかも母さんは「マークが好きだから」で、蜜漬けナッツと干し果物まで追加していた。
(ラインナップがもう“健康”にケンカ売ってる)
(この買い物袋、持つだけで太りそうなんだけど)
横を見ると、母さんの手にも袋が下がっている。
当然ながら私より多い。
そのさらに横では、マークが母さんの袋からベーコンを一切れくすねて、もぐもぐ頬張っていた。
(おい、お前も持てよ)
(てか、まだ家に着いてもないのにベーコンを食い始めるな)
(焼いてないけど大丈夫? どこの原始人だお前は)
「……ねえ母さん、これ絶対買いすぎだって」
私は半分うんざりしながら言った。
「チーズに干し肉にポテトにジュースの瓶って、どう見てもデブ装備なんだけど」
母さんは涼しい顔で答える。
「マークが食べたいって言ったからよ」
(……甘すぎんだろ)
弟補正、つよつよでは?
しかも当の本人は、まるで会話に関係ありませんみたいな顔でベーコンを食べ続けている。
お前、そこは少し申し訳なさそうにしろ。
「マーク。歩きながら食べるの危ないからやめなさい」
「姉ちゃん知らないの? 歩きながら食べれば太らないんだよ!」
「じゃあなんであんた、今もう半分“歩く燻製肉”みたいになってんのよ」
「家では座って食べてるから!」
「そんな理屈で痩せられるなら、世の中みんな立ち食いしてるわ! あんたは食っちゃ寝しすぎなんだよ!」
「つまり今の僕は、痩せる努力中ってことさ」
マークはもぐもぐしながら、なぜか得意げだった。
意味がわからない。
口の端なんか油でつやつやしてるし。
母さんはそんな私たちを見て、ふっと笑う。
「仲がいいわね」
「どこが!?」
「どこが?」
私とマークの声がきれいにハモった。
いや、仲は悪くない。
悪くないけど。
こういう時でさえ“仲良し姉弟ねえ”みたいなまとめ方をされるのは、なんか納得いかない。
そんなふうに心の中でツッコミを入れていた、その時だった。
「きゃああっ!」
通りの向こうから、鋭い悲鳴が響いた。
空気が変わる。
さっきまでの威勢のいい売り声が、一瞬でざわめきへ変わった。
人の流れが揺れる。
何人かが立ち止まり、何人かが後ずさる。
私は袋を抱え直しながら、背伸びするように人だかりの先をのぞいた。
数人のごろつきが、剣を振り回していた。
うわ、ガチだ。
一人や二人じゃない。
三人、いや四人。
剣を抜いて、商人たちを脅している。
通りの一角が完全に凍りついていた。
その標的になっているのは、立派な四階建ての商館だった。
白い壁。
大きな看板。
入口には見覚えのある紋章。
(……あれ?)
目を凝らす。
あの印、見たことあるぞ。
看板には、フォスティエ商会の紋章が掲げられていた。
(あっ)
(エルヴィンんとこじゃん)
同級生の、あの金勘定大好き商人脳男子。
将来は父の後を継いで大商会の主になる予定です、とか小一で言い切ってた、あいつの家だ。
しかも、ちょうど入口のところで、エルヴィンとその父親らしき人が顔面蒼白で追い立てられているのが見えた。
「金を出せ! 早くしろ!」
「逆らうな、殺されたくなけりゃな!」
やば。
ほんとに強盗だ。
いや、こういうのって物語の中だと突然起きるけど、現実に目の前で見ると、想像以上に胃が縮む。
剣、抜いてるし。
刃物、光ってるし。
こわ。
母さんが息を呑んで、すぐに私たちの方を振り返った。
「あなたたちは先に帰ってなさい! 私は騎士団の詰所に知らせてくるわ!」
そう言い捨てると、母さんは買い物袋をどさりと足元へ置き、そのまま人混みをかき分けて走っていった。
速い。
さすが元聖女。
足取りに迷いがない。
――残されたのは、私とマーク。
「ねえ姉ちゃん」
マークがベーコンを咀嚼しながら、なんでもないことみたいに言った。
「なんか刃物で脅してるし危ないね。でも……姉ちゃんならどうにかできるんじゃない?」
「はぁ!?」
思わず変な声が出た。
「何言ってんの!?」
「だって、あの煙出るやつとかでビビらせて、ドローンで揺動して、銃で“ばばばばん!”ってやるとか」
(……やば)
(弟、FPS脳すぎてちょっと怖いんだけど)
しかも言い方が妙に具体的なのが嫌だ。
“揺動”ってなんだよ。
どこで覚えたんだそんな単語。
「まず前提として、この世界にドローンはないの」
「姉ちゃんが出せる」
「そうだけどそうじゃない!」
「じゃあ閃光弾!」
「それはもっとダメ!」
「スモーク!」
「視界悪くしてどうすんのよ! 被害者も混乱するでしょ!」
「じゃあ上から制圧」
「だからその発想やめろって!」
マークはもぐもぐしながら、真面目な顔で考えている。
いや、ベーコン食いながら考えるな。
緊張感どこ行った。
でも。
正直、その発想がまったく役に立たないわけでもなかった。
今日は、まだ《限界具現》の残り回数もそこそこある。
朝の時点で二十回以上は見えていたはずだ。
銃の概念はこの世界にはない。
ドローンも、銃も、煙幕も、全部“謎の道具”で済む可能性が高い。
つまり――
(……無双、できるかもしんないな)
いや、無双って言い方は危ない。
そういう慢心をすると大体ろくなことにならない。
でも、市民は怯えて動けない。
エルヴィンたちは袋小路。
騎士団が来るまで待ってたら、その間に何が起こるかわからない。
ここで見てるだけっていうのは――
(たぶん、無理だ)
性格的に。
すごく嫌だ。
私は深く息を吸った。
「――よし、やるか」
マークの目がぱっと輝く。
「おっ、姉ちゃん作戦会議?」
「作戦会議じゃなくて緊急対応ね。あとお前、ベーコン食べながら言うな」
「でも糖分ないと頭回らないし」
「ベーコンは糖分というかタンパク質!」
私は早口で言いながら、頭の中で手持ちの札を確認した。
煙。
音。
光。
威嚇。
視界妨害。
あと、絶対にバレないようにしなくてはならない。
「いい? できれば“なんかよくわからんけど怖い!”で逃げてもらう方向が理想」
「威嚇戦ね」
「なんでそんな理解が早いの」
「009のゲームで見た」
だろうね!
私は額を押さえた。
「とにかく、怪我はなるべく出したくないの。脅かして、混乱させて、逃げ道を作る。そこまで」
「じゃあ煙はいるね」
「……まあ、最初の揺さぶりとしてはアリか」
「そのあと空から変なの飛ばして、変な音出したら絶対ビビるよ」
「雑!」
「でも嫌でしょ?」
……たしかに嫌だな。
煙の向こうから、見たことない黒い何かが飛んできて。
しかも上空から、意味不明な音が鳴り出したら。
騎士団でも魔法でもない。
正体不明。
それがいちばん怖い。
(あれ……意外と筋は通ってる……?)
マークはベーコンを飲み込むと、急に小石で地面に図を描き始めた。
「ほら、ここが商館でしょ。ここに悪いやつ。ここに人だかり。で、びっくりしてるうちに――」
「待って。その先は私が考える」
全部言わせるとろくでもないことになりそうだったので、そこで止めた。
でも、位置取りは悪くない。
強盗団は正面に意識が向いている。
一瞬でも視線と足を止められれば、崩せる。
私は商館の前をもう一度見た。
エルヴィンが、父親をかばうみたいに一歩前へ出ている。
震えてるのに、逃げてない。
あいつ、口は達者だけど、ちゃんと踏ん張る時は踏ん張るんだな。
だったら、なおさら失敗できない。
「マーク」
「ん?」
「お前、ドローン飛ばせる?」
マークは胸を張った。
「ラジコンで鍛えてるから」
「それ、信用していいのか微妙すぎるんだけど」
「でも姉ちゃんよりは上手いよ」
「……それは認める」
悔しいけど認める。
私は具現化できても、操作までは別だ。
そういう細かいのは、こいつの方が向いている。
「じゃあお前は後ろ。絶対近づかない。私が合図したら動く。それまでは待機」
「了解。戦利品は任せろ」
「買い物袋を戦利品って言うのやめなさい」
私はもう一度だけ息を吸った。
怖い。
そりゃ怖い。
でも、今さらそれで引き返すのも違う。
《限界具現》の回数。
人通り。
敵の位置。
逃げ道。
見物人の距離。
高所の位置。
風向き。
頭の中で、ざっと配置を組み立てる。
煙で揺さぶる。
空を使って視線を奪う。
その隙に、一気に崩す。
細かい順番は、動きながら決めるしかない。
私は服の袖を軽くまくった。
異世界の昼下がり。
石畳の通り。
強盗団。
怯える商人。
そして、こっそり現代兵器でごまかそうとしている私たち姉弟。
……うん。
字面だけ見るとだいぶ終わってる。
でもまあ、こうなった以上。
やるしかない。




