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限界具現 〜魔法ゼロ令嬢が現代アイテムを呼び出したら、祭具の聖女にも災具の魔女にもされました〜  作者: ちぇ!
ごまかしから始まる学院生活

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第12話 フォスティエ商会襲撃事件


⸻栄都セレスティアの昼下がり


 聖堂院が休みの日。私は母さんとマークに連れられて、栄都セレスティアの中央通りまで買い物に来ていた。


 相変わらず、人が多い。石畳の道は買い物客でぎゅうぎゅうで、左右には屋台がずらっと並んでいる。果物、焼き菓子、干し肉、香辛料、よくわからない瓶詰め。見ているだけで、お腹と財布が忙しくなりそうなものが所狭しと積まれていた。


「焼きたてだよー!」

「今日の果実は甘いよ!」

「見ていっておくれ!」


 うるさい。

 いや、活気がある。


 活気があるって言い換えると、急にいい感じになるのはなぜ?


 私は両手に食い込む袋の持ち手を持ち直した。重い。重いを通り越して痛い。


 袋の中身は、分厚いベーコン、脂の照った腸詰め、抱えるサイズのチーズ、砂糖まぶしの揚げパン、見るからに罪深そうな蜂蜜パイ。しかも母さんは「マークが好きだから」で、蜜漬けナッツと干し果物まで追加していた。


 ラインナップがもう“健康”にケンカ売ってる。


 横を見ると、母さんの手にも袋が下がっている。当然ながら私より多い。そのさらに横では、マークが母さんの袋からベーコンを一切れくすねて、もぐもぐ頬張っていた。


 おい、九歳男児。

 手ぶらの身分で、袋から略奪するな。


 てか、まだ家に着いてもいないのにベーコンを食い始めるな。そもそも焼いてないけど大丈夫なのか?


 どこの原始人だお前は。


「……ねえ母さん、これ絶対買いすぎだって。ベーコンだけで何本あるのよ」

「マークが食べたいって言ったからよ」


 甘すぎんだろ。

 弟補正、つよつよすぎでは?


 しかも当の本人は、まるで会話に関係ありませんとばかりにベーコンを食べ続けている。


 お前、そこは少し申し訳なさそうにしろ。


「マーク、歩きながら食べるの危ないからやめな」

「姉ちゃん知らないの? 歩きながら食べれば太らないんだよ!」

「じゃあなんであんた、もう“歩く燻製肉”みたいになってんのよ」

「家では座って食べてるから!」

「そんな理屈で痩せられるなら、世の中みんな立ち食いしてるわ! あんたは食っちゃ寝しすぎなんだよ!」

「つまり今のオレは、痩せる努力中ってことさ」


 マークはもぐもぐしながら、なぜか得意げだった。口が立つのが腹立つ。口の端なんか油でつやつやしてるし。


 母さんはそんな私たちを見て、ふっと笑う。


「はいはい、歩きながら喧嘩しない」

「喧嘩じゃない、教育的指導!」

「姉ちゃんの教育、大げさなんだよね」

「内容は正しいでしょ!」


 母さんはもう慣れているのか、特に止めるでもなく、少しだけ楽しそうに前を歩いている。完全に私だけが騒がしい子みたいになっている。


 納得いかない。


 そんな不満を胸に歩いていた、その時だった。


「きゃああっ!」


 通りの向こうから、鋭い悲鳴が響いた。


 空気が変わる。


 威勢のいい売り声が一瞬でざわめきへ変わり、人の流れが揺れた。何人かが立ち止まり、何人かが後ずさる。


 マークの手も止まった。口へ運びかけていたベーコンを下ろし、さっきまでとは違う顔で通りの向こうを見る。


 私は袋を抱え直しながら、背伸びするように人だかりの先をのぞいた。


 数人の男たちが、剣を振り回していた。


 うわ、ガチだ。


 剣を抜いて、商人たちを脅している。通りの一角が、完全に凍りついていた。


 標的になっているのは、立派な四階建ての商館だった。白い壁。大きな看板。入口には見覚えのある紋章。


 ……あれ?


 目を凝らす。

 あの印、見たことがある。


 看板には、フォスティエ商会の紋章が掲げられていた。


 あっ。


 エルヴィンのところじゃん。


 同級生の、あの金勘定大好き商人脳男子。将来は父の後を継いで大商会の主になる予定です、と入学早々に言い切っていたあいつの家だ。


 しかもちょうど入口のところで、エルヴィンとその父親らしき人が顔面蒼白で追い立てられているのが見えた。


「金を出せ! 早くしろ!」

「逆らうな、殺されたくなけりゃな!」


 やば。

 ほんとに強盗だ。


 こういうのって物語の中では突然起きるものだけど、現実に目の前で見ると、想像以上に胃が縮む。剣、抜いてるし。刃物、光ってるし。


 こわ。


 男たちは商会の者を盾にするように散らばり、誰か一人に手を出せば、別の誰かへ剣が届く距離にいた。周囲には逃げ遅れた買い物客もいる。


 母さんが、一歩だけ前に出た。


 空気が、少し変わる。


 え、母さん、まさか――。


 けれど母さんはすぐに足を止めた。剣を持った男たちと、その間にいる商会の人たちを見比べる。


 ここで母さんの得意な紅蓮魔法なんて使ったら、巻き込みかねない。さすがに私にも、それくらいは分かった。


 次の瞬間、母さんは男たちではなく、私とマークを見た。


「来なさい」


 短い一言。

 それだけで、逆らってはいけないやつだと分かった。


 母さんは私たちの手をつかみ、人混みから一気に離れた。中央通りを外れ、事件現場から二本離れた大通りまで来て、ようやく足を止める。


「クロノ、マーク。ここから南通りをまっすぐ家へ帰りなさい。中央通りには絶対に戻らないこと」

「母さんは?」

「騎士団の詰所へ知らせてくるわ。ここからならすぐよ」


 声は静かだった。でも、いつもの余裕のある母さんの声ではなかった。


「人質も周囲の人も多い以上、下手に刺激せず、騎士団に任せるのが一番です。いい? 二人とも、必ず帰りなさい」

「……うん」

「わかった」


 思わずうなずいた。逆らったら怒られるやつだった。


 母さんは私たちの返事を確認すると、持っていた買い物袋を私とマークへ分けて預け、そのまま詰所のある通りへ走っていった。


 速い。


 さすが元聖女。

 いや、元聖女というか、今の走りは普通に現役だった。


 残された私とマークは、その場に立ち尽くした。


「……帰る?」


 マークが聞いた。


「帰る。帰るべきだよ。母さんにも言われたし」


 そう言いながら、私は一度だけ中央通りの方を振り返った。ここからでも、人のざわめきが聞こえる。少し戻れば、商会の入口が見えるはずだ。


「……エルヴィン」


 足が止まった。


 帰るべきだ。

 分かっている。


 でも、同級生が剣を持った男たちに囲まれているのを見て、そのまま背中を向けられるほど、私は割り切れない。


 こういう時、頭では危ないと分かっているのに足が止まる。そこだけは、前世からあまり変わっていなかった。


「ねえ姉ちゃん」


 マークが小さく言った。さっきまで食べていたベーコンは、もう紙に包み直して袋へしまっている。


「……怖いけどさ。姉ちゃんなら、どうにかできるんじゃない?」

「はぁ!?」

「だって、煙でビビらせて、ドローン飛ばして、上から変な音を鳴らしたら――」

「待って。発想が完全に悪の組織なんだけど」


 ドローン。前に私が出した、空飛ぶ小型機械だ。


 マークは初めてそれを操作して以来、妙に気に入っていた。ラジコン感覚で動かせるのが楽しいらしい。


 それはいいんだけど。


 強盗相手に使う前提で語るな。


「ビビって固まったところを姉ちゃんが遠くから仕留める」

「仕留める!? 物騒すぎない!?」

「じゃあ、逃げ道を作る」

「急に言い換えが上手い!」


 マークは真面目な顔で考えている。さっきまでの食いしん坊九歳児はどこへ行った。


 でも、正直、その発想がまったく役に立たないわけでもなかった。


 煙。

 音。

 空を飛ぶ正体不明の何か。

 騎士団でも魔法でもない、見たことのない現象。


 たしかに怖い。

 私でもちょっと嫌だ。


 そして今日は、かなりの当たり日だった。


 朝起きた時、頭に浮かんだ数字は二十回。普段は十回そこそこだから、ほぼ倍だ。しかも、今日はまだ一度も《限界具現》を使っていない。


 ……正直、ちょっと強気だった。


 残り三回とかだったら、こんなに早く「やる」という結論にはならなかったと思う。こういう日に限って事件が起きるのを幸運と呼ぶべきかは、だいぶ怪しいけど。


 市民は怯えて動けない。エルヴィンたちは逃げられない。騎士団が到着するまでに、何が起こるかも分からない。


 なんのためのチートだ。

 こういう時にこそ、活かすんだ。


 私は深く息を吸った。


「――よし、やるか」


 中央通りの方から、もう一度荒い怒鳴り声が響いた。


 時間はない。


 私たちは中央通りの手前まで引き返し、人目の少ない路地へ滑り込んだ。山ほどの買い物袋を壁際へまとめると、マークは地面に積もった土埃へ指で簡単な図を描き始めた。


「ここが商館。ここに悪いやつ。ここに人だかり。で、びっくりしてるうちに――」

「あんた、まじやばくない? でもそうか。向かいの建物の二階に上がれれば、射線は通るな」


 位置取りは悪くない。強盗たちは正面で起こす騒ぎとドローンに意識が向くはずだ。一瞬でも視線と足を止められれば、その間にエルヴィンたちが逃げる隙を作れる。


 私は路地の入口から、もう一度商館の方を見た。さっき見えたエルヴィンは、父親をかばうように一歩前へ出ていた。震えてるのに、逃げていない。


 あいつ、口は達者だけど、踏ん張る時はちゃんと踏ん張るんだな。


 エルヴィンは命がけで頑張ってる。

 なおさら失敗できない。


「マーク」

「ん?」

「ドローン、飛ばせる?」

「いっぱい練習したからいける」

「その自信、頼もしいような怖いような」

「でも姉ちゃんよりは上手いよ」

「……それは認める」


 悔しいけど認める。


 私は具現化できても、操作は別だ。細かい動かし方は、こいつの方が向いている。


「いい? 目的は強盗を倒すことじゃない。エルヴィンたちが逃げる隙を作るだけ。騎士団が来たら即撤収」

「了解」

「マークはこの路地から絶対に出ないで。無線機と片耳イヤホンマイクを二組出すから、私が合図したらドローンを飛ばして。それまでは待機」

「了解。戦利品も任せろ」

「買い物袋を戦利品って言うのやめなさい」


 私はもう一度だけ息を吸った。


 怖い。

 そりゃ怖い。


 でも、今さら引き返すのも違う。


 《限界具現》の残り回数。

 敵の位置。

 逃げ道。

 見物人との距離。

 高所の位置。

 風向き。


 頭の中でそれらを並べながら、ざっと配置を組み立てる。


 煙で揺さぶる。

 空を使って視線を奪う。

 音で混乱させる。

 その隙に、逃げ道を作る。


 あとは、現場の動きに合わせて変えるしかない。


 私は建物の陰に身を寄せ、服の袖を軽くまくった。頭の中で必要な道具を思い浮かべながら、ひとつずつ《限界具現》で形にしていく。


 無線機と片耳イヤホンマイクを二組。


 発煙手榴弾。


 小型ドローン。


 閃光弾。


 異世界の強盗事件に、現代の道具でこっそり介入しようとしている私たち姉弟。


 ……うん。


 字面だけ見ると、だいぶ終わってる。


 でもまあ、こうなった以上。


 やるしかない。

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