星空魔法、爆誕!? ライバルが勝手に自爆した件
――聖堂院リュミエール・魔導館
ロッカーを開けた瞬間、私は一瞬だけ目を閉じた。
落ち着け。
これで失敗したら終わる。
むしろ本番はここからだ。
アルガスに「水晶で勝負しろ」と言われて、私は半ば引きずられるように控室まで来ていた。
魔導館の外からは、まだ生徒たちのざわざわした声が聞こえてくる。
(どうする私……)
(レーザーポインターで翠嵐認定された時点でだいぶ終わってるのに、ここから“水晶を赤く光らせろ”って、期待度上がりすぎでは?)
ロッカーの中には、マークと仕込んだ第二の秘密兵器がある。
私はそっとそれを取り出した。
家庭用プラネタリウム。
水晶っぽいドーム付き。
色変え機能あり。
リモコンあり。
中敷を変えれば、星空にも宇宙にも恐竜の絵にもできる、わりと万能なやつ。
(改めて見ると、これ異世界にあっていい見た目してないな……)
いや、見た目だけならめちゃくちゃファンタジーではある。
あるんだけど、問題は中身だ。
どう考えても“神秘の魔導具”ではなく“現代の便利家電”である。
私はそれを抱えながら、ふっとマークの顔を思い出した。
“姉ちゃん、困ったら星空に賭けろ。人類は昔からキラキラに弱い”
あいつ、ほんと時々だけ妙に核心を突くんだよな。
腹立つけど。
(……よし)
もうこれしかない。
私はプラネタリウムを抱えて魔導館へ戻った。
私が戻ると、アルガスが腕を組んだまま待っていた。
その横でリリスも、なぜか当然のように水晶を用意して立っている。
お前はなんでいるんだ。
「持ってきたか」
「う、うん……」
「ず、随分でけぇな」
「……まあ、ちょっと特殊なやつだから」
特殊どころか完全に家電なんだけど。
私はなるべく堂々とした顔を作って、机の上にそれを置いた。
透明なドーム部分が、魔導館の青い光を反射してきらっと光る。
その瞬間、まわりの空気が変わった。
「おお……」
「なんだあれ……」
「水晶……?」
「聖女の家の水晶は違うのかも……」
ざわつく生徒たち。
やめて。
そんな“見たことない神秘の水晶だ……”みたいな反応しないで。
ただの家庭用プラネタリウムだから。
ディディエ司祭まで少し目を細めた。
「ほう……珍しい補助具ですね」
(補助具……!)
(司祭、解釈がうまい! 助かるけど危ない!)
私は机の下で、こっそりリモコンを握った。
マークと確認したボタン配置。
色。
回転。
明るさ。
よし、たぶんいける。
(今日の目標)
(赤い水晶は無理)
(でも“すごい何か”っぽく見せて、この場の空気を全部持っていく)
(勝負のルールそのものを曖昧にしてしまえば勝ちだ)
私はそっと手をプラネタリウムの上にかざした。
魔力を込めるフリ。
集中してるフリ。
いかにも“繊細な術式を扱ってます”みたいな顔。
そして、手の中でリモコンを押した。
カチッ。
次の瞬間。
ドームが静かに回転し、魔導館いっぱいに光が広がった。
うわ。
いや、知ってた。
知ってたけど、暗い魔導館で見ると想像以上だった。
黄色と白のきらめきが天井いっぱいに散って、壁にも床にも無数の光が流れていく。
まるで一瞬で夜空が降りてきたみたいだった。
「おおおおーっ!!」
館内がどよめく。
(うわ、すご)
(いや、出した私が言うのもなんだけど、すご)
プラネタリウムの“夏の夜空モード”が、魔障石の青い光と妙に相性がよかった。
星のきらめきが青の上で反射して、普通に神秘的である。
ズルい。
家電のくせに演出力が高すぎる。
ディディエ司祭まで、目を見張っていた。
「これは……!」
その声に続いて、今度は後ろの方から珍しく大きな声が上がった。
「これって……英雄レオニスの星座だわ!」
シャーロットちゃんだった。
えっ。
テンションおかしくない?
そんな星座に詳しいの?
普段あんなに小声なのに、好きなものの話になると急に声出るタイプだ。
わかる。
オタクの血を感じる。
ディディエ司祭が神妙な顔で夜空を見上げる。
「なるほど……レオニスの星座を映す聖女の子……。神の導きかもしれません……」
(いや、ただの夏の大三角なんですけど!?)
やめて。
そんな大仰な解釈をしないで。
こっちは家電量販店の星空機能で戦ってるだけなんだけど。
すると今度は、ミーナがぴょんと跳ねた。
「流れ星だ!」
しまった。
プラネタリウムの“おまけ機能”が作動していた。
細い光が、しゅっと横切る。
「あっ」
「ほんとだ!」
「流星まで……!?」
周囲のざわめきがさらに大きくなる。
「まさか流星まで操れるなんて……」
「すごい……」
「やっぱ双属性どころじゃないのでは……」
(違う違う違う!)
(それ、ただの演出だから! おまけ機能だから!)
でももう遅い。
空気は完全に“勝負”から“星空鑑賞会”へ変わっていた。
誰も水晶のことなんて見ていない。
アルガスすら、ちょっと口を開けて天井を見ている。
リリスも悔しそうな顔をしながら、目だけはしっかり星を追っていた。
(……勝ったのでは?)
(いや、何に?)
とにかく、場の支配には成功していた。
これはもう“魔力で水晶をどれだけ派手に光らせるか”って勝負じゃない。
“いかに空気を持っていくか”の大会になってる。
そのはずだったのに。
横で、アルガスのプライドがぼっと燃えたのが見えた。
「俺もやる!」
あっ、ダメな顔してる。
さらにリリスまで一歩前へ出た。
「わたくしも参加させて頂きますわ!」
やめろ。
なんで対抗心に火がつくの。
今はもう星空を見て「わあ〜」って言ってれば平和に終わる流れだったでしょ!?
二人は並んで水晶の前に立った。
なんかもう、すごく嫌な予感しかしない。
絶対に“力で上回ってやる”モードに入ってる。
アルガスは真っ赤な魔力を、水晶へねじ込むように流し込んだ。
リリスは蒼い魔力を細く鋭く集中させていく。
水晶がびりびり震える。
赤と青がぶつかって、変な色の明滅が起こる。
あ、これダメなやつだ。
「ちょ、二人とも――」
止める間もなかった。
まずリリス側が暴走した。
バキバキッ、と嫌な音がして、彼女のまわりに冷気が吹き荒れる。
空気中の水分が一気に凍りつき、髪の先から肩、袖、スカートの裾まで、氷と霜がばりばりに張りついていった。
「ひゃっ――!?」
長い金髪は氷で束になり、きらきらというか、もうバリバリだ。
肩から腰までびしょ濡れ。
顔色は真っ青。
小刻みに震えている。
「さ、寒……っ」
そして次の瞬間。
つーっ。
鼻から、情けない鼻水が一本。
(あっ)
普段の気品、全滅である。
今そこにいるのは、ただのずぶ濡れ雪だるまだった。
一方、アルガスも負けていなかった。
いや、負けてないっていうか、別方向で終わっていた。
「うおおおおおっ!」
最後の魔力集中で、ドカンッ、と小規模爆発。
煙がふわっと舞い上がる。
焦げたにおい。
生徒たちの悲鳴。
そして煙が晴れたあと――
アルガスの艶やかな赤毛は、見事なアフロヘアになっていた。
(ぶっ――)
しかも、額には黒いスス。
制服の肩口も少し焦げてる。
口を半開きにして呆然と立ち尽くすその姿は、もはや強キャラでもなんでもなく、ただの被害者だった。
現代でいうとこの、駄菓子屋の爆竹被害者である。
星空鑑賞で静まり返っていた魔導館が、二人の失敗した魔法の音で一斉に現実へ引き戻された。
沈黙……
そして、誰かの「ぷっ……」という笑いが、空気を切った。
その瞬間――
ドッ、と大爆笑が起きた。
床を叩く子。
涙を流して転げ回る子。
口を押さえながら肩を震わせる子。
ミーナなんて腹を抱えて「ひぃ〜っ、だ、だめ……っ」と声にならない声を上げている。
エルヴィンですら口元を手で隠していた。
あいつ笑うんだ。
私はというと、笑っちゃいけない、でも無理、いやダメ、でもアフロ、隣では鼻水という感情の板挟みで死にそうだった。
(……勝負って、なんだっけ?)
(いや、これもう勝負じゃなくてコントだろ)
ディディエ司祭だけは困ったように眉を下げていた。
でも完全に止めるでもなく、ちょっと苦笑いである。
「怪我は……なさそうですね。実体化は減点ですよ」
冷静。
この人、こういう時だけ妙に冷静だ。
顔を真っ赤にしたアルガスとリリスが、同時に叫んだ。
「こんなはずではありませんでしたのにーーーっ!!」
「なんでこうなんだよーーーっ!!」
声、ちょっとハモった。
そのまま二人は、控室の方へ全速力で駆けていった。
リリスはバリバリ凍りついたまま。
アルガスはアフロのまま。
背中を追いかけるように、まだ笑いと拍手が飛んでいく。
私は星空の残る天井を見上げて、小さく息を吐いた。
……なんかもう、今日一日でいろんなことがありすぎた。
双属性疑惑。
星空魔法認定。
リリス雪だるま化。
アルガス爆発アフロ化。
展開が渋滞している。
しかも全部、私の処理能力を無視して突っ込んでくる。
でもまあ――
とりあえず。
私のごまかしは、今日もなんとか成功したらしい。
たぶん、違う意味でだけど。




