第11話 星空魔法と自爆するライバルたち
⸻聖堂院リュミエール・魔導館
「ディディエ司祭」
アルガスが、まっすぐ手を挙げた。
ま、まさかバレた?
心臓が、嫌な音を立てる。
「魔力水晶、使ってもいいか?」
「ええ、構いませんよ。魔力水晶は扱いが難しいですが、鍛錬には最適です。魔力量だけでなく、光の色や強さをどれだけ安定して制御できるかを見る補助具でもありますからね」
ディディエ司祭が、あっさり許可を出した。
あ、よかった。バレてない。
……でも待って。
その流れ、絶対によくないやつだ。
「ただし、無茶はいけませんよ。魔導館の魔障石が余剰魔力を吸収しますが、それでも暴走すれば危険です。実体化は禁止。怪我のない範囲で行ってください」
ディディエ司祭は穏やかに注意する。ちゃんと先生だった。でも、その注意を聞いてなお、アルガスはギラリと私を見据えた。
「クロノ。双属性持ちですげぇのはわかった。でも、小さい光ひとつ出して勝ち誇るってのは、なんか違くねぇか」
勝ち誇ってない。むしろ内心ずっと土下座している。緑に光る文明の点が、なぜか翠嵐属性の高等技術として公式認定されかけているだけだ。この世界、魔法に対する解釈がちょっと勢い任せすぎる。
「俺と水晶で勝負しろ。魔力量には自信があるんだ」
ええー……。リリスだけじゃなくて、こっちも勝負を挑んでくるの?
やだーー!
なんでこういうイベントバトルが自然発生するの。
最初の実習くらい、みんなで楽しく光らせて終わりでよくない? なんで初回から対戦カード組まれてるの?
「クロノ! 聞いてんのか?」
「き、聞いてるなり!」
なり? 誰。
今、私の中に知らない小さな武士がいた。帰って。
ここは魔導館であって、からくり屋敷じゃない。そんな私の惨状を知ってか知らずか、ディディエ司祭はニコニコしながら言った。
「魔力を見せ合うのも、良い学びになるでしょう。ただし、勝ち負けよりも制御を重視してくださいね」
マジかよこの司祭、意外とノリノリじゃねーか。先生としての注意はしている。しているけど、止めてはくれない。止めてほしい時に限って、教育的な見守り精神を発揮しないで。
「家から持ってきたから、取ってくる!」
アルガスはそう言うと、颯爽と控室の方へ走っていった。
え、持参? やる気満々じゃん。
なんなのこいつ。戦闘民族なの?
私はその隙に、こっそりミーナへ聞いた。
「てか、アルガスが言ってる魔力水晶って、入学初日の検定で使ったやつ?」
「試験で使った水晶に似た、小型の練習用だよ! 魔力を入れると、ぽわーって光るの。貴族の家なら、だいたいあるんじゃないかなー」
あー……。やっぱり、あれか。そういえば、家にも似たような練習用の水晶がある。もちろん、私も何度か試した。四年間も魔法を出そうとしていたのだ。家にそんなものがあって、触らないわけがない。でも、何度触れても水晶は透明なまま。光の一つも浮かばなかった。
一方、マークが触ると、ぽわぽわ光ったり、色が変わったりする。
本人は「姉ちゃん、見て見て! きれいでしょ!」くらいのノリで遊んでいたけど。マークはほんと、なんでもおもちゃにする。
……ん?
てか色、変わってたよな?
それって、普通に考えたらちょっとやば――
「待たせたな!」
私の嫌な気づきは、アルガスの声にぶった切られた。手には、台座つきの小さな水晶。それを実習台の上にドン、と置くと、迷いなく手をかざした。
ぼわぁあああっ!
水晶が、真っ赤に輝く。
うわ。派手。めちゃくちゃ派手。
周囲の生徒たちが「おお〜!」とどよめいた。
たしかにこれは見栄えがする。
紅蓮属性っぽさ満点だ。
ディディエ司祭も、穏やかにうなずく。
「はい、結構です。魔力量は見事ですね。ただ、少し出力に寄りすぎています。次はもう少し光を安定させる意識を持つといいでしょう」
「わかった!」
返事だけはいい。
アルガスは満足げに笑って、私を見た。
「さあ、次はクロノだな。俺みてぇにド派手に輝かせることはできるかな?」
無理に決まってんだろ。でも言えない。言えないのがつらい。家の練習用水晶では、何度やっても光らなかった。ここで普通に魔力水晶を触ったら終わる。
透明。無反応。そして私の学園生活も終了。
もう、第二の秘密兵器を出すしかない。
「……私も、家で使っていた補助具を持ってまいります」
家で使っていた補助具。
うん。
嘘は言っていない。ただし、この世界の家ではなく、前世の家で使っていたものだけど。私は半ば処刑台へ向かう罪人みたいな気分で、控室へ向かった。
扉を閉めて、まず周囲を確認する。幸い、中には誰もいない。
……よし。抜けかけた魂、戻ってこい。ここで失敗したら終わる。それに、この流れでやらない選択肢はない。もうやるしかないのだ。私は扉の方をもう一度確認してから、両手を前に出した。
透明なカバー。
星空を映すための丸い本体。
小さな操作ボタン。
天井いっぱいに広がる、ゆっくり回る光。
記憶の中から、前世で何度も使った家庭用プラネタリウムの形を引っ張り出す。
「限界具現……」
小さくつぶやくと、ぽんっ、と軽い音がした。手の中に、丸みを帯びた機械が現れる。
家庭用プラネタリウム。
色を変えたり、星空を回転させたり、流星を映したりできる。家電のくせに、妙に本気で星を映すやつだ。上の透明なカバーだけ見れば、ぎりぎり異世界に紛れ込めそうだった。光を受けてきらりと反射するところなんて、ぱっと見は神秘の水晶っぽい。問題は、その下だ。
丸みのある台座。
妙にきれいに成形された継ぎ目。
小さく並んだボタン。
どう見ても、この世界の職人が祈りと根性で作った魔導具ではない。前世の家電量販店で、「寝室用におすすめです」と紹介されていそうな見た目だった。
神秘と家電の同居。
異世界的に言えば、古代魔導具。前世的に言えば、まあまあ高いやつ。私はそれを抱えながら、ふっとマークの言葉を思い出した。
『姉ちゃん、困ったら星空に賭けろ。人類は昔からキラキラに弱い』
あいつ、こういう時だけ妙に核心を突くんだよな。腹立つけど。でも、今回ばかりは採用である。魔力量では勝てない。なら、見せ方で場を取る。
水晶勝負を、星空鑑賞会に変えてやる。
私はプラネタリウムを抱えて、魔導館へ戻った。戻ると、アルガスが腕を組んだまま待っていた。その横でリリスも、なぜか当然のように別の魔力水晶を用意して立っている。
お前はなんでいるんだ。
「持ってきたか」
「うん……」
「ず、随分でけぇな」
「まあ、ちょっと特殊なやつだから」
特殊どころか完全に家電なんだけど。
私はなるべく堂々とした様子で、プラネタリウムを実習台の上に置いた。透明なドーム部分が、魔導館の青い光を反射してきらっと光る。
その瞬間、まわりの空気が変わった。
「おお……」
「なんだあれ……」
「水晶……?」
「聖女の家の水晶は違うのかも……」
やめて。そんな“見たことのない神秘の水晶だ……”みたいな反応しないで。ただの家庭用プラネタリウムだから。
ディディエ司祭が、興味深そうに覗き込む。
「ほう……珍しい補助具ですね」
補助具……!司祭、解釈がうまい具合にずれてて助かる。
「これも魔力を制御するための道具ですか?」
「え、ええ。そんな感じです」
そんな感じです。
……雑。
でも、今さら引き返せない。
私はプラネタリウムの上へ手をかざした。
魔力を込めるふり。
集中しているふり。
いかにも“繊細な術式を扱っています”みたいな雰囲気。
そのまま、隠した指先で操作ボタンを押した。
カチッ。
次の瞬間、ドームが静かに回転し、魔導館いっぱいに光が広がった。
うわ。いや、知ってた。知ってたけど、暗い魔導館で見ると想像以上だった。黄色と白のきらめきが天井いっぱいに散り、壁にも床にも無数の光が流れていく。まるで一瞬で、魔導館の天井が夜空にすり替わったみたいだった。
「おおおおーっ!!」
館内がどよめく。
うわ、すご。
いや、出した私が言うのもなんだけど、すご。プラネタリウムの星空が、魔障石の青い光と妙に相性がよかった。星のきらめきが青白い光の中に浮かび、普通に神秘的である。家電のくせに、演出力が高すぎる。
ディディエ司祭まで、目を見張っていた。
「これは……!」
その声に続いて、後ろの方から珍しく大きな声が上がった。
「この星の並び……聖盾の英雄レオニスの星座に似ています!」
シャーロットだった。
えっ。テンションおかしくない?
さっきまで小動物みたいにぷるぷるしていたのに、星座の話になった瞬間、急に声が通っている。
でもわかる。完全に“好きな話題を振られたオタク”だ。私も前世で、FPSの武器について語っている時はこんな感じだった。推し武器の話になると、魂が勝手に前へ出る。
……はっ。違う違う。今それどころじゃない。私、魔法実習で詰んでいる最中だった。ていうか、似てる星座あるんだ!?
ディディエ司祭が、神妙な様子で夜空を見上げる。
「“灯火の聖女”のご息女が、レオニスの星座を思わせる星空を映し出すとは……神の導きかもしれません」
いや、ただの前世の星空なんですけど!?
そんな大仰な解釈をしないで。
こっちは家庭用プラネタリウムで、必死に場をしのいでいるだけだ。
すると今度は、ミーナがぴょんと跳ねた。
「流れ星だ!」
しまった。おまけ機能が作動していた。
細い光が、しゅっと横切る。
「あっ」
「ほんとだ!」
「流星まで……!?」
周囲のざわめきが、さらに大きくなる。
「まさか流星まで操れるなんて……」
「すごい……さすがクロノさん」
「もう双属性どころじゃないのでは……」
それ、ただの演出だから!おまけ機能だから!
でももう遅い。
空気は完全に“勝負”から“星空鑑賞会”へ変わっていた。誰も水晶のことなんて見ていない。
アルガスすら、ちょっと口を開けて天井を見ている。リリスも悔しそうに唇を結びながら、目だけはしっかり星を追っていた。
……勝ったのでは?
いや、何に?
これで平和に終わる。
そう思ったんだけど。
アルガスの眉が、ぴくりと動いた。
自慢の魔力量で光らせた赤い水晶より、私の星空にみんなの目が奪われている。それが、彼の負けず嫌いな部分に火をつけたのだと思う。
「俺もやる!」
さらにリリスまで、一歩前へ出る。
「わたくしも参加させていただきますわ!」
なんで対抗心に火がつくの。今はもう星空を見て「わあ〜」って言ってれば、平和に終わる流れだったでしょ!?
二人は、それぞれ自分の魔力水晶の前に立った。
ディディエ司祭が、すぐに手を上げる。
「お二人とも、今日の実習は出力を競うものではありません。あくまで緻密な操作の練習です。落ち着いて――」
「うおおおおっ!」
「今度こそ、わたくしの実力をお見せしますわ!」
聞いてない。まったく聞いてない。アルガスは真っ赤な魔力を、自分の水晶へねじ込むように流し込んだ。リリスもその隣で、もう一つの水晶へ蒼い魔力を細く鋭く集中させていく。二つの水晶が、競うように赤と青の光を強めていった。
びりびりと空気が震える。
ディディエ司祭の表情が変わった。
「お二人とも、そこまでです! 水晶から手を離しなさい!」
けれど、その声とほぼ同時だった。
二人がさらに魔力を押し込む。
赤と青の光が激しく明滅した。
あ。
これダメなやつだ。
「ちょ、二人とも――」
止める間もなかった。
まず、リリス側の魔力が弾けた。
バキバキッ、と嫌な音がして、彼女のまわりに冷気が吹き荒れる。空気中の水分が一気に凍りつき、髪の先から肩、袖、スカートの裾まで薄い霜が張りついていった。
「ひゃっ――!?」
ほぼ同時に、ディディエ司祭が手を振る。
床と壁の魔障石が、ぼうっと強く青く光った。吹き荒れた冷気の勢いが、吸い込まれるように一気に弱まっていく。それでも、リリスの長い銀髪はところどころ氷で固まり、肩も袖もすっかり濡れていた。
顔色は真っ青。
小刻みに震えている。
「さ、寒……っ」
つーっ。鼻の下に、ほんの少しだけ鼻水が光った。
あっ。
普段の気品が、一瞬で遠くへ旅立った。今そこにいるのは、ただのびしょ濡れ雪だるま令嬢だ。
一方、アルガスも負けていなかった。いや、負けてないっていうか、別方向で終わっていた。
「うおおおおおっ!」
ドカンッ!
小規模な爆発が起きた。煙がふわっと舞い上がる。
焦げたにおい。生徒たちの悲鳴。再び魔障石の床が強く青く光り、爆発の余波を吸収していく。
そして煙が晴れたあと――
アルガスの赤毛は、見事なアフロヘアになっていた。しかも額には黒いスス。制服の肩口も少し焦げている。口を半開きにして呆然と立ち尽くすその姿は、もはや強キャラでもなんでもなく、昔のコント番組で爆発オチを食らった人だった。
星空に見入っていた館内の空気が、一瞬で現実へ引き戻された。
沈黙。
そして。
「ぷっ……」
誰かの笑い声が、空気を切った。
その瞬間――
ドッ、と大爆笑が起きた。
床を叩く子。
涙を流して笑う子。
口を押さえながら肩を震わせる子。
ミーナなんて腹を抱えて、「ひぃ〜っ、だ、だめ……っ」と声にならない声を上げている。
エルヴィンですら、口元を手で隠していた。
こいつも笑うんだ。
私は笑ってはいけないと思いながら、アフロと鼻水に挟まれて死にかけていた。
……勝負って、なんだっけ?
いや、これもう勝負じゃなくてコントだろ。
ディディエ司祭はすぐに二人の様子を確認し、大きな怪我がないとわかると、ほっと息を吐いた。
「怪我は……なさそうですね。ですが、二人とも減点です。出力を競わないようにと言いましたよ」
冷静。この人、こういう時も妙に冷静だ。
顔を真っ赤にしたアルガスとリリスが、同時に叫んだ。
「こんなはずではありませんでしたのにーーーっ!!」
「なんでこうなんだよーーーっ!!」
声がまた、ちょっとハモった。
本当に仲良しなのかもしれない。
そのまま、全身に霜をまとったリリスと、アフロになったアルガスは、控室の方へ全速力で駆けていった。
背中を追いかけるように、まだ笑い声が続いている。私は天井に残っている星空を見上げ、小さく息を吐いた。
なんかもう、今日一日でいろんなことがありすぎた。
魔法実習。
双属性疑惑。
星空魔法認定。
リリス雪だるま化。
アルガス爆発アフロ化。
展開が渋滞している。
全部、私の処理能力を無視して突っ込んでくる。
私はそっと操作ボタンを押した。
天井を回っていた星々が消え、魔導館は元の淡い青色へ戻っていく。何事もなかったような顔でプラネタリウムを抱える。
でもまあ――
この二人が注目を集めてくれたおかげで、私のごまかしは今日もなんとか成功したらしい。その理由が、ライバル二人の自爆というのはどうかと思うけど。




