クロノ班結成
強盗事件の翌日から、エルヴィンの視線がなんか怖い。
――という最悪の状況を抱えたまま迎えた、次の日の朝礼。
ディディエ司祭は、いつもの穏やかな顔で教壇に立つと、ぱん、と手を叩いた。
「えー、本日から一年間、総合実習では三人一組の固定班で動いてもらいます」
教室が、ざわっ、と揺れた。
三人組。
固定班。
嫌な予感しかしない単語である。
(固定パーティってこと!?)
(うわー、メンバー選び失敗したら一年まるごと詰むやつじゃん)
(学園生活って、たまにソシャゲの編成画面みたいな事してくるよね……)
司祭はにこにこしている。
「薬草学、魔導具基礎、魔導祭、校外学習も、この班を基本に行います。協力、観察、記録、そういったことを学ぶためですね」
うわ、重い。
ただの今日の席替えとかじゃない。
一年の命運を左右するやつだ。
「では、仲の良い方同士で組んでもよし、足りないところを補い合える相手を選んでもよし。三人組を作ってください」
その瞬間。
「クロノちゃん! 一緒にやろ!」
前の席からミーナが即座に振り向いた。
反応が早い。
陽キャはこういう時の初動が違う。
「え、あ、うん」
「やった!」
ミーナはにぱっと笑った。
これは助かった。
ミーナは明るいし、気楽だし、一緒にいていちばん胃に優しい。
少なくとも、リリスと同班よりはだいぶマシだ。
アルガスでもかなりきつい。
シャーロットちゃんはかわいいけど、私が変に気を遣いそう。
問題は――あと一人。
私はそっと周囲を見た。
もう組み終わってる子たちは早い。
仲のいい子同士でさっさと固まり、机を寄せてわいわいやっている。
一方で、あと一人足りない子たちは、ちょっと気まずそうに目を泳がせていた。
「入れて」「いいよ」で秒で決着する班もあれば、誰が誰に声をかけるかで微妙な空気になっているところもある。
司祭に「はいはい、そこ二人余ってますよー」と、やんわり交通整理されている班まであった。
(うわあ……班決めあるあるだ)
(世界が違っても、この手の“ちょっと気まずい空気”だけは万国共通なんだ……)
そんな中で、私は見た。
そして、見なかったことにした。
だって斜め前で、もうエルヴィンがこっち見てるんだもん。
(いやいやいやいや)
(来るな来るな来るな)
(その“選ばれるのを待っています”みたいな顔やめて)
でも現実は非情だった。
エルヴィンは静かに立ち上がると、妙に整った所作でこちらへやって来た。
「もし、ご迷惑でなければ」
その言い方がもう怖い。
「ボクもご一緒してよろしいでしょうか」
ミーナがぱっと明るく笑った。
「いいよいいよ! 三人ぴったりじゃん!」
(いやいやいや!)
(もっとこう、ワンクッションないの!?)
(“ちょっと考えてみよっか”とかさ!?)
私は思わずミーナを見る。
ミーナは完全に善意の笑顔だった。
あ、この子、今ほんとに
“最近ちょっとクロノちゃんに惚れてるっぽいエルヴィンくんも入れてあげよう!”
くらいのノリでやってる。
やさしい。
やさしいけど雑。
エルヴィンは静かにうなずいた。
「感謝します」
それから私の方を見る。
「灯火の聖女の娘の足を引っ張らないように頑張ります」
「その言い方がもうなんか重いんだよなあ……」
つい本音が漏れた。
「はい?」
「いや、なんでもないです」
だめだ。
ここで拒否したら、逆に“何かを隠してる人”みたいになりそうだし、もう遅い。
こうして、私たちの班は
クロノ
ミーナ
エルヴィン
に決定した。
……いや、待って。
この並び、なんか変じゃない?
隠しオタク。
脳筋陽キャ。
金持ちストーカー。
属性が散らかってる。
(これ絶対、パーティ名つけるとしたら迷走するやつだな……)
(胃痛担当、元気担当、陰湿担当、じゃん)
教室のあちこちでも班が次々に決まっていく。
楽しそうに笑いながらまとまる班もあれば、なんとなく無難に集まった感じの班もある。
その中で、うちだけ若干空気が特殊だ。
――と思っていたら。
「では、わたくしたちはこちらですわね」
教室の反対側で、リリスの声が響いた。
見ると、リリスがすっと立ち上がっていた。
右には、いきなり腕を引かれて「は?」って顔をしているアルガス。
左には、びくびくしながらも慌てて一緒に立たされているシャーロットちゃん。
……おお。
うちに劣らず、
絶対いま相性よくない三人が組みました感
がすごい。
いやこれ、ほぼリリスの独断専行では?
空気としてはかなりそんな感じなんだけど、大丈夫?
案の定、アルガスは腕を組んだまま、あからさまに不機嫌そうに言った。
「は? なんで俺がリリスと」
「わたくしも本来なら、あなたのような乱暴者と班を組むつもりはありませんわ」
「じゃあ組まなきゃいいだろ」
「ですが」
リリスが、すっとこちらを見る。
目が合った。
嫌な予感。
「クロノ・ソーカを倒す、という目的においては、利害が一致しておりますもの」
「は?」
思わず声が出た。
「え、何? ライバル同士が組む感じ? 私、魔神○ウじゃないんだけど」
アルガスもこっちを見た。
にやっと口元が上がる。
「まあ、それなら話は別だな」
「おいおい……」
「お前に勝てりゃなんでもいい」
「なんでそんな好戦的なの!?」
すると、後ろのシャーロットちゃんが、おずおずと手を上げた。
「あ、あの……わ、わたくしも、ご一緒してよろしいでしょうか……?」
リリスがうなずく。
「ええ、もちろんですわ。わたくし、シャーロットの聖光魔法には前々から興味がありましたの」
アルガスは「好きにしろ」とぶっきらぼうに言った。
シャーロットちゃんは、ほっとしたように胸を押さえたあと、ちらっと私を見て、なぜか小さく頭を下げた。
……あ、なるほど。
この子だけは別に「打倒クロノ!」で燃えてるわけじゃないんだ。
ただ、幼馴染のアルガスと一緒の班になれて、素直に安心してるだけっぽい。
なんなら今この場でいちばん、
「よ、よかった……知ってる人と一緒だ……」
って顔をしている。
うん、シャーロットちゃんだけはだいぶ普通だ。
いや、組んでる相手が普通じゃないだけで、この子まで変な対抗心に染まってたらちょっと怖かったから、そこは良かった。
というわけで、もう片方の班は
リリス
アルガス
シャーロット
になった。
しかも、その場でリリスが高らかに宣言した。
「この一年、わたくしたちはクロノさんの班に絶対に負けませんわ」
「いや、急に対抗戦始めないで?」
「望むところです」
「エルヴィン、お前も乗るな!」
「えっ、なになに、楽しそう!」
ミーナだけがわくわくしている。
この子、火種に油を注ぐのに悪気がないからタチが悪い。
アルガスはというと、隣で静かに腕を組み、獣じみた笑いを浮かべていた。
「強ぇやつのがワクワクするからな」
「やっぱりあんたサ○ヤ人じゃん!」
教室の後ろの方では、他の生徒たちが
「なんかあっちだけ対決みたいになってない?」
「こわ……」
「でもちょっと見たいかも……」
みたいな顔をしていた。
うん。
分かる。
見世物としてはちょっと面白いよね。
当事者としては全然面白くないけど。
ディディエ司祭は、そんな教室の空気を見て、むしろ満足そうだった。
「はいはい、よろしいですねえ。実に活気があって」
和やかに言うな。
「競い合うのは結構ですが、仲良くお願いしますよー」
いや、もうこの時点で“仲良く”の要素薄くないですか司祭?
打倒宣言されてますけど?
でも司祭は気にした様子もなく、またぱん、と手を叩いた。
「では、さっそく最初の班課題です」




