薬草学の実習ですが嫌な予感です
「では、さっそく最初の班課題です」
「本日は、セレスティア郊外にある実習林で、指定した三種類の薬草を採取してきてもらいます」
黒板には、三つの名前が書かれていた。
月白草。赤鈴花。霧糸葉。
……名前だけでもうファンタジー濃度が高い。
「ただ採ればいいわけではありませんよ。傷めず、混ぜず、見分けをつけて持ってくること。そこまで含めて課題です」
出た。
“取ってこい”じゃなくて、“状態よく持ってこい”のタイプである。こういうのは、雑な人がいる班だと一気に詰む。
ちらっと横を見ると、ミーナはきらきらしている。完全に「探す係、任せて!」の顔だ。その横で、エルヴィンはもう小型のメモ帳を開いていた。説明を一文字も逃さない気らしい。
雑に突っ込むミーナと、丁寧に拾うエルヴィン。
……あれ、うまく組み合わされば、うちの班、意外といけるのでは?
一方、向こうではリリスがやる気満々だった。アルガスも「さっさと行こうぜ」みたいな顔をしている。そんな二人の横で、シャーロットちゃんだけが説明を必死に書き写していた。
突撃役が二人に、良心役が一人。
あっちはあっちで意外とバランスが取れてそうなのが腹立つ。
そこで、ディディエ司祭は少しだけ表情を引き締めた。
「制限時間は二時間。ここは聖堂院が管理している場所ですが、街中とは違います。森の奥には入らないこと。見慣れない場所や、立入禁止の札がある場所には、絶対に近づかないように。では、始めてください」
絶対に近づかないように。
今、すごくフラグみたいなこと言わなかった?
⸻
中庭に出た瞬間、ミーナが飛び出した。
「よーし! 私、探してくる!」
「待って、勢いだけで変なの抜かないでよ!?」
「だいじょぶだいじょぶ!」
「その"だいじょぶ"が一番信用できないの!」
でもミーナはもう行ってしまった。足が速い。そして迷いがない。ただの薬草採取なのに、宝探しイベントみたいなテンションで一番に突っ込んでいく。
エルヴィンはそれを見送りながら、静かに言った。
「行動力はありますね」
「うん。行動力はね」
「恐らく、どの草を抜けばいいのかも把握していませんが」
「うん。そこも含めてミーナだから……」
私はしゃがみ込み、先生が見本として置いていった薬草の絵を見返した。月白草は葉の裏が白い。赤鈴花は茎の根元がうっすら赤い。霧糸葉は細くて似た草が多い。これは間違えやすそうだ。
エルヴィンが私の横にしゃがむ。
「ボク、少し知っています」
「えっ、ほんと?」
「商会では乾燥薬草も扱いますから。生の状態は詳しくなくても、流通するものの名前と価値くらいは」
さすが商人の息子。知識の入り方が生活寄りで強い。
その時だった。
「クロノちゃーん! 見つけたー!」
ミーナが両手いっぱいに草を抱えて戻ってきた。
「早い!」
「でしょ!」
「その代わり絶対混ざってるよね!?」
確認するまでもなく、混ざっていた。月白草っぽいもの、雑草、食用ハーブっぽいもの、あと明らかに薬草ではない綺麗な花。
かわいかったから採ったな、これ。
「うん、混ざってるね」
「えへへ」
「えへへじゃない」
私は地面に布を広げて、採ってきた草を一本ずつ並べ始めた。
「これが月白草。葉の裏が白いから。こっちは違う、茎の色が薄い」
「えー、似てるのに!」
「似てるのが罠なんだよ」
「なんか騙すために似てるみたい!」
「たぶんそういう草なんだよ」
エルヴィンはその横で、すでに仕分けを始めていた。
「傷んでいるものときれいなものを分けましょう。種類ごとに束ねた方がいいですね」
「仕事が早い」
「商会では基本です」
「今ちょっとだけ、頼もしさの方が怖さを上回った」
「将来、聖女になるクロノさんにそう言ってもらえて光栄です」
「聖女は絶対やだし、なれる気もしないよ!」
怖い言い回しやめろ。
でもここで、ふと気づいた。これ、薬草の知識がなくても、やりようはある。
前世で散々やってきたのだ。トレカ、缶バッジ、アクスタ、ラバスト、推しぬい、フィギュア、ランダム特典。オタクは整理と保管に命をかける生き物である。私は別に薬草マニアじゃない。でも、似たものを種類ごとに分けて、傷めないように保管するのは得意だ。
コレクターをなめるな。
「ミーナ、採ったやつはそのまま抱えてこないで。葉が折れるから」
「えっ、そうなの?」
「うん。茎のところを持って、紙に包んで、種類ごとに分けて。重ねすぎない」
「おお……なんかプロっぽい」
「あと名前を覚える時は、特徴と一緒に覚えるといいよ。月白草は"月みたいに白い葉"、赤鈴花は"赤い鈴みたいな根元"、霧糸葉は"霧に紛れそうなくらい細い葉"」
「うわ、覚えやす!」
エルヴィンが小さく目を見開いた。
「……なるほど」
「え?」
「分類と記憶の結びつけ方が、かなり実用的です」
「いや、そうでもないけど……」
「いえ。整理の発想として非常に優秀です」
やめて。ただの思いつきを高級品みたいに扱わないでほしい。もともと見た目で名前がついてるんだから、それを少し言い換えただけだ。そんな"希少な才能を見つけてしまった"みたいな顔をされると、こっちが困る。
ミーナは全然気づかずに元気いっぱいだった。
「じゃあ私、次は"赤い鈴"探してくる!」
「その言い方だと完全に採取クエストのレア素材なんだよな……」
私のつぶやきも聞かず、ミーナは駆け出していった。でも今度はちゃんと足元を見ている。さっきみたいに両手いっぱい草を引っこ抜くんじゃなくて、茎の色を確認して、葉を傷めないように摘んでいた。
ミーナが学習している。
相談して、分担して、ちょっとずつ上手くなっていく。
……これ、ちゃんと班活動してるじゃん。
⸻
そんな感じで探索を進めていた時だった。
少し先の林の入口あたりで、聞き覚えのある声がした。
「だから言ってるだろ! この奥に霧糸葉の最上級、"霧絹葉"があるはずなんだよ!」
アルガスだ。
私は顔を上げた。エルヴィンも気づいたらしい。
「……行ってみましょう」
「え、なんで?」
「嫌な予感がします」
「それはわかる」
三人でそっと茂み越しに覗くと、案の定、リリス班がいた。林の奥、岩場の手前。そこには木の看板が立っている。
関係者以外立入禁止。魔物出没注意。
嫌な看板フルセットだ。
シャーロットちゃんが青い顔で、アルガスの袖を引いていた。
「だ、だめだよアルくん……! そこ、聖堂院の実習範囲じゃないし……!」
「うるせぇ! この洞窟の中に"霧絹葉"があるって、兄貴の騎士仲間が言ってたんだよ! 昔ここで採れたことがあるってな!」
「そ、そうだとしても……今もあるかどうかなんて、わからないよ……?」
リリスまで眉をひそめていた。
「さすがにここは危険でしょう。立入禁止の札がある場所へ、課題中に入るべきではありませんわ」
おお。さすがリリス。普段はちょっと面倒くさいけど、危ないものを危ないと言えるあたり、ちゃんと名家の令嬢なんだな。
……と思ったのも束の間。
アルガスが、にやっと笑って言った。
「クロノ・ソーカに勝ちたくねえのか? こんな洞窟にびびるなんて、帝国のゼルファス家も大したことねえな」
あっ、言っちゃった。
リリスの眉がぴくっと動いた。数秒の沈黙。それから、目がきらっと光った。
「……そうでしたわね。クロノ・ソーカに勝つ。そのために、あなたと協力したのでしたわね」
「いや、協力目的ほんとにそこなんだ……」
私の小声のツッコミは、当然届かない。
リリスは手にしていた小さな扇をぱちんと開き、顎を上げた。
「なめないでいただきたいですわ。さくっと入って、さくっと採って帰ってきます」
シャーロットちゃんが半泣きで止める。
「り、リリスさんまで!? 暗いし、危ないですよぉ……!」
「安心なさいな。灯りくらいなら任せられますでしょう、アルガス?」
アルガスは鼻で笑うと、迷いなく一歩前に出た。
「ハッ! 当然だ」
片手を前に出す。
「燃えろ、灯れ、紅の火――」
ぼっ。
手のひらの上に、小さな火の玉が灯った。
薄暗い洞窟の前で使われると話が違う。赤い火が入口をゆらっと照らして、めちゃくちゃ絵になる。
ずるい。
こういう"ファンタジーのかっこいい担当"を自然にやれるの、本当にずるい。私がやると、だいたいプラネタリウムとかレーザーポインターなのに。
リリスは満足そうにうなずいた。
「では行きますわ」
そして本当に入っていってしまった。アルガスが先頭、リリスがその後ろ、シャーロットちゃんが「えっ、えっ、待って……!」となりながらついていく。
……行った。本当に行った。
しばらく、私たちは無言でそれを見送った。最初に口を開いたのはミーナだった。
「……どうする?」
「司祭に言う?」
「それが妥当ですね」
エルヴィンが即答した。
「ですが、今から報告して司祭が来るまでに、さらに奥へ進まれたら間に合わない可能性があります」
うっ。それはそう。
ミーナが私の顔を覗き込む。
「クロノちゃん、どうする?」
「なんで私に聞くの」
「なんか一番こういう時、ちゃんと考えてくれそうだから!」
「期待が重い」
エルヴィンも、静かにうなずいた。
「クロノさん、追いかけましょう。入口付近で追いついて、引き返させるんです」
「いやいやいや。司祭に言うのが先でしょ!?」
「もちろん後で報告はします」
「後で!?」
「ですが、今この場で動けるのはボクたちです」
ミーナまで、きらきらした目で言った。
「大丈夫だよ! 魔物が出ても、クロノちゃんがいたら安心だし!」
「なんで!?」
「え、だってクロノちゃんだよ?」
「説明になってない!」
なんで、そんな影ながらヒーローみたいなことをせねばならんの。
そりゃ放っておいて本気で何かあったら後味は悪い。でも私は別に、洞窟探検ユニットのリーダーじゃないんだけど。
私は頭を抱えた。
正解はたぶん、司祭に言うことだ。でも今この瞬間にリリスたちが何か踏み抜いたら終わる。
えっ、これ詰みイベント?
ミーナが私の袖をちょんと引いた。
「クロノちゃん」
その顔は、さっきまでのへらへらした笑顔じゃなかった。
「……お願い」
うっ。その顔はずるい。ミーナは、いつも明るい。でも、本気で困っている時はちゃんと分かる。
私はがりがりと頭をかいた。
「……わかったよ」
「ほんと!?」
「ただし!」
私は指を立てた。
「洞窟の奥まで突っ込むんじゃなくて、入口付近で追いついて引き戻すだけ。少しでも危ないと判断したら即戻って司祭に報告。突撃禁止。勝手な単独行動禁止。特にミーナ!」
「えー、私!?」
「一番しそうだからだよ!」
「はいはーい!」
返事が軽い。
エルヴィンは真面目にうなずいた。
「さすがクロノさん。賢明な判断です」
「あと、エルヴィン」
「はい」
「何かあっても、私を過大評価しないこと」
「それは難しいですね」
「難しいとか言うな!」
もうやだこの班。
でも、こうなった以上しょうがない。
私は深く息を吸って、洞窟の暗がりを見た。
さっきまで薬草採ってたのに、なんで急にダンジョン突入前みたいな空気になってるの。この世界、すぐイベントが発生するな……。
陽キャと商人の息子が、なぜかやる気に満ちている。その先には、打倒クロノを掲げて先に突っ込んだ三人。
そして私は、またしても巻き込まれ役である。
……ほんと、静かな学園生活って、どうやって送ればいいんだろう。




