マークとポテチとレーザーポインター
――ソーカ家・マークのゲーム部屋
家に帰ると、いつものようにマークのゲーム部屋が騒がしかった。
扉を開ける前からわかる。
テレビから漏れてくる爆発音。
たまに混ざる「うおっしゃあ!」とか「凍りつく息吹やば!?」とかいう謎の雄叫び。
あの時点でもう、部屋の中の治安はだいたい察せる。
「姉ちゃん、おかえりー!」
扉を開けた瞬間、私は眉をひそめた。
ソファでくつろぐマーク。
手には炭酸シュワシュワ。
口にはサワーバターオニオン味のポテチ。
しかも指はべったべた。
そのままコントローラーを握ってる。
目線は私じゃなくてテレビに釘づけ。
口元はごきげん。
部屋の空気は、ポテチの香りとゲーム熱でだいぶ終わっている。
「見て見て! ついにドムー、三回目で倒したよ! やっぱ転職は賢者一択かな?」
(知らんがな)
いや、知らんことはない。
ドムーってたしか、前にこいつが三日くらい叫びながら挑んでたカメレオンみたいな中ボスだ。
賢者が強いのも、まあなんとなくわかる。
でも今そこじゃない。
私はずかずか部屋の中央まで進んだ。
「ちょっと! ゲームやる時はポテチ禁止って何回言えばわかるの!?」
マークがびくっとした。
でも視線は半分まだテレビに残ってる。
集中力の向け先がおかしい。
「え」
「しかも朝からずっとやってたでしょ! コントローラーが“油田”みたいになってるじゃん!」
「油田!?」
「ポテチも、もう《限界具現ゲンカイ・マテリアライズ》で出してあげないからね!」
その瞬間、マークの顔色が変わった。
「ご、ごめん姉ちゃん! 手、ちゃんと洗うから! コントローラーも拭くから! ポテチだけは許してぇ……!」
反応が速い。
ポテチ供給停止だけは、本気で効くらしい。
「あと三時間の約束もちゃんと守るから!」
「今それ言う?」
「今日はちょっとだけ延長しちゃっただけだから!」
「その“ちょっと”が六時間半なんだよ!」
マークはソファの上で正座みたいな格好になった。
反省してる感だけはある。
まあ、してる“感”だけなんだけど。
「わかったらよろしい。……ったく、あんたにはほんと甘いな私……」
そう言いながら、私は散らかった部屋を見回した。
床にはマンダムのフィギュア。
机にはドラエフの攻略本。
本棚には漫画とゲーム雑誌と、私が前に出した現代の家電カタログまで混ざってる。
意味がわからない。
なんで異世界の子ども部屋に“最新オーディオ特集”があるの。
(いや、出したの私なんだけど)
(自覚なし、甘口ではない“激甘お姉ちゃん”とは、たぶん私のことです)
いや、わかってる。
わかってるんだよ。
でもこの弟、放っておくと“ポテチを食べながら炭酸を飲みつつゲームして、コントローラーが発掘品みたいになる人間”に育つから、止めないといけないのだ。
「てかさ、マーク。マジで相談があるんだけど――」
「ちょい待って、今セーブポイントだから」
ゲーム画面のキャラが教会みたいな場所でひざまずいて、きらっと光った。
セーブ完了。
マークはふうっと息を吐いたあと、なぜか自分でも手を合わせた。
「セーブデータが消えませんように……」
(現実とゲーム、ダブルで祈るな)
でもその気持ちは、ちょっとわかる。
データ消失は人類共通のトラウマである。
たぶん聖書にも載ってる。知らんけど。
マークはゲーム機をがちゃっと切って、炭酸をゴクリと飲んだ。
「はい、続きどぞ」
軽い。
返事が軽い。
でも話を聞く姿勢にはなったらしい。
私は近くの椅子に座って、今日の授業のことを思い出した。
「……明日、魔道館っていう所で実習があるの」
「あー、イベクエきたか」
「きたのよ。で、実習は、灯りを薄暗くして“魔力の色”が見えるようにするんだって。そうして魔力を操る練習をするらしいんだけど――」
「うん」
「私、魔力ないじゃん」
「魔法使いじゃないもんね」
「魔法使いじゃないもんね、じゃないんだよ!」
こっちはわりと真剣に死活問題なんだけど。
なんでそんな“今日ちょっと暑いね”くらいの軽さなの。
「とにかく、暗いところで“魔力あります”みたいに見せないといけないの。明るすぎてもダメ。変すぎてもダメ。しかも今度は水晶割るみたいな派手な事故は避けたい」
「なるほどね」
マークはそこで少しだけ真面目な顔になった。
ポテチの袋を膝の上に置く。
おっ、考えるモードに入ったか。
「要は、暗い所で光がフワフワしてればいいんだよね?」
「ざっくり言うとそう」
「だったらレーザーポインターとか、うってつけじゃん」
「レーザーポインター……」
たしかに。
暗いところでは強い。
細い光なら魔力っぽくも見える……か?
でも直線すぎる気もする。
私がうーんと考えていると、マークがさらに続けた。
「あとは、この前、僕が夜寝れなくて出してくれた“アレ”あるじゃん」
「アレ?」
「天井に星とか映すやつ。色変えられるし、光も揺れるし、あれめっちゃ魔力っぽいよ」
「あー……!」
思い出した。
家庭用プラネタリウムだ。
寝る前に使うとちょっとテンション上がるやつ。
たしかに、あれはファンタジー感がある。
ちょっと魔法っぽい。
かなり魔法っぽい。
「しかも型紙あてたら光る形も変えられるし」
「……その発想、天才か?」
私は思わず身を乗り出した。
「さすが我が弟!」
「うぇーい!」
マークが両手を広げた。
早い。調子に乗るのが早い。
「その代わり、今日のポテチおかわりと、炭酸シュワシュワ緑+アイスでよろしく!」
「ええー、また太るってば」
「相談料です」
「生意気!」
でも、まあ。
相談に乗ってくれたのは事実だ。
私はため息をついた。
「しょうがないかぁ……」
(……この家のダメ習慣、加速中)
マークは私の返事を聞いた瞬間、さっきまでの反省モードをかなぐり捨てて立ち上がった。
「やった! じゃあコンソメも――」
「それはない」
「えっ」
「今日はサワーバターオニオンでもう十分でしょ」
「人生には追いパンチが必要なんだよ」
「そんな名言みたいに言うな」
「姉ちゃんにはわかんないよ! サワーバターのあとにコンソメを入れると、世界が広がるんだから!」
「味の地平線でも見えてるの?」
「見えてる。それも果ての向こうまで……」
「見えてるのかよ……」
私は額を押さえた。
こいつ、将来ほんとに大丈夫かな。
でも、まあ、今は実習対策が先だ。
私は手のひらを上に向けた。
意識を集中する。
緑の炭酸。
アイス。
透明なグラス。
長いスプーン。
それからポテチ二袋。
すでに一度出したことがあるものは、まとめて引っぱれる。
ぽんっ、と音がして、テーブルの上にサワーバターオニオンとコンソメとメロンクリームソーダが現れた。
マークとの実験のおかげで、
一度出したことのあるものなら、ある程度まとめて具現化できる
こともわかっている。
(弟の健康を阻害しつつ、検証にも利用する私……)
(正直ちょっとマッドサイエンティスト寄りでは?)
「うわあっ! きた!」
マークの目が輝く。
ほんと、こういう時だけリアクションが素直だな。
「はいはい、ありがたく思え」
「ありがとう姉ちゃん! 世界で一番いい姉ちゃん!」
「さっきまでポテチのことで怒られてたのに?」
「それはそれ!」
都合がいい。
でも、そういうところも含めて弟なんだよな。
マークは早速ストローを挿して、しゅわしゅわの上に浮かぶアイスをつつき始めた。
その横で、ちゃんとコントローラーを布で拭いている。
えらい。
いや、当たり前なんだけど。
でもこいつの場合、やるだけ進歩である。
そんな姿を見ていたら、さっきまでの半べそ気分が少しだけ薄れた。
……いや、明日の実習が消えるわけじゃない。
ないんだけど、家に帰ると現実感がちょっと薄れるんだよな。
マークとくだらないやり取りしてるうちに、“まあなんとかなるかも”って錯覚してしまう。
すると、メロンクリームソーダでご機嫌になったマークが、またしてもぴかーんと顔を上げた。
「あっ、そうだ!」
嫌な予感しかしない。
「明日の実習さ、あのプラネタリウムで七色に光る魔力とかやっちゃえば?」
「やっちゃえば、じゃないのよ」
「絶対ウケるって!」
「ウケたら困るんだってば!」
「じゃあ赤だけにすればいいじゃん。紅蓮っぽく」
「……」
私は少し考えた。
たしかに。
七色はダメだ。
それはもう魔法じゃなくて祭りだ。
でも赤だけ、しかも光量を落として、ぼんやり見えるくらいなら――
(普通の紅蓮魔法の適性ってことで、なんとか押し切れるかも)
おお。
それっぽい。
かなりそれっぽい。
「しかもさ」とマークは続けた。
「最初はちょっと弱めにして、あとから“おお、集中したら強くなった!”みたいにしたら、先生も納得しそうじゃん?」
「お前ほんと、変なとこだけ頭回るな……」
「褒めてる?」
「半分は褒めてる」
「じゃあ残り半分も褒めて」
「それは無理」
マークはぶーっと口を尖らせたあと、またメロンクリームソーダを飲んだ。
アイスの白とソーダの緑で、口の周りがちょっとだけ白くなっている。
子どもか。
いや、子どもなんだけど。
私はそんな弟を見ながら、小さく息を吐いた。
たぶん明日も、なんとかなる。
なんとかするしかない。
魔法は使えない。
でも、ごまかし方ならまだ考えられる。
そして、そのための作戦会議相手は、なんだかんだでちゃんとここにいる。
「……マーク」
「なに?」
「やっぱお前、変なとこでだけ天才だわ」
「知ってる!」
「だから調子に乗るなって」
そんなわけで、今日も《現界具現》チートと、シュワシュワと、ポテチにまみれながら。
姉弟の作戦会議は、ゆるっと、でもわりと真剣に進んでいくのだった。
たぶん明日も、あさっても。
こんなふうに笑って、焦って、ごまかして、少しずつやり方を覚えていくんだと思う。
……ポテチの消費量だけは、ほんとどうにかしたいけど。




