マークとポテチとレーザーポインター
――ソーカ家・マークの部屋
家に帰ると、いつものようにマークの部屋から声が聞こえてきた。
「うおっしゃあ!」
「轟く息吹やばっ!?」
「待って待って待って、そこで毒はずるいって!」
……扉を開ける前から、だいたいわかった。
ゲーム中だ。
しかも、かなり盛り上がっている。
ノック代わりに、私は扉の外から声をかけた。
「マーク、ただいまー。入るよー!」
「姉ちゃん、おかえりー!」
返事が軽い。
たぶん、ゲーム画面から目を離していない。
扉を開けた瞬間、私は眉をひそめた。
部屋の中は、私が出してあげたおもちゃと遊び道具で埋まりかけていた。机にはゲームソフトと攻略メモ。棚には白い角つきロボの模型と漫画とラノベ。そしてなぜか、その棚にミリタリー雑誌まで混ざっている。
意味がわからない。
なんで異世界の子ども部屋に、銃火器と戦車と軍用ドローンの特集号があるの。誰だ、こんな物騒なものを子どもの部屋に置いておくやつは。
…………。
私か……。
ていうか、私以外に出せる人いないわ。
前世でFPSにハマっていたせいで、こういう雑誌は買いまくって、ページがよれるくらい読み込んでいた。限界具現ゲンカイマテリアライズの実験中に、もしかして本もいけるのでは? と思って出したものだ。
結果、本はいけた。
ただし、そこに載っている銃や戦車まで出せるかは、まだ試していない。写真と知識だけで本物が出せるのかも怪しいし、そもそも試す気になれない。
この世界でそんなものをうかつに出して、もし暴発でもしたら、便利を通り越して完全に事件……いや、事件どころか、たぶん歴史の教科書に載る。
だから今のところ、武器そのものは出さない。
平和って大事。
そして肝心の部屋の主は、ソファでくつろいでいた。
傍らには炭酸シュワシュワ。
口にはサワーバターオニオン味のポテチ。
しかも指はべったべた。
そのまま携帯ゲーム機を握っている。
目線は私じゃなくて、手元の画面に釘づけ。口元はごきげん。部屋の空気は、ゲーム熱とお菓子の残り香でだいぶ終わっていた。
「見て見て! ついにドムー、三回目で倒したよ! やっぱり魔導士を上位職にして正解だったかも!」
知らんがな。
いや、知識としては知っている。攻略法まで知っている。ドムーは属性耐性をミスると普通に事故るし、魔導士の上位職ルートは安定択だ。
でも今その話じゃない。
私はずかずか部屋の中央まで進んだ。
「ちょっと! ゲームやる時はポテチ禁止って何回言えばわかるの!?」
「え」
マークがびくっとした。
でも視線は半分まだ手元の画面に残っている。
集中力の向け先がおかしい。
「しかも朝からずっとやってたでしょ! 画面の端とボタン周りが油田みたいになってるじゃん!」
「油田!?」
「もうポテチ出してあげないからね!」
その瞬間、マークの顔色が変わった。
「ご、ごめん姉ちゃん! 手、ちゃんと洗うから! ゲーム機も拭くから! ポテチだけは許してぇ……!」
反応が速い。
ポテチ供給停止だけは、本気で効くらしい。
「あと三時間の約束もちゃんと守るから!」
「覚えてたの?」
「今日はちょっとだけ延長しちゃっただけだから!」
「その“ちょっと”が六時間半なんだよ!」
マークはソファの上で正座みたいな格好になった。反省している感だけはある。まあ、している“感”だけなんだけど。
「わかったらよろしい。……ったく、あんたにはほんと甘いな私……」
自覚なし、甘口どころか“激甘お姉ちゃん”とは、たぶん私のことです。
いや、わかってる。
わかってるんだよ。
でもこの弟、口がうまいのだ。
「実験だよ、姉ちゃん!」とか「能力の検証は大事だよ!」とか、それっぽいことを言ってくる。そう言われると、私もつい「まあ、検証なら……」となってしまう。
この前なんて、おもちゃみたいな小型ドローンまで出してしまった。
さすがに軍用とかではない。あくまで玩具寄りのやつだ。庭で飛ばして、ラジコン感覚で遊ぶくらいのもの。
……なのに、これが普通に楽しかった。
マークは大はしゃぎするし、私も途中からちょっと本気になった。障害物コースを作って、庭木の間を抜けて、最後に石の上へ着地。
成功した瞬間、二人で「うおおお!」って叫んだ。
うん。完全に共犯である。
「てかさ、マーク。マジで相談があるんだけど――」
「ちょい待って、今セーブポイントだから」
ゲーム画面のキャラが教会みたいな場所でひざまずいて、きらっと光った。
セーブ完了。
マークはふうっと息を吐いたあと、なぜか自分でも手を合わせた。
「セーブデータが消えませんように……」
「現実とゲーム、ダブルで祈るな!」
でもその気持ちは、ちょっとわかる。データ消失は人類共通のトラウマである。
今日習った聖典にも載っている。……たぶん。
マークはゲーム機の電源を切って、炭酸をゴクリと飲んだ。
「はい、続きどぞ」
またしても軽い返事だ。怒られた直後とは思えないくらい、返事が軽い。
でも、話を聞く姿勢にはなったらしい。私は近くの椅子に座って、今日の授業のことを話し出した。
「……明日、魔導館っていう所で実習があるの」
「あー、イベクエきたか」
「きたのよ。で、実習は、灯りを薄暗くして“魔力の色”が見えるようにするんだって。そうして魔力を操る練習をするらしいんだけど――」
「うん」
「私、魔力ないじゃん」
「魔法使いじゃないもんね」
「魔法使いじゃないもんね、じゃないんだよ!」
こっちはわりと真剣に死活問題なんだけど。なんでそんな“今日ちょっと暑いね”くらいの軽さなの。
「とにかく、暗いところで“魔力あります”みたいに見せないといけないの。明るすぎてもダメ。変すぎてもダメ。しかも今度は水晶割るみたいな派手な事故は避けたい」
「なるほどね」
マークはそこで少しだけ真面目な顔になった。
ポテチの袋を膝の上に置く。
おっ、考えるモードに入ったか。
「要は、暗い所で光がフワフワしてればいいんだよね?」
「ざっくり言うとそう」
「だったら、あれじゃん。銃につける赤い光のやつ!」
「……レーザーサイト?」
「そう、それ!」
「いや、銃につけるやつはダメでしょ。物騒すぎる」
「じゃあ、光だけ出るやつないの?」
「ある。レーザーポインターってやつ」
「それ出せばいいじゃん!」
「ていうか、あんたなんでそんな妙に銃のこと知ってるの?」
「これで君も特殊部隊の仲間入り! 世界のすごい兵器ずかん、って本に載ってた!」
「読むな! そんな本を!」
「姉ちゃんが出したんじゃん」
「ぐっ……」
反論できない。
完全に私のせいである。
でも、レーザーポインターか。
たしかに、暗いところでは強い。細い光なら魔力っぽくも見える……か?
ただ、直線すぎる気もする。
「ちょっと試してみよ!」
「え、今?」
「実験は大事だよ、姉ちゃん」
マークは妙に得意げに言った。
ポテチの粉を指につけたまま言うな。説得力が塩まみれである。
私はため息をつきながら、手のひらを上に向けた。
意識を集中する。
小さな黒い筒。赤いレーザー。ボタンの感触。前世で見た、授業とか会議とかで使うやつ。
ぽんっ、と小さな音がして、手のひらの上に赤いレーザーポインターが現れた。
「おお!」
「まず注意。人の顔には絶対向けない。特に目。目に入ったら危ないからね」
「わかってるって!」
「外でも使わない。母さんに見つかったら怒られるからね。私が!」
「それは別にいいんだけど……」
「ポテチとお別れ……」
「気をつけるよ姉ちゃん!」
返事だけはいい。
私は部屋の明かりを少し落として、レーザーポインターを手の中に隠すように構えた。
そのままスイッチを入れる。
ぽつん。
壁に小さな赤い点が浮かんだ。
「……うーん」
「おお、ふわっとはしてないけど、圧縮された魔力っぽい!」
「いや、ただの赤い点じゃない?」
「じゃあ手をこう、ふわっと被せて動かして!」
言われた通り、私は手のひらを少し丸めて、指の隙間から赤い光を漏らすように動かした。
赤い点が壁の上をゆらゆら揺れる。
なるほど。
直接見せると完全にレーザーだけど、手の中に隠して、少しだけ光を漏らすと――
「……ちょっと魔力っぽいのかも」
「でしょ!」
マークがどや顔をした。
腹立つ。
でも、ちょっと本当にそれっぽい。
「ただ、線がまっすぐすぎたり、壁にぴたっと張りつくんだよね」
「そこは姉ちゃんの演技力で」
「一番信用できない部分に賭けるな」
「じゃあ、魔法っぽい動作の練習もする?」
「動作の練習か……」
でも、方向性は悪くない。
暗い場所で、手のひらに隠して、赤い光をほんの少しだけ揺らす。
うまくやれば、紅蓮魔法の魔力っぽく見えるかもしれない。
見えるかもしれない、というだけで、だいぶ心が軽くなる。
「じゃあ赤が本命だね」
「うん。紅蓮っぽいし、これでいく」
私がそう言うと、マークはじーっとレーザーポインターを見つめた。
嫌な予感がした。
「……なに?」
「姉ちゃん」
「なに?」
「僕にもちょうだい!」
「やっぱりそう来たか」
「いいじゃん! 僕もレーザーだしたい!」
「絶対だめな使い方しそう」
「人に向けない! 目にも向けない! 外でも使わない! 母さんに見つからない!」
「ポテチに誓える?」
「誓う!」
マークは両手を合わせて拝んできた。
圧が強い。そして私は、こういう時に弱い。
「……はあ。しょうがないな」
「やった!」
「ただし赤は私が使うからダメ。別の色ね」
「別の色でもいい!」
私はもう一度、手のひらを上に向けた。
今度は緑のレーザーポインターにしよう。
ぽんっ、と小さな音がして、さっきとほぼ同じ黒い筒が現れる。
マークはそれを受け取った瞬間、目を輝かせた。
「うわ、かっこいい!」
私は緑のレーザーポインターも試しに壁へ向けた。
ぽつん。
この部屋の壁の色のせいか、赤よりもくっきりした緑の点が浮かぶ。
「うわ、緑めっちゃ目立つ」
「こっちの方が強そう!」
「ダメ。緑は翠嵐っぽく見える。私は紅蓮の才があるってことになってるんだから、赤じゃないとまずいでしょ」
「そっか。じゃあ赤が姉ちゃん用で、緑が僕用だね」
「そう。赤が私用。緑がマーク用」
私は二本のレーザーポインターを机の上に並べた。見た目はほぼ同じ。
まあ、間違えないようにすればいいだけか。
「あとさ」とマークが言った。
「レーザーだけだとちょっと地味じゃない?」
「地味でいいのよ。目立ちたくないの」
「でも姉ちゃん、だいたいアクシデント起きるじゃん。保険は多い方がいいって!」
「やめて。事実で殴らないで」
マークは少し考えてから、ぽんと手を打った。
「あとは、この前、僕が夜眠れなくて出してくれた“アレ”あるじゃん」
「アレ?」
「天井に星とか映すやつ。色も変えられるし、光も揺れるし、あれめっちゃ魔力っぽいよ」
「あー……!」
思い出した。
家庭用プラネタリウムだ。
寝る前に使うとちょっとテンションが上がるやつ。前世で、クリスマスにサンタさんからもらって、しばらく部屋を宇宙にしていた思い出の品だ。
たしかに、あれはファンタジー感がある。ちょっと魔法っぽい。かなり魔法っぽい。
「しかも型紙あてたら光る形も変えられるし」
「……その発想、天才か?」
私は思わず身を乗り出した。
「さすが我が弟!」
「うぇーい!」
マークが両手を広げた。
早い。調子に乗るのが早い。
「じゃあ作戦まとめるよ」
マークはなぜか偉そうに言った。
「第一案、赤レーザーポインター。手の中に隠して、指の隙間からちょっとだけ光を漏らす。紅蓮魔力っぽく見せる」
「うん」
「第二案、プラネタリウム。どうしようもなくなったら、キラキラで押し切る」
「押し切り方が雑」
「大事なのは勢いだから!」
「それ、だいたい事故の原因だからね?」
でも、作戦としては決まった。
赤レーザーポインター。
それでダメなら、プラネタリウム。
命綱が家庭用プラネタリウムと小型光線装置ってどうなの。異世界転生、思っていたより誤魔化し力が試される。
「じゃあ姉ちゃん」
「なに?」
「僕、役に立ったよね?」
「……まあ、今回はね」
「というわけで、ご褒美下さい!」
「言うと思った」
「ポテチおかわりと、炭酸シュワシュワ緑+アイスでよろしく!」
「ええー、また太るってば」
「相談料です」
「生意気!」
でも、まあ。
相談に乗ってくれたのは事実だ。
私はため息をつきながら、手のひらを上に向けた。
緑の炭酸。アイス。透明なグラス。長いスプーン。それからポテチ二袋。
すでに一度出したことがあるものは、まとめて引っぱれる。
ぽんっ、と音がして、テーブルの上にサワーバターオニオンとコンソメとメロンクリームソーダが現れた。
マークとの実験のおかげで、一度出したことのあるものなら、ある程度まとめて具現化できることもわかっている。
弟の健康を阻害しつつ、検証にも利用する私。
正直ちょっとマッドサイエンティスト寄りでは?
「うわあっ! きた!」
マークの目が輝く。
「はいはい、ありがたく思え」
「ありがとう姉ちゃん! 世界で一番優しい姉ちゃん!」
「さっきまでゲームのことで怒られてたのに?」
「それはそれ!」
都合がいい。
でも、そういうところも含めて可愛い弟なんだよな。
マークは早速ストローを挿して、しゅわしゅわの上に浮かぶアイスをつつき始める。
ふと携帯ゲーム機を見ると、画面とボタン周りは、いつの間にかちゃんと布で拭かれていた。
えらい。
怒られた直後に要求を通しつつ、最低限の義務は済ませている。
この要領の良さ、私も少し見習わなければならない。
そして、マークとくだらないやり取りをしているうちに、“まあなんとかなるかも”って錯覚してしまう。
私は机の上に置いたレーザーポインターを手に取り、もう一度スイッチの位置を確認した。
よし。やるか。
「マーク! 魔法っぽく見えるように、動作とか仕草とか見てて!」
「了解! まず顔が怖すぎる!」
「集中してんの! 初手からやる気を削ぐな!」
赤い光を小さく揺らす。
手の角度。
指の開き方。
いかにも集中しています、という雰囲気。
それだけできれば、明日はきっと乗り切れる。
私はそう祈りながら、小さな赤い光をもう一度、壁に走らせた。




