無用な知識の重さ
月曜の朝は、いつも上級魔法理論から始まった。
週のなかで、唯一憎んでいない授業だった。
「今日は」オールドウィン教授が、鼻の上の眼鏡を直しながら言った。「マナ保存の法則について話します」
クラスは、はっきりと二つに分かれていた。半分の学生――ランクC以上――は、退屈そうにしていた。もう半分――僕のような連中――は、必死にノートを取っていた。
「マナは」教授は続け、黒板に書いた。「創造も、破壊もされません。ただ、変換されるだけです。火の魔法使いが火球を生み出すとき、無からエネルギーを創り出しているのではありません。内なるマナを、元素の顕現へと変換しているのです」
僕は書き取っていたが、頭の中では、疑問が渦を巻いていた。
マナが火に変換されるのなら……そのエネルギーは、そのあとどこへ行く? 散逸する? 魔法使いに戻る? それとも、周囲に溶け込む?
「ヘリオ」
顔を上げた。オールドウィン教授が、僕を見ていた。
「はい、教授?」
「困惑した顔をしているな。何か、腑に落ちないことでも?」
同級生たちの視線を感じた。退屈そうな者もいれば、ほかの者――ルシアンの取り巻きの一人、あのカエルみたいな男――は、嘲りを期待する顔をしていた。
「僕は……顕現のあと、エネルギーがどこへ行くのか、気になっていました」
「周囲に散逸します」オールドウィンが言った。「炎の熱が、空気の中へ広がっていくようにね」
「でも、散逸するのなら」僕は続けた。考えを、なんとか形にしようとして。「マナは……何になるんですか? 周りの熱? 光? 空気の動き? そしてもしそれらになるのなら、マナは……ほかの形のエネルギーに変換される、エネルギーの一種、ということになりませんか?」
オールドウィン教授が、手を止めた。
クラスが、静まりかえった。
「それは……興味深い見方だ」教授は、ゆっくりと言った。「マナは、マナだ。宇宙の生命力。物理的な意味での『エネルギー』ではない――」
「でも、エネルギーのように振る舞います」考えは、もう走り出していた。「保存の法則に従う。変換される。創られも、消されもしない。まるで……エネルギーそのものだ。ただ、僕たちが『マナ』と呼んでいるだけで」
オールドウィンが、読み取れない表情で僕を見た。
「ヘリオの言うとおりなんですか?」声がした。ミラ、ランクDの女の子だ。「マナは、エネルギーなんですか?」
「それは……そう単純な話じゃない」教授は言った。「マナには、普通のエネルギーにはない、独特の性質がある。意志に応える。元素への親和性を持つ。ただの生のエネルギーではない」
でも、エネルギーのように変換されるなら……保存の法則に従うなら……だったら、ほかに何だっていうんだ?
今度は、声に出して何も言わなかった。
「素晴らしい問いだ、ヘリオ」オールドウィンが言った。「そうやって、考え続けなさい。深い理論的理解というのは、稀なものだ」
カエルが、鼻を鳴らした。「魔法も使えないやつが理解して、何の意味があるんだ?」
何人かが、小さく笑った。
オールドウィン教授が、動きを止めた。チョークを置く。そして、ゆっくりとカエルのほうへ向き直った。
「ヴァンス君」危険なほど穏やかな声で言った。「私が魔法理論の研究に、何年を捧げてきたか、知っているか?」
カエルが、まばたきした。「僕は……存じません、教授」
「四十二年だ。では、私がいくつの呪文を唱えられるか、知っているか?」
沈黙。
「ゼロだ。私はランク∅でね、ヴァンス君。ヘリオと、まったく同じだ」クラスが、息を呑んだ。「だが、君が使っている教科書は? 私が書いた。君が学ぶ図解は? 私が描いた。君が、あの情けない火球を唱えられるようにしている理論は? 私が打ち立てたものだ」
カエルが、青ざめた。
「では、教えてくれ」オールドウィンは続けた。「理解することに、何の意味があるのか。――おそらく、君のような傲慢な者に、魔法とは力ずくだけのものではないと、教えてやれることだろうな」
完全な、沈黙。
オールドウィンが、黒板へ戻った。「続けよう」
僕は、カエルのほうを見なかった。だが、彼の屈辱が、伝わってきた。
ありがとうございます、教授、と思った。
明日、カエルが僕をいっそう憎むことは、わかっていたけれど。
授業と授業のあいだの休憩は、いつも最悪の時間だった。
アカデミーの中庭の、木の下に一人で座り、家から持ってきたパンとチーズを食べた。ほかの学生はグループになって、笑い合い、互いに見せつけるように、小さな呪文を練習していた。
「ヘリオ」
振り返った。ミラ――授業で質問した女の子――が、僕の横に立っていた。
「座ってもいい?」
「もちろん」
彼女が座った。一瞬の、沈黙。
「授業でのあなたの質問、面白かった」彼女は言った。「考えたこともなかった。マナが、まるで……エネルギーみたいだなんて」
「ただの思いつきだよ」僕は言った。
「あなたは、いつもそう。誰も訊かないことを訊く」彼女が僕を見た。「どうして?」
「何かが、おかしいからだ」
「何が?」
どう説明すればいいか、わからなかった。「体系。元素。魔法。みんな、ある決まったやり方で動くって言う。でも、本気で考えてみると……筋が通らないんだ」
「どう、筋が通らないの?」
「たとえば、火だ。みんな、元素だと言う。でも火は……物じゃない。反応だ。何かが燃えている。木が要る、空気が要る、熱が要る。それがなければ、火は存在しない。なのに、どうして『基本元素』でいられる?」
ミラが、困惑した顔で僕を見た。「でも……ずっと、そうだったわ。四賢者が――」
「知ってる」僕は言った。「本に何が書いてあるかは、知ってる。でも、本当によく観察すると……本当によく考えると……何かが、合わないんだ」
彼女は、黙っていた。
「ごめん」僕は言った。「たぶん、ただ失敗の言い訳を探してるだけなんだろうな」
「そうは思わない」ミラは言った。それから、ためらった。「でも……白状すると、あなたといると、自分が馬鹿みたいに思えてくる」
彼女を見た。「え?」
「あなたは、私の頭には浮かびもしない問いを訊く。まるで、魔法をまるっきり違う角度から見ているみたい」彼女が、かすかに微笑んだ。「魅力的で、同時に、いらいらする」
「まあ、慰めになるなら……違う角度から見えてても、使えないんだけどな」
「だから、賢くて、不運」
「ありがとう。すごく気が楽になったよ」
彼女が笑った。「ごめん。あんまり、助けになってないわね」
「なってない。でも、少なくとも正直だ」
しばらく、二人とも黙っていた。それから、ミラが立ち上がった。
「役に立つかどうか、わからないけど」彼女は言った。「訊き続けて。いつか、探している答えが見つかるかもしれない」
そうかもな、と思った。
それとも、史上もっとも学のあるヌルとして卒業するか、だ。
午後の実技の授業は、基礎魔法戦闘だった。
ソーン教授――元軍人の魔法使いでランクA、顔に傷跡、号令を吠えるような声――は、いつも僕たちをペアに分けて、組手をやらせた。
「ヴァロリンと……ブラックウッド」
僕は、内心ため息をついた。
マーカス・ブラックウッド。ランクC。火の専門。そして、ルシアンの友人。
二人とも、練習用の円の中に入った。
「ルールだ」ソーンが言った。「最初の有効打を取ったほうが勝ち。レベル2以上の攻撃魔法は禁止。補助魔法も禁止。構えろ」
マーカスが、微笑んだ。炎が、その指先で踊りはじめる。
僕は手を上げ、マナを集中させようとした。
「始め」
「ファイアダート!」
三つの炎の弾が、僕めがけて飛んできた。
横へ飛び込んだ。一つが肩をかすめ、袖を焦がした。
反撃しないと。しないと――
「ファイアボール!」
集中した。火を思い描く。赤く、熱く、球状の火を。
「ファイアボ――」
ポン。
火花。
クラスが、笑った。
マーカスは、動かなかった。ただ、待っていた。
もう一度、試した。
「ファイアボ――」
ポン。
また、火花。
笑い声が、大きくなる。
「ファイアダート!」マーカスが、ほとんど退屈そうに叫んだ。
胸に、当たった。
強くはない――加減されていた――が、倒れるには十分だった。
「そこまで」ソーンが言った。「ブラックウッドの勝ち」
マーカスが、僕を見下ろした。「剣術の授業でも受けてみたらどうだ、ヴァロリン。少なくとも、あっちはマナが要らないぞ」
僕は立ち上がり、制服から灰を払い落とした。
「もう一度」と言った。
ソーンが、僕を見た。「ヴァロリン――」
「もう一度、お願いします、教授」
一瞬の、沈黙。
それから、ソーンがうなずいた。「いいだろう。位置につけ」
円に、戻った。
「始め」
マーカスは、動かなかった。
腕を組み、炎も消したまま、その場に立っている。
待っていた。
「さあ」と、微笑んで言った。「お前から動け」
僕は、ためらった。
「来いよ、ヴァロリン。攻撃しろ。先手をくれてやる」
クラスが、ざわついた。緊張した、笑い声。
拳を握りしめた。マナを、集中させる。
「ファイアダー――」
ポン。
火花。
笑い声。
マーカスは、身じろぎひとつしなかった。
「何を待ってる?」と言った。「攻撃しろ。こっちは無防備だぞ」
もう一度、試した。それから、もう一度。さらに、もう一度。
ポン。火花。笑い声。
六回目には、手が震えていた。
七回目――それは、努力のせいではなかった。
恥のせいだった。
ついに、僕は手を下ろした。
「降参、します」と囁いた。
「何だ?」ソーンが言った。「もっと大きな声で」
「降参します」
「そこまで」教授が、平坦な声で言った。「ブラックウッドの勝ち。またしても」
円を出る僕の横を、マーカスが通り過ぎた。
「いい試みだったな、ヌル」と囁いた。
授業は、続いた。
僕はベンチに座り、ほかの者が戦うのを眺めていた。
ヴィヴィアンはランクBの女の子との試合に負けたが、少なくとも戦っていた。呪文を唱え、防御していた。
僕は?
僕は、何もしなかった。
ただ……そこに、いた。
そして、失敗した。
授業が終わるころには、小さな火傷と、あざと、傷ついた自尊心に、すっかり覆われていた。
ヴィヴィアンが、戦闘教室の外で待っていた。
「まだ、ひとつは無事?」彼女が訊いた。
「『ひとつ』の定義を、お願いします」
「火傷は五つ以下。あざは十個以下。自尊心が、何らかの形で、まだ存在している」
「三つとも、不合格だ」
ヴィヴィアンが、ため息をついた。それから、何の予告もなく、僕の肩を強く叩いた。よりによって、あざのあるところを。
「痛っ!」
「それは、二回戦をお願いした罰よ」
「でも、僕は――」
「自分を痛めつけずにいられない人。それが、あなた。理論じゃ誰より輝くくせに、実戦となると自殺行為に走る、救いようのない、痛がりたがりよ」
僕は彼女を見た。「助けようとしてる? それとも、侮辱?」
「両方よ。両立するの」彼女が、じっと僕を見つめた。「ヘリオ、聞いて。あの人たちと同じやり方で戦っても、勝てない。無理なの。別のやり方を、見つけなきゃ」
「その『別のやり方』って、何だよ?」言葉が、思ったより苦々しく出た。
ヴィヴィアンが、ためらった。「わからない。でも、見つけたときには……」彼女は、言葉を切った。「……とんでもないことになる。確信してる」
「どうして?」
「あなたみたいな人――違う考え方をする人――は、完全に失敗するか、何もかもを変えてしまうか、そのどちらかなの」彼女が、まっすぐ僕の目を見た。「そして、あなたは、永遠に失敗し続けるタイプには、見えない」
君の自信が、僕にもあればいいのにな、と思った。
でも、言わなかった。
その夜、部屋に戻り、鏡を見た。
顔に、あざ。腕に、火傷。少しだけ、歪んだ眼鏡。
ドアが開いた。セバスチャンが入ってきて、僕の顔を見るなり、口笛を吹いた。
「うわ! 何に轢かれたんだ? 竜か?」
「マーカス・ブラックウッド」
「ああ。まあ、だいたい同じだな」
僕は、鞄を置いた。「少なくとも、生きてる」
「だいたいはな」
「勝ちとして数えとくよ」
彼を見た。「どこの宇宙の話だ?」
セバスチャンが、肩をすくめた。「死んでない宇宙の話さ。俺の基準ではな」
それでも、僕はほとんど微笑みそうになった。
セバスチャンが出ていったあと、僕は一人になった。
ヘリオ・ヴァロリン。
ランク∅。
理論では、輝いている。
実践では、無用。
でも、少なくとも、生きている。
今のところは。
ノートを開いた。
何ページにもわたる理論、図解、問い。
なぜ、火はこう振る舞う?
なぜ、水は状態を変える?
魔法を、本当に支配しているものは何だ?
もっと深い体系が、あるのか?
何週間も前に書いた問いを、見つめた。
そして、その下――ページの隅に、何かがあった。
走り書き。
奇妙な記号。
近づいて、見た。
僕は……何を書いたんだ?
∇×E = -∂B/∂t
いつ、書いた?
覚えていなかった。
意味が、わからなかった。記号。矢印のようなもの。文字。等号。そして、ほかの記号。小さな文字。
何を、意味している?
本当に、意味があるのか?
それなのに、なぜ……重要なものに見えるんだ?
いつ描いたのか、思い出そうとした。どの授業のあと? どの勉強の最中?
何も、出てこない。
ただ……感覚だけが、あった。
馴染み深く、それでいて、不条理な感覚。
僕は、勢いよくノートを閉じた。
どうかしてる。
ベッドに横たわり、天井を見つめた。
明日も、また別の授業。
別の、失敗。
「ヌルのヘリオ」でいる、また別の一日。
でも、何かが……僕の中の何かが、囁き続けていた。
∇×E = -∂B/∂t
いったい、何を意味している?
なぜ、知らないのに、知っている?
どうして僕は、こんなにも、おかしいんだ?




