婚約者
ヘリオが宮殿に到着した、その翌朝——王立魔法アカデミー、教授評議会の間。
半円形に並べられた、十六の椅子。そのうち、十四が埋まっていた。中央には——空の演壇。いつもなら、被告が立つ場所。だが、今日は——誰もいない。
ヘリオ・ヴァロリンは、出席していなかった。できなかったのだ。姿を消して、三日。何の音沙汰も、ない。だが、一夜のうちに、噂は広まっていた。「王女を救ったらしい」「王が、彼を庇っている」「明日、儀式があるそうだ」と。
しかし、アカデミーにはアカデミーの手続きがあった。独自の基準。独自の規則。そして、ヘリオ・ヴァロリンは——英雄であろうとなかろうと——魔法の神聖な掟を、ことごとく破っていた。
「採決を行う」ハーウィンド学長が、言った。七十歳の老人。長い白髭と、疲れた目。
羊皮紙から、読み上げる。「ヘリオ・ヴァロリン、ランク・ヌルの生徒。禁じられた魔法の使用、アカデミー財産の破壊、生徒を危険にさらした罪、そして魔法の異端の廉で、告発されている」間。「即時かつ永久の、追放に付すことを問う」
教授たちを、見渡した。「追放に賛成の者は?」
手が、上がった。一つ。二つ。五つ。十。十一。
アンブローズ・オールドウィン教授——ヘリオの指導教官——が、手を上げた。ゆっくりと。だが、上げた。
セラフィンが、彼を見た。衝撃を受けて。「アンブローズ……」
オールドウィンは、彼女を見なかった。テーブルを、見つめていた。異端だ、と心の中で思った。掟を破った。神聖な原則を。それを擁護すれば……私も、異端の共犯者。経歴は終わり。評判は、地に落ちる。そして、何のために? ヘリオは、もういない。消えた。聞けば、王に庇われているという。私の一票など、いらぬではないか。
目を閉じ、手を上げた。「申し訳ない」静かに、言った。
セラフィンは、彼を見た。怒り、ではなく。失望で。そのほうが、こたえた。
学長が、数えた。「賛成、十一。反対の者は?」
三つの、手。セラフィン教授。ソーン教授。そして——エララ・ムーンウィスパー教授。五十がらみの女性。黒髪に、銀の筋。高等理論の専門家。あの爆発のあとの討論に、居合わせていた。ヘリオが説明するのを見た。その情熱を。論理を。深い理解を。異端かもしれない。だが——輝いている、と。
学長が、うなずいた。「十一対三。動議は、可決された」
小槌を、打った。「ヘリオ・ヴァロリンは——」
ドン、ドン、ドン!
扉が、叩かれた。強く。切迫して。
「入れ」学長が、苛立たしげに言った。
扉が開き、伝令が入ってきた。若く、緊張している。王室の紋章をあしらった服。「教授方。お邪魔して、申し訳ありません」
激しく、息をしていた。走ってきたかのように。
「何だ?」学長が、訊いた。
「お言伝です。王より。火急の」
封蝋を施した羊皮紙を、取り出す。赤い蝋に、王室の印。学長に、差し出した。
ハーウィンドは、それを受け取り、印を破り、読んだ。目が、見開かれていく。
「これは……」つぶやいた。
「何と、書いてある?」オールドウィンが、訊いた。
ハーウィンドは、顔を上げた。「書いてある……ヘリオ・ヴァロリンを、追放することはできぬ、と」
絶対の、沈黙。
「何だと?!」一人の教授が、声をあげた。
「アルドウス王の、直々の御命令だ」声に出して、読み上げる。「『ソルマール国王アルドウス陛下の命により、生徒ヘリオ・ヴァロリンを王室の庇護下に置く。アカデミーによるいかなる懲戒も、追って沙汰あるまで、これを停止する。署名——アルドウス王』」
沈黙。それから——混乱。
「王室の、庇護だと?!」
「なぜだ?!」
「いったい、何が起きている?!」
セラフィンは、ソーンを見た。彼も、彼女を見た。二人とも、戸惑っている。エララが、つぶやいた。「王が……異端者を、庇う?」
ハーウィンドは、羊皮紙を読み返した。文面が変わるとでもいうように。だが、言葉は、明白だった。「私には……解せん」
伝令を、見た。「子細は?」
「いいえ、学長。御命令のみにございます」間。「ですが……噂では、ヘリオ・ヴァロリンが、アドリアナ王女を、お救いしたと」
「何?!」
「街道での、襲撃。略奪者。それに、正体の知れぬ獣。彼が、王女をお救いしたと」間。「いまは、宮殿に。王の賓客として」
沈黙。先ほどよりも、重い。
オールドウィンが、青ざめた。ヘリオが……宮殿に……王と……。
セラフィンが、立ち上がった。「行かなければ」
「どこへ?」ソーンが、訊いた。
「宮殿。いますぐ」
「そう簡単には——」
「いますぐ!」
部屋を、出た。ソーンが、続いた。エララは、ためらった。それから、彼女も。残された教授たちは、混乱したまま。そして、学長は——王の命令書を、見つめていた。
いったい、何が起きているのだ?
同じ夜、アッシュフォードのヴァロリン家では。
七階のC室。アルドリックが、本を読んでいた。セレステが、縫い物をしていた。ありふれた夜。静かな。
コン、コン、コン!
扉が、叩かれた。強く。威圧するように。
アルドリックが、顔を上げた。「こんな時間に、誰だ?」
扉を開けて、彼は見た——三人の兵士。完全武装。王室の紋章。そして、使者。上等な身なり。手に、羊皮紙。
「アルドリック・ヴァロリン殿?」
「はい?」
「セレステ・ヴァロリン殿は?」
セレステが、立ち上がった。「はい、私です」
使者が、一礼した。「アルドウス国王陛下より、お言伝にございます」
羊皮紙を、差し出す。アルドリックは、それを受け取った。手が、震えた。王が……なぜ、王が……ヘリオのことか?
開いて、読んだ。目が、見開かれる。
「何と、書いてあるの?」セレステが、張り詰めた声で訊いた。
アルドリックは、彼女を見た。それから、使者を。「書いてある……宮殿に、召喚すると」
「宮殿?! なぜ?!」
アルドリックは、読み続けた。「儀式のためだ。息子のヘリオ・ヴァロリンが、グレンマール男爵に叙任される、と」
沈黙。セレステが、まばたきした。「男爵?」
「ああ」
「私たちの……私たちのヘリオが?」
「ああ」
「男爵ですって?!」
アルドリックは、読み返した。
——ヘリオ・ヴァロリン、王冠への功により、グレンマール男爵に叙する。正式の儀式のため、両親の出席を明日正午に求める。
「私には……解せないわ」セレステが言った。使者を、見る。「何かの、間違いでは?」
「いいえ、奥方様。御子息が、アドリアナ王女をお救いになりました。王が、褒美を取らせるのです」間。「馬車を、ご用意しております。一時間後に、出立を」
「一時間後?!」
「王の御命令。是非もございません」
アルドリックは、外を見た。暗い。「だが、明日の正午? 首都までは、馬車で八時間の旅だぞ!」
「ゆえに、一時間後の出立にございます」使者が、言った。「夜を徹して、参ります。夜明けには着き、支度の時間も十分かと」
使者は、去った。だが、兵士は残った。扉の、外に。護衛か。それとも——監視か。
アルドリックは、扉を閉めた。セレステを、見た。彼女も、彼を見た。
「ヘリオが……男爵に……」
「わけが、分からん」
「王女を救った?! いつ?! どこで?!」
「分からない」間。「だが……喜ぶべき、なのか?」
「喜ぶべき、なの?」
夜明け、首都への道。
エリーゼは、馬を駆っていた。一晩じゅう。馬は、疲れ果てていた。彼女も。だが、止まらなかった。
砦から、戻ってきたのだ。会議は、済んだ。村で、ヘリオを探した。いなかった。宿——「見ておりません」。街道——痕跡も、ない。どこにいるの?
そのとき——首都から来た商人に、出くわした。「聞いたかね? 王女様が、救われたそうだ! 若い魔法使いに!」
「どの、魔法使い?」
「名は知らんが。十六くらいの。黒髪の」
ヘリオ。
「どこなの?!」
「宮殿だよ。明日、盛大な儀式があるとさ。みんな、その話で持ちきりだ」
エリーゼは、即座に出発した。全速力で。首都へ向かって。
夜明けに、首都の城壁へ着いた。昇る陽が、塔を薔薇色に染めている。儀式は、正午。間に合う。通りを抜け、宮殿へ。正門。
馬を降り、駆け寄る。「止まれ!」衛兵が、言った。
「中に入らないと!」
「宮殿は、閉鎖中だ。招かれた者のみ」
「でも——」
「ならん」
エリーゼは、門を見た。高く、巨大で、固く閉ざされている。くそ。
そのとき——聞き覚えのある声。「エリーゼ?」
振り向いた。ヴィヴィアン。旅装——埃にまみれている。彼女も、馬で来たのだ。
「ヴィヴィアン! 何で——どうして、ここに?」
「近くに住んでいるの」ヴィヴィアンが言った。「エルズワースの屋敷。宮殿から、十分よ」間。「門であなたが叫ぶ声が、聞こえたわ」近づいてきた。「同じ理由、でしょうね。ヘリオ」
「ええ」
二人は、互いを見た。それから、ヴィヴィアンが、ため息をついた。「戻りましょう。とても——」
「見て、学んで」
エリーゼが、向き直った。衛兵のほうへ。歩いていく。まっすぐ。堂々と。
「すみません!」
衛兵が、彼女を見た。「言っただろう。ならん。宮殿は、閉鎖中だ」
「承知しています。でも、私は、ヘリオ・ヴァロリンの婚約者です」
沈黙。ヴィヴィアンが、見つめた。何ですって?!
衛兵たちが、顔を見合わせた。「婚約者?」
「はい。エリーゼ・ソーンウィック。ローランド侯爵の娘です」間。「婚約者に、会わせていただかなくては」
衛兵が、ためらった。「名簿には、ない——」
「なら、確かめて。問い合わせて。でも、通して」
しっかりとした、貴族の声。要求ではなく、まるで当然の権利のように。
一人の衛兵が、もう一人を見た。「私が……訊いてくる」
中へ、入った。
エリーゼは、待った。ヴィヴィアンが、近づいて、怒りを押し殺してささやいた。「婚約者ですって?!」
「これしか、方法がないの」
「でも——」
「うまくいくわ」
「エリーゼ、そんなこと、できる——」
衛兵が、戻ってきた。表情を、中立に保とうとしている。「お通しします。ただし、護衛つきで」別の兵を、指した。「彼が、ご案内します」
「結構よ」
エリーゼは、歩きはじめた。門へ。門が、開く。
ふと、足を止め、ヴィヴィアンを振り返った。外に、取り残されて。見つめている。衝撃を受け、傷つき、嫉妬して。
エリーゼは、微笑んだ。そして——舌を、出した。遠くから。小さく。だが、紛れもなく。それから、中へ入った。門が、閉まった。
ヴィヴィアンは、残された。ひとり。外に。閉ざされた門を見た。宮殿を見た。ヘリオがいる場所。エリーゼが向かう場所。「婚約者」として。
門のそばの、ベンチに腰を下ろした。衛兵が、近づいてくる。「お嬢様。ここに留まることは——」
「待つわ」
「ですが——」
「待つの」
貴族の口調。有無を言わせぬ。衛兵は、ためらい、引き下がった。
ヴィヴィアンは、自分の手を見た。固く、握りしめている。強すぎるほど。
婚約者。婚約者だと、言った。まるで……何でもないことのように。まるで……本当のことのように。
間。
待って……もし、本当だったら? 本当に? 二人は、そういう仲なの? いつから? どうして、気づかなかったの?
でも——心の底では、知っていた。気づいていた。ヘリオがエリーゼを見る、あの目。エリーゼが彼を見る、あの目。二人が、ともに動くさま。自然で。たやすくて。軌道を回る、惑星のように。
そして、私は……私は、何? 友達。学友。いじめっ子から守ってやる、貴族の令嬢。
間。
それ以上では、ない。
目を閉じた。いつから? いつから……こんな気持ちを、抱いていたの? 知らずにいた。認めたくなかった。でも、確かに、そこにあった。感情が。最初は、小さく。いまは——育って。痛む。
彼が、欲しい。彼女を見るように、私を見てほしい。なりたいのだ——一番に。二番ではなく。代わりではなく。一番に。
門を、見た。このままでは、いけない。もっと……ならなければ。もっと大胆に。もっと、まっすぐに。もっと……エリーゼのように。
苦い考え。だが、真実だった。競わなければ。さもなければ、負ける。もう、負けていないのなら。
宮殿の一室で。
ルシアン王子は、王室の廊下を、妹の部屋へと歩いていた。警告しなければ。守らなければ。
扉を、叩いた。「どうぞ!」
入った。アドリアナは、鏡の前にいた。いつものように。ドレスを、合わせている。
「あら、ルシアン。どう思う? 明日は、青がいい? それとも緑?」
「アドリアナ。話がある」
「青は目を引き立てるけど、緑のほうが王族らしくて——」
「アドリアナ!」
彼女は、振り向いた。驚いて。兄が、声を荒げることなど、めったになかった。「何?」
ルシアンは、扉を閉めた。「ヘリオ・ヴァロリンだ」
彼女は、微笑んだ。「ああ。私の救い主ね。それが?」
「あの男から、離れていろ」
微笑みが、消えた。「どうして?」
「あれは……危険だ」
彼女は、笑った。軽く。一蹴するように。「危険? 私を救ってくれたのよ。あの恐ろしいマンティコアから。忘れたの?」
「お前は、分かっていない——」
「よく分かっているわ」向き直った。「彼は平民。私は王女。ふさわしい距離は、保つ」間。微笑んだ。「でも……面白かった」
「どう、面白いんだ?」
「私に……お世辞を言わなかったの」鏡を見て、髪を整えた。「みんな、私にお世辞を言う。いつも。『さすが王女様』『お美しい王女様』『聡明な王女様』」間。「あの人は、私に、いいえと言った」ルシアンを見た。「いいえと言った、初めての男よ。生まれてこのかた、誰も、したことがない」微笑んだ。「新鮮だわ」
ルシアンが、青ざめた。「だから、危険だと言うのか?」
「危険なのは、別の理由だ」
「どんな?」
ルシアンは、ためらった。どう説明する? あれが、私を壊したと? あれを見ると……死が、見えると? 言えなかった。「ただ……複雑なんだ。信じてくれ。離れていろ」
アドリアナは、彼をじっと見た。それから、近づいた。「お兄様」彼の腕に、触れる。「怖がっているのね」
「何も、怖がってなどいない!」
だが、声が震えた。手も、震えていた。アドリアナは、それを見た。「ルシアン……」より柔らかな声。「何を、されたの?」
「何も。私は——」
「嘘は、つかないで」彼を、まっすぐ見た。「震えているわ。木の葉みたいに」
沈黙。ルシアンは、視線を落とした。見られなかった。認められなかった。「ただ……離れていてくれ。頼む」
アドリアナは、ためらった。痛みが、見えた。恐怖が、見えた。兄に。彼女の、天才の兄。ランクA。誇り高く。傲慢な。それが、いまは——。
「分かったわ」静かに、言った。
「約束、するか?」
「ふさわしい距離を保つ、と約束する」間。
完全な約束では、ない。だが、十分だった。ルシアンは、うなずいて、出ていった。足早に。
アドリアナは、残された。鏡を見たが、自分の姿は、目に入らなかった。見えたのは——ヘリオ。馬車の前。穏やかで。強く。自信に満ちて。「いいえ」と言う、その姿。
兄に、何をしたの? そして、なぜ……なぜ、それが、私をいっそう、好奇心に駆り立てるの?
胸に、手を当てた。心臓が、打っていた。速く。ただの、好奇心よ。それだけ。もちろん。
宮殿の東棟、客間で。
広く、豪奢な部屋。巨大な寝台。高い窓。上質な絨毯。ヘリオは、その中央に立っていた。二人の女性が、立ち働くあいだ。若く、美しく、手際がいい。
「腕を、お上げください、男爵様」
「いや、本当に、自分で着られる——」
「しきたりです。どうか」
ため息をついて、腕を上げた。一人が、古いシャツを脱がせ、もう一人が、新しいシャツを着せる。白絹。柔らかく。値の張る。
ヘリオは、顔が火照るのを感じた。これは、馬鹿げている。屈辱的だ。なぜ、二人がかりなんだ?!
リキの声が——心の中で、面白がって。
——ああ、文句を言うのはやめろ。今を楽しめ。美しい女性二人に着替えさせてもらえる機会なんて……二度とないかもしれんぞ——
ヘリオは、無視しようとした。試みた。
女性たちは、続けた。濃紺のブロケードのベスト。金の刺繍の入った、長い黒の上着。優雅な脚衣。磨き上げたブーツ。
「では、髪を」一人目が、言った。
「髪は、このままで——」
「いいえ」
「でも——」
「お掛けください」
ため息をついて、座った。女性が、櫛を入れ、整え、何かをつけた。油か。蝋か。香りが、立った。
「はい。完璧です」
もう一人が、鏡を持ってきた。大きく、装飾の施された鏡。「ご覧ください」
ヘリオは、見た。そして、自分が分からなかった。
優雅な衣装。完璧で。貴族然としている。整えられた髪。艶やかで。姿勢も——直された——まっすぐに。
そこにいたのは……男爵だった。紛れもなく、男爵。ヘリオでは、ない。ヌルでも、ない。誰か、別の人間。
「お見事です」一人目が、言った。「婚約者様も、さぞ感心なさるでしょう」
ヘリオは、まばたきした。「僕の……何?」
「婚約者様です。エリーゼ・ソーンウィック様。こちらに。外で。お会いしたいと」
「エリーゼが、ここに?!」
「はい。婚約者だと、おっしゃっています」顔を見合わせた。「……違うのですか?」
ヘリオは、口を開け、閉じた。婚約者。婚約者だと、言った……なぜ、そんなことを……。
ああ。
入る方法が、それしかなかったんだ。宮殿は、閉鎖中。招かれた者だけ。だから、言った……あの、嘘を。そして、いまは……。
「えっと……」
どう説明する? いや、婚約者じゃないんだけど、中に入るために嘘をついたんで、彼女に恥をかかせたくなくて……。
「……複雑なんだ」
女性たちは、微笑んだ。間。
「うん。彼女を……通してくれ」
女性たちは、出ていった。ヘリオは、残された。ひとり。扉を、見つめて。
エリーゼ。ここに。婚約者だと、言った。それを……どう思えばいいんだ? 心臓が、打った。速く。なぜ、こんなに打つ? ただの……エリーゼだ。友達。ずっと。それ以上は、何も。……そうだろ?
間。
そう、だろ?
扉が、開いた。衛兵が、入ってきた。「ヴァロリン男爵。エリーゼ・ソーンウィック様です」脇へ、退いた。
そして、入ってきた——エリーゼ。旅装。埃にまみれ。髪は乱れ。寒さと駆け通しで、頬が赤い。床を、見ていた。きまり悪そうに。
「私……ごめんなさい。あんなこと、言いたくなかったんだけど、それしか方法が——」
顔を、上げた。そして、見た。ヘリオ。衣装をまとって。優雅で。貴族然として。完璧に。整えられた髪。まっすぐな姿勢。まるで、王子のように。いや。それ以上に。
言葉が、消えた。口が、開いたまま。
「わあ……」
ささやき。われ知らず、漏れていた。




