灰と鏡
その夜、ヴァロリン家のアパートでは、ろうそくの炎が静かに揺れていた。
ヘリオはテーブルに着いていた。目の前には、スープ、パン、チーズ。スプーンを取るなり、彼は食べ始めた——速く。異様なほど速く。最初の皿を、一分とかからず空にした。
「おかわりは?」
セレステが、驚いた顔で息子を見た。
「もちろんよ、あなた」
スープを注ぐ。ヘリオはそれも平らげ、また求めた。そして、また。四皿目にさしかかったところで、アルドリックがフォークを置いた。
「ヘリオ……大丈夫か?」
「うん。ただ……今日は、すごくお腹が空いてて」
向かいに座ったエリーゼが、彼を見ていた。彼女には、わかっていた。消耗しきっているのだ。完全に。体が、失ったエネルギーを取り戻そうとしている。
ヘリオ自身、内側でマナを感じていた。ゆっくりと——酷使した筋肉のように——それは再生していた。何時間もかかるだろう。だが、戻ってくる。
セレステが微笑んだ。「いいのよ。たくさん食べなさい。いくらでもあるから」
ヘリオは続けた。パン。チーズ。さらにスープ。ようやく、速度が落ちた。
アルドリックとセレステが、視線を交わす。何かがあったのだ。それは、わかっていた。だが、二人は尋ねなかった。まだ。
「今日の午後は、どこにいたんだ?」アルドリックが、静かに訊いた。
間。「ただ……散歩を」
「三時間も?」
ヘリオは、すぐには答えなかった。
エリーゼが口を挟んだ。「私のせいなんです、ヴァロリンさん。町の外の野原を見てみたくて。ヘリオに付き合ってもらいました」
アルドリックは彼女を見た。それから、ヘリオを。ほかにも何かある——それは見抜いていた。だが、彼は問い詰めなかった。
「わかった。だが、次は一言知らせなさい」
「ごめん」ヘリオが、小声で言った。
食事が終わった。沈黙は、思慮深かった。だが、重くはない。ただ——慎重だった。
夕食のあと、セレステが立ち上がった。「ヘリオ、エリーゼを宿まで送ってあげて。遅いし、暗いから」
「うん、母さん」
アルドリックがうなずく。「気をつけて、エリーゼ」
「はい、ヴァロリンさん。夕食、ごちそうさまでした」
「いつでもおいで、お嬢さん」
ヘリオは上着を取った。エリーゼも自分の上着を羽織る。二人は、外に出た。
夜は、冷たかった。だが、心地よい。頭上には星——幾千も。アッシュフォードは眠りについていた。窓々に灯りが散らばるが、ほとんどは——暗い。平穏。日常。まるで、何も変わっていないかのように。
二人は、黙って歩いた。しばらくのあいだ。石畳を踏む足音だけ。冷たい空気に、白い息。やがて、エリーゼが言った。
「星」
見上げていた。
「ああ」
「子供の頃……数えようとしたの。全部、数えようって」間。「もちろん、できっこなかった。父さんに言われたわ。無理だって。多すぎる。無限なんだって」
ヘリオを見る。「あなたは、数えた?」
ヘリオは、首を振った。「たまに。落書きで忙しくないときは」
エリーゼが微笑んだ。「そうね。あなたの、落書き」間。「覚えてる。うちの家で。大広間。母さんがチョークをくれて」
十二年前——ソーンウィック家の広間でのことだ。
五歳になったばかりのエリーゼと、四歳のヘリオ。磨かれた白い大理石の床。高い窓から差し込む陽光。
「ヘリオ、見て! お絵かきしよう!」
エリーゼは花を描いた。大きく、色とりどりに。曲がった花びら。その上に、笑った顔の太陽。そして空には、蝶々を二匹と、大きな虹を一本。
ヘリオは、反対側に座っていた。静かに。集中して。
「ヘリオも、お花を描いてよ!」
「花は、得意じゃない」
「じゃあ、お家! ううん、ドラゴン!」
だが、彼は家を描かなかった。じっと床を見つめ——それから、手が動いた。白いチョーク。青。赤。彼が描いたのは……何か、だった。
花ではない。家でもない。奇妙な記号。文字でない文字。妙な場所に並ぶ数字。正確な、線。
エリーゼが、近づいた。「ヘリオ? 何してるの?」
彼は、まばたきした。まるで、目を覚ましたかのように。「え? ああ、なんでもない。お絵かき」
彼女は、それを見た。「変な絵! なんにも似てない!」
「これ……怪物?」
「変な怪物!」エリーゼは笑った。そして、遊びに駆けていった。
絵は、残された。白い床の上に。五歳の女の子には、わからない記号。けれど、彼女は覚えていた。なぜなら——それは、奇妙だったから。何もかもと、違っていた。まるで、ヘリオが何かを見ているかのように。彼女には、見えない何かを。
エリーゼは、現在に引き戻された。ヘリオを見る。いまは、十六歳。もう、子供ではない。けれど、その目は——いまも、真剣だった。いまも……深かった。
「あの公式」静かに、彼女は言った。
ヘリオが、わずかに身を硬くした。だが、彼女は気づいた。
「今日、唱えてた。……戦いのあいだに」
それ以上は、続けなかった。続ける必要が、なかった。
「うん?」用心深い声。
「あの絵と、関係があるのね。そうでしょう?」間。「チョークの記号。子供の頃の」
ヘリオは、彼女を見た。驚いて。「君……覚えてるのか?」
「うん」
沈黙。
「みんな、忘れたと思ってた」
「私は、忘れてない」
二人は、歩き続けた。ゆっくりと。
「あの頃は、わからなかった。今も、わからない」間。「でも、一つだけわかる」
「何?」
「あなたの頭は……人とは違う風に、働く」彼を見る。「物事が見えるのね。ほかの人には見えない、つながりが」
ヘリオは、視線を落とした。「贈り物なのか、呪いなのか、わからない」
「たぶん、両方よ」間。「でも、それが、あなた」
ヘリオは、前を見た。宿が、見えてきた。まだ、百メートルほど先。
「エリーゼ……僕は——」
「説明しなくていい」
「でも——」
「聞いて」
彼女は、足を止めた。彼も、止まる。エリーゼは、彼に向き直った。
「何なのかは、わからない、ヘリオ」しっかりとした、けれど優しい声。「山で何があったのかも、わからない。なぜ、こんな力があるのかも。あの公式が、何を意味するのかも」間。「でも、誰なのかは、わかる」
彼を見つめる。星明かりに、緑の瞳が光っていた。
「弱い者を守る、優しい子。遊ぶ代わりに、本を読んでた子。奇妙な記号を描いて、『なんだかわからないけど、見えるんだ』って言った子」間。「あなたは、ヘリオ。私の友達。ずっと」
声が、柔らかくなった。「それで、十分」
ヘリオは、彼女を見つめた。胸の奥で、何かがほどけた。結び目が、解けるように。
「ありがとう」ささやいた。
「お礼なんて言わないで。本当のことなんだから」
二人は、また歩き出した。さっきより、ゆっくりと。ずっと、ゆっくりと。沈黙は、もう重くなかった。……違った。温かく。心地よかった。
歩きながら、エリーゼの手が、揺れていた。彼の手の、すぐそばで。五センチ。いや、もっと近いかもしれない。
ヘリオは、それを見た。動かせるかもしれない。自分の手を。ほんの少し。触れられるかもしれない。心臓が、速くなった。何を——いや、するべきじゃない——でも、もしかしたら——
彼は、手を動かした。わずかに。二センチ。
エリーゼは、気づいた。見はしなかった。だが、気づいた。彼女も、動かした。一センチ。
二人は、歩いた。指が、触れそうだった。あと少しで。完全には、触れない。けれど、とても近い。あいだに、熱。張り詰めた、何か。ヘリオの息が、浅くなった。心臓が、強く打つ。あと少し。ほんの、少し——
宿に、着いてしまった。
窓から、温かな光。風に、揺れる看板。二人は、足を止めた。扉の前で。手が、離れた。自然に。否応なく。
エリーゼが、彼に向き直った。彼を見る。長い、一瞬。小さな、笑み。
「おやすみ、ヘリオ」
「おやすみ」
彼女は、ためらった。まるで、ほかに何か言いたげに。あるいは——ほかに、何かしたげに。だが——
「明日、会える?」
「うん」
「よかった」
もう一つの、一瞬。それから、彼女は宿に入っていった。扉が、閉まる。
ヘリオは、その場に残された。通りに。自分の手を、見た。あと少しで——あと、少しで——
首を振る。馬鹿だな。あと少しで、何だ? 何が起こると思った?
だが、心の奥で——リキの声がした。面白がっている。
——興味深い。実に、興味深い——
ヘリオは、それを無視した。踵を返し、家へと歩き出す。頭上には、星。無限の。いつものように。
そして、その夜——彼は眠った。よくは、ない。だが、眠った。
戦闘から三日後。首都ソルマール。
マグナス・アイアンソウルは、眠っていなかった。また、だ。帰還して以来、三夜連続で。
彼は、部屋の天井を見つめていた。王宮の一室。広く、豪奢で——冷たい。ろうそくは、消えている。窓から差す月光だけが、影を落としていた。長く。歪んだ影を。
マグナスは、自分の手を見た。空っぽだった。杖が、あるべき場所。何も、ない。
目を閉じる。そして、見えた——
野原。ヘリオの足元の、杖。折れて。二つの、破片に。古い木が……何でもないものに、成り果てて。捨てられて。ゴミのように。薪のように。無意味に。
九百年。五代。祝福。呪文。歴史。そのすべてが、何でもないものに——
目を開けた。激しく、息をしていた。額に、汗。部屋は、冷えているというのに。
彼は立ち上がった。よろめきながら。洗面台へ行き、冷たい水を顔に浴びせる。そして、鏡を見た。
見知らぬ男が、いた。目の下に、深い隈。こけた頬。乱れた髪。そして、目——空っぽで。失われていた。
私は、誰だ? 大魔法使い。ランクS。王の顧問。尊敬され、恐れられ、強大な——。そして、あの少年が……あの少年が、私を——。
その思考を、彼は終えられなかった。終えられ、なかった。
夜が明けると、マグナスは秘術図書館へ向かった。宮殿の奥にある、ごく限られた者だけが入れる場所。三階まで吹き抜けの、天井まで届く書架。本。巻物。古代の書物。幾世紀もの知識——魔法、歴史、秘密。
彼は、探していた。
最初の日には、『元素魔法高度大全』を。無効化を扱った章。似た事例は、一つもなかった。二日目には、『伝説の魔法使いの歴史』を。異常の記録。何も、ない。三日目には、禁書を。『De Magia Obscura et Vetita』——《暗黒にして禁じられし魔術について》。『Rituum Oblitorum Codex』——《忘れられし儀式の写本》。それでも、何も。
四日目。絶望。あらゆるものを、漁った。何かが、あるはずだ。だが——何もない。絶対に、何もない。彼が見たものは——まるで、存在してはならないかのようだった。
いま——その四日目——彼は、まだ探していた。必死に。強迫的に。一冊、また一冊。一頁、また一頁。何か、あるはずだ。何かの参照。何かの言及。元素を用いぬ魔法。無効化。常軌を逸した力。何か——。
時が、過ぎた。テーブルに、床に、本の山が築かれていく。司書——痩せた老人——が、緊張した面持ちで見守っていた。
「大魔法使い様……少し、お休みになっては——」
「いや」
「ですが、四日も——」
「いやだと言った!」
司書が、後ずさった。マグナスは、本に戻る。震える手で、頁を繰った。狂ったように。あるはずだ。あるはず——だが、なかった。
彼は、本を投げた。部屋の向こうへ。
バサッ!
書架に当たり、ほかの本が、崩れ落ちる。
「何もない!」彼は叫んだ。「何も、ないだと!」
激しく、息をしていた。怒りに、絶望に、満ちて。司書は、柱の陰に隠れた。
マグナスは、椅子に崩れ落ちた。頭を、両手に埋める。なぜだ。なぜ、痕跡一つない。これほど……巨大な力が、なぜ……前例の一つも——。
もし、本当に……唯一の存在なら。その種の、最初の一個体なら。新しい、何か。存在してはならない、何か。だが——存在する。そして私は……私は、それと向き合い……そして、敗れた。
足音。速い。図書館に、響く。使者だった。若く、緊張している。
「だ——大魔法使いアイアンソウル様」
マグナスは、ゆっくりと顔を上げた。
「陛下が……至急、お会いになりたいと」
マグナスの心臓が、止まった。いや。まだ、だ。まだ、準備ができていない。何と言えばいい。どう、説明する——存在してはならぬものを、どう?
「大魔法使い様?」
マグナスは、立ち上がった。震える脚で。「……行く」
使者は、うなずき、走り去った。マグナスは、散乱した本を見た。何の役にも、立たなかった。すべて、無駄だった。
彼は、図書館をあとにした。運命へと。真実へと。
王は、知らねばならない。理解せねばならない。ヘリオ・ヴァロリンは、詐欺師ではない。異常な魔法使いですら、ない。彼は……別の、何かだ。脅威。
玉座の間の控えの間で、ルシアンは待っていた。石のベンチに、腰かけて。冷たく、座り心地の悪いベンチ。だが、彼は動かなかった。召喚されたのだ。「陛下が、アカデミーの状況報告を望んでおられる」と。
ルシアンは、来たくなかった。父に、会いたくなかった。……話したく、なかった。だが、王は拒否を許さない。
彼は、床を見ていた。固く握りしめた手が——震えていた。また。いつものように。まる一週間、ずっと。そして、まだ止まらない。
昨夜も、試した。自分の部屋で。扉を閉め、窓を閉ざし、ひとりきりで。
「ファイアボール」
火花が、散った。弱く。淡い橙色。半秒だけ、灯って——それから、消えた。
ルシアンは、叫んでいた。声もなく。怒りだけが。焦燥が。絶望が。なぜだ。なぜ——? だが、その理由を、彼は知っていた。
目を閉じる。やめろ。考えるな。思い出すな。だが、止められなかった。あの記憶が——彼の、すべてだったから。彼を、定義していたから。
前——天才のルシアン。後——壊れた、ルシアン。そのあいだに、たった一秒。爆発。そして、すべてが変わった。
そして、マグナスは言っていた——彼は思い出した。一週間前。この、広間で。マグナスは、自信に満ちていた。傲慢で。ほとんど、退屈そうですらあった。
「幻影ですよ、陛下」
「よくできた手品。仕込んだ爆薬。夜陰に紛れた共犯者。少しずつ進めた破壊工作」
「あの少年は、詐欺師です。賢い、嘘つき。それ以上の何者でもない」
そして、ルシアンは——父の隣に座って——信じたかった。必死に。マグナスが正しければ。ただの手品なら。それなら、ルシアンは弱くない。壊れてもいない。ヌルに、堕ちてなどいない。ただ……買いかぶっただけ。幻を見ただけ。嘘を、信じただけ。魔法は、まだそこにある。内に。封じられているとしても——存在している。
マグナスが、暴いてくれる。そう思っていた。アッシュフォードへ行き、ヘリオを試し、手品の種を暴く。そうすれば、すべて——すべて、元通りになる。前のように。
希望。愚かで。子供じみて。必死な——それでも、希望だった。
そして、マグナスは出発した。三日前。自信を持って。強大なまま。杖とともに。計画とともに。
ルシアンは、待った。一時間ごと。一日ごと。報せを待って。「確認されました。手品でした。ヘリオは捕らえられ、アカデミーを追放されました」——その報せを。
だが、報せは来なかった。一日目——何も。二日目——何も。三日目——何も。そして、ルシアンは……恐れ始めた。
もし、マグナスが間違っていたら? もし、ヘリオが……本当に……。
いや。いや、いや、いや。ありえない。ありえない。だが、恐怖は膨らんでいった。深い根が、心臓を絡め取り——締めつけた。頼む。頼む、神々よ。マグナスが、正しくありますように。頼む——。
足音。廊下に。遅く。重い。
ルシアンは、顔を上げた。そして、見た——マグナスを。大魔法使いが、控えの間に入ってくる。
そして、ルシアンは——理解した。即座に。
その姿勢。直立では、ない。自信に満ちても、いない。曲がっていた。肩に、山を背負った者のように。その顔。傲慢でも、退屈そうでもない。青ざめ、こけて、目の下には痣のような隈。そして、目——ああ、神々。その目。空っぽで。失われ。壊れていた。そして、手——空っぽ。杖があるべき場所に——何も、ない。
マグナスが、ルシアンを見た。足を、止める。二人の目が、合った。
沈黙。絶対的な。完全な。
そして、その瞬間——言葉もなく。身振りもなく——理解した。
ルシアンは、マグナスを見ていた。そして、見た——鏡を。自分自身を。同じ表情。同じ虚ろ。同じ、壊れ具合。彼は、見たのだ。向き合ったのだ。そして……ああ、神々。ああ、神々、ああ、神々よ。手品では、なかった。幻影では、なかった。本物だった。すべて、本物。ヘリオ・ヴァロリンは……は……。
その先を、ルシアンは考えることすら、できなかった。
マグナスもまた、ルシアンを見ていた。そして、見た——先に砕けた、犠牲者を。もう一人の、壊れた者を。お前も、か。お前も、見たのか。お前も、理解したのか。……我々など、無に等しいと。あれの前では。
誰も、言葉を発しなかった。その必要が、なかったから。目が、すべてを語っていた。恐怖。トラウマ。絶対的な確信。恐ろしく。最終的な。ヘリオ・ヴァロリンは、脅威だ。本物の。実存的な。そして、我々は——。
ルシアンは、視線を落とした。もう、見ていられなかった。マグナスを見ることは——自分の未来を、見ることだったから。三日後。三ヶ月後。三年後。いつも、同じ。いつも——壊れた、まま。
マグナスは、目をそらした。歩いて、控えの間の反対側へ。ルシアンから、離れて。だが——十分には、離れられない。決して、十分ではない。何かを、分かち合ってしまったから。ほかの誰にも、理解できぬ何かを。彼は、腰を下ろした。床を、見つめた。
ルシアンは、壁を見ていた。沈黙。息だけが——重く、不規則に。そして、のしかかる重み——押しつぶすような——知ってしまったことの。見てしまったことの。そして、告げねばならぬことの。王に。
幾分かが、過ぎた。永遠のように。それから——
玉座の間の扉が、開いた。ゆっくりと。重く。古びた音を立てて。
「大魔法使いマグナス・アイアンソウル」
衛兵の声。形式的で、冷たい。「陛下が、お会いになります」
マグナスは、立ち上がった。老人のように。骨が、軋みを上げるかのように。震える脚で、扉へと歩く。一歩、また一歩。重く。
入る前に——彼は、足を止めた。振り返り、ルシアンを見る。最後の、一瞬。その目が、語っていた——すまない。私が、間違っていた。本物だった。そして、いまや……すべてが、変わる。
それから、彼は入っていった。扉が、閉まる。
ドン、と重い音が響いた。最終的で。決定的な、音。
ルシアンは、残された。ひとり。冷たい控えの間に。震える手。強く打ちすぎる、心臓。そして、彼は知っていた——マグナスが何を言おうと。どんな真実を、明かそうと——もう、何も、元通りにはならない。
マグナスは、玉座の間に入った。広大な空間。高い柱。塗られた天井には——戦いの、栄光の、勝利の場面。そして奥に——玉座。金。石。力。
その玉座に——アルドウス王。頭上に、王冠。肩に、緋色のマント。手に、王笏。表情は——冷たく。計算高く。危険だった。両脇には、二人の顧問。老いて、経験を積み、沈黙している。
マグナスは、進み出た。誰もいない広間に、一歩ごとの足音が響く。中央に至り、膝をついた。
「陛下」
かすれた声。この数日、ほとんど使われていない声。
長く、重い沈黙が垂れこめた。王は、見ていた。あらゆる細部を、研究するように。曲がった姿勢。青ざめた顔。虚ろな目。手——空っぽの。マグナスは、その視線の重みを感じた。物理的な圧力のように。押しつぶすような。
そして——ついに。
「立て」
マグナスは、立ち上がった。震える脚で。視線は、低く保ったまま。王を、まっすぐ見る勇気が、なかった。
王が、首を傾けた。ゆっくりと。その鋭い目は、知覚に満ち——すべてを見透かしているようだった。
「三日前」穏やかな声で、王は言った。「お前は、ヘリオ・ヴァロリンに関する噂を確かめるため、発った」間。「王立アカデミーで、壊滅的な爆発を起こしたとされる、ランク・ヌルの生徒だ」より長い、間。「三日前のお前は……違っていた」
王は、彼をまっすぐに見た。「自信に満ち。傲慢で。ほとんど、退屈そうですらあった」間。「手品だと、言ったな。幻影だと。賢い、詐欺師だと」
目が、細められた。「だが、今日は……」マグナスを、見た。本当に、見た。「……変わり果てて、戻ってきた」
絶対の、沈黙。マグナスは、答えなかった。答えられ、なかった。喉が、締めつけられて。
王が、身を乗り出した。わずかに。だが、十分に。
「言え、マグナス」声が、低くなる。より低く。より、危険に。「アッシュフォードで、何があった」
間。マグナスは、口を開いた。閉じる。また、開く。「私は……陛下……」
だが、言葉が、出てこなかった。どう、説明する。どう、説明すればいい。どう言えばいい——存在してはならぬものを、この目で見て、そしてそれに、打ち砕かれたなどと。
王は、待った。辛抱強く。だが、永遠にでは、ない。
それから——その視線が、下がっていった。ゆっくりと。意図的に。マグナスの、手へと。空っぽの、手へと。ひどく長い、間。
そして——さらに低い声で。ほとんど、ささやくように。
「それから、言え、マグナス……」間。「……お前の杖は、どこだ?」




