決戦
「そうして貴様が起こしたのが、例の崩れの日、という訳か……。目的は人減らしをして、アレが目覚めるまでの時間を稼ぐため、か……」
十年前、エカテリーナが起こした『崩れの日』という惨劇。膨大な数の魔物により、夥しい数の人命が奪われた、最悪の事件。その犠牲者の中には、他ならぬ『英雄』ジュリウス・ヴァーミリオンも含まれている。
「この十年で、人間はずっと強くなった。魔物というアレの模擬生物と戦い、個としても群としても、大きく成長したわ」
我が子の成長を称えるような穏やかな声で、エカテリーナは言う。だが、ヴィルハルトには疑問があった。
「人間の成長……? そんな事で打ち勝てる程甘い相手ならば、貴様もこんな性急な手段を取らずに済んだ筈だ。コイツは文字通り世界を喰らう怪物なのだろう? ならば、必要なのは平均値の高い群ではなく、突出した個体。俺を作り替えたのも……その為だっただろう」
エカテリーナがヴィルハルトの頭に核を入れた理由。それは魔将のプロトタイプとしての実験であると同時に、ジュリウスのような英雄を生み出す為であった。後者はリィズの推測だが、事実として神剣の中のジュリウスは、『ヴィルハルトが来ると思っていた』と話している。
「あの時もそうだ。ジュリウスはお前に対して、確かこう言っていたな。『このやり方は違う』と」
ジュリウスとエカテリーナ。勇者と魔王として最後は殺し合った二人だが、その間に交友があった。ジュリウスがヴィルハルトの身体の事を知っていた点からも、確定と言っていい。
となれば、彼らは一体何を思って交流していたのか。
その答えを、エカテリーナは事もなげに言ってのけた。
「ジュリウスも見たのよ。私と同じように、荒れ狂うコレの姿を。知っているでしょう、彼の特性のこと」
ジュリウスの持っていた特性、共有。
自身と心を通わせた者が持つ特性を、自分でも扱えるようになるというもの。つまりジュリウスは、エカテリーナと交流することで、『異界視』の力をも得ていた。
「私とジュリウス、それからウルスラ。私達は協力して、アレに対抗するための方策を取ってきたわ。ああ、だけれどあの日……結局私達は、訣別してしまったのだけれど」
眉を八の字に曲げて、エカテリーナはため息を吐く。崩れの日におけるジュリウスのあの言葉は、エカテリーナの『裏切り』に対する糾弾でもあったのだろう。彼の性格から考えても、『崩れの日』はエカテリーナの独断だろう。
「貴方の言う通り、私は本来、ジュリウスを『共有』の特性でどんどん力をつけさせて、神剣と共にアレを覚醒前に破壊させるつもりだったのよ。けど、ジュリウスがそれに異を唱えたのよ。『俺だけ強くなっても意味が無い』って」
「奴の考えそうな事だ。だが……それも奴の死でご破算になった」
「勿論、そうなった場合の備えもしていたわ。そのうちの一つがヴィルハルト、あなたよ」
憎々し気にヴィルハルトはエカテリーナを睨む。彼とて予想はしていたが、いざ面と向かって言われると虫唾が走らずにはいられなかった。
「それでだ、エカテリーナ。わざわざ俺にこんなものを見せたのは何故だ? まさか大儀の為にやったことだから、今までの事は見逃せと?」
「仮にそうだとしても、貴方は私を許さないでしょう? 私にも、それぐらいは分かるわ」
目の前にいた怪物が姿を消し、再び元の空間に戻った。同時に、ヴィルハルトの隣にはエカテリーナの代わりにエレインがいた。
彼女は青い顔で、ヴィルハルトとエカテリーナを交互に見た。
「ヴィルハルトさん……さっき、エカテリーナさんに変なところに連れていかれて……ヴィルハルトさんは見てないから、アレですけど……」
「……お前も見たのか。エカテリーナもいたのか?」
「えっ、ヴィルハルトさんもですか?」
「俺も同じだ。エカテリーナに、この世を喰らう怪物とやらの許に連れて行かれた」
「……じゃあ、一体どっちが本当のエカテリーナさんなんでしょうか……」
「「何方もよ」」
両耳から同時に、エカテリーナの声が入って来た。
まるで左右にそれぞれエカテリーナがいるかのような聞こえ方に、ヴィルハルトの勘が警鐘を鳴らす。
神剣の中にいたジュリウスが、消える直前に言っていた。
『エカテリーナは、一人じゃない。奴は自分を複製している。少なくとも、三人から四人は……』
エレインとヴィルハルトは、どちらもエカテリーナから話を聞いた。即ち――この時点で既に、エカテリーナは『二人』いた。
「さあ、ヴィルハルト。最終試験を始めましょうか。貴方のこれまでの成果――見せて頂戴」
「……上等だ」
ヴィルハルトが神剣を抜く。白い剣身が展開され、血のような赤い光が発せられる。
「ヴィルハルトさん……」
エレインの『整調』により、ヴィルハルトの周囲に魔力が集まっていく。魔力の密度は、以前よりまた高くなっている気がした。
「飽きる程喰らわせてやる……」
「頼もしいわ。それじゃあ私『達』も……遠慮はしないわ」
二人のエカテリーナが両手を打ち鳴らすと、彼女の後方の空間に、無数の穴が出現した。
否、穴ではない。大砲だった。闇のように黒い砲身が、空間を埋め尽くしていた。
異界魔法。エカテリーナが開発した、異界の技術を再現する魔法。魔将を脅威たらしめる大きな要因の一つであるそれを、エカテリーナが使えぬ道理はない。それどころか、彼女の扱うそれは、魔将たちとは比較にならない。
「異界魔法――『九七式対異星生物用光線砲』」
詠唱と共に、光が降り注いだ。異界にて、戦争の道具として幾多の生命を消し去ってきた死の光。それが今、ヴィルハルトのエレインの為に放たれていた。エカテリーナの言葉に一切の偽りは無く、初手から二人を殺害可能な魔法を行使してきた。
「チッ……!」
ヴィルハルトはエレインを強引に引き寄せると、神剣を地面に突き立てた。その瞬間、光の障壁が二人を覆い、光線を防いだ。
ヴィルハルトは、この剣を握った瞬間にその使い方の全てを理解していた。まるで頭の中に直接説明書を入れられたように。この光の障壁は、使い手の魔力を消費して作り出す強固な防御機能。一つ直撃すれば死は免れない、幾百の光線から、ヴィルハルトとエレインを守ってみせた。
「そうそう。これぐらいは凌いでくれなきゃ……待った甲斐が無いわ」
愉快そうに笑うエカテリーナを切り裂くべく、障壁を解除し剣を構えるヴィルハルト。
「奴の核の位置は?」
「えっと……それなんですけど、 エカテリーナさんの身体……頭の左胸に魔力の塊があって……これって……!?」
「二つだと?」
「その通りよ」
気が付いた時には、懐に入り込まれていた。
ヴィルハルトは即座に飛び退いたが、既に左脚を切断されていた。
「一つの身体に二つの核を入れるとね……片方が壊されてももう片方が即座に再生してくれるのよ。尤も、二つの核の動作を完全に同調させなきゃいけないから、私自身にしか施せなかったけれど……」
切り離された左脚が再生すると同時に、ヴィルハルトは自分を斬った得物の正体を知った。
舞踏のように舞うエカテリーナの両足だ。ヒールの高いブーツを履いていた足が、鋭利な刃物に変化していた。
「体術まで習得していたとは知らなかったぞ」
「体術なんてそんな……ただの舞よ。この足は異界魔法だけどね。身体を武器に変える『屍山舞踏』というの」
刃と化した足を軸に、華麗に舞うエカテリーナ。元来ヴァンドラムの貴族階級に生まれた彼女にとって、舞踏は基礎教養でしかない。彼女が表舞台で踊ったという話は伝わっていないが、その舞いは見事なものだった。
異界魔法に加え、舞踏を転用した身のこなし。並の戦士なら既に十回は殺されるであろうその力は、魔将の母に相応しいもの。しかしーーヴィルハルトはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「それでーー遊びは終わりか?」
「ーーあら?」
その場で回転する彼女の身体から、突如鼻から上を跳ね飛ばされた。
神剣の白い剣先が、血で赤く染まっている。いつの間に斬られたのか、エカテリーナも知覚出来なかった程の、超高速の一太刀。
刃を返したヴィルハルトは、そのまま胴体を真っ二つにしようと再び横凪ぎに振るった。だが、頭無しの身体が大きく後ろに跳び退き、攻撃を躱す。直後、斬られた頭が消失し、身体から新たな頭が再生した。
「今の速さは……」
人間の領域を軽く飛び越える程強化された、魔王の感覚器官。それであっても認識出来ない斬撃。ヴィルハルトが主となった事で追加された、神剣の新たな能力。
「やはり他者に施すなど、俺の性に合わん」
神剣は、保有者によって新たな能力を会得する機能がある。最初の主である異界の戦士には『再生阻害』を。ジュリウスには『他者への強化』を。そして、ヴィルハルトには『自己強化』の力を。
より正確に言えば、『自分の強さを知る者の数に比例した自己強化』。『黒閃の魔人』と呼ばれ、現存の勇者全てに打ち勝った彼の強さを信じる者は、既にジュリウスの信者と同等以上の数にまでなっている。そこからもたらされる力は、とうにジュリウスを凌駕していた。
「俺を信じるのも……誰でも好きにすればいい。俺に必要なのは、俺自身の力だ。」
それはエカテリーナの警戒心を喚起するには充分だった。
「近づかれると、すぐに一人減らされちゃいそうね」
彼女は逃げるように宙に浮かぶと、もう一人のエカテリーナと共に異界魔法を発動。先の光線の雨を、一本一本時間差で放ってくる。
決して正面から戦わず、消耗を待つ。二つの核から供給される規格外の魔力により、魔力切れとは無縁。長期戦になれば、先に燃料が尽きるのはヴィルハルトだ。
逃げるエカテリーナを捕まえるのは、ヴィルハルトをしても容易ではない。否ーー要因はヴィルハルトにあらず。
エレイン・アーネット。神剣を手にして格段に強くなったヴィルハルトに、彼女の技量が追いついていないのだ。
彼女は無能ではない。ウルスラ由来の魔力とセンスは、上級魔導士クラスの援護能力をもたらしている。今のヴィルハルトにとっては、それでも到底不足しているという事だ。遠距離攻撃を連発出来るエカテリーナがエレインを狙わないのも、彼女だけならいつでも排除出来るからだろう。
自分では足りない。そう判断したとき、エレインは迷いなく『彼女』を呼んだ。
*
意識の中で、エレインはウルスラを見た。
自分の元の人格で、身体の元の持ち主。そして、間違いなくこの世界で最高の魔導士。
『……何の用だ』
ウルスラは、明らかに気落ちした声で応対する。
彼女が信じていた『ジュリウスがヴィルハルトに勝ち、復活する』というシナリオが破綻したせいだ。あの時ヴィルハルトが伝えた、ジュリウスの遺言。
『変わらないというのは、在り続ける事じゃない。受け継ぐ事だ』
ウルスラがその言葉の意味を、どう受け取ったか。だがエレインは、伝え聞いただけの話でも確信出来た。ジュリウスは間違いなく、彼女に前を向かせる為に言っていた。ウルスラとて、それは分かっているだろう。
「ウルスラさん……」
エレインは、どうしてもウルスラを嫌う事が出来なかった。同じ魂から生まれた別人格であるが故に、彼女の背景を知った。そうして考えた。彼女のような冷徹な程の合理主義者から、何故自分のような能天気な人格が生まれたのか。そしてそんな彼女が、どうしてジュリウスの復活を望んだのか。ただ強いから、というだけではない。
彼女と自分の共通点。そこから導き出した、彼女の願い。それを満たす――或いは、既に満たされていると気づかせる為に、エレインは言葉を尽くそうとした。
その為の第一歩として、彼女の望みを声に出す。
「貴方は……ずっと一緒に歩いてくれる人が、欲しかったんですね」




