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「あらあら……お兄様ったら、あんなにはしゃいで……」
魔将アーノルドが勇者三人と対峙し、総合的な戦況を優勢としているのを、少し離れた場所から見る影があった。
その名は、シンシア。アーノルドと同じ、魔王エカテリーナが作りし魔将の一体である。しかし、その外見は他の魔将にも増して人間に近しいものだった。桃色の髪と白銀の瞳。メルヘンチックなドレスを身に着けたその姿は、教えられた後でも魔将とは到底信じられない。ただ、綺麗に着飾った幼い少女にしか見えないのだ。それもそのはず。彼女は、『人間世界の調査』の為に造られた魔将だからだ。その為、戦闘力そのものは末弟の魔将たるテオドール以下。ヴィルハルトとウルスラの二人ならば、難なく制せる相手だ。
しかし、それでも魔将は魔将。特級戦士及び魔導士のコンビでもなければ、勝利は難しいだろう。その彼女は今、ヴァンドラム議事堂前にいた。勇者達はアーノルドとの交戦に手一杯で、他の戦士達も壁の外側から押し寄せる魔物を食い止めるのに割かれている。とはいえ、それは戦士達が無能という訳では無い。むしろ現状、一匹たりとも街へ魔物を通していない彼らは奮戦している。シンシアが街へと入れたのは、魔将の存在を感知出来るヴィルハルトが意識を神剣に吸われている点と、シンシア自身が気配を隠して紛れる技術に長けている点が理由だ。
故に、今この場で彼女を止められる者はいない――はずだった。
「よう、久し振りだな。元気してたか、シンシア」
発信者のにやけ面が容易に浮かぶ、悪戯っぽい男の声。その声を聞いたシンシアは、議事堂に向けていた足を止めた。この場に誰もいないと思っていたからではない。その声に聞き覚えがあったからだ。
「……生きていたのね、ロイド」
槍斧を背負い、ヒラヒラと手を振る金髪の戦士。ヴァンドラムに召集された戦士の一人、ロイド・スティングレイの姿があった。
「やっぱり私では、お兄様たちのように上手く殺せないみたいね。それより、どうして私が来るって分かったの?」
「何言ってんだ、あんなに一緒に遊んだ仲だろ? かくれんぼだって、お前に負けた事は無かったし」
「そうだったかしら? ……ところでロイド」
微笑を浮かべながら、旧知の仲とばかりに談笑するシンシアとロイド。しかし、その言葉のやり取りは、彼の右隣を睨んだシンシアの目によって中断された。
「隣の女は……誰かしら?」
「誰って、話したことあったろ? 俺の幼馴染のアリナだよ」
「へぇ……その人が……?」
「アタシのパートナーと随分仲良くしてくれてたみたいね、魔将シンシア」
ロイドのパートナーの魔導士、アリナ・ヴァーミリオン。シンシアに睨まれても怯まず、彼女が魔将であることも知っている。ロイドから、大方の事情は聴き及んでいるようだった。
「アリナ。俺の言ったこと、これで信じられるか?」
「信じないワケにはいかないでしょ、こんなの。にしても、見た目は本当に普通なのね……」
「お前に掛かってる。頼むぜ」
「任せなさい。ちゃんと勝たせてあげるから」
「勝たせる? ねえロイド、それってどういう意味?」
「ハッ、分かってて言ってるだろ?」
ロイドが背中から槍斧を抜き、同時にアリナが『整調』を掛けた。これが意味するところは、一つ。
「お前をこの先には行かせねえ。ダチが寝坊してるんでな……折角だし、あの時のケリ、ちゃんとつけようぜ」
「止めなさい、ロイド。貴方じゃ私には勝てないって……知っているでしょう?」
義理として制止を試みるシンシアだが、自身に向かって歩みを進めているロイドにそれが通用しないのは百も承知だった。
「そうかもしれねえ。けどな……俺の相棒を甘くみるなよ」
ロイドが動いたのと同時、シンシアは自身の『異界魔法』を発動する。人差し指を立て、サッと気安く横に振った。それだけで――
「ロイド、危ない!」
ロイドの眼前の空間が風切り音と共に引き裂かれた。もしもアリナに『吸引』されていなければ、彼の両脚には鋭い裂傷が刻まれていただろう。
「『整調』掛けてたから分かったわ。アイツが手振った瞬間、空間ごと一部の魔力が裂かれたのが」
「裂かれた……。って事は……」
ロイドは自身の腹部に手を当てた。そこには、かつてシンシアにつけられた傷跡が残っている。
「一回当たりの傷は大きくないけれど……今度こそちゃんと殺してあげるわ、ロイド。小さく小さく、解体して……」
シンシアは何度も指を振り、空間を切り裂き続ける。それはまるで、鋭い刃の生み出す結界。シンシアを防御し、ロイドを近付けない。シンシア自身が自覚するように、一つ一つは大した威力は無い。仮にヴィルハルトと相対した場合、『硬化』と『身体強化』の掛け合わせで突破される程度の攻撃力。しかし、練体術の重ね掛けが出来ないロイドには、次々に生み出される刃の群れを突破するのは困難だった。もしもうっかり一度でも刃に捕まってしまえば最後――止めどない斬撃の群れによって、死ぬまで切り刻まれるまでだ。
「異界魔法『風切羽』。さあロイド、私と最後の遊びをしましょうか」
シンシアはスカートの裾を両手で持ち上げ、お辞儀をした。初めてロイドと出会った時のように。
*
「『共有』だと……」
神剣の中でジュリウスとの一騎打ちを繰り広げるヴィルハルトは、彼の口から聞かされた彼の特性(
スキル)を聞き、思わず言葉を失った。
英雄ジュリウス・ヴァーミリオンの特性、『共有』。その正体は、心を通わせた相手の所有する特性を自分も扱えるというもの。無論、特性持ちと関わりを持たない限り無意味だが、彼は十年前時点までの至高の勇者。特性持ちの人物と顔を合わせる機会も何度かあった筈だ。だから、同じヴァンドラムのエイリークはともかく、他国の特性持ちと会っていてもおかしくはない。だからアルマイレの勇者の『光子化』を使えるのだろう。
それだけじゃない。まだ他に最低一つは隠し持っている可能性は考えられる。だが、それを悠長に警戒している暇は無かった。何故なら、彼にはエイリークの『加速進化』がある。これがある限り、戦闘が長引けば長引く程、ジュリウスの戦闘力はヴィルハルトを引き離していく。つまり、彼に出来ることは一つだけ。
「ならば……進化する前に斬る。『身体強化』、《四重》」
「くっ……剣が見えないな……」
ヴィルハルトは切り札である練体術四重掛けを行使。生前のジュリウスですら使用出来なかったその技能と、そこから発揮される埒外の膂力と速度で、ジュリウスを圧殺しにかかる。これにはさしもの英雄も、防御だけで手一杯である。そうして激突すること数秒。五十を超える剣戟が無色の空間に鳴り響いた末――ジュリウスの身体が、後ろに大きく仰け反った。誰が見ても、ヴィルハルトの勢いに押されて隙を晒したようにしか見えない体勢。
殺れる。そう判断したヴィルハルトは頭上に振りかざした剣を振り下ろす――直前、凄まじい速度でジュリウスの背後に回り込んだ。
一見すれば単なる遠回り、愚行にすら見える動き。だが、ヴィルハルトの中には確信があった。あの程度で崩れる男ではない、と。故に、多少遠回りであろうと、背後に回り込んで死角から斬り伏せるべきと判断した。先の攻防で、ジュリウスがヴィルハルトの動きを目で追い切れなかったのは確認済み。すなわち、彼の動きにジュリウスが反応出来ない――はずだった。
「見えないなら、『聴くまで』さ」
ジュリウスの首を飛ばすはずだった一閃は、既に此方を向いていたジュリウスに難なく防がれた。振り向いたジュリウスは、目を閉じていた。
「『神聴覚』。お前の動きは、全部聞こえてるよ」
リズリーの勇者カルマン・クロフォードの特性『神聴覚』。彼が全盲と引き換えのように保持していたそれを、ジュリウスは五体満足の身で持ち合わせていた。
顔を見た者すら殆どいない彼と当然のように心を通わせていた点は思考から外しても、ヴィルハルトは自身の考えが足りなかった事を思い知る。
先の攻防、ジュリウスは明らかに自分の剣を目で追えていなかった。にもかかわらず、彼が一撃たりとも食らわなかったのは、視覚だけでなく聴覚を駆使していたからだったのだ。
しかし、反省したところで現実はヴィルハルトの不利に傾き出していた。仕留めるつもりの渾身の一撃をいなされた事で、今度はヴィルハルトの体勢が崩れてしまったのだ。無論、彼程の強者ともなれば一瞬以下の間に立て直す事は出来る。しかし、その一瞬以下の隙を突けない人間が、英雄などと称されるはずもないのだ。
ジュリウスの神速の一閃が、ヴィルハルトの身体を大きく斬り裂いた。
「っ……!!」
「むっ……外された。凄いな、完全に仕留めるつもりでやったのに」
肉体を核ごと縦に両断される、という最悪の事態は辛うじて避けた。しかし、右腕が胴体と斬り離され、宙を舞っている。剣自体は左手で保持していたのが、不幸中の幸いか。
しかし、ヴィルハルトには魔将としての特質――頭部の核を破壊されるか、魔力が底を突かない限り再生する能力がある。すぐに新たな右腕が断面から生え、鎧もまた何事もなく修復されている。
「やっぱりその、頭の核を壊さない限りお前は死なない……か。左胸に魔力の集まりが無いから、心臓も無いのか?」
ウルスラ・マージリントの『魔力視』すら用いて、ヴィルハルトの肉体の状況を看破するジュリウス。これで、彼が使用出来る特性が、現状四つ確認出来た。
この絶望的な状況に、ジュリウスは――
「けどまあ、これで仕切り直しだ。身体強化――《四重》」
更に絶望的な『進化』を宣告した。




