加速進化
魔将アーノルド。製作された時期こそテオドールの一つ前という、比較的新しい魔将。故に、外見こそ幼いものの、シンシアは彼にとって姉に当たる存在である。その新しさ故、経験値は当然少なく、まだ未熟な部分も散見される。しかし、エカテリーナは言う。『彼こそ現行の魔将における最高傑作だ』と。
その理由は二つ。一つは、適合した異界魔法『割硝子』が極めて強力なものだったこと。これは自分と同じ意志・記憶を持つ複製を生み出すもの。恐ろしいのは、一体一体がそれぞれ術者と同じ能力や意識を持つ為、全て本物であるという点。一度発動されれば、全て倒す以外対処法が存在しない。
もう一つの理由は――単純な、戦闘スペックの高さである。
「クハハハ……どうしたエイリーク! 貴様の剣……全て視えるぞ!!」
核の持つ再生機能を阻害する模造神剣の能力も、当たらなければ意味が無い。一振り一振りが致命となり得るエイリークの剣を、アーノルドは全て躱し続けていた。
「成長するのが貴様ら人間だけどでも思っていたか? 睡眠・休息一切不要の我らは、同じ十年でも貴様らより長い時を生きているも同然! 故にこれは――公平な結果なのだ!」
アーノルドは勝ち誇りながら、右手に握った両刃の剣を突き出した。それはエイリークの頬を裂き、赤い血で剣の銀を彩った。
「貴様も分かっている筈だ……最早勝ち目は無い。次の一撃は、避けようが無いと」
エイリークは、未だ炎を宿した赤い瞳で、只の事実確認であるかのように冷淡に言った。
「その通りだ」
アーノルドは一瞬、呆気に取られた。彼がここまであっさりと、自身の言葉を肯定したこと。そして、それにも関わらず、その眼光は健在であること。
彼の第六感が告げた。『早く終わらせるべきだ』と。
「ならば死ねぇ!」
全力の刺突。音さえ置き去りにする速度と、ミスリルさえ破壊する威力を持つ、シンプルだが強力無比な一撃。この距離で放たれれば、エイリークでさえ回避は不可能。それは、これまでの戦闘で見た彼の動きを考えれば、間違いない――筈だった。
「……何?」
エイリークの姿が消えた。刺突は空を斬り、あの金髪の偉丈夫は、まるで世界から存在ごと消えたかのように、その残像さえ見つからない。
「このままで勝ち目が無いならば――これ以上に成ればいい」
直後、エイリークの背後から男の声がした。振り向くと、そこには既に剣を振り終え、こちらを向くエイリークの姿があった。そしてその瞬間、脇腹の違和感と共に気付く。
今、自分は斬られたのだ、と。
「なっ……何故だ……!?」
有り得ない。
エイリークの実力は、先の攻防で確認済み。奴の剣と動きは見切れるし、自身の攻撃は当てられる。負ける要素など、存在しない。
「貴様は公平な戦いに拘るようだな。では、此方も公平に教えてやろう」
エイリークはいつでも此方を斬れるように構えを崩さないまま、話し始める。
「これは己の特性、名は『加速進化』。簡単に言えば、経験を積めば積むだけ、常人を遥かに超える速度で成長出来るというものだ。特に貴様のような『強敵』が相手なら、尚更速い」
「加速進化……だとぉ……!?」
俄かには信じ難い話。だが、信じるしか無かった。
エイリークはこの特性の力で成長を遂げ、アーノルドを出し抜くだけの領域に至ったのだ。それも、短時間で。つまりこれが意味するのは――戦闘が長引けば長引く程、アーノルドはどんどん追い詰められていく、ということ。
「クハハ……成程、やはり今は貴様こそが、我が最大の障壁となる、か」
神剣の事もある。長期戦は一切益が無い。となれば――
「良いだろう、エイリーク・ブランシェット。今の私が振るえる全力を、貴様に叩き込んでやる」
アーノルドの剣の刃が、鋸のような形状に変化していく。そうして生まれた無数の小さな刃に、彼の内に蓄えられた莫大な魔力を宿していく。
「行くぞ、エイリーク。貴様には――何かを思い残す暇さえ残さん」
チャージと同時に、周囲の戦場を見渡して他のアーノルド達の様子を見た。
ルドルフ・ヴァルトシュタインとの戦闘は、やや有利。セシル・クロフォードとの戦闘は、優勢といったところか。
何方も問題はない。すなわち、ここで自身が勝利すれば、他の戦場も問題ない。
アーノルドはエイリークに向かい、真の全力を振るうべく駆け出した。
*
神剣の中で、二人の戦士が剣戟を打ち鳴らしている。
「技術ではアンタに敵わん……ならば!」
「膂力じゃお前に勝てない……だったら!」
ヴィルハルト・アイゼンベルクとジュリウス・ヴァーミリオン。前者は『魔人』と、後者は『勇者』と称される、何れも最強の存在。しかし、二つ名通り、二人の戦い方には大きな差があった。
ヴィルハルトは、弛まぬ鍛錬に裏打ちされた剣術と、圧倒的な膂力から繰り出される一撃で、ジュリウスを押し潰さんとする。半人半魔の肉体に疲労という概念は無く、全てが全力。
一方ジュリウスは、努力では手に入れられない天性の勝負勘と、武骨さを削ぎ落した、教本のような華麗な剣でヴィルハルトの剣を、守りを躱し続けていた。何方も、特級戦士程度では勝負にも成らない、史上最高の怪物。
しかし、その勝負は現在、ヴィルハルトがやや優勢を保っていた。
「うおっと……今のは危なかった」
ジュリウスの首筋から僅か一mmの位置を、ヴィルハルトの剣が通り過ぎた。ほんの少しずれていれば、頸動脈を裂かれていただろう。
まさに紙一重の状況でありながら、ジュリウスは笑っていた。それが気に入らぬとでも言うように、ヴィルハルトの攻撃は激しさを増していく。
「ジュリウス。アンタの弱点を教えてやる」
「へぇ、弱点? 朝が苦手とか、そういう話じゃなくてか?」
「そうだ。厳密に言えば、今まさに教えてやっている所だ」
ジュリウスの軽口を無視して、ヴィルハルトは一瞬にして五度の突きを放った。『剣聖』ルドルフ・ヴァルトシュタインの技、『個群流星』だ。
それらは全て防がれたものの、胴体を全力で防御していたジュリウスは、地を這うように駆け、すれ違い様に脚を斬ろうとするヴィルハルトへの反応が若干遅れた。
「アンタの弱点。それは『比類なき天才』である事そのものだ」
右足を浅く裂かれたジュリウスの身体がぐらつく。それを見逃さず、下から斬り上げるヴィルハルト。が、流石にこの程度ではジュリウスは崩れない。二人の剣が再び激突し、火花と共に甲高い金属音が鳴り響く。
「ジュリウス。今まで自分と同格以上の相手と戦った事がどれだけあった? 習得に苦労した技術は幾つあった? 皆無とは言わずとも、片手で数えられる程度だろう」
「それは否定しないが……どうしてそれが弱点なんだ?」
「なら逆に聞くぞ。『自分が死ぬかもしれない』という感覚も無く、本気で戦える人間が何処にいる」
ヴィルハルトには、頭を斬られない限り復活する再生能力がある。しかし、それらに胡坐をかき、物見遊山で戦闘した事は一度たりとも無かった。崩れの日から日が経っていない頃の彼は、ただ再生するだけの無力な少年に過ぎなかった。そこから今に至るまで、積み重ねた無数の死闘。その魂に刃を突き立てられるような戦いの記録が、数値や才能では測れない、ヴィルハルト最大の強さだった。
対してジュリウスは、生まれた時からあらゆる才能に恵まれ、常人に出来ない事が幾つも出来た。だからといって努力を怠ったり、他者を見下す事は無かった。それもまた、彼を傑物たらしめている要素ではあったものの、『互角の攻防』に対する経験値だけはどうしても積めなかったのだ。この部分は、エカテリーナとの闘いにおける直接の敗因ではない。しかし、一因であることもまた、否定し切れない。そういう点で、ヴィルハルトのジュリウス評は、かなり正鵠を得ていたと言っていい。
だが――ヴィルハルトは一つだけ、見逃している事があった。
「ハハッ……参ったな。何も否定出来ない」
苦笑したジュリウスは、先の攻防で斬られ、一筋の血を流す左手を軽く撫でつつ、後ろに下がった。
「……ヴィルハルト。本当の事を言うとな……俺は正直、お前に負けても全然構わなかったんだ」
「……何だと?」
「だって、そうだろう? 俺はとっくに死んでいるんだ。それなのに俺が勝って、あまつさえ現実に帰還しようなんて……そんな道理あるかって話じゃないか」
愚痴を零すように嘆息しつつ、ジュリウスは話す。いつも――それこそ命を懸けた戦いの中でも、笑顔を浮かべる彼と、まるで別人であるかのように。
「けど……お前はあくまで、俺に勝たなきゃ納得しないだろ? だからまあ、剣を合わせた訳だけど……困った」
「何がだ」
「お前が本当に強かったことさ。それこそ、俺を超えそうなぐらいに。だからその、なんだ……。ちょっと欲が出来た」
「……欲?」
「ああ」
ジュリウスの顔から、遊びが消えた。
何故か。考えるまでもない。ジュリウス・ヴァーミリオンは今、正真正銘本気で、ヴィルハルトに勝とうとしている。
「お前に勝ちたい」
その言葉を述べた瞬間、ジュリウスは、一筋の閃光となった。これは比喩表現ではない。本当に彼の肉体が、光となってヴィルハルトに迫ったのだ。
「ッ!!」
ヴィルハルトは咄嗟に剣で身体を護った。尋常ならざる衝撃と共に、ジュリウスの姿が現れる。
「ジェイクの『光子化』を見切るか。流石だな……けど!」
ジュリウスが剣を振るう。しかし、その速さは、先程より明らかに上。何度か打ち合う内、防ぎ斬れなかった一撃が、ヴィルハルトの腕にかすり傷を作った。
「エイリークの『加速進化』。やっぱり頼りになるな」
ヴィルハルトの頭の中に、疑問が浮かぶ。エイリークの『加速進化』。確かに先の剣戟の速度は、今までもより上だった。その前の、ジュリウスが光になった時。『光子化』とジェイク。そこでヴィルハルトは思い出した。崩れの日で、その名の特性を持つアルマイレの勇者が戦死した話を。そして、その勇者の名が、『ジェイク・ザーランド』だったこと。
「まさか……これがアンタの……」
自身の中に宿った、恐ろしい可能性。それをジュリウスは、にべもなく肯定した。
「そうだ。俺の特性だ。『共有』って言ってな、『心を通わせた人間の特性を、幾つでも扱えるんだ」




