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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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閃華

 エカテリーナ・ヴァルトシュタインは天才である。これは、この世界において誰もが認める事実だろう。

 では、エカテリーナ・ヴァルトシュタインは善人であると言えば。この問いは、迂闊に返答すれば争いに発展する程個人間で見解の分かれるものだ。

 ヴィルハルトのような直接被害を受けた者を除けば、彼女と接した者たちは聖女として崇めるか、悪魔の契約を持ち掛ける女として恐れるかの何方かだ。

 何故これ程解釈の相違が起こるのか。それは彼女が、()()()()()()()()()()()()()()()である。エカテリーナが取る行動の基準は自身にとっての最適解・最高効率であり、他者の利便性・倫理観は考慮に入らない。否、入れられない。

 例えば、制空斬剣(ストラトスフィア)。これは彼女が実弟であるルドルフに贈った特製の魔道具。彼女はあくまでこれを彼専用の物に仕立て上げたかった。故に、誰にも盗まれぬよう、扱えぬように二つのプロテクトを掛けた。これらは、ルドルフ以外の人間が剣を持つことで発動する。

 一つは、制空斬剣(ストラトスフィア)の特殊能力を使用出来なくすること。斬撃の拡張が使えなければ、制空斬剣(ストラトスフィア)を扱う理由の殆どは消える。

 が、問題なのはもう一つの方。それは、『全体が凄まじい高熱を発し、持つ者の手を骨ごと焼き尽くす』というもの。

 そして今、ヴィルハルトはまさにそれを身を以って味わっていた。


「……ッ!?」


 純粋な熱による痛みは、ヴィルハルトからしても久しく感じるものだった。

 キマイラの吐く火炎のように、熱を攻撃手段とする魔物も存在する。が、首無し鎧(デュラハン)を手に入れてからは、彼自身の技術もあってまともに食らったことは無かった。

 火傷による痛みは、斬撃や打撲とも異なる種類のもの。骨の芯まで熱される感覚に、ヴィルハルトは一瞬動きを止めた。

 そして、その機会を逃す勇者(セシル)ではない。 今度こそ魔人の首を落とさんと、素早い動きで肉薄し、横一文字に閃光を走らせた。

 が、その一撃は割り込んできた物によって阻まれる。


「なっ……」


 セシルが、信じられないという声を発する。

 彼女の正面で、ヴィルハルトが剣を構えていた。汗を流し、呼吸こそ荒いが、それでも普段と変わらぬ程、彼は強く柄を保持していた。

 鎖帷子(メイル)の下の両手は重度の火傷に侵されている。が、そんなものは後で治る。ケリをつけるには、今この瞬間しか有り得ない。

 一見すると涼しい顔をしているヴィルハルトだが、実のところ一切の余裕など無かった。それまでの戦闘も去ることながら、二度に渡って首に攻撃を受けたのだ。再生はしても、傷の治癒と血液の補充には相当の魔力を必要とした。両手の再生に使う分を除けば、残る魔力は、丁度『身体強化』四回分。


「『身体強化』ーー四重(クアドラ)!!」


 エレインが『整調』を使うまで待つ暇はない。一瞬で、終わらせる。

 切先をセシルに向け、全神経を両足に集中させる。直後、爆発したかの様な轟音と共に、ヴィルハルトが地面を蹴った。陥没した地面がその威力を物語る。

 その速さに、セシルは動かなかった。何故か。


「『閃華』」


 ヴィルハルトの加速が、秒速340m(モート)を超越し、音を置き去りにしたからだ。ヴィルハルトの声を聴いた時、彼女は既に尋常ならざる衝撃に、身体ごと双刃弓(リベレーター)を弾き飛ばされていた。

 閃華。瞬間五発の突きを放つ『個群彗星』の対になる技。その正体は、一発のみに全てを賭した末に放たれる超音速の突き。一瞬にして五度の突きを放てる者による、必殺の一撃。剣聖でさえ整調下での身体強化の重ね掛けと、極限の集中無くしては扱えぬ奥義中の奥義。それをこの状況下、四重の身体強化による力押しで成立させた。

 自身の身に起こったことを認識していないセシル。そしてそれは、リィズも同様だった。

 再度地面を蹴り、無理矢理に再加速と方向転換。地面に切先を向けて、懐に飛び込む。

 その刹那、ヴィルハルトが思い出していたのはエレインの言葉。


『そのリィズって人……左胸と右腕の二か所に、魔力の集まりが見えます!』


 左胸は心臓で間違いない。だが、右腕にもあるとは一体。少なくとも、常人とはかけ離れた肉体となっているのは間違いない。

 ならば今、確かめよう。


「『昇竜』」


 瞬きする間にも満たない時間で、リィズの右腕は肩まで完全に斬り離された。

 吹き出した血潮が双方を濡らした時、漸くヴィルハルト以外の全員が決着を悟った。



 *



「ぐっ……がっあぁ……」


 脂汗を流しながら、リィズは腕のあった場所を抑えてうずくまる。彼女の右腕は、廃屋の壁を紅に彩った後に地面へ落下した。夥しい血液が周囲も、リィズ自身も染めていく。視線を上げた先には、魔人が冷たい眼で見降ろしている。


「リィズ・クローム。聞かせて貰おうか」

「今……かい……」

「そうだ」

「待って、ヴィルハルト」


 尋問しようとしたヴィルハルトをアリナが制止する。


「その前に止血よ。この失血じゃあ、最悪気絶するわ」

「どうやってだ」

「……こうするのよ」


 アリナはリィズの傷口に手を近付けると、極小サイズの『赤炎』を出現させた。


「アァ……ッ!!」

「動かないで、無事なところまで焼けるわよ」


 努めて冷淡なアリナの声が、受ける苦痛を増幅させるように思えた。

 アリナの行動は、れっきとした応急処置。『赤炎』の熱で傷口を焼き、止血しているに過ぎない。が、麻酔を使わずにやれば、やられる側からすれば拷問も良いところだ。現にリィズは、剥き出しの筋肉を燃やされるという筆舌に尽くしがたい苦痛を味わっていた。

 アリナが今、何を思っているのか。

 相棒(ロイド)を傷つけられた恨みは確実にある。が、少なくともリィズが苦痛を覚えているのを楽しんではいない。この行動は、自分から目的等を聞き出す為か。或いは、純粋に放っておけなかったからか。

 何れにしろ、彼女の行動により、リィズを源とした血の噴水は停止した。


「すまないね……」

「お礼はいいわ。それより――」

「……分かっているさ。流石にこれで逃げられるとは、思ってないよ」


 リィズ・クロームは、白旗を挙げた。

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