リィズ・クロームは語る
リィズ・クロームの投降と同時に、ヴィルハルトも制空斬権から手を離した。
「ヴィルハルトさーー」
エレインは、彼の両手を見て小さく悲鳴を上げた。
高熱に焼かれた両手の皮膚は、ヴィルハルトの肉から剥離し、剣の柄に引っ付いて炭化していた。
直ぐに新しい皮膚が再生して、剥がれたものは塵となって消えた。が、ヴィルハルトの顔色は明らかに色を無くしていた。
「随分と手を焼かせてくれたな、リィズ・クローム」
「それは洒落かい?」
「そう見えるか?」
リィズは一度からかうような態度を見せるも、ヴィルハルトに睨まれてからは肩をすくめ、飄々とした態度を消し去った。一転して真剣な面持ちになると、ヴィルハルトを真っ直ぐ見た。
「君を倒して、エカテリーナに吠え面かかせてやるつもりだったんだけどね……。結局、私では彼女を超えることは出来なかった」
「違う……」
後ろから声が聞こえる。呟くようなか細い声だが、全員の耳にハッキリと届いた。
セシル・クロフォード。
両方の短剣を奪われた彼女は、現在丸腰である。リィズの投降と同時に、彼女にも戦う意志は無いと見て問題ないはず。
彼女の周囲の魔力が霧散したーー練体術を解除したことも併せて、エレインはそう考えた。
「リィズじゃない、私の失態。私がヴィルハルトを仕留め切れなかったから……」
「実行役が任を果たせないのは策を立てた側の責任だよ。君のせいではない」
「……責任の被り合いなら後でやれ。俺が一番聞きたいのは、貴様の腕の話だ」
呆れた様子でそう言うと、ヴィルハルトは先程己が斬り落としたリィズの腕を拾い上げた。既に血という血を吐き切った断面からは、筋肉と中心を走る骨と、光を失った紫色の石が見える。
「答えろリィズ・クローム。何故貴様が『核』を所持している」
「核……!?」
声を出したのはエレインだけだが、アリナとセシルも少なからず驚愕していた。
リィズは自身の秘密を暴かれても、ばつの悪さは欠片も見せず、むしろ堂々とした目つきをヴィルハルトに向けた。
「エカテリーナに貰ったのさ。あの崩れの日よりずっと前、だけどね」
崩れの日より前。つまり彼女が核を身に宿したのは少なくとも十年以上前。
「ちょっと待って」
顎に手を当てて思案していたアリナが、ここで口を挟んだ。
「どうして核があるのに……アナタは再生しないの?」
エレインもそこは気になっていた。
ヴィルハルトや他の魔物の例を考えると、核を持つ者は損傷すると核を基点に再生する。つまり今回の場合、リィズは右腕を基点に肉体を再生していなければおかしい。
それどころか、切断された右腕は一向に再生する素振りを見せず、失血した皮膚はリィズの顔色より青い。
「私は人間を辞めた訳ではないからね。この核の役割は、魔力のブースターと……」
一瞬、リィズの表情に躊躇いが映った。それでも彼女は、己を律するように小さく首を横に振る。
「自らに訪れる『老い』を打ち破るためさ」
「成程。不老不死か」
老いを打ち破る。エレインにはその言葉の意味を察する事は出来なかったが、ヴィルハルトは得心がいったとばかりに呟いた。
「そうさ。私とエカテリーナ、そして……『ウルスラ』の三人は、如何にして人間に訪れる限界、寿命と対峙するかを考えていた」
「えっ……!?」
「何だと?」
ずっと押し黙っていたセシルも、リィズの動機に納得していたヴィルハルトも、その言葉を驚かずに飲み込む事は出来なかった。
特にアリナは、リィズの両肩を掴んで彼女へと顔を近付けていた。
「不老不死!? アナタたち『三人の賢者』が!?」
「おや、そんなに驚くことを言ったのかい、私は」
「当然よ! だってアナタたちは、転生論を主張していたじゃない!」
三人の賢者。エカテリーナ・ヴァルトシュタイン、ウルスラ・マージリント、リィズ・クロームの三人の総称。魔導士として、研究者として莫大な功績を残した彼女らは、それ故にある程度の親交があった。
そして、三人が共同で示した『魂の在り方』の解答。それが、転生論。つまり、『死人の魂は、いずれ違う人間として再び肉体を得る』というものだった。無論、転生した場合前世の記憶は消える。
尤も、彼女らもこれらが真理とは言っておらず、記憶についても、魂に刻まれる程の強力な経験ならば残るかもしれない、とウルスラは記していた。
「確かにそうだ。でもね、それで納得した訳じゃない。少なくとも……エカテリーナとウルスラは、死んだら違う人間になる、という絶対法則から逃れようと画策していたよ」
「それで核を……もしかして、エカテリーナさ……魔王が核を作成したのはーー」
「そう、不老不死研究の一環さ。とはいえ、私が貰った核はまだ未完成だったからね。精々肉体年齢の老化が遅くなる程度だった」
「待って下さい。それっておかしくないですか?」
焦燥に駆られるアリナと、いつもの調子に戻りつつあったリィズの間を、おずおずと手を挙げつつエレインが遮った。
彼女は、チラリとヴィルハルトの方を見てから問いかける。
「核の影響で歳を取るのが遅くなるなら……どうしてヴィルハルトさんは、大きくなったんですか?」
「ああ、俺も同じことを考えていた。俺があいつに核を埋められたのは、八歳かそこらの時だ。だが、俺の体は問題なく成人まで成長した。どういう理屈だ」
「それは勿論、彼女が生物の成長速度をコントロールできるって事だね」
「信じがたいけど……有り得ない話じゃないわね。実際、アタシたちが見たあの人は十年前と全く姿が変わってなかったし」
「そうだね。特にエカテリーナの核は、私やヴィルハルトの物より段違いの完成度なのは間違いない」
「人間の寿命を克服する為に、夥しい数の死体を積み上げる。目的に至る過程で倫理を無視するとは、あの女らしいといえばらしいが……」
リィズ以外の全員が、渋い顔をしていた。誰一人として、納得などしていない様子だった。
「納得いかないようだね」
「当然だ。人間を死なせない為に不老不死を目指した奴が、無数の人間を殺した。アレは何が狙いだ」
「崩れの日のことかい? アレを起こした理由は私にも分からない。でもそのお陰で……私は大義名分が出来た。君を倒し、エカテリーナの『計画』を破壊する、ね」
「奴の計画だと?」
それまで少し後方にいたヴィルハルトが、計画という言葉で一歩踏み出した。
「貴様……奴の狙いを知っているのか?」
「全部ではないけどね。ただ、彼女はただ単に魔将のプロトタイプとして君を生み出した訳じゃないっていうのは分かる。天然ではなく、自分の手で英雄という特異存在を生み出す。それが君が創られた訳」
「えっ、つまりどういう事なの?」
場に緊張が走る中、一人涼しげな顔で、リィズはハッキリと口にした。魔人ヴィルハルト・アイゼンベルクが生み出された理由を。
「分かりやすく言えば……ジュリウス・ヴァーミリオンの養殖版ってところかな」




