剣があれば
一組の戦士と魔導士が、金属がぶつかり合い、電撃の光が飛び交う戦場から離れていく。
神経毒を受け、早急に医者に掛かる必要のあるルドルフを、ロザリアが支えながら二人は前進していた。
その際、甲高い音と共にルドルフの愛剣『制空斬剣』が地面へと落ちた。ロザリアは拾おうと手を伸ばしたもののーー
「いい。あれに触れるな」
「ですが、剣は戦士の命です。まして、叔父様の制空斬剣は魔道具。盗まれでもすればーー」
「忘れたか。あれは『私専用』の武器。プロテクトが掛けられている以上、誰にも盗み出せまい」
「そう……でしたね……」
少しばかり釈然としない想いを抱えながら、ロザリアは歩き出した。
ルドルフの姉エカテリーナが彼専用として作り上げた魔道具『制空斬剣』。専用と銘打つだけあって、ルドルフ以外の人間では扱えないようにする為の機構が仕込まれているらしい。実際にどうなるのか、ルドルフ以外が触れた所を見たことがないので分からない。が、一度触れれば二度と近づく気にもならないという。
「それにしても、追ってきませんですわね……」
「手駒は今の分で終わりなのだろう。それに、奴らの目的はあくまでヴィルハルトだ。わざわざ奴を差し置いて此方を追うようなことはするまいよ」
「ヴィルハルトは勝てるでしょうか……?」
不安げに後ろを振り返ったロザリア。
顔色こそ青ざめているルドルフだが、ロザリアとは対照的に不安・心配の色は皆無だった。
「たとえ私以外の勇者が相手だろうと……今のアレを殺すなど出来んよ」
*
ヴィルハルトの得物『外れ者』が、リィズの手により奪われた。それがここにいる五人の感情をどう動かしたか。殆どの者は、端から見て明らかに表情を変えている。
愉快そうに口を歪めるリィズ。何が起こったかよく分からず戸惑うエレイン。防具はおろか武器さえ奪われたことに顔を青くして絶望を知るアリナ。リィズの声で事態を理解し、勝利を確信するセシル。
そしてヴィルハルトは――ただ冷徹な瞳で、拳を握り込んでいた。
「おっと……君が素手でも戦えるのは知っているよ。セシル、双刃弓を奪われないようにね」
リィズは外れ者を次元孔から何処かに投げ捨てる。『吸引』によって回収されては元も子もないからだ。これは、ヴィルハルトが奪い取った双刃弓の片割れを投げ捨てたのと同じ理由である。
「まずいわね……」
「あの、アリナさん。これって……」
「剣無しであの二人を相手するなんて……幾らヴィルハルトでも無理だわ……」
万策尽きたと言わんばかりの暗い声。初めて耳にしたアリナのそんな声に、エレインもヴィルハルトが危険な状態であることを理解する。
だが、それでも彼女はヴィルハルトを信じていた。勿論、アリナのことも。
それ故に、純真で愚直な彼女は――良くも悪くも真っ当に優秀な魔導士であるアリナには思いつかない行動を取る。
「つまり……剣があれば勝てるんですね!?」
「あればって……でも、一体何処にあるって言うのよ!?」
剣があれば勝てる。
ヴィルハルトの勝利を疑わないエレインが出した結論は、リィズでも完全に否定は出来ない。だが、今それを実現する為に剣を探すなどというのは、正気の沙汰ではない。
何しろここは廃棄された住宅街。武器屋もあるであろう商店街ならともかく、こんな所ではどうしようもない。
困惑しているアリナをよそに、エレインは周囲を見渡す。そこで見つけた、一つの気付き。
「アリナさん、『吸引』ってどれぐらいまで届くんですか?」
「えっ?」
真っ直ぐな瞳でじっと、セシルに『重力増加』を掛けるアリナを見つめる。
質問の意図が察せず言葉に詰まったアリナの側で、セシルの刃がヴィルハルトの頬を浅く裂いた。今は捌けているが、次元孔を組み合わせられれば、核を壊されるのは時間の問題。
「……何か考えがあるの?」
「はい。上手くいかないかもしれませんけど……何もしないより良いはずです」
胸の前でグッと握り拳を作る。
リィズに重力増加を相殺されたアリナは、小さい『赤炎』を多数打ち出しながら答える。
「『吸引』の有効範囲は、大体20m。でもこれは平均の話だから、エレインちゃんなら100mぐらい行けるかもしれないわね」
「そうですか……分かりました!」
次の瞬間ーーエレインは駆け出した。桃色の長い髪が、地面と水平になる程勢いよく。
「ッ!?」
まず気がついたのは、セシル。次にヴィルハルトとリィズが同時にエレインの行動を察知した。
誰もその目的までは分からないだろう。が、『整調』を解除してまで疾駆したとなれば、何かあると勘繰るのは当然。
リィズがすぐさまセシルを移動させた。エレインの進路を防ぐように現れた彼女が、その凶刃を彼女に向ける。
それでも彼女はひるまない。むしろ彼女の中の確信が、更に強くなった。
セシルの武器、双刃弓は魔道具だ。そして魔道具はミスリルという金属で出来ている。
何故魔道具の作製にミスリルが必要だったのか。それはミスリル自身の性質にある。
ミスリルは、空気中の魔力を『引き寄せる』性質を持つ。使用者の魔力と併せて、引き寄せた魔力を使うことで、優れた強度と個別の特殊能力を発揮できるのだ。
つまり――エレインには、魔道具の周辺には魔力の渦が見える。さながら磁石の上に砂鉄を散りばめたように、特有の集団を形成している。
彼女がこの場で確認したその渦は、五つ。うち二つはヴィルハルトの装備。残りの二つは、セシルの双刃弓とリィズの魔術計。
そして、残る一つは――。
「『吸引』!!」
全力の吸引。この位置から届くか否かは賭けだったが、仕方ない。
目の前に迫るセシルの剣。命を取る気はないかもしれないが、体術など何も知らないエレインを戦闘不能にするなど容易いだろう。だがそれでも、エレインは信じていた。
「『重力低下』!!」
「身体強化・三重!」
重力低下によって軽量化されたヴィルハルトが、セシルの横から拳を放つ。流石に直線的な動きだった為、セシルには当たらない。カウンターに放たれた一撃が、彼の首を斬り裂いた。
「ガヒュッ……」
動脈は避けたが、声帯を切り開かれた。吐息となるはずだった気体が漏れ、声とも風とも取れぬ音を発する。
それでも、ヴィルハルトは止まらない。即座に膝蹴りを食らわせ、セシルをエレインより後方に飛ばした。
直後、空を切りながら、何かが飛来する音。明らかに棒状のそれを見たエレインは、届いた事に安堵する。だが、それを見逃す『賢者』ではない。
「させな――ッ!?」
次元孔を開こうとしたリィズに、特大の赤炎が飛んだ。火球が弾け、リィズの身体が見えなくなる。
「やっとアナタを出し抜けたわね……頼むわよ、ヴィルハルト!!」
「ヴィルハルトさん……受け取ってください!!!」
二人の妨害を切り抜けた彼らの元に、飛来する一振りの剣。エレイン目掛けて飛んできたそれを、ヴィルハルトが右手で捕まえた。
「これは……」
何故それがここにあるのか。彼らには分からなかった。だが、それは確かにこの状況を切り開ける一品。
ヴィルハルトは、『制空斬剣』を握り、セシルに切っ先を向けた。
「終わりだ、セシル・クロフォード」
真っ直ぐヴィルハルトが彼女を睨んだ瞬間――制空斬剣のプロテクトが発動した。




