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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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時間切れ

 セシル・クロフォードは、確かに聞いた。

 喉を貫かれ、チェックメイトといえる敵が――ヴィルハルト・アイゼンベルクが、『笑った』のを。

 セシルは、リィズから彼の情報を聞いていた。頭部にある核こそが唯一の弱点である。再生能力はあれど、半分人間という性質上、魔物ほど絶対的なものではない。

 そして、生物である以上『血液』が生存に不可欠なのは変わりない。手足を一本奪う程度ではあまり意味がないものの、例えば常人なら数秒で失血死に陥るような攻撃をすれば――つまり、()()()()()()、出血量に再生が追い付かず、死に至るだろう。

 リィズの情報が確かなら、右手の刃を横に倒して首を刎ねれば、セシルとリィズは人に化けた魔将を無事に討伐出来るのだ。

 しかし、目の前の男は今、確かに笑った。血反吐を吐きながら、それでも明らかに笑い声を漏らした。まるでセシル達を嵌めたかのように。

 その時、セシルは気が付いた。


「……動かせない?」


 喉に突き立てた短剣が、動かせない。まるで岩にでも閉じ込められたかのように、刃を全く動かせないのだ。

 もう一方の刃で斬りつけようとも、彼を欺く為に落としていた。いや、それがあっても、この状況を打開することは出来ないだろう。何故ならこれは――


「『硬化』……それも恐らく四重……!」


 人の身体に『硬化』の術を掛けたところで、効力はたかが知れている。例え四重に掛けようとも、宣言無しなら、ミスリルの刃から放たれる最大威力の刺突を防ぐことは出来ない。だが、刃は防げなくとも、一度刺さった刃を『動かす』となれば話は変わる。

 しかし、『最後の賢者』リィズ・クロームが、そんなことを予想できない筈はない。そう思っていたセシルだが――その思考は、腹部に突き刺さった衝撃により、中断された。硬化を掛けた拳で、殴られたのだ。

 肺中の空気が吐き出され、後方に勢い良く吹き飛んでいく。意地で握っていた短剣が抜かれ、ヴィルハルトの首から噴水のように吹き出す血。その音が遠ざかっていく。ある所でセシルの身体は、何かぶつかって停止した。心臓の音が聞こえることから、後方にいたリィズだと悟る。大きく咳き込んだ後、リィズはセシルを抱えたまま口を開く。


「やられた……よく剣を手放さなかったね」

「グッ……貴方でも、今のは予想外?」

「ああ。刺されてから練体術を行使するなんて、宣言無しでも遅すぎる。首が刃と接触する頃には、行使し始めていたんだろう。初めからそのつもりか。はたまた君のフェイントで防御が間に合わないと悟ってか。それは分からないけど――」


 リィズの早くなった心音が、彼女の耳に伝わる。

 これまで一度も精神を乱さなかった彼女が、動揺している。それだけ、敵の行動が予想外のものだったということだ。


「彼の狙いは、君から双刃弓リベレーターを奪うことだろう。その為に文字通り首を差し出すとは……呆れた胆力だ」


 ヴィルハルトの狙いを知ったセシルは、額から冷や汗が流れるのを感じた。

 リィズの言う通り、地面に落とした双刃弓リベレーターの片割れが、何処かに放り投げられる音を探知したからだ。もし飛ばされた時、彼女が今持っているもう片方も手放していれば、状況は一変していただろう。


「しかし、だ。まだ諦めるには早いよ、セシル。私にははっきり視えているよ」


 セシルを再び地面に立たせると、同時に前方からもう一つ、別の音が聞こえた。正確には前方の地面から聞こえたその音の正体は、リィズが解説してくれた。


「ヴィルハルトが、地面に剣を突き立てた。()()()()()()()

「それって……」

「あの出血量は、流石に彼でも堪えたらしい。とはいえ、あまり時間を置いては結局再生されて終わりだ。やるなら今しかないね」

「どうすればいい?」

「短期決戦さ。残りの魔力全部使うよ。次元孔ワームホール魔術計タイム・ジャッカーを出し惜しみなく使っていく。後は……君の暗殺者アサシンとしての腕と『耳』が頼りだ」

「分かった」


 心臓の無いヴィルハルトの状態は、セシルにはやや掴みづらい。しかし、生物である以上、呼吸だけは聞き取れる。確かに彼の呼吸が少し乱れているのが分かった。

 あと少しだ。あと少しで私は、()()()()()()()()()

 亡き父の――リズリーの英雄『カルマン・クロフォード』の娘として、ようやく胸を張れる。


「カルマン・クロフォードの名に懸けて――倒す。『身体強化』!」


 父の形見『双刃弓リベレーター』を握り、切っ先をヴィルハルトに向けた。その時――


「……やはりな。『身体強化』、三重トリプル


 呆れとも嘲笑とも取れる声が、セシルの耳に届いた。


「カルマン・クロフォード。その名は俺も知っている。リズリーではジュリウスと同等以上の崇拝対象らしいな。だが――」

「聞いちゃダメだよ、セシル。まともにやったら勝てないから、口で乱そうとしているんだ」


 セシルの全身に、『整調』発動時特有の魔導士との一体感が走る。『戦いに集中しろ』というリィズの意志を感じ、気を引き締め直す。

 しかし――


「『七光りで勇者に祭り上げられる』ような娘がいては、奴も大した器では無いらしい」


『その言葉』だけは、どうしても聞き流せなかった。

 リィズの開けた次元孔ワームホールに飛び込みながら、感情を乗せた剣を、声と共にぶつけた。


「……取り消せ!」

「その必要はない。俺を討てば父に近付ける、などと考えていたのだろうが……その程度の浅い自己満足の為に渡せる程、俺の首は安くはない。それに……」


 大振りになった刃は躱され、お返しとばかりに凶剣が迫る。間一髪で回避した瞬間、仕掛けられていた『黄雷』がヴィルハルトに炸裂。秒間十一発、ロザリアに迫る発動速度で行使されたそれを受けながら、ヴィルハルトは僅かに口端を釣り上げた。


「残念だったな。時間切れだ」


 ヴィルハルトの声と共に、後方から爆音が響いた。

 その正体は、リィズが作り上げた瓦礫の壁が破壊された音だった。

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