最初の魔将と最後の賢者
一つ一つの部品として分解され、地に落ちる首無し鎧を見た瞬間、ヴィルハルトは即座に地面を強く蹴り、セシルから距離を取った。
首無し鎧には、即座に鎧を脱ぐための機能がある、しかし、それは着用者が、胸元に数秒間手を当てて初めて発動する機能だ。決して他者の手によって瞬間的に発動できるものではない。そこから考えられることは、一つ。
「その鍵は魔道具か。さしずめ、道具におけるパーツ間の結合を解除するものか」
地面に落下した鍵を拾い上げ、リィズに投げ渡したセシルは口元を少し開いた。包帯に眼が覆われた彼女の表情を察知するのは難しいが、驚いているように見えた。
「……腕輪付き連中の腕輪を解錠したのもそれか」
「流石」
苦笑しながら、リィズはセシルに『整調』を掛けた。
「『万能鍵』のことを一発で見抜くとはね。しかし、気付いたところで遅いよ」
「『身体強化』」
「……! 『身体強化』、二重」
『最後の賢者』リィズ・クローム。かつては『仮面の女王』ウルスラ・マージリントに次ぐ力を持つ魔導士とされていた人物。その風評は伊達ではなく、先ほどのそれとは比較にならない速度で、セシルがヴィルハルトに迫る。ヴィルハルトも身体強化を二重に掛けることで対処するものの、平時の一重掛け相当の効果しか発揮できない。結果、ヴィルハルトとセシルの斬り合いは互角の様相を呈していた。平時の身体能力ではヴィルハルトが圧倒しているものの、ヴィルハルトは弱体化し、セシルは強化されているからだ。
だが、『黒閃の魔人』相手に互角に持ち込んでいる現状も、リィズとセシルには喜ばしいものでは無かった。
「彼はまだあと二回重ねられる。その上奴にスタミナ切れはない。今互角というのは、劣勢と同義だね」
セシルの戦闘スタイルは、どちらかと言えば暗殺者に近い。正面から斬り合うのは然程得意でない。それでも充分特級を名乗れるレベルだが、ヴィルハルトを相手にするのは無謀といえる。
だが、ここまでは想定内。リィズ・クロームにはまだ所有している魔道具がある。
「終わらせようか」
リィズは一度整調を解除すると、懐から懐中時計に似た何かを取り出した。一本だけ存在する長針に指を掛けると、針が『10』の数字に来たところで停止させ、指を離す。そして、話した指でヴィルハルトを指した。その後同じような行動を二三度繰り返す。
そして、最初の行動から十秒が経過した時。
整調が維持されているにも関わらず、五発の赤炎がヴィルハルトに襲い掛かった。
「これは……!」
ヴィルハルトは思い出す。かつてエカテリーナが、自身の最高傑作の一つといえる魔道具を、リィズ・クロームに譲り渡したという話を。
確か、その魔道具の名は――
「『魔術計』。上手く使えば、実質私が二人になるのさ」
魔術計。針が一本だけの懐中時計といった見た目の魔道具。
針を操作して時間を指定してから、魔術を発動することで、魔術の発動を指定時間だけ遅らせる魔道具。
上手く扱えば、リィズのように二つ以上の魔術を同時刻に行使出来る。
ただし、当然デメリットも存在する。
まず、遅らせるのは『術の発動』に過ぎないという点。つまり、発動した術を維持するかどうかは関係しない為、『整調』のような持続させる必要のある魔術には向かない。
そしてもう一つ、『魔術は一度に二つ使えない』という鉄則からは逃れられない点。つまり、魔術計を扱う際は、他の魔術を扱えない。早い話が、魔術計を使うというのは、未来の為に現在を犠牲にするということでもあるのだ。
故に、使用のタイミングを誤れば、却って敗北を招くことになる。
更に、どのタイミングで術を行使するかを正しく判断するには、極めて高度な先読み・戦術眼が必須となる。
エカテリーナがこれを『最高傑作のひとつ』と称したのは、即時発動以外不可能なという魔術の法則を打ち破ることが出来たからだ。
しかし、理屈の上では偉業でも、使用者からすれば途轍もない難物。まともに扱えるのは、開発者の彼女自身を除けば、『賢者』リィズ・クロームただ一人だろう。
「まず、五秒後に赤炎。これは確実に避けられる。だから次は――」
リィズの呟き通り、ヴィルハルトは五発の赤炎を、間を縫う形で回避。
次に、回避した彼の上空から特大の赤炎が落下する。彼の動きを先読みしたそれに、ヴィルハルトは身体を翻して後ろに移動方向を変更。炸裂した爆風に吹き飛ばされたものの、ダメージはほぼ皆無。
「巨大な赤炎で後ろに飛ばす。そしてここで――セシル!」
リィズは満を持して次元孔を展開し、セシルをその先の座標に跳ばす。赤炎の火柱を無視して、ヴィルハルトの目前まで移動。
「……!」
まだ回避から態勢を戻していないヴィルハルトに、両手に握った双刃弓を突き付けるセシル。
リィズの整調で最大まで強化された肉体から振るわれた刃が、首筋に吸い込まれていく。セシルの短剣がヴィルハルトの首を刎ねるまで、刹那の時間さえない。が、それでもヴィルハルトは、不安定な態勢から防御を間に合わせた。
互いの刃が接触する――直前、セシルが右手を短剣から手を離した。膂力を失い、慣性だけで動く刃は、外れ者に弾かれるだけに終わる。
剣を敵に当たる直前で離すフェイント。ヴィルハルトもロイドとの一度目の模擬戦で用いた技。
その技によって生まれた僅かな隙を、暗殺者セシル・クロフォードは逃がさない。
「……さようなら。ヴィルハルト・アイゼンベルク」
セシルが小さく呟いた時には、ミスリルの短剣でヴィルハルトの喉を貫いていた。
鮮血の溢れる音を聞きながら、セシルは刃を横に倒して首を刎ねようとする。
だが、その時――
「グッ……フフフ……」
血反吐を吐きながら笑うヴィルハルトの声を聞こえた。




