勇者とは
時間は、ヴィルハルトとユルゲンスの打ち合いが決した頃に戻る。
「おっ、これは決着したか?」
瓦礫の山を隔てた先で、轟音が響いた。衝撃により、細かな小石の様な破片が山から落ちる。
ヴィルハルトだ。アリナは、姿も見えない音の発信源を確信した。
巨大な武器を持っていたのはユルゲンスも同じだが、ヴィルハルトが一対一で負ける事など想像もつかなかった。
「こりゃあ、ユルゲンスの旦那だな。オレたちの出番も終わりかな? なぁ、ザイード」
「俺が知るか」
張り付いたような微笑みを浮かべながら、軽い口を叩く大盾持ちの戦士、ライナー。
彼の言葉に絶対零度の声色で返すローブの魔導士、ザイード。
罪を犯した戦士と魔導士、通称『腕輪付き』でありながら魔法を行使する彼らに、エレインとアリナは完全に足止めされていた。
「揺さぶりよ。気にしないで」
「分かってます」
エレインを気遣いながらも、アリナの眉間の皺は時が経つごとに深くなっていく。
焦りがあるのは、恐らくエレインも同じだ。
二人はリィズとセシルの存在を知らない。だが、彼が独りで戦い続けている状況が我慢出来ないのだ。
特にエレインは、彼の力になりたいという、彼女の原動力といえる想いがある。それが未熟な少女の心を侵食していくのは、想像に難くない、
「さっきも言ったけどな……助け、ルドルフ・ヴァルトシュタインなら来ないぜ」
「腕輪付き程度に、あの人が止められると思ってるの?」
「可能だ。そういう連中を連れてきた。例えば――」
言い聞かせるように話すライナーから奪う形で、ザイードが口端を歪ませながら意地悪く言った。
「死亡覚悟の自爆技、とかな」
「……!!」
エレインは驚愕を、アリナは赫怒を顔中に浮かべる。
言葉さえ出ないエレインと対照的に、腕輪付き二人を睨んで激情をぶつける。
「ふざけてるってレベルじゃないわ! 仮にも戦士と魔導士だったのに、誇りはないの!?」
「誇り……誇り、ねぇ」
「フッ……」
少しだけばつの悪そうな顔をしてから、再び例の微笑みに表情を変えるライナー。ザイードは鼻を鳴らし、嘲笑する。
「それで上手くいくなら、こうなってないって」
「所詮生きる場のない連中だ。どうなろうと知った事ではない」
彼らの返答に、歯を強く食い縛るアリナ。今すぐ顔面に一発入れたいところだが、それでも彼女は待つことにした。
「アリナさん……」
純真な彼女に、二人がどう見えたのか。少なくとも気持ちよくは無いようで、アリナのローブの裾を掴み、上目遣いに見てくる。
幼児のような眼差しを向ける弟子の姿に、急速に頭が冷える。
そっと彼女の頭に手を置いてから、再び問いを投げる。今度は、努めて冷静に。
「アンタたち、『勇者』に会ったことはあるかしら?」
彼女の問いに、二人の男は怪訝な顔を見せた。質問の意図が読めない、と言外に訴えながら、それでも回答は来た。
「いや、無いな」
「俺も無い。賢者ならあるが、な」
「そう……」
アリナは一度、大きく息を吐いた。
頭の中で、勇者の姿を思い浮かべる。十年の時を経ても尚色褪せない、最高の勇者の輝きを。
「アンタたちは知らないのね。勇者とは、どういうものか」
「ただの強者に贈られる称号。それ以上に何の意味がある?」
「強さは勿論。でもそれだけじゃない」
ジュリウス・ヴァーミリオン。
実力、人格、人望。全てを備えた最強の勇者。彼の強さの根底にあったのは、彼を必要とする人々の存在。彼らの希望を一身に受け、数多くの魔物を倒してきた。魔王に敗れた後も、理想の英雄として多くの戦士達の目標として君臨し続けている。
尊敬してやまない兄の姿を脳裏に浮かべながら、アリナは語った。
「勇者っていうのは……力なき人々の剣として、盾として。希望を、国家の威信どころか世界さえ背負う者よ。どれだけの強敵、困難にも逃げず。助けを求める人々の声を聞き、全ての障害を斬り裂く。それが勇者よ」
「だから、剣聖殿も来るって言いたいのか?」
「当然よ」
何かを察知したエレインが、視線を前に向ける。その瞬間、アリナはニヤリと口元を綻ばせた。
「アンタ達程度に、勇者を止められる訳がないでしょ」
アリナがそう言い放った瞬間、一筋の閃光が駆けて来た。それは真っ直ぐライナーの大盾に向かって行き、彼の身体を大きく後退させる。
「今!」
態勢を崩しながらこちらに流れて来たライナーの手に、アリナは『黄雷』を打ち込んだ。
ロザリアのような、離れた位置での精密射撃は出来ない。が、この至近距離なら狙いを集中させるのは難しくなかった。
盾を取り落としたライナーに向かって、再び先の閃光が走る。今度は彼の両足を斬り裂き、その身体を地面に横たえさせた。残されたザイードも、咄嗟に動いたエレインと、もう一人の『重力増加』を受け、地面に両膝を着いている。
「君たちの方だったか。だが……間に合っただけ良しとしよう」
「ヴィルハルトは向こう側ですね。っとその前に……」
ライナーとザイードが無力化されたところで、閃光と重力増加を放った二人の姿が明白になる。
アリナがまさしく待ち望んでいた、勇者とその魔導士。ルドルフ・ヴァルトシュタインとロザリア・クラインだった。
ロザリアはすぐにザイードの元へ駆け寄ると、彼の後頭部に人差し指を当てた。
「申し訳ありませんが、暫くお休みになってくださいまし」
そのまま黄雷を連射し、彼の意識を刈り取った。ライナーは両足を斬られて立ち上がれず、両者は完全に戦闘能力を失った。
「お二人とも、ご無事で何よりですわ」
「相手が足止めに徹してくれてたからね。ともかく助かったわ、ロザリア」
「ありがとうございます、ロザリアさん、ルドルフさん」
「何、礼には及ばん。あれでも私の弟子だ、頼みのひとつは……」
突如、ルドルフがガクリと膝から崩れ落ちた。地面に制空斬剣を突き立てたその身は、明らかに正常ではない。
顔色は病人のように悪く、息も絶え絶えである。先ほどのような鋭い一閃を放てるとは、到底思えなかった。
「叔父様! ご無理はなさらないでください!」
「ロザリア、これって……」
ルドルフに身を寄せるながら、悲痛な表情を浮かべたロザリア。
「神経性の毒ガスです。交戦した三人が隠し持っていたようで……」
「そんな!? ロザリアさんは!?」
「私は大丈夫ですわ。ですが叔父様は……私を守って……」
眼に涙を浮かべながら、ローブの胸元を握りしめた彼女を見て、二人は事情を察した。
これでは、ヴィルハルトに助力するどころか、すぐに解毒剤を飲まなければ命に係わるかもしれない。
「……話をしている時間は無い」
剣を杖にして、剣聖はフラフラと立ち上がった。顔色も相まって死期の近い老人のような風体。だが、アリナには未だ光を宿した瞳がはっきりと見えた。
この人は、まだやるつもりだ。
「君たちを奴の元まで送る。瓦礫の山を破壊しよう」
神経毒に侵された身で、ルドルフは切っ先を瓦礫の山へと向けた。




