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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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絶対の布陣

「つーわけで、毟れるだけ毟ってきたわけよ」

「ギャハハハ、爺さんが可哀想だろ〜〜よ」


 かつて高級住宅街として名を馳せた場所に今(たむろ)しているのは、凡そ品位などとは無縁の人間たちであった。

 他人を騙し、欺き、害して肥やした私腹を自慢げに語る者。非合法の白い粉を吸って悦楽に浸る者。

 ここにいる者たちは、一人の例外なく犯罪者達。動機や経緯は違えど、何一つ罪を犯さず生きてきた人間は皆無。

 だからこそ、もしここに足を踏み入れる者がいたとすれば、それは彼らと同じ穴の狢か、何も知らない無知な一般市民と相場が決まっていた。


「あん? 何だテメェら、見ねえ顔だな」


 だから、知らない顔を見るとまず仕掛ける、といった者は少なくない。

 しかし、今回はいつもと違った。


「待て待て! そいつはマズイって!!」


 先程まで楽しげに下衆な話をしていた二人組。片方が現れた新参者に声を掛けると、もう片方が血相を変えて彼を制止する。


「何だよ、お前。女一人にビビってーー」

「違う、お前知らねえのか!? 『魔女』だよ、そいつは!」

「魔女……? ウッ……!」


 魔女と呼ばれた女が指を振ると、二人の男は突然意識を喪失した。

 首の後ろには吹き矢が刺さっており、彼らの背後から目隠しをした女が現れた。


「ここまですること無いのに」

「ただの麻酔。殺してない」

「そういうことじゃないよ。……まぁいいか」


 リィズは苦笑しつつも、目隠し女の頭をそっと撫でる。


「腕輪付きのうち、最も腕の立つ六人を連れてきた。君と私の腕が加われば、ヴィルハルトだって倒せるさ。私の言ったこと、覚えているね?」

「ヴィルハルト・アイゼンベルクは、最強であって『無敵じゃない』」

「その通り。それじゃあ、彼を待つとしようか」


 リィズはセシルを連れ、エリアの深部へと歩いていく。

 黒閃の魔人と魔導士二人を相手取るならば、こちらが切れる手札を全て切ってすり潰すしかない。本来の予定より早まったが、準備は完了している。必ずや、アレを仕留めてみせよう。

 そうして決意を固めた瞬間ーー彼女は、周囲に異様な気配を感じた。気のせいと切り捨てることはせず、即座に横の女に声を掛ける。


「何か聞こえるか?」

「……東から心臓の音が二つ。でも足音は三つじゃない。それに、これはミスリルの鎧の音じゃない。ということはーー」

「ルドルフ・ヴァルトシュタインだ! やはり連れてきたか」


 リィズは当然、ヴィルハルトを暗殺する上で必要な情報を洗いざらい調べてきた。そこから彼女は、今の彼なら他人を頼ることをしてもおかしくないと当たりをつけていた。

 故に、その為の備えもしていた。彼女は空間に例の穴を開けると、その先の場所に声だけを送った。


「やあ、ユルゲンス。私だ。東の方に増援が来たらしい。君の方から、三人ほど声を掛けて貰えるかい? ああ、倒そうとなんてしちゃダメだよ。時間を稼げればそれでいい」


 穴を閉じると、リィズは目隠しの女に背中を向けたまま言った。


双刃弓(リベレーター)を持った君なら、近づく事なく味方を援護出来る」

「これは父様(とうさま)の形見。これで……あの男を討つ」


 背中に背負った『魔道具』の弓を手に取り、彼女は建物の屋根を伝って、最も高い建物まで移動する。


「君と私でルドルフの足止めをするのが確実だけど……流石に『勇者同士』をぶつけては後がまずい」


 勇者とは、人類の希望を背負うに足ると判断された、最高の戦士に贈られる称号。

 既に死亡した者を除けば、現在この称号を与えられた者は三人。


『斬滅の勇者』ルドルフ・ヴァルトシュタイン。

『魔断の勇者』エイリーク・ブランシェット。

『神覚の勇者』セシル・クロフォード。


 今このアルマイレ国内に、二人の勇者が集まっている。この明らかな異常事態を、しかし市民も貴族も知る由はない。

 決して表では語られることのない、勇者と魔人の決戦が、幕を開けようとしていた。



 *



「薄暗い場所ね……これじゃあ何処にいるかなんて分かりゃしないわ」

「今は普通の人は住んでいないんですよね、ここ。じゃあ、他の建物より綺麗な建物にいるんじゃないですか?」

「その可能性はゼロではないが、ここはそもそも落伍者共の巣窟だ。地下や何かしらの隠し扉の中にいる方が考えられる」


 リィズ達の領域に足を踏み入れたヴィルハルト達は、暗殺者が何処にいるのか考えていた。彼らは自分たちが仕掛けていると思っているが、実際にはリィズの手管によっておびき寄せられたというのが実情。

 故に――


「……! 伏せろ!」


 奇襲をされるというのは、必然だった。

 飛来した矢は、以前エレインを狙ったそれと同じ金属の矢。ヴィルハルトを狙ったそれは、彼の手に掴まれた。

 が、それで終わりではない。物陰から飛び出したローブの男が、ヴィルハルトの頭を狙って巨大な斧を振り下ろした。見た目に違わぬ威力を持つ巨斧は、直撃すれば首無し鎧(デュラハンの防御さえ打ち破りかねない。しかし、伏せたままのアリナが掛けた『重力増加』によって暗殺者は速度を落とした。余裕が生まれたヴィルハルトは身体を回すように斧を回避、カウンターとして手に握ったままの矢で男を突き刺そうとする。

 が、それは彼の眼前で炸裂した『黄雷』と、全身をカバーする大盾を構えた男によって阻まれた。

 男が大盾を構えたままヴィルハルトを壁に押しやろうと突撃。しかし、エレインが掛けた『整調』により強化されたヴィルハルトの『身体強化』二重掛け。これにより強化された拳一つで、男の突撃は却って押し返されて終わった。


「痛ってて……なんてパワーだよコイツ」

「この力、やはり魔将か」

「殺す」


 三人の男が、ヴィルハルト達の前に立ちふさがる。先のやり取りで、ヴィルハルトとアリナは察した。


「ヴィルハルト、こいつら……」

「ああ、それなりの腕だ。連携も取れている。それに加えて……」


 ヴィルハルトは、先の矢が飛んできた方向を見る。このエリアで最も高い、かつての大富豪邸宅。その屋上に、人影が二つ見えた。


「う~~ん、やっぱり普通に狙っても防がれるみたいだね。次はどうしようか」

「タイミングは任せるわ」

「うん、君はちゃんと『聴いておく』んだよ」


 双剣を二つ合体させたような特異な形状の弓を構えた目隠しの女に『整調』を掛けながら、リィズは望遠鏡を手に戦場を見つめていた。


「元上級戦士のライナー。元上級魔導士のザイード。元特級戦士のユルゲンス」


 隣で瞑想でもしているかのように集中した女を見つめながら、リィズはニヤリと笑った。


「そして、()()()のセシル。幾ら君と言えど、この布陣を破るのは無理だと思うよ」


 リィズは目隠しの女――セシルの肩に手を置き、発射の合図をした。

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