英雄信仰
セシルの肩に手を置き、矢を放つよう合図をしたリィズ。
その通りに矢を放ったセシル。その目の前の空間に、リィズは例の黒い穴を開けた。
この穴は、任意の地点へと繋がるものであり、通ることで指定された場所へ瞬時に移動出来る。これは門外不出の業であり、厳密に言えば魔術ですらない。
そしてこの穴にセシルの矢が飛び込んだ結果ーー突如として、ヴィルハルトの右側面に穴が開いた。
「あれって……!?」
「何アレ!?」
エレインとアリナが驚愕を露わにした瞬間、穴から矢が飛び出し、ヴィルハルトの頭へと飛来する。しかし、そこは流石と言うべきか穴の存在を察知した時点で大きく退避しており、矢は外れ者の刀身で弾いた。
が、その隙を見逃す相手ではない。胴を両断すべく放たれた、巨斧の横薙ぎが迫る。
が、金属がぶつかり合う轟音と火花こそ散ったものの、刃が鎧を断つことは無かった。
斧を振るった刺客ーーユルゲンスは、顔を歪めながら後ろに飛び退いてヴィルハルトの一閃を回避した。
「『硬化』の三重掛けだな。宣言無しでこの硬さか」
衝撃に痺れたらしく、手を振るうユルゲンス。彼をカバーするように大盾の男ーーライナーが二人の間に立つ。
「面倒だな」
ヴィルハルトが吐き捨てるように言った。
現在彼に立ちはだかる三人の戦士と、二人の魔導士。それぞれが果たすべき役割を徹底して遵守しており、それゆえに崩すのが難しい。その上で、全員がそれなり以上の実力者と来た。
特に、巨大な斧を携えるスキンヘッドの大男。ヴィルハルトは彼のことを知っていた。
「元ヴァンドラムの特級戦士、ユルゲンス・ザビコフだな。崩れの日を生き延びたジュリウスの盟友が、今や腕輪付きの殺し屋とは。随分と堕ちたものだ」
皮肉な声を漏らすヴィルハルトに、ユルゲンスは忌々しげに顔を歪める。
「ヴィルハルト・アイゼンベルク。貴様はジュリウスの同郷の生まれ。奴が生前言っていた『いつか笑わせたい子供』とは貴様のことだとすぐにわかった」
ユルゲンスは斧を下ろし、思い出に浸りながら語り始める。
「かつての俺は、実力を鼻にかけて好き勝手に振る舞う、最低の人間だった。そんな俺を変えたのが奴だ。奴の輝きを見た瞬間、そこに続きたいと心底思った。だが奴は死んだ。何故だ……。いや、分かっている」
ユルゲンスが斧を持ち上げると、全力の一振りを憎悪に満ちた顔と共に放った。
「貴様のせいでジュリウスは死んだのだ」
エレインとアリナが、彼の発言に呆気に取られた。動揺で整調が弱まったものの、その程度でヴィルハルトは崩れない。外れ者を大剣へと変貌させ、受け止める。
しかし、それによって増大した剣の質量は彼から機動力を奪っていた。彼の上空に出現した黒い穴から、セシルの矢が落ちてくる。
「ッ!!」
「死ねェ!」
それはヴィルハルトの右肩に突き刺さり、剣を握る握力を低下させた。
ユルゲンスの斧が、好機とばかりに押し込まれる。
「させないわ! 『陽光』!!」
アリナが放った光の球が弾け、周囲を閃光で包む。宣言されて放たれたそれが敵手の眼を潰すことは無かったが、閉じさせることは出来た。
それだけの間があれば、ヴィルハルトは彼らの間合いから離脱出来、穿たれた肩も再生する。
アリナの考えは正しかった。が、ただ一人例外がいた。
「ヴィルハルトさん!!」
エレインが半目で飛び出すと、ヴィルハルトに全体重を乗せた体当たりを掛けた。少女一人の体当たりで、全身鎧の男が揺らぐことは無かったが、ヴィルハルトは閃光の中飛来する矢の位置を知ることが出来た。エレインを突き飛ばすと、彼らの間を矢が通り過ぎ、地面に突き刺さった。
「出来ればこういう手は使いたくないけど――こっち来な、お嬢ちゃん!」
大盾のライナーがエレインに向かって手を伸ばす。
「って、うぉぉ!?」
大盾から離された手がエレインを掴もうとしたその時、ライナーがガクリと何かに引っ掛かったように動きを止めた。そしてその一瞬を狙い――
「身体強化――《三重》!」
ヴィルハルトの一閃が男の喉元に吸い込まれていく。ライナーはすぐさま盾を手放し、軽い身のこなしで後ろに跳躍し、間一髪で回避した。地面に落ちた大盾を、『吸引』の術で魔導士の男――ザイードが回収し、ライナーに手渡す。
「エレインちゃん狙って何する気だったのよ、アンタ達! 兄さんの盟友ってのも疑わしいわ、根性が盗賊と同レベルじゃない!!」
「アリナ……ジュリウスの妹だな。兄の背中を見ていながらそれとは……」
「アンタが兄さんを語らないで」
「耳を貸すな、アリナ。ユルゲンス・ザビコフが腕輪付きになった経緯を考えれば、奴との対話など不可能だと分かる」
「さっきの、ヴィルハルトさんのせいでってやつですか?」
ヴィルハルトが小さく頷くと、汚物を見るような目線をユルゲンスに寄越しながら話し始める。その際、空気を読まず右斜め後ろから飛来したセシルの矢は、容易く掴み取り、へし折った。
「ユルゲンス・ザビコフ。崩れの日から三か月後、この男は逮捕された。罪状は三人に対する『殺人未遂』。散った英雄の跡を継ぐべく志願した若い戦士三人を、再起不能になるまで叩きのめしてな」
「そんな……!」
驚愕するエレインと、無言で睨みつけるアリナ。しかし、彼らの目線を受けても、ユルゲンスはどこ吹く風といった様子だ。
「おいおい。それではまるで、俺が悪人みたいじゃないか。アイツらはな、ジュリウスを目指すなどという寝言を吐いた。だから鍛えてやったのさ。『お前らがアイツの跡を継ぐなら、俺ぐらい倒して見せろ』とな」
「戦士になったばかりの子たちが、特級のアンタに勝てるワケないでしょ! そんなことも分からないの!?」
アリナの糾弾に、やれやれと肩を竦めるユルゲンス。一片の曇りもなく、ただ真実だけを告げる口ぶりで、男は英雄への崇拝を露わにした。
「ジュリウスなら出来たぞ?」
斧を振りかざすと、ライナーとザイードの二人も構える。再び攻勢に出る事を察したヴィルハルト達の胸中は、完全に一つの考えで統一されていた。
『ユルゲンス・ザビコフには、何を言っても無駄だ』
「貴様は屑だ。これ以上、その斧は振るわせん……!」
戦士達の間に未だ強く根付く英雄信仰。それを最悪の形で体現する男を前に、ヴィルハルトは本気の憤怒を纏った声で言い放った。




