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孤高にして最強の剣士、保護した記憶喪失の少女に懐かれる  作者: 遠藤鶴
第二章 黒閃の魔人と神覚の暗殺者
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初めて会った時から

 エレインとロザリアが二人揃って笑い声を上げていると、そこに悠然とヴィルハルトが近づいてきた。


「あ、ヴィルハルトさん!」

「何だお前たち、もう仲良くなっていたのか」


 呆れ半分な表情のヴィルハルトに、エレインは笑顔を崩さないまま近寄る。


「ヴィルハルト・アイゼンベルク……」


 彼女とは対照的に、先程までの笑顔を崩したロザリア。そんな彼女の存在を認め、ヴィルハルトは皮肉めいた微笑を浮かべた。


「何だ。言いたいことがあるなら聞くぞ」


 ロザリアはギリギリと歯を鳴らし、拳を握りしめる。己と叔父の誇りを胸に戦い、不倶戴天の敵に敗れた。その結果を考えれば、エレインを見た時にそれを出さなかったのはよく耐えていたといえる。或いは、いきなり全力疾走して現れたせいで、そんな事を考える暇が無かったのかもしれないが。

 しかし、今にも噛み付かんばかりだったロザリアは、フッと力を抜くと恭しく頭を下げた。


「本日はお手合わせありがとうございました! 大変有意義な時間でしたわ!」


 その洗練された仕草は、彼女が良家の令嬢であるという事実を否応にも思い出させるものであった。

 これにはエレインはおろか、ヴィルハルトさえ瞠目していた。


「ろ、ロザリアさん? えっと、ヴィルハルトさんのこと嫌いだったんじゃーー」

「正直な所を述べますと、やはり彼の事は気に入りませんし、敗北という事実がひたすらに悔しくもあります。ですがーー」


 ロザリアは顔を上げると、目尻に涙を浮かべながらも、胸に手を当てながら高らかに言い放つ。


(わたくし)はロザリア・クライン! 偉大なる剣聖ルドルフ・ヴァルトシュタインの魔導士にして、この度祖国ヴァンドラムを代表して馳せ参じた身の上。ならば個人的な感情に引きずられて、好敵手への敬意を忘れるなど、愚の骨頂でございましょう?」


 気丈にウィンクさえして見せたロザリア。最後に誇り高さを見せた彼女に、ヴィルハルトは腕を組みながら呆れを含んだ声を掛けた。


「その分別を最初の時点でつけられていればな。俺に『ぶち殺しますわ』などと言った女とは思えん」

「なっ……!!」


 相変わらずの口の悪さをぶつけられたロザリアから、令嬢としての顔が消えた。

 顔を髪のように紅くして、掴みかからんと飛び出す。すかさず予見していたエレインに取り押さえられたが、それでも彼女の腕の中で暴れ回る始末だ。


「違うんですロザリアさん! あれはヴィルハルトさんなりに頑張って褒めようとしてたんです!」

「離しなさいエレインさん! 実を言うとさっきまで『ちょっとこの人の見方を改めてみよう』と思っておりましたが、やはりこの男は初めて会った頃からまるで変わっていませんわ!! この性根、ここで叩きのめしておかなければ――」

「初めて会った時……?」


 ロザリアの言葉を聞き、エレインは思い出した。

 そういえば一つ、聞いてみたいことがあったのだ。


「すみません、ロザリアさん! ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」

「聞きたいこと!? な、何ですの!?」

「ロザリアさんって、どうしてヴィルハルトさんが嫌いなんですか?」


 エレインの問いを聞き、ロザリアが暴れ狂う四肢を停止させた。それを察知したエレインが彼女を話すと、拳を握りしめてワナワナと震えながら語り始める。


「そうですわね。貴方も彼のパートナーなら、聞いておいた方がいいですわね。あの男がした鬼畜の所業を……。そう、あれは十年前。彼が叔父様の弟子になり、屋敷に住み込み始めた頃の話ですわ――」



 *



 ロザリア・クライン、当時十一歳。

 かの『崩れの日』、母エミリアが崩れた建物の下敷きとなって死亡した。そのショックは測りしれないものだったが、父と誰より尊敬する叔父、ルドルフの生存でどうにか平時の明るさを取り戻した頃。

 崩れの日以前から、二週間に一度の周期で叔父の屋敷を訪れていた彼女は、かの事件直後でも同様に屋敷を訪れていた。

 その時、叔父から若い少年を弟子を取ったと伝え聞いた。


「強くなることにしか興味のない少年だ。無理に打ち解ける必要はないぞ」

「お気遣いなく、叔父様。お父様が言っておりました。『一緒に一杯紅茶を飲めば、分かり合えない人はいない』と。わたくしも、それを信じておりますから」


 ロザリアは生前の母に習った通りに、自ら紅茶を入れ、ヴィルハルトに接触した。


「初めまして、Mr.アイゼンベルク。わたくしはロザリア・クライン。偉大なる貴方のお師匠様の姪でございますわ」

「何の用だ?」

「……た、鍛錬でお疲れでしょう? わたくし、貴方のために紅茶を入れましたのよ。どうぞ、一息ついて下さいまし」


 そう言って、カップに入った紅茶を渡す。本当ならテーブルで向かい合いたかったが、叔父から聞いた話が事実なら、彼は恐らくそれに応じない。ならば今は、自分の淹れる紅茶の味を知って貰えればいい。そうすれば、次はきっとお茶会の誘いに乗ってくれるだろう。

 そう、彼女は純粋にヴィルハルトと仲良くなりたかったのだ。彼は叔父に師事した身。互いに叔父を尊敬している間柄なら、きっと仲良くなれるはずだと。

 そう信じた彼女の気持ちは――


「要らん、不味い」


 一口飲んだ彼による六文字の言葉で、粉微塵に粉砕された。



 *



「……言われてみれば、あった気がするな。そんな事を覚えていたのか」

「そんな事とは何ですの!? わたくしにとっては、握手の為に差し出した手をハエ叩きで叩かれた気分でしたのよ!?」


 信じられんという顔のヴィルハルトと対照的な、真っ赤な顔で激昂するロザリア。十年前のことでこれ程激怒しているのは、それだけ彼女にとって根の深い事態だったということ。


「十年も前の話だ。気にする方が馬鹿馬鹿しい。だろう、エレイーー」


 ヴィルハルトが同意を求めてエレインの方を向くと――彼女は、ロザリアを庇うように立ち、ヴィルハルトに厳しい視線を向けていた。


「ごめんなさい、ヴィルハルトさん。私は貴方には返しきれない恩があって、ずっと貴方の味方でいようって思ってました。だけど――ごめんなさい! 今だけは私、ロザリアさんに味方します!!」


 ヴィルハルトが、ここにきて本日一番の驚愕の表情を浮かべた。

 無論、無表情と大きな差はないのだが、付き合いの浅い者でも表情が変わったことだけは認識出来るという、彼にしては非常に珍しい表情の変化だった。


「な、何か……彼、驚いてません?」

「あ、あのヴィルハルトさん? その、別に私、絶交したいわけじゃなくて……むしろこれからも貴方と仲良くしたいからこそ、こういった時には――」

「いけませんわエレインさん! 情にほだされては! ここはわたくしと共に、厳しく糾弾しなくては!」

「……ハァ。分かった」


 観念したように息を吐いたヴィルハルト。流石に相棒を含む女性二人から責められては、無視する訳にも行かないようだ。ばつが悪そうに眼を逸らしながら、次の句を紡ごうとする。

 エレインは、ここで彼がロザリアに謝ることが出来れば、また彼の傍に戻ろうと思っていた。ロザリアも、頭を下げるとは言わずとも、謝罪の一言も引き出せれば水に流すつもりだった。

 しかし――


「ロザリア。次お前が紅茶を淹れた時は、今度こそ残さず飲み干す。……これであいこだろう」


 彼から出たのは、予想外の一言。流石に女性二人は絶句していた。

 ただ、ヴィルハルトからすればこれは充分に謝意を込めた言葉だった。彼は行動で示す男なので、埋め合わせの仕方もひたすらに行動的なのだ。

 ただ、問題があるとすれば――


「違うでしょう!!」

「そうじゃないですよね!!」


 時には誠意ある行動より、たった一言の言葉の方が望まれることもあるということだろう。


「一体何が違うというんだ……」


 ヴィルハルト・アイゼンベルク。

 孤高の戦士だった彼は、女心というものを知らなかった。

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