あいつなら
『こ、これは全く予想外の展開!! 勝負を決めたのは魔導士である、エレイン・アーネットによる一太刀!?』
『いや確かに魔導士が剣振っちゃあいけないなんてルールはねえけど、普通誰もやらねえって。不意打ちとはいえ剣聖に斬りかかるなんざ……』
やってのけた二人以外、誰も予想だにしなかった決着。実況のリリーと解説のロイド。彼らを含め、観客席の何人かは、エレインが木剣を拾う瞬間を目にしていた。しかし、彼に剣を投げ渡すつもりだと思い、まさか自分で斬りかかるとは想像していなかった。先程リリーとロイドが上げた驚きの声は、それに気がついたが故である。
「そんな……こんなことって……」
「ロザリア。今のはお前の失敗ではない」
ステージ上で項垂れるロザリアを、ルドルフが宥める。
彼ら二人が、迫るエレインに気が付かなかった理由。それにルドルフが気付き、微かな笑みを浮かべた。
「やってくれたな、ヴィルハルト」
「何の話だ?」
「とぼけるな。いつからかは知らんが、これがお前の狙いだったのだろう」
「叔父様? それは一体どういうーー」
「視線誘導だ。素手での派手なあの立ち回りは、エレイン嬢から私たちの目を逸らす為の動きだったのだ。ロザリアに剣を落とされた時点で、ヴィルハルトは即座にエレイン嬢による止めに切り替えたのだろう。事前に考えていたのか、それとも咄嗟に思いついたのか……何れにせよ恐ろしい奴だ」
身体強化の四重掛けという規格外の技が、最後の最後で凶悪な『疑似餌』として機能した。だが、その後も単体とはいえ練体術そのものは維持出来ていたため、エレインに気付いても気づかなくても、どの道ルドルフは詰んでいたとさえいえる。
「あまり眠る必要のない体質でな。アンタへの対抗策は幾ら講じても足りん以上、使えるものは使う」
ヴィルハルトは自身の頭を指差しながら、皮肉交じりに口で三日月を描く。
それでも、ロザリアは納得行っていない様子だった。
「それにしても……まさか魔導士が武器を拾って自ら斬りかかるなんて。それも叔父様相手に……一体アナタ達、いつそんな打ち合わせを?」
「そんなものはしていない。こいつは魔将が相手だろうと、俺から目を逸らさせるために相手の間合いに自ら入るような馬鹿だ。ならば今更、勇者程度に躊躇する理由などない」
「は……はぁ!?!?」
衝撃のあまり、後ろに一歩下がって顔を引きつらせるロザリア。ヴィルハルトのぶっきらぼうだが、信頼と取れる言葉に頬を指で掻きながら、エレインも首肯した。
「まぁ、そうですね。あの時とは役割が逆になっちゃいましたけど……。でも、もし私が失敗しても、ヴィルハルトさんならそれを切っ掛けにして勝ってくれるって信じてましたから」
頬を桜色に染めながらも本心を隠さない彼女に、ルドルフは目を細め、ロザリアはつられるように頬を染めていた。
「何という信頼……いえ、何方も意味というか、方向性は違う気がしますけど……」
「いや、恐らく違わんさ」
ルドルフは心なしか平時より弾んだ声で、ヴィルハルトの肩に手を置いた。
「あれほど他者との関わりを避けていたお前が、よもや他者と手を組み、あまつさえ信頼して連携まで取るとはな。私はお前の剣を魔人の剣と思っていたが、最早その程度の言葉では、お前を言い表すことは出来まい」
ヴィルハルトから手を離すと、そのままルドルフは悠然と歩いて行った。
「敗者がステージに長居し過ぎたな。行くぞ、ロザリア」
「え、は、はい!」
こうして、ステージには勝者たる二人だけが残された。観客席全方位から、惜しみない賞賛が浴びせられる。特等席で見ていたアリナは、目尻に浮かべた涙を指で拭っていた。居心地悪そうに顔を歪めるヴィルハルトの態度も、この熱気の前には誰も気にする者はいなかった。
やがて耐えられなくなったか、ふいとステージ袖に消えていったヴィルハルト。
『それでは、勝利したヴィルハルト氏にインタビューでも――ってちょっとォ!? 早い! 降りるの早いですって!! ってあれ!? エレイン氏もいないじゃないですかぁ!! 何でよォ!!!』
ヒーローインタビューをしようと舞台に上がったリリーの絶叫が、超満員の劇場にこだました。
*
「では、後で落ち合おうか」
「はい、叔父様」
自らの控室に入っていったルドルフと一旦別れ、一人になったロザリア。
彼女の後ろから、全力で駆ける足音が聞こえてきた。
「……ロザリアさん!!」
振り返ると、そこには肩で息をするエレイン。
全力で駆けてきて息を切らしている彼女の存在を認めたロザリアは、疑問と困惑を浮かべながらもエレインの背中をさする。
「エレインさん!? そんなに息を切らして、一体どうしたんですの!?」
「す、すみません。ロザリアさんに、どうしても言いたいことがあって……」
少しばかり息を整えてから、二度深呼吸をしてからロザリアは頭を下げた。
「今日はありがとうございました! 噂の『黄雷』もそうですし、他にも私なんかじゃ全然敵わない技ばかりで……とにかく、ロザリアさんみたいな凄い人と会えて嬉しかったです!」
ロザリアはぽかんと口を開けている。
「そ……そんなことですの?」
「わ、私にとっては大事なことだったので。ヴィルハルトさんもああは言っていますけど、きっとロザリアさんのこと、凄い魔導士だって思ってますよ?」
「それも、彼への信頼から言えるのでしょうか?」
「勿論それもありますけど。何より、私が一番尊敬する魔導士のアリナさんが貴方のこと『別格だ』って言ってましたから!」
「アリナが? ああ、成程……」
ロザリアは得心が行ったように、呟く。
「アナタはまだ、魔術の技術についてはまだまだ未熟。けどそれに比べて、術の切り替えや安定性はかなり優秀ですわ。誰か良い師匠がいるのではと思っておりましたが……アリナなら納得です。ま、まぁ、私には敵いませんですけど!」
「フフッ」
「ど、どうしてそこで笑うんですの!? 酷くありませんか!?」
「ご、ごめんなさい! でも、ロイドさんが言ってた通りだなって……アハハ!」
「ロ、ロイド!? あのヘラヘラ男に何を吹き込まれたかは知りませんが、彼の言う事は信じないでくださいませ!?」
大笑いするエレインに最初こそ取り乱していたロザリアだったが、やがて彼女も釣られて笑い出した。




